恋歌とピエロ
- ナノ -



NobodyKnows


「やぁ、よく来たね。ナマエ」
「……」


目の前にある気持ちいい位に清々しい笑顔を見て、思わず嫌悪感を剥き出しにしてしまったような気がする。

何がよく来たね、だ。

私はこんな所に来る予定もなければ、来たくもなかった。来るなりロビーで待っていたらしいダイゴに案内されて嫌々ながらも本部内にあるダイゴの私室に入った。
私が知っているチャンピオン、ワタルの部屋はあまり物がなく綺麗だったが、ダイゴの部屋はそれ以上に綺麗というか、まず物がなかった。机と書類のファイルを入れている棚、そして石を飾るショーケース。本当にそれだけ。この部屋には生活臭という物がない。


「仕事って言っても、普段からそんなに無いから。書類を片付けたり、日程を管理したり……それ位かな」
「……そんなの、ダイゴだったら一人で出来てたんじゃないの?」
「まぁ、そうだね」


だったらどうして。余計に私をリーグに入らせる意味なんてないじゃない。
いや、彼は人手の問題で私をリーグに入れさせた訳ではないのは分かってる。でもそれがどうして私の為に繋がるの。考えても考えても、この男の意図は計り知れない。


「部屋はもう用意してあるみたいだよ、荷物を運ぶのを手伝……」
「結構です、私一人で出来るから」


失礼しますとナマエ一礼をし、ダイゴの顔を見ないまま部屋を出て行く。バタン、と音を鳴らして閉まった扉を見つめてダイゴは一つ深い溜息をついた。

避けるという可愛いものではなく、完全なる拒絶。僕が失った物は彼女に比べては小さい。それを分かっているのに、彼女の時間よりも関係が崩れてしまった代償の方が大きいのではないかと思う僕は自分勝手だ。
何て我侭なのだろう、そんな自分に嫌気が差すのと同時に開き直っている部分もあるから我ながら恐ろしい限りだ。


早々にダイゴの部屋を出て、自分に用意されたという部屋に向かう。とは言っても、彼の部屋とそう離れていない。

四天王になった時もこんな感じだった。カントーリーグ本部に入る初日も、今のような落ち込んだ気分だった。
悔しさや悲しさ、色んな感情が混ぜこぜになって嫌々ながら四天王となったあの日も、憂鬱な気持ちを引き摺ったまま与えられた部屋に向かった。まさか前と変わった自分があの頃と同じような状況に陥って、似た感情を抱いているなんて誰が予想したか。

キャリーケースを引いたまま扉を開くと、家具以外何もない真新しい部屋が目に入った。意外にも予想より大きな部屋で机や棚は勿論のこと、ソファやベットまで付いていたから驚いた。
カントーリーグの時は流石にベットまでは付いていなかったから。キャリーから手を離し、ボールを開く。

「ごめんね、ルカリオ。整理手伝ってくれるかな?」

頷き、快く返事したルカリオは荷物の整理を始める。自分が持ってきた荷物の量に釣り合わないくらい広い部屋。この部屋以外に空きがなかったのだろうか。
そんなことをぼうっと考えながらキャリーケースの中に入っている荷物を床に並べていると、控えめに扉を叩く音がした。


「はい」
「フヨウだけど、今ちょっといいかな?」
「あ、どうぞ。少し汚いけど……」


ダイゴだと思って警戒心を強めていたけれど、フヨウだと分かった瞬間その警戒心を緩めて扉を開けた。
ハイビスカスの花が黒い短い髪に映えている少女は四天王の一人であるフヨウ。確かおくりびやまで育ったと言っていただろうか。彼女と会うのは私がでんどういりを果たした以来だから、一年半は経つだろうか。


「放送見てて凄く驚いたよ、ナマエがまたこのリーグに来るって思ってなかったから」
「……それは、少し訳があるの。でもよろしくね、フヨウ」
「うん、……それにしてもやっぱりダイゴ君が言ってた通り、凄く雰囲気が変わってる」
「え?」


ナマエをじっと見て、フヨウは納得しながら頷く。彼女の記憶のナマエは今のような雰囲気とかけ離れている為、違和感があるのだろう。悪いイメージがあったという事実にナマエは複雑な気持ちを抱きつつ、褒められているのだと考え直す。
部屋をきょろきょろと見渡したフヨウはへぇ、と感嘆の声を漏らした。


「ダイゴ君ってば、本当に気が効くよね」
「……どうして?」
「聞いてない?……本人に言うわけないか、ナマエはカントーから戻ってきたばっかりだし、ポケモンセンターに寝泊りしてたのを知ってたからベットとかをダイゴ君が用意したみたいだよ」
「え……、で、でもダイゴは私がリーグの外からここに通う、って考えなかったの?」
「家賃も掛かるし、ここに来るまで大変だし、何より報道陣が押し寄せて来そうだって言ってたよ。リーグに入ったばっかりのナマエを助けて欲しいって頭まで下げられたんだよ、当然そのつもりだったけどおどろいちゃった」


信じられなくて、返す言葉が出てこなかった。

何それ、私に見せていた控えめに見える傲慢さは一体何?これじゃあまるで、本当にダイゴが私の為にしているみたいじゃないか。
訳分からない、強引かと思いきや優しくて。相反する態度が私を翻弄しているかのようで、余計に混乱してしまう。

フヨウを見送った後もその混乱は収まることなく、私を悩ませ続けていた。時が経てば何れ分かるとは言ってたけどゲンさん、分かりそうにないよこれ。
部屋に設置されていた電話の受話器を取り、番号を押す。とりあえず気分を紛らわしたかったから、その理由で掛ける時は何時も同じ相手だ。


「もしもし、グリーン?」
「あー今度は何だ、またポケモン引取りか?」
「違うけどちょっと聞いて」


受話器越しに聞こえる苦い返事は何時も通り。ナマエのちょっと聞いて、という台詞は何か嫌なことがあったという愚痴を言う合図だ。
えー、と気の乗らない返事をしているものの、グリーンは結局何時も親身になって聞いていた。根が優しいから、ついグリーンにかけてしまうのだろう。


「この前はセレモニーバトルをやったでしょ?」
「あぁ、聞いて俺も見てたぜ。相変わらず強いよな、お前は」
「……その後ちょっとチャンピオンと色々あって、今リーグに居るんだけど…ホウエンリーグで仕事することになったの」
「……ホウエンリーグで、仕事?あんなに帰りたくなさそうだったのにか?」
「帰りたくなかったよ。でも、ダイゴのせいで逃げられない状況になって……勝手に私をリーグ入りさせておいて本当に身勝手だし腹も立ったけど、気も使われてて優しくされて……あーもう分からない!何なの!?」
「ったく、落ち着けって」


ダイゴ、というのはそのチャンピオンの名前だろう。状況を順を追って説明されていないが、大方そのチャンピオンに無理矢理リーグ入りをさせられたという所だろう。ただ、嫌がらせではなく自分を気遣う面も見られるから混乱している、そんな感じだろうな。

この手口、ワタルと似ている。
ワタルはナマエに欠けたものを気付かせるために、どれだけ敵愾心を向けられようが彼女を四天王にした。このダイゴというチャンピオンもまた、リーグという場を借りてナマエに何かを気付かせたいのではないだろうか。

ナマエが怒りたくなる気持ちも十分分かるけれど。


「……ナマエ、リーグで使ったポケモン今から全部お前に送る」
「グリーン?別にそんなことしなくても、というか何で」
「いいから。変わったお前と一緒にその舞台にもう一度立つことでポケモン達にも何かいい影響を与えられるかもしれないだろ?文句はわりーけど聞かねぇから」
「ちょっとグリーンっ」
「また返す時は連絡してくれよー」


じゃ、と切られた電話を呆然と見ていると、部屋にあったパソコンが起動する。転送装置から出てきたモンスターボールを、今まで片づけをしていたルカリオが手に取ってナマエに渡した。
グリーンさんのことを信じてみましょうと言うルカリオに、ナマエも折れてモンスターボールを受け取った。

(ワタルもワタルだけど、向こうのチャンピオンもまた妙に強引なんだな)
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