Kleines Gift
「あれ、今日は街を見て回るって……」
「インタビュアーとカメラマンが張ってたから行けなかったの」
残念そうにはぁ、と一つ溜息をついて困ったような笑みを浮かべているのはナマエ。まだまだ大会は続いているが、彼女はセレモニーバトルに出るだけだったから自由に行動していい筈なのに、注目を浴びてしまったことで逆に自由に行動出来なくなったようだ。(ミクリはそれでも堂々としていたけどね、慣れてるに決まってるか)
街を出歩く計画を中断して、今日もまたホウエンリーグ大会の試合を見に来たようだ。偶然にも僕が会場内のフロアに立ち寄った時にばったりと鉢合わせた感じだ。
「見るのも好きだからいいんだけど、インタビューとか慣れてなくて」
「何か意外だよ。チャンピオンになった時も冷静に受け答えしてたらしいし、向こうで四天王になった時もしただろうし……」
「冷静でもなかったよ?結構頭の中ぐちゃぐちゃしてたし。四天王の時はやらなかったの。ワタルの計らいでね」
「ワタルさんの……?」
そう、ワタル。そう言うナマエの表情はとても穏やかなものだった。やはり、どうしてもワタルさんという存在を意識してしまう。
聞くだけでも、ワタルさんはナマエのことをよく理解した上で彼女の為に色々としているのが嫌でも分かる。彼女の為を考えると彼がしたことは全て正しい筈なのに、嫉妬心を抱く狭い自分が居る。
「そのワタルさんが居たから、四天王になったのかい?」
「まさか!」
即答されて思わず数回瞬きをしてしまった。
恐る恐る今の質問を聞いたのに、こんなに全力で否定されるとは思ってなかった。ワタルさんに対する照れ隠しではなく、あくまでも本気だった。
「むしろワタルのせいで四天王になったんだから。半年は大嫌いだったよ」
「……大嫌いって」
逆に、可哀想だと思ったのは自然な反応なんだろう。もしも僕が彼の立場で、今のナマエの言葉を聞いていたら落ち込んでいただろうな。それにしても大嫌いと断言してしまうまで何をしたんだろうか。それに彼のせいで、と言っている辺りが引っかかる。
「ワタルは、私が何の目的もないことを初めから分かってた。だから、バトルする前に賭けてきたの」
一年も前のことだけど、あの時の出来事は全て鮮明に覚えている。
カントーリーグ四天王を倒し、チャンピオンの待つ部屋へと足を踏み入れた。地面に敷かれている赤い絨毯の上を歩み、正面を見ると眩しい位の赤い髪が映えている青年が腕を組んで待っていた。
ドラゴン使いのワタル、カントーリーグチャンピオン。彼はナマエを見ると笑みを浮かべ、どこか風格のある態度で挨拶をした。
「よく来たね、君ならここまで来るだろうと思っていたよ」
「……、見てたんだ」
「あぁ、君は今まで見てきた挑戦者の中でも郡を抜いて強い。……だからこそ聞こう」
君は、何のためにここまで来た?
ボールに手を伸ばそうとしていたナマエの動きが一瞬止まった。何のためにここまで来たかって?そんなの、分かるわけないじゃない。分からないからホウエンを出てこのカントーにやって来たんだから。でも、それでもまだ分かってない。
ワタルの真っ直ぐな視線を感じて、ナマエは拳を強く握り締めた。凄く、苛々する。まだ会って間もないこの男に、不快感を感じる。
「……一つ、賭けをしないか」
「賭け……?」
「君が負けたら一年間四天王をやる、それはどうだ?」
「何それ、一方的じゃない。それに私はチャンピオンを倒す為にここに居る」
「それなら君の目的はチャンピオンになることか?……受けるも受けないも君の自由だ」
「っ、受けて立つ。……その代わり、私が勝ったら一つ言うことを聞いてもらう!」
「あぁ、いいだろう」
口角を上げて笑ったワタルはモンスターボールを取り出し、相棒でもあるカイリューを出した。
――この男はまるで自分の心の中を見透かしているようで、わざと挑発しているようで癪に障る。
ナマエは強く拳を握り、そしてモンスターボールを高く投げる。出てきたポケモンはナマエと同じ眼差しをしていた。
「……それで負けてね。だから初めは凄く嫌いだったし、何度も再試合を申し込んだ」
「でも、その人のお陰もあって今のナマエが居る、そういうことだね」
「そうなんだけど……まだ、肝心なことが分かってないような気がして。だから、ワタルには引き止められたけど四天王を止めてホウエンに戻ってきたの。丁度一年くらい経ってたし」
「引き止められてたんだ……ワタルさん、凄く残念だっただろうね」
「え?」
そこに特別な感情があるかどうかは知らない、けれどナマエを引き止めたかった思いがあるのには間違いないだろう。彼女との電話のやり取りも断片的にしか聞いていないけれど、彼が意地悪しているのはナマエを心配しているからなのだろう。
「昨日の試合で、何か分かったことはあったの?」
「……うーん、はっきりしたことはまだ。でも凄く楽しかった、それを感じただけでも収穫かなと思って」
「ミクリも楽しかったって言ってたよ、今度は水のバトルフィールドでやりたいって言ってたね」
「そんなんじゃミクリの有利になるよ」
ダイゴの言葉にくすくすと笑うナマエは、つい先日激しいバトルを繰り広げていたトレーナーとはとてもじゃないけど思えない。
ナマエの表情を見てダイゴもやんわりと笑みを浮かべる。離している間に第一試合が終わっていたのか、遠くから大きな歓声と拍手が聞こえてきた。それに気が付いて、フロアにある巨大モニターに視線を移すと、丁度ポケモンを戻している所だった。
「あ、ユウキ君。勝ったんだ」
「彼とは知り合い?」
「知り合いと言うか……将来有望な子。もしかしたらホウエンリーグ、勝ち上がってくるかもしれない。何時かダイゴと戦うことになるかもしれないね」
「それは凄く興味あるよ。僕としてはもう一度ナマエがホウエンリーグに挑戦しに来ることも、興味あるんだけどね」
「それはきっとないよ、きっとね……」
モニターを見つめるその横顔は溢れる感情を押さえ込んでいるようで、寂しそうにも見て。彼女は変化を求めてホウエンへと戻ってきた。でも、
(……そこに、問題があるのかな)
リーグというもの自体を避けているように、思えるから。
「ナマエ、明日僕と街を見て回らないかい?取材は僕が適当に流すから」
「いいけど……むしろダイゴは私でいいの?」
「勿論、デートのお誘いだからね」
「な、何言って……!」
「あはは、動揺してる?」
「……意地悪」
にこにこと眩しい位の笑顔が意地悪く見えたのは気のせいじゃないんだろうな。