恋歌とピエロ
- ナノ -



Morto e vivo


訳が分からない、理解できない。

苛々しながらずんずんと街を適当に歩いていく。さっきから道行く人の視線を感じるがそんなものを一切気にせず、当てもなく歩いていたのだが先程通った広場に戻って来たことに気が付いて足を止めた。
広場に設置されているモニターには、始まったばかりの準決勝の試合の様子が流れている。今の優れない気分では、盛り上がっているなぁと他人事のようにぼんやり思うだけ。


広場の一角にあるテラスに行き、椅子に腰掛けてテーブルの上に頭を乗せて唸った。こんなこと、トクサネシティでもやった気がする。
深い溜息をひとつ吐き、モンスターボールを取り出して開けると出て来たルカリオがナマエを心配そうに覗き込んだ。

「さっきの話、聞いてた?」

申し訳なさそうな顔をして、ルカリオは頷いた。聞こえてしまったものは仕方がないし、謝る必要なんてないのに彼は真面目で誠実だ。
座っているから今はルカリオの視線と同じ高さになっている。心配してくれてありがとう、とルカリオを抱きしめると逆に頭をぽんと撫でられた。何時もは私がやっているのに、今は立場逆転。私が彼に慰められている。

ルカリオと知り合ったのはまだタマゴの時。それが今では私を助けてくれる位成長したんだと思うと嬉しさがこみ上げてくる。これをあの人が知ったら喜んでくれるんじゃないか、そう頭の片隅でぼんやりと考えていた時、不意に誰かに肩を叩かれる。

振り向いた瞬間、一瞬だけ今までの怒りや悲しみが吹き飛んだ。


「相席いいかな?」
「っ、ゲンさん!?な、何で……」


第一声が冗談だったのにも驚いたが、まずここに居ること自体に驚きと戸惑いが隠せず、信じられなくて思わず瞬きを何回もしてしまう。
何回目を擦ってもそこに居るのはゲンさんで、嬉しさで自然と笑顔が零れる。まさかこんな所で会えるなんて。


「ジョウトで会った以来ですね、まさかホウエンに来てたなんて……」
「ちょっとした旅行でね。ナマエがホウエンに戻っていたことは知っていたけど、私もこの街で会うとは思っていなかったよ」


ゲンさんに会ったのはもう一年前になる。

カントーで四天王をしていた時、私用でジョウトのバトルフロンティアへ行ったことがある。その時に、ダブルバトルを日々極めていた彼と知り合った。
話によると各地方のバトルフロンティアを転々としているらしく、基本は故郷のシンオウ地方のこうてつじまという所で修行をしているらしい。自分を暇人だと言っている辺り少し変わった人だなと思ったけれど、彼は真面目で誠実。

そう、私のルカリオは彼に似ている。


「このルカリオは、あの時の?」
「そうです、性格はゲンさんを継いでますよ」
「私に似ていたら、ナマエが苦労しているよ」
「まさか!」


苦労するなんてとんでもない、ゲンさんは私が今までで会ってきた人の中で一番誠実な人だ。本人はそう言っているけど、ルカリオと彼の性格は良く似ていると思う。ゲンさんのルカリオとはまた違うような気がするけれど。
ルカリオをちらりと見ると、少し驚いたような表情で初めて見る男性をまじまじと見ていた。タマゴの時にしかゲンさんに会っていないのだから、知らないのは当然。


「ところでナマエ、さっきの放送を見たよ」
「……、ゲンさん、あれは」
「今の君の表情で分かったよ、本意ではないんだね」
「……はい」


やっぱり、さっきの放送は生放送だったんだ。この街には時期も重なって多くのモニターが街中に設置されている。この街に居たゲンさんも見ていた一人。
違う、あれは、私の意志なんかじゃない。


「あれはダイゴが、勝手に決めたことです。私の意志なんか一切ない…!大体、私はリーグに戻らないって決めてたのに、勝手にあんなこと言って、リーグに入ること決めて!」
「ナマエ、落ち着いて」
「ご……ごめんなさい、今混乱して……怒りたいのか泣きたいのか分からないんですよ……」
「……どうして、チャンピオンはそんなことをしたんだろうね?」
「そんなの、私には」
「私は何となく分かるよ。強引にしてしまったんじゃなくて、強引にならざるを得なかったんだって」


意味深にそう言うとナマエは眉を潜め、首を傾げて唸った。理解できないというよりも理解したくないのだろう。

彼女と会ったのは、まだ彼女のまとう空気が張り詰めていた時。今のナマエは変わったと思うけれど、本人がまだ満足していない。
いや、まだ昔の自分を許せないんだろう。でも、それを本人は自覚していないし、蓋をしてしまっている。

恐らくだけど、チャンピオンはそれに気付いていた。モニター越しに見ただけだが、ナマエとチャンピオンは仲がよかったのだろう。気付いていたからこそ、強引にでもリーグに入らなければいけない状況を作り出した。
そうでなかったら、ナマエに嫌われてまで強引に事を運ぶ訳がない。それこそ何のメリットも無くなってしまうのだから。

私からそれをナマエに伝えた所で理解されないかもしれないし、彼の意図を邪魔してしまうかもしれない。今はまだ、余計な真似はしない方がいいだろう。


「ナマエ、嫌かもしれないが一年、頑張ってみればどうかな?」
「ゲンさん……?」
「何れチャンピオンの考えが見えてくるよ。今はまだ理解したくないだろうけど、それでもいい。時間をかけて物事を見てみると、自分の望む物が見えてくるかもしれないよ」
「……」


笑みを浮かべるゲンさんの意図こそ分からない。ね、ルカリオと笑顔で言うと、ゲンさんの言いたいことが分かったのかルカリオもまた頷く。

やっぱり、ゲンさんとルカリオは似ている。


ーー決勝戦が終わり、この街でのチャンピオンとしての勤めも終わった。明日からはまたリーグでの仕事が待っているのだが、同時にナマエがリーグに入る。

彼女が怒るのも分かっていたし、覚悟もしていた。後悔はない筈なのだが、実際に正面から睨みつけられ嫌悪感と敵愾心をぶつけられると予想以上に精神的ダメージが大きかった。そんなことを言える立場じゃないけれど。
どんな理由があるにせよナマエを傷つけたし、その点に後ろめたさを感じていない訳じゃない。でも、後悔する暇があるなら行動しなければ、意味がなくなる。

リーグに帰ってきたのも夜遅く。

久々に帰って来た私室に入りネクタイを緩めスーツの上着を椅子にかけて息を付こうとした時、計ったように部屋の電話が鳴り響いた。いや、僕が帰ってくる前から何回か鳴っていたのかもしれない。


「はい、こちら……」
「ようやく帰ってきたな、ダイゴ。あの放送は一体何なんだ」
「……ミクリか」


電話を出た途端言葉を遮って、呆れ果てたような低い声が耳に届いた。いずれは言うつもりだったけれど、まさかあの放送を見ていて早くも連絡を入れてくるとは。


「ダイゴ、あれは君が勝手に決めたんじゃないか?リーグに入るだなんて、彼女が言うとはとても思えない」
「……そうだね、あれは僕が勝手に決めたことだ」
「君は思い切りが有るんだか無いんだか、どっちなんだ?君が何をしようとしているのか察しは付く、だが、それで彼女の人生を弄んでいい訳じゃない」
「……弄んでるわけじゃない。僕だって考えているつもりだよ、その上で賭けに出た」
「賭け?」
「彼女に避けられて疎まれるのを覚悟して、彼女が蓋をしてしまっている部分をこじ開けるつもりだ。ナマエを思ってのことでもあるし」


自分でその続きを言う前にミクリの口から君の為でもある、と言われた。そう、彼女のことを思って行動したというのは第一にある。でも自分の為に、という醜い欲望が根底にあるんだ。


「私には理解できる部分もあればできない部分もある。彼女の一年という時間を奪ったけれど、君が失ったのは信頼だけだ。君にとってはそれだけでも辛いだろうがね」
「確かに比べ物にならないことは重々分かっている。だからこそ、僕はナマエに好きだと言った」
「……、成る程……勿論、こっぴどく振られたんだろう?」
「はは、まぁね」


笑うしかない位こっぴどく振られたものだ。それも当然。でもミクリもミクリで断定的に聞いてこなくてもいいんじゃないか?
君が振られるなんて誰が考えただろうか、と笑い声交じりに嫌味まで受話器越しに飛んでくるものだから、苦笑するしかなかった。


「社長令嬢とのお見合いに耳さえ傾けなかった君が色恋沙汰にあくせくしているなんてね」
「ミクリ、今日は嫌味が多くないかな?」
「仕方ないだろう、ナマエの分だ」
「……、明日から本人の口からも聞くことになるだろうけどね」


自分でも根強い曲者だと思う。僕の一徹が彼女の頑なな拒絶に勝るのか。それは明日からの行動次第だ。
気随気儘と言われてしまえば、それまでだけどね。
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