水月泡沫
- ナノ -

26

再び時を超え、イクシフォスラーが辿り着いた先は地上が目下に広がる空中に浮いた階だった。それが一八年前に出現したとされるダイクロフトの外郭なのだとは直ぐに分かった。

ここで最終決戦が行われているとは思えないほどに静かな場所だ。
スタン達が向かっている筈の神の目が安置されている場所へと急いだ。そして歩くこと間もなくーー彼らの姿を見付けた。
カイルによく似た輝くような逆立つ金髪に白い鎧を身に纏った彼の姿に、カイルは口を開いたが声が出て来なかった。彼こそ、カイルの記憶に僅かしか残っていない父、スタン・エルロンだった。その横に居るのは若かりし頃の母、ルーティ、そして旅の途中で出会って来たフィリア、ウッドロウの姿もある。

父と母の姿にカイルは飛び出しそうになるが、ジューダスにそれを引き留められる。
カイルが今この場で会話しても混乱を生むだけだし、ここは干渉しないべきだろうと固唾を呑んで彼らが成し遂げる事を見守ろうとしていたのだが、その時あの聞き覚えのある声が響き、そして空間が歪んだ。
あの時の言葉通り、スタン達を邪魔すべくバルバトスが現れたのだ。敵だと判断し剣を構えて交戦を始めるスタン達だが、バルバトスの異様な力に圧倒される。


「な、何者なのこいつ!?手強いわ、油断しないで!特にスタン、あんたはね!」
「わ、分かってるよ!ルーティこそ、気を付けろよな!」


しかしソーディアンを手にし、そして神の眼を破壊し英雄と呼ばれた彼らでもその力の前に苦戦を強いられる。バルバトスの斧によって吹き飛ばされたスタンに我慢も出来なくなり、カイルは剣を抜き出して飛び出した。


「もう、このまま見ていられるもんか!」
「あっ、カイル!」
「あの馬鹿……!」


しかしカイルに続いて全員武器を構えて飛び出し、バルバトスの背後から奇襲をかける。スタンに迫っていたその動きを止め、斧で防いだバルバトスは深い笑みを浮かべる。そう、カイルが追い掛けてくるのを心待ちにしていたのだ。


「待っていたぞ、カイル・デュナミス……!」
「あ、貴方達は……!?」
「皆さんを助けに来ました!行くぞ、皆!」


あの洞窟でディムロスによって傷を負い、そして千年前のダイクロフトでの交戦で深手を負わせた筈のバルバトスの力は今まで以上のものだった。しかし神の眼破壊を阻止したい思いはカイル達だけではなく、ジューダスも、そしてユウリィも強くあったのだ。かつての仲間だった彼らが命を賭けて成し遂げたことを尊敬しているからこそ、それを無かったことになど絶対にさせるわけにはいかなかった。


「行くよ、ジューダス!プリズムフラッシャー!」
「食らえ……闇の焔に抱かれて消えろ!」


ジューダスの剣撃がバルバトスを襲い、炎がバルバトスの身を焦がしていく。そしてよろけたバルバトスに風を纏うカイルの一撃が彼の身を貫くが、血を流しながらもバルバトスは笑い声をあげる。


「どうした、カイル・デュナミス!そんなことでは俺の渇きは癒せはしないぞ!」
「なんて力だ……!」
「父さ……スタンさん!タイミングを合わせて一気に仕掛けましょう!」
「……分かった!」


スタンと共にカイルは同時に駆け出し、そしてバルバトスを同時に貫いた。その動きは、その後姿は本当に、よく似ていたのだ。
彼の動きは止まり、そしてバルバトスの手からは斧が離れて地面に落ちる。彼の身体は闇を纏いながら、弾けて砕け散った。漸くーー自らの父であるスタンを殺し、再三に渡って歴史に介入して邪魔してきた因縁の相手を倒すことが出来たのだ。


「じゃあ、俺たちはここで……」
「待って、スタンさん!きっと……いや、絶対に上手く行きます!」
「……ありがとう。君たちも頑張って」


スタンにかけられたその言葉に、カイルはぐっと込み上げて来そうになる涙を堪えてはい、と力強く頷いた。このまま声を掛けない方がいいとは分かっていたけれど、ユウリィは踵を返したフィリアの肩に手を伸ばしてとんと叩いた。


「貴女なら絶対に出来るから、自信を持って」
「え……ありがとう、ございます」


その懐かしいような言葉に、フィリアは瞬きながらも寂しさを滲ませながらも嬉しそうに微笑んだ。そう、今は亡き仲間がよく自分を励ましてくれた時のものと似ているような気がしたのだ。彼女が今この場に居たら、そう声を掛けてくれていたのかもしれないーーそう思うとやはり悲しかったが、彼女の分まで未来を歩んで行くと決めたのだから
彼らの姿が見えなくなり、ユウリィの隣にジューダスは並んだ。


「ユウナ……」
「ごめん、あの時言えなかったこと……ちょっと、言いたくなっちゃって」
「そうか……」
『……お前の、仲間だったんだな』
「……うん。大切で、誇らしい人達だった」


ロイの問いに、彼らと共に旅が出来たのは幸せなことだったと噛み締めながら、ユウリィは答えた。

そしてスタン達はこれまで旅を共にしてきた相棒に永遠の別れを告げ、神の眼にソーディアンを突き立てた。
ダイクロフトが崩れ落ちる前にその場を立ち去ったのを確認し、カイル達も確認の為にその部屋に立ち入ったが、どう見ても神の眼が機能を停止しているようにも見えず、一体何が起こっているのかと戸惑いを隠せなかったが、まだ意識の残っていたソーディアン・ディムロスがカイル達に気が付いて千年ぶりに見る顔だと懐かしんだ。神の眼を制御するにはあと少しなのだが、四人では制御しきれないのだと。

「どうすれば神の眼を制御出来るようになるんですか?何か方法はないんですか?」

カイルの疑問に答えるように、背からその剣を取り出したのはジューダスだった。ソーディアン・シャルティエーー本来はここに居るべき筈だったかもしれない剣だ。


『久しぶりだな、シャルティエ』
『えぇ、皆さんお元気そうで』
『まったく、このような形で現れるとは実にお前さんらしいのう』
「そうか!四本がダメでも五本なら……」
「どういうこと?」
「五つのコアレンズがあれば、神の眼エネルギーを制御して計画通りに、外殻を宇宙に向かって弾き飛ばすことが出来るんだ。だったらとっととやっちまおうぜ」
「それって……つまり、ジューダスがシャルティエと永遠に別れるってことじゃなんだぞ!それを良かったなんて……」
「わ、わりぃ……」


そう、スタン達がディムロス達ソーディアンと別れたように、幼い頃から信頼しあって来た無二の相棒であり親友のような関係にあったシャルティエとジューダスーーリオンが二度と会えなくなることを意味していた。しかし二人ともそれを覚悟の上だったが、ジューダスの前に出たユウリィはシャルティエに触れて首をふるふると横に振る。


「待ってシャル、ジューダス」
「ユウリィ……?」
「必要なのは、コアクリスタルでしょう?それなら、シャルじゃなくても十分役割を果たせるものがある」
「まさか……」


ユウリィが取り出したのは長い間旅を共にしてきた、主を失ったソーディアン・ロイだった。人格こそは失われているが、このソーディアンのコアレンズがあれば事足りるのは間違いなかったが、その剣はロイの形見といったも過言ではなかったのだ。


『マルク坊やか……!』
『ロイ、どうして貴方が……!?』
『……?様子がおかしいな』


応答が返ってこない違和感に気が付き、ディムロスは訝しむが、代わりに新たにロイから手渡された人格投射がされたソーディアンに宿ったロイが口を開いた。


『お、アトワイトか。俺にとってはさっき話してたような感覚だが、多分お前たちの知ってるロイじゃないっていうのは確かだな』
『一体どういう事だ?』
『……成程な、君たちが辿って来た時代で新たに投射されたソーディアン・ロイということか』
『はは、相変わらずディムロスは察しが良くて助かるぜ。ちょっと口煩いけどな』


ロイの性格も変わっていないなとディムロス達は安堵したように懐かしんだ。そしてユウリィは長年に渡って手にしてきたソーディアンを翳しジューダスに懇願した。しかしその目は真っ直ぐで、譲れないと言っているようだった。


「この剣に、最後の役割を担わせて。人格こそは宿っていないけど、ソーディアンとしての役割は十分に果たせる」
『そ、それはそうかもしれませんけど、その剣はロイの……!』
『シャルティエ』
『ロイ……』
『……詳しくは言わなくていい。俺の"忘れ形見か何か"は知らないが……例え物が残らないとしても、確かに残ってるものがあるだろ?』
「……」
「あはは……当然だよ。ロイから貰ったもの全部……私の中に残ってるから」
『それにただの剣が残った所でこの二人に茶々入れるやつが居なくなるだろ?』
「相変わらず減らず口だな、お前は」


人格投射されたばかりのロイとの付き合いはまだそれほど経っていない筈なのに、何時も通りだったあの頃の代わり映えのないやり取りのように錯覚してしまうのだ。


「……いいのか、ユウリィ」
「……勿論。私のエゴでしかないのは分かってるけど、この剣に、ソーディアンとしての意味を持たせたいの。彼に、敬意を表して。ごめん、シャルにはもう少し付き合ってもらうことになるね」
『ユウナ……』
『……"俺"に敬意、か』


ユウリィは踵を返し、神の眼に向き合った。そしてコアクリスタルを撫でて、ユウリィはその剣を構えた。


「ロイ……今まで、不甲斐ない私を支えてくれて本当に、ありがとう……!」


ーーこちらこそだよ

そんな温かくも心強い言葉が、聞こえたような気がした。
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