水月泡沫
- ナノ -

29

その後、彼らが初めて出会ったラグナ遺跡へと向かったリアラとカイルが戻って来たのは翌日だった。遅いとカイルを小突くロニに、カイルはごめんごめんと朗らかに笑い、そしてリアラもまたくすくすと口元を押さえて笑っている様子にナナリーとユウリィは顔を見合わせて安堵する。
どうやら、カイルは選んだのだろう。リアラと共に世界を消滅させようとするエルレイン、そしてフォルトゥナ神を倒すことを。


「よく決心したな、カイル」
「あんたがそう決めたんならあたし達はあんたを信じて突っ走るだけさ!」
「行こうぜ、カイル!神様をぶちのめしによ!」
「うん!」


そして昨晩ハロルドが大彗星『神の卵』の出現を算出し確認しており、カルビオラの方向を指さした。どうやらおよそ三時間ほどで衛星と衝突するようで、大気圏に突入し被害が大きくなる前までにはかたを付けなければいけないという事だ。
そしてハロルドは昨晩中にユウリィのソーディアン、ロイを借りた状態でイクシフォスラーを改造し宇宙空間でも飛行できるようにしたようだ。


『ハロルドに付き合うとロクな事ねぇよ……』
「あら、アンタ計算手伝って口出ししてただけじゃない」
『身体あったらお前俺をこき使ってただろうが!』
「あはは、やっぱり仲良いのね」
「ロイさんも地上軍で二番目の技術者だったんだもんね」
『はは、こう見えても凄いんだぜー?何せハロルドのお守りもしてるしな』
「お守りって何よ!」
「それはマジですげぇよな……」


ハロルドの面倒を見るのは普通の人では無理だとロニは肩を竦める。振り回されながらも彼女の助手をし、そして生活感が欠けている彼女の面倒を見るのは気疲れしそうだ。ハロルドは納得がいかないと声を荒げる。


「まぁ、何故かこいつは口が災いして賢そうに見られないがな」
『何でお前にそれ言われなくちゃなんねーんだよジューダス!』
「フン、事実を言ったまでだろう?」
「ジューダスも言い過ぎ。というか、ロイも突っ掛らないの」
『俺がそう見えるのは仕方ないってか?』
「私はロイが本当は凄く考えてるって言うの分かってるから」
『……』
「ロイ?」
『いや……やっぱ、良い相棒だと思ってな』


ロイのその言葉に含まれていた真意に気付かず、ユウリィはそっと目を伏せて「私にとってもそうだよ」と呟いた。

イクシフォスラーに乗り込み、そして無重力空間に突入するのに備えてベルトでしっかりと体を固定する。そしてハロルドがボタンを押した瞬間に轟音と、そして身体が圧力によって圧迫されるような感覚に襲われる。
星に向かって落下してきている彗星に近付き、ハロルドはイクシフォスラーを操縦し、着陸した。

それぞれ顔を見合わせ、最終確認をする。空に向かって螺旋状に繋がっている長い階段を駆け上がるとレンズが敷き詰められた何処か神秘的にも思えるその広間にエルレインは立っていた。リアラだけではなく、カイル達の姿もあることが意味する彼女の決断を察したのかエルレインが浮かべていた微笑みは消え失せる。

「何故、ここに……お前達に、神は殺せはしないというのに……」

この選択がどのような結果をもたらすのか分かっている。しかしリアラもカイルも覚悟していたのだ。


「これが、お前の出した結論か?リアラ?」
「えぇ、そうよ。カイル達と過ごした時間の中で、私は知ったの。人は救いなど必要としないという事を」


人は苦しみや悲しみを乗り越えていける存在だと主張するリアラに対して、エルレインは訳が分からないと愁いを帯びた表情に変わる。
人は脆く儚く、自らの手で生み出した苦しみを消すことが出来ないから人は神によって守られ生かされ救われるべきなのだと語るエルレインにそれぞれ武器を取り出しその主張を真っ向から否定する。苦しさの中にも自ら掴んでいく幸せこそが本物であって、生きているという事なのだと。


「神の救いこそが真の救い……それが分からぬとは……カイル・デュナミス。お前も同じ気持ちなのか?お前も神を拒否するのか?」
「そうさ……だから俺は今ここに居る!俺達は神の救いなんか必要としていない!」


自分で幸せを掴む機会を取り戻す、そう告げたカイルにエルレインは目を細め、後ろに在った巨大なレンズを振り返り「聞きましたかフォルトゥナ」と問いかけた。するとエルレインの横に一人の女性が現れる。


「わが聖女、リアラよ……それが、あなたの答えなのですか?私を、神を必要としないというその者たちの言葉が貴方の……?」
「そうです、貴方の成すべきことは何もありません」
「何も、ない……?」
「ええ……なぜなら、本当の幸せはここに在るから」


リアラは皆を振り返り、そしてそっと胸に手を当てる。苦しみの中にも幸せを見付けようとし、そして幸せな未来を信じ続ける心。自らの手で幸せをつかみたいと願う心が神が与えずとももうあるのだと。
リアラのその言葉に信じられないとフォルトゥナは目を開く。それはリアラが聖女として生まれた意味を根底から否定するような物だったからだ。しかしリアラは生まれて別の意味を自ら掴むことが出来た。カイルと出会い様々な経験をし旅をしてきたことで真の幸せとは何か、それを彼女は知ることが出来たからこそ、神は要らないと断言できるのだ。


「だからこそ、確信を持って言えるわ。フォルトゥナ、エルレイン。貴方達も私も消えるべきなのです。他ならぬ人の手によって」
「……なんと愚かな……貴方は人々にこの世界を委ねるというのですか?愚かしい。こんなにも小さく儚い人という存在に自ら幸せになる力などありはしない」
「お前達から見れば俺達はちっぽけな存在かもしれない。でも、俺達は歩いて行ける。自分達の力で歴史を刻むことが出来るんだ!」


ーーだから神は要らない

カイルの言葉がエルレインの動揺を更に動かし、彼女は口を震わせる。神は人の望みによって生まれたのだ。何故その人が自分達を否定するのか、彼女が行ってきたことは何だったのか。フォルトゥナにも解らなくなったのだ。
人が本当の幸せに気付くために生み出され、そして苦しみから解放させようとしてもその介入を拒んでくるのならば。あまりに人は身勝手な存在だと、フォルトゥナの中で人への愛しさがあまりに呆気なく崩れ落ちて行く。
そして彼女の表情からは感情が無くなり、エルレインの導き出した答えこそがやはり正しいものだったのだと結論を出す。完全な形で降臨することで創造をやり直し、この世界を無に還すことが救いなのだと。


「この世界は失敗作だったーーもはや何の価値も無い」
「っ、この世界で生きた人達の証を無くすなんてことは絶対にさせない!」
「あぁ、その通りだユウリィ!」
「価値がないなんてことは無いって、あたしらが証明して見せる!」


それぞれ武器をエルレインとフォルトゥナに向け、戦意を高める。
その時じっと彼女たちとレンズを見ていたリアラが、カルビオラにあったレンズをエルレインが持ち出し、そして彗星の核にしたのだと、そしてそのレンズがフォルトゥナの本体なのだと気が付いた。
あのレンズを破壊すれば神によって改変されてきてしまった正しい歴史を、人々が自分達の手で道を切り拓いていく世界も守ることが出来ると。

「最後の戦いだ、行こう!皆!」

先陣を切って駆け出したカイルに続き、ロニは斧を片手に駆け出し、ナナリーは弓を引き絞る。ユウリィとジューダスは一番後ろで晶術を発動しようとしているハロルドとリアラを援護しながらソーディアンを構える。

ーー自ら歩んで行く未来の為に、神を殺すのだ。
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