水月泡沫
- ナノ -

24

一行はディムロスを説得しに会いに向かったのだが、一人の兵士が慌てた様子で駆け付けて、ディムロスに在る物を渡した。スパイラルケイブにて待つと言う手紙と共にアトワイトのブレスレットが門の前に落ちていたのだ。
敵の罠だとディムロスは頑なにカイルの説得を拒みアトワイトの救出をしないと告げたが、カイルは真っ直ぐだからこそ、大切な人を失おうとするディムロスを放って置けなかった。スパイラルケイブに向かおうと意気込むカイルに、それまで黙って事の成り行きを見守っていたジューダスは口を開いた。


「世界中の人を敵に回してもその人間を助けたいと思うのか?……その選択は容易なことではない」
「……そうか、お前も……いや、お前達もそうだったな」
「お前にも何れその選択を迫られる時が来るだろう。だが、後悔だけはするんじゃないぞ」
「人から罵られたっていい。正しくないと言われてもいい。だから自分が後悔しない選択をしてほしい」
「ジューダス、ユウリィ……うん、解ったよ」
「……」
「はは、お前らが言うと重みのある言葉だな」


英雄とは周囲が望む行動をして人々を無償の善意で救う事でなる物はない。スタン達もそうだったが、彼らは自分達の目の前にある問題を時に迷いながらも選択して行動しただけなのだ。それが結果として人々を助けて、英雄と呼ばれる行為となっただけだ。
他者からの評価以上に、自分がどうしたいのかという判断を大事にして欲しいとジューダスとユウリィはカイルに伝えた。

カイルがどんな選択を迫られる時が来るのかーーそれは分からないけれど、その時がもしかしたら近付いているのかもしれないと何となく思うのだ。


スパイラルケイブに向かい、警戒しながらも洞窟へと足を踏み入れた。足元が見える程に明るく、時折ぴちゃりと天井から滴がしたたり落ちる。
螺旋状の洞窟を下りていくとカツンカツンと足音が洞窟内に反響する。あまり魔獣も徘徊していないようで、罠も設置されている訳でもない。やがて広い空間に出て、鍾乳石の柱に人影を見付けて息を呑んだ。縄で手足の自由を拘束されたアトワイトの姿があったからだ。

「アトワイトさん!」

カイル達が来たことに気が付いて「来てはいけない」とアトワイトは叫んだが、時すでに遅く、駆け寄ろうとしたその時魔法障壁が囲った。
重力によって立ち上がれず、その重みに耐えながら奥歯を噛みしめているとアトワイトの前に立ちはだかるように現れたのはバルバトスだった。


「来ると思っていたぞ、カイル=デュミナス」
「くっ、バルバトス……!卑怯だぞ!」


ディムロスが来なかった事に不満を漏らしながらも魔法障壁の範囲を狭めて口角を上げて怪しく笑いながら巨大な鉄の斧を手にカイル達を追い詰めていくバルバトスだったが、刹那、焔が目掛けて放たれて彼は仰け反った。


「うそ……どうして……」
「デ、ディムロスさん……!?」
「それにハロルドまで居るじゃないか!」


振り返ると、そこに居たのはこのスパイラルケイブには居ないはずのディムロスだった。彼の手にはスタンも手にしていた、半球状のレンズがはめ込まれたソーディアン・ディムロスが握られている。
アトワイトも驚きが隠しきれないのか目を丸くしている。そして彼の後に続いて駆け込んできたのはソーディアン作製の作業の為に物質保管庫にいた筈のハロルドだった。


「ディムロスの手にあるの、もしかしてソーディアン……!?」
「ごめんねぇ、ちょっと遅れちゃったわ。こいつを引っ張り出すのに時間かかっちゃって」
「まんまとだまされたよ。新兵器のテストだと言われて来てみれば」
「でも、こいつが相手なら思う存分やれるでしょ?」
「あぁ、その通りだ!」


魔法障壁も解除され、一対八では分が悪いと踏んだバルバトスは悔しそうに舌打ちをしながら闇に紛れて消えて行った。ディムロスはアトワイトに駆け寄り、彼女の状態を確認した。
一度は見捨てたと罵られようが、失いたくなかったからこそ助けに来たのだ。そんなディムロスを――アトワイトは目に涙を溜めながら叩いた。

「貴方は関係ないカイルさんや多くの部下を従える自分の身を危険に晒した。しかも、私情の為……たった一人の女の為に、です。決して許されることではありません」

貴方は軍人失格ですと告げたアトワイトだったが、喜びに表情をふと緩めて唇を噛み締めるディムロスをそっと優しく抱き締めた。そんな彼だからこそ愛しているのだと。軍人として来るべきでは無いと思っていたけれど、個人としての喜びを、自分自身の感情を抑えきれなかったのだ。


「好きな人が自分の事を助けに来てくれたんですもの。嬉しいに、決まってるわよね。それがどれ位嬉しいことか私には分かるわ」
「そっか……」
「……ねぇ、カイル。もし、すごく大事な事と、私のどちらかを選ばなきゃいけないとしたら……」
「勿論、俺は何があってもリアラを選ぶよ!」


迷い無いカイルの答えにリアラは言葉を失った。その答えを予想していたけれど、いざ本人からその答えを聞いてしまうと、揺らいでしまうのだ。

ディムロスからソーディアンを回収し、茶化しながらもハロルドの気遣いで二人を先に帰らせたが、上層部の決定を無視して結果的にアトワイトを助けに来たのだから処罰は免れないだろう。後姿を見送りながらも、先程カイルがリアラに言っていた言葉が引っ掛かっていたのか、ユウリィはぼうっと彼らに視線を送っていた。


「ユウリィ?」
「ううん、カイルのあの言葉、純粋で真っ直ぐだなぁと思って」
「確かにアイツらしいな。それ故に……迷う時も来るだろう」
「おいおいお前ら、俺より若いくせに熟年夫婦みてぇだよなぁ」
「フン、実年齢はお前の方が下だがな」
「ぐっ、可愛くねぇやつだ……!」
「あはは、実際に居た時代はともかくこの年齢のまま時を超えたから年下には違いないんだけどね」


実際に生きている年月を考えると、確かにロニの方が年上なのだ。確かにジューダスの方が基本的に落ち着いているし現実的な所もあるが、ロニも兄貴肌な所がある。
スパイラルケイブを後にして、地上軍の拠点への山道を歩きながら談笑をする。ここに来るときは緊張感や焦りからぴりぴりしていたが、少しばかりの解放感に満たされていた。
軍人であらなければならないとお互い私情を押し殺そうとしていたが、アトワイトもディムロスも幸せそうな顔をしていたのが非常に印象深かった。


「二人とも再会できてよかった……アトワイトさんも凄く幸せそうだったもの」
「そりゃあ、愛する男が命令違反をしてまで助けに来てくれたんだからね」
「ナナリーもあぁいうのに憧れる?」
「まぁ、あたしも女だからね。ユウリィはどうだい?」
「え?……それ相応の覚悟と責任を一人で背負って私を助けようとする人だから、逆に、放っておけないかな」
「まったく、ジューダスも隅に置けないやつだね」


困ったように笑いながらジューダスの背に視線を送るユウリィに、惚気話を聞かせてもらった気分だとナナリーは肩を竦めて、リアラも微笑ましそうに笑った。


「……?なんだ?」
『坊ちゃん、愛されてますねぇ』
「どういう意味だ、シャル」
『いえいえ、ユウリィに直接聞いてください』


ユウリィ達の会話が聞こえていたのか、微笑ましそうに笑いながら零すシャルティエに、ジューダスは何だと怪訝そうな顔をする。

二日後、拠点に戻って来たカイル達はハロルドの研究所に向かってから司令が首を長くして待っているだろうラディスロウへと足を運んだ。雪を払って中に入り、扉を開くとソーディアンチームが全員揃っており、緊張感が漂っていた。
丁度ディムロスの件での査問会が行われようとしている所だった。証言人であるカイル達やハロルドを待っていたのだ。

リトラーはハロルドとの新兵器の実験中に、上層部の決定を無視し勝手な判断でアトワイトを救出した旨を改めて伝えた。
処罰されないことには下の者に示しが付かないと厳しく自分を罰するディムロスに、カイルは納得いかないと唸ったが、ディムロスの証言にハロルドも相違ないと頷いてしまう。


「作戦行動中の独断専行および、上層部の指示無視は厳罰に値する。よって、中将にダイクロフト突入作戦の前線指揮官の任を命ずる」
「ど、どういうことですか、司令!」
「前線指揮官と言えば最も死ぬ確立の高い役職だ。十分、厳罰に当たると判断した」
「からかわないで下さい!私がその職務に当たることは既に決定済みで……!」


クレメンテが、捕らえられる前までは前線指揮官の任はクレメンテに任せることになっていたのだ。クレメンテが高齢だからディムロスが担当した方がいいのではないかとカーレルと話していたのは事実だがそれは軍の命令ではなくあくまで個人間の口約束に過ぎないと交わされ、一本取られたといった所か。
「ディムロスを失いたくないと言う者たちの気持ちも察してやれ」というリトラーの言葉に、ディムロスは深々と頭を下げた。


「ハロルド、ソーディアンはどうだ?」
「実践データはバッチリ!あとは調整だけよ。直ぐにでも用意できるわ」
「ならばソーディアンチームはハロルド君と共に研究所に向かってくれ。作戦開始までに使いこなせるようにしておくこと、以上だ」


解散となって会議室から人が居なくなり、自分達はどうすればいいのだろうかと戸惑っていたカイル達にハロルドは提案した。


「折角この時代に来たんだから見たいでしょ?」
「もしかして……」
「ソーディアン誕生の瞬間よ。ま、ディムロスの件のご褒美ってことでね」
「あ……」
「まさかあのソーディアンの誕生を目の前で見られるなんてなぁ!」
「本当にいいの!?……あれ、ユウリィ、どうしたんだろう?」
「……落ち着かなくて当然だろう」


ソーディアンが完成するその瞬間を目の前で見られることに興奮するカイル達とは反対に、ユウリィの顔からは血の気が引いている気がした。しかし、ハロルドも先日言っていたが、ロイはソーディアンチームに入っていなければ剣さえもハロルドは設計していない。今回のソーディアン投射実験も、あくまで研究員、ハロルドの助手として見守る役に過ぎないのだ。
ジューダスの背に在るシャルティエでさえも真相を知らないのだから。彼がソーディアンになった本当の切っ掛けや経緯を知りたいと思いながらも、知るのが怖くもあった。


「これがソーディアンの刀身ですか。綺麗ですね……コアクリスタル周辺の剣の錬成はロイがしたそうですね?」
「あぁ、剣の設計は全部ハロルドだが他の完成までに関しては頼まれたからな。お蔭で寝不足なんだから、使いこなしてくれよシャル」
「あはは、ロイがそれだけ頑張ったなら期待にも応えなくちゃですね……でも人格投射って、僕自身に影響は本当に出ないのかな」
「まぁもしかしたら痛いかも知れねぇけど」
「えぇ!?」
「はは、冗談冗談」


一足先に来ていたソーディアンチームの若き少佐、シャルティエと話していたのは剣を機会に設置していたロイだった。ハロルドの助手である彼はこのソーディアン作成に大きく携わっている。親友の活躍に感嘆の声を零しながら、談笑するシャルティエも何時ものようなプレッシャーから来る愚痴を零すことはなかった。
ロイと話していると、劣等感を抱くよりも先に自分に出来ることをやってみようという気になるのだ。その結果失敗したとしても、彼は愚痴を聞いてくれるからだ。


「ロイ、準備はばっちりかしら?」
「やっと来たかハロルド。この通り、全員の検査も終わってもう後はスイッチ押すだけだ。って、そいつらも見学に来たのか」
「は、はい!」
「えぇ、私の部下だし構わないでしょ?」


扉を開けて入って来たハロルドとカイル達を振り返り、ロイは一瞬浮かない表情をしているユウリィに視線をやったが、ソーディアンチームに指示をして人が入れるようになっている窪みのある機械の柱に立たせた。
そしてソーディアンを収めたその柱がハロルドの操作によって輝きを増して、瞬間稲妻のような眩い閃光がソーディアンから放たれる。その眩しさに目を瞑ったその時、室内の電源が落ちたのが分かった。

目を開けるとそれぞれ力なく項垂れており、電源を再びつけて彼らに駆け寄ろうとしたのだが、うっと項垂れながらも目を覚ました。そして、コアクリスタルは開き、輝きを放って彼らと同じ声で会話を始めた。そう、ソーディアンへの人格投射に成功したのだ。

目を覚ましたディムロス達は再びその剣を手にし、まるで自分の手の一部の様な感覚だと感心した。
晶術という特殊な力を使えるのだと得意げに説明するハロルドに、カーレルは我が妹ながら時々空恐ろしくなると苦笑いを零した。


「アンタたち、司令にソーディアンは完成したって伝えて来てくれる?」
「うん、分かった」
「あとロイ、アンタにここの後処理任せたわよーあたしはこの研究所の地下にある実験場で半日でソーディアンを使いこなせるよう叩き込むから」
「ったく、丸投げかよ。厳しいだろうが頑張れよ、シャル……」
「うう、耐えて見せますよ……」


上機嫌な様子でソーディアンを手にしたディムロス達を連れたハロルド、そして伝令を伝える為に出て行ったカイル達を見送り、扉が閉まり一人になったロイはふうっと息を吐いて操作盤に触れて再び電源を入れる。

そしてロイはその背に隠してあった一つの剣を取り出した。
ハロルドが設計した訳ではないが、真新しく美しい紋様が柄の部分に彫られている細身の剣でーーユウリィが持っているソーディアンと全く同じものだったのだ。地上での施設では一年に一度しか作れず、ベルクラント開発チームに託していた物とは別に、試作としてハロルドと共に研究していた高密度集積レンズが役に立つ時が来るとは。


「この判断が吉と出るか、凶と出るかはやってみねぇと分かんねぇな」


ふっと笑みを浮かべてソーディアンを柱に設置し、スイッチを押したロイは柱の窪みに入り込んで目を閉じた。
-48-
prev next