恋歌とピエロ
- ナノ -



Juste un peu


「本当に、ホウエンチャンピオン……?」

話を聞いた後だというのに、未だに信じられないのかナマエはダイゴをまじまじと見て疑い深い声を上げる。
ナマエの様子にダイゴは困ったような笑みを零し、会った時に名乗ればよかったかなと思い返していた。


何というか、現実味がないのだ。
だって、このツワブキダイゴという青年とは三週間前に知り合っている。よくリーグに来る彼を私は挑戦者だと思って話していた。そう、つい昨日までその認識だったのに。

何で言ってくれなかったんだろうとも思ったのだが、私が勝手に勘違いをしていたから名乗り出づらかったのかもしれない。けど、思い返せば少し引っかかる部分もあった。
彼はよくリーグに来ていたし、よく考えれば一度も自分は挑戦者だと名乗り出ていない。

それに一度だけ見たエアームド、そして彼自身も他の人には無さそうな強さを秘めているとは思っていたけど。
でもやはり彼は歴代のチャンピオンたちとは大きく異なっていた。そもそも、彼の容姿や振る舞い、そして雰囲気自体がトレーナーらしくなかった。総部長が彼を少し変わっていると言っていたのはこういう理由があったからこそなのかもしれない。それに、石集めが好きだという趣味もあったのを覚えている。


「でも、貴方がチャンピオンなら納得。上手く説明は出来ないけど……総部長の言ってた通りのチャンピオンな気がする。人も良いし、実力もあるって」
「前女性チャンピオンのナマエに褒められることほど嬉しいことはないよ」
「何だかむず痒い……挑戦者の中でも結構強そうだなぁとは思ってたけど、チャンピオンだったなんて……」


いぶかしむ様に小さな声で呟いているナマエが何だか面白くてくすりと笑うと、彼女は頬を赤らめて独り言を言ってごめん、と謝ってきた。
彼女のこういう様子を見るとメディアを通して知っていた彼女とは全然違う。どこかお茶目で、普通の女性らしい人だ。でも他人には真似できないような芯が一本入っているから色んな人が惹かれるのだろう。

勿論、僕もそんな多くの人たちの中の一人。
それは分かっているけど、近づきたくなるのはやはり僕が彼女を好きだからだろう。どこに惚れたのか聞かれれば一言で答えられないのだけど。


「何時名乗り出ようか迷ってたんだけど……試合を見てたら居ても立っても居られなくなって。やっぱり、皆の心に残るトレーナーなんだなって改めて思ったよ」
「あ、ありがとう。私もさっきのバトルに夢中になって……今回、ミクリに呼ばれてよかったって本当に思うわ。それに、チャンピオンにも会えたことだし」


にっこりと微笑みを浮かべるナマエに思わずどきりとしてしまう。でもやはり悲しく感じる部分もあった。
彼女にとっての僕は挑戦者からチャンピオンに変わっただけ。チャンピオン、と僕を呼ぶのはどこか余所余所しい感じさえする。こんなこと、僕の我侭に過ぎないのは分かってるけど。


「ナマエのバトルスタイルが以前と違うのも、ワタルさんの影響だったりするのかな」
「まぁ、あながち間違ってはないけど……四天王になるきっかけをくれたのはワタル、でも私が変わるきっかけになったのはワタルも含めてカントーで出来た友人のお陰かな。変われてよかったって本当に思うし、満足してる」


先程と同じような柔らかな笑みを浮かべたナマエに今度は違和感を感じた。

違う、彼女は満足なんてしてない。

自分の在り方を、自分の行く道の答えを見つけたからホウエンへ戻ってきたわけじゃない。まだあと一歩、足りないと思っているからこの地に帰って来て探そうと、また初めに戻ることで見落としてきた何かを探そうとしているように僕には思える。ミクリにも、そう映っていたのだろう。


「君は僕に会えて、僕と話したことでリーグに来た目的を達成できたんだろうけど……逆に、僕にやるべきことが増えたよ。君は、これからどうしたいんだ?」
「どうしたい…?それは……」


ツワブキダイゴの問いかけに、答えが出てこなかった。

これからどうしようか今悩んでいた所だった。というよりも、どうすればよいのか方法が見付かっていなかった。何故といえば、まず自分が何を求めているのかさえも分かっていなかったから。どうすれば私は自分を許せるのか、どこまでいけば自分を認めることが出来るのか分からないままだったからこそホウエンに帰って来て探したいと願っていた。

でも、何をすればいいのか分からない。
最近はバトルを楽しいと思えるようになってきたし、バトルスタイルもよくなってきたと思っている。だけど最終地点はどこなのか、それは私にはまだ分からなかった。
だから答えられなかったのだけど、それ以上に面食らってしまったというのもある。

だって、まだ会って間もないこの青年に、ここまで見透かされるなんて思ってなかったから。鋭い、本当に鋭い人だ。
ミクリがチャンピオンは計れるような男ではないと言っていた訳が分かったような気がする。


「僕には君がまだきっかけを探してるように見えるんだ、今日の試合のようにね。僕はツワブキダイゴとして個人的にナマエに協力したい」
「……、それは嬉しいけど、でも、どうして?」
「……理由を聞いたら、僕もナマエも後悔すると思うよ」


ダイゴは困ったように苦笑いを浮かべる。

私も彼も後悔をする?彼が私を助けてくれる理由がどうしてお互い後悔する結果を生むのか私には一切分からなかった。聞かない方いいと言っているのだから無理に聞きはしないが少しだけ気になる。
でも同時に嬉しくもあった。自分を理解してくれる友人が増えることは喜ばしいことでもあるし、ダイゴは私を前チャンピオンという肩書きで見ていないような気がして、私としてもとても気が楽だった。


「セレモニーバトルも終わったし、もうこの街を出るつもりだったりする?」
「いや、大会最終日まで居ようと思って。バトルも見たいし…それに、街も見て回りたいから。まだ予定は決まってないけど」


ホールの壁に取り付けてある巨大画面に視線を移すと、今まさに第一試合が行われている。両者共に白熱した試合を繰り広げ、盛り上がっている。モニターの音声部分から聞こえる歓声は、遠くの方から直に聞こえてくる分もあって二重に聞こえてくる。
試合中は気付かないけれど、観客の方もかなり熱くなっていたことに改めて気付かされる。


「でも、明日から大変だよ」
「え、何が?」
「インタビュアーとか、試合見てた人たちが君を見かけたら近づきそうだから」
「……、警護用にルカリオ出しておこうかな。貴方は最終日まで?」
「閉会式も顔を出す予定があるからね。そうだ、何時でもこの会場にある僕の部屋を訪ねてきても構わないよ。むしろ、もう少し話がしたい位だしね」
「ありがとう、ダイゴ」


笑みを浮かべてお礼を言ってきたナマエから咄嗟に視線を逸らしてしまった。まったく、僕はどこの純情少年なんだ。

でも名前を呼ばれたのは、初めてだったから。
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