水月泡沫
- ナノ -

23

ハロルドの作製した飛行船でダイクロフトに強行着陸をし、チームを二つに分ける。今回の目的はベルクラント開発チームおよびクレメンテ、アトワイト両氏の救出だ。
敵の撹乱を行い、制御室を奪取しダイクロフトの全機能を一時的にマヒさせる。その隙に合流し、脱出ポッドで帰還するという作戦だ。その話を聞き、疑問の声をあげたのはシャルティエだった。帰りには使えないのかという疑問にハロルドは当たり前のように片道分しか想定していないと答えた。
少数精鋭で突入するからこそ、その機械を守る人員は割けないということだった。


「……やれやれ、兄さんの言う通りホントに余裕ないみたいね」
「え?だってディムロスさんすごく堂々としてたけど……」
「いつもの言葉が出てないのよ」


作戦前に必ず部下に「生きて帰ってこい」というはずのディムロスが他人のことに目が入っていないのはらしくないとハロルドは指摘した。

ロケットに乗り込み、スイッチを押すと激しい揺れと共にロケットはダイクロフトの格納庫に到着した。揺れや到着地点も計算通りと頷くハロルドだが、もう少し抑えることは出来なかったのかと頭を抱える。
ロケットから降りたディムロス達は先導し、カイル達は後から彼らを追いかけたが、途中で現れた魔物にハロルドは疑問をおぼえた。
似たようなものは存在しているがそれよりも異常なほどまでに進化を遂げていて、つまりは誰かがこれを未来から連れて来た可能性があるのだが、心当たりがあるかと聞かれ、ロニは溜息を吐きながら頷いた。

エルレインの手下が既に天上軍に入り込んで支援しているのだろう。


「ふむふむ、つまりあんたたちの目的は歴史修正って訳ね。そのエルレインってやつが天上軍に肩入れして、この戦争を勝たせようとしている。で、それを阻止する為にこの時代に来たと」
「えぇ、その通りよ。私たちはエルレインの歴史介入を防ぐ為にここに来たの」
「歴史を弄るなんて随分と面白そうなことやってるじゃない。そいつ、神様気取りね」
「いえ、神の名を騙ってるんじゃないわ。本当に神を光臨させてその力を使っているの」


本物の神相手に喧嘩を売っているのだと気付いたハロルドは噴出して肩を揺らしながら大笑いをした。神という存在が、彼女の興味関心に引っ掛かってしまったのだ。


「面白くなってきたじゃない!神様と喧嘩なんて、最高だわ!よ〜し、私の頭脳が神をも凌駕すること証明して見せるわ!」
「なんだかハロルドらしい……」
「時空を歪める実験は私も興味あったのよね〜ロイに頼むわけにも行かないし、この際データ収集してやるわ!」
「ロイさん?」
「ん?知らない?あいつも同じようなこと出来んのよ。まぁ、内臓へのダメージとかあるから使わせないようにしてるけど」
「っ、」


ハロルドの言葉にユウリィは息を呑んだ。自分の好奇心を満たすためなら無茶振りをするハロルドでさえ、ロイには力を使用しないように言い続けていたのだ。そして力を使ったその末路を知っているユウリィにはロイの話はあまりに辛かった。
ロイを相棒にしていたことは知っていながらも、ユウリィとジューダスがこの時代に来た際の犠牲を知らないカイル達にはユウリィの揺れ動く感情に気付けなかった。ただ、ジューダスとシャルティエを除いて。


「ロイさんって、エルレインやリアラと同じことが出来るの……!?」
「神の奇跡みたいな力をこの時代の人で使えた人が居たなんてこりゃ驚いたな……リアラも知ってたか?」
「いえ……エルレインは、もしかしたら知ってたのかもしれないけれど……ユウリィは、知って……?」
「……え、っと……」
「……今その話を掘り下げる時間も無いだろう。やるべきことに集中するぞ」
「そうだね、すっかり先に行ったメンバーの背中も見えなくなっちまったことだし」


ジューダスのフォローに助けられたとほっと胸を撫で下ろし、先に進むハロルドの背を追い掛けた。彼が力を有していたが故に下した決断を、カイル達に話す勇気はまだなかったのだ。

ディムロス達に追い付いたのは彼らが足止めを食らっていた時だった。パスワード式になっていてびくともしなかった扉をハロルドはいとも簡単にこじ開けた。相変わらず常識が通じないと兄のカーレルは苦笑いを浮かべた。
扉の奥には捕らえられていたベルクラント開発チームの人間と白を基調とした衣装を身に纏い淡い菫色の長い髪が特徴的な女性と皺の目立つ歳もいっているだろう男性が居た。その二人こそがソーディアンチームの一員であるアトワイトとクレメンテなのだろう。


「急ぐぞ、ディムロス中将。ここにもじきに追っ手が来る」
「これより格納庫を目指して敵中を強行突破します。我々から決して離れないで下さい。当初の予定通り、制御室を乗っ取ってダイクロフトの機能を一時的に停止してくれ」
「任せときなさいって」
「カイル君!ハロルドのことは頼んだぞ!」


ディムロスに直接何かを頼まれたのはその時が初めてだった。

ディムロス率いるAチームは人質になっていた人間を連れて格納庫を目指し、制御室に乗り込み見張りを気絶させたはいいが直前に増援を呼ぶ連絡をされてしまい、もはや猶予も無かった。早速中央にあった機械を手探りで、とはいえまるで慣れた手つきでハロルドは動かし始めた。


「ハロルド、本当に大丈夫なの?」
「私の辞書に、不可能の文字は無いわ!いい?五分間だけ時間を稼いで。それだけあればメインコンピュータをハッキング出来るわ」
「分かった、その間ここを守ればいいんだね!」
「五分って言っても、結構しんどいぜこりゃ……!」
「どこからこんなに魔物が出て来るの……!?」


倒しても倒しても沸いて出て来る増援に手こずりながらも五分時間を稼ぎ、そして鼻歌交じりにカウントダウンしたハロルドがボタンを押したその瞬間、ダイクロフトが静かになった。
振り返ったハロルドは子供のような笑みを浮かべてお疲れさまと声を掛けた。脱出用ポッド以外のダイクロフトの全ての機能が停止し、ベルクラントもお休み中なのだ。

あとは脱出ポッドに向かうだけだと急いだのだが、ディムロス達と合流し乗り込もうとしたその直前に姿を現した男に呼び止められる。

「遅かったな、カイル=デュナミス」

そこに現れたのは以前ストレイライズ大神殿で対峙したバルバトス=ゲーティアだった。その名と顔をディムロスも知っていたようで、バルバトスは深い笑みを浮かべながらディムロスに対して礼儀正しく挨拶をした。地上軍の小官だった彼をディムロスが始末した筈だったのだ。


「確かに俺は一度死んだ。だが、貴様への尽きぬ憎しみが俺に再び命を与えたのだ!さぁ、始めようか……次は貴様が死ぬ番だ、ディムロス!」
「ぬかせ!生き返ったのならもう一度、倒すまでだ!貴様との積もりに積もった因縁……今度こそ、ケリをつけてやる!」


剣を振り下ろしたがそれをバルバトスは軽々と避けて圧倒的な力でディムロスの身体を吹き飛ばし、嘆かわしいと言わんばかりに溜息を吐いて頭を押さえた。
ディムロスもまた、バルバトスの闘いでの渇きを癒す相手には務まらないのだと。


「ならば、せめて最後は楽しませてくれ。……そう、断末魔の叫びをな。少しずつ、切り刻んでやろう」
「やめなさい、バルバトス!あなたが殺されたのは、仲間を裏切り天上軍に寝返ろうとしたためでしょう!」


だというのに生き返った上にこんな形で復讐を遂げようとするなんて逆恨み以外の何物でもないと叫ぶアトワイトに、バルバトスは怪訝そうな顔をする。


「もしあなたに軍人としての誇りが少しでも残っているのなら今直ぐ剣を収めて退きなさい!」
「……何時もそうだアトワイト。お前はなぜ命を張ってまでこの男を庇う?いっそ、俺の女になれ。そうすれば、何もかも手に入る。力も、金も、永遠の名声さえも!」
「や、やめろ、バルバトス!彼女には……アトワイトには手を出すな……!」


最大限に苦しめる方法があったと、アトワイトに斧の刃を向けた途端にディムロスは先程以上に焦りを露にし、剣を突いて立ち上がろうとする。しかし、アトワイトを連れてバルバトスはその場から姿を消してしまい、悔しさを押し殺しながらもディムロスは何かを堪えるように拳を握りしめた。


「ディムロスさん、ここで待っててください。俺たち、アトワイトさんを探してきます!」
「アトワイトさんを連れてそんなに遠くには飛べない筈です。まだ、この近くに……」
「……いや、このまま脱出だ。君たちも早くポッドに乗りたまえ」
「何言ってんだ、あんた!仲間が人質にされたんだぞ!それを見捨てて帰るって言うのか!?」


開発メンバーの救出は成功したのだからこれ以上の犠牲を増やさないためにも一刻も早く退却すべきだとディムロスは提案し、アトワイトも軍人である以上、死を伴う危険も覚悟している筈だと告げた。
納得がいかないと主張するカイルの背を押したのはハロルドだった。脱出ポッドに乗り込んだ後、ハロルドはちらりとディムロスを見やる。正直納得できないと思いながらもそうすることしか出来なかったのだ。


リトラー司令部は開発チームの救出に関しては作戦成功だと述べ、捕らわれたアトワイトの捜索を行うかどうかに関しては上層部で会議にかけると述べた。今直ぐアトワイトを探さなければ彼女の命は危険に晒されるだろう。
しかしディムロスも駄目だと頑なだった。ベルクラント開発チームの協力によってハロルドが研究中の武器も間も無く完成されるし、それを待って発令される天上軍との最終戦を控えた今、戦略的に無意味な行動を取るべきでは無い。
そう、それが軍隊と言うものなのだ。仲間だからこそ助けたいと思う真っ直ぐなカイル達には、理解したくない考え方だった。


「こんなんでいいのかよ!なんで誰も反対しないんだよ!仲間を見捨てるなんて……絶対にダメだよ!」
「だから、助けないって選んだんでしょ?ねぇ、人の命の重さってどれくらいだと思う?」
「は?」
「ディムロスは地上軍の全兵士について責任を持ってる。つまり、あいつはそれだけの重さの命を預かってんのよ」
「……つまりディムロスはアトワイト一人の命と引き換えに地上軍の全兵士の事を優先した、と?」
「そういうこと。そして、一度決めたからにはそれを貫く義務がある。それが、あいつの持ってる中将って肩書きの意味よ」


ハロルドの言葉に、カイルは押し黙った。中将として彼は正しい判断をしたのかもしれない。しかし、その結果アトワイト一人を切り捨てなければならないのだ。どちらとも守るという選択肢は本当にないのだろうかとやるせなくなる。


「それより、ちょっといいかな?私、これからソーディアン完成に向けて総仕上げにかかんなきゃいけないの。物資保管庫へロイと一緒に行ってくるわ」
「ろ、ロイ、さんと?」
「えぇ、知らなかったみたいだけどソーディアンの設計は全部私でも、実際にきちっと作るの手伝ってんのはロイよ?」
「そう、なんだ……ハロルドが設計したソーディアンは全部で幾つ?」
「全部で6つね」


つらつらとマスターになる予定の六人をあげていくハロルドの口からロイの名前が出ることはなかった。初めてハロルドに会った時も言っていたけれど、ユウリィが持っている剣にコアクリスタルがありソーディアンらしき物だと気付きながらも、彼女も初めて見るデザインだと言っていたことを思い出した。
それならばこの剣はどうして生まれて、自分が居た時代まであったのかが謎だった。まさか生まれるべき切っ掛けをエルレインの時空操作によって既に潰されてしまっているのではないかという嫌な考えも浮かぶが、ロイに接触をしている風でもないのだ。


「あ、そういえばさ。恋人同士なんだよね、あの二人。ディムロスとアトワイト」
「!?だったら、どうしてディムロスさんはあんな……!」
「ディムロスさんには、責任があるから……だと思う。すごく重い責任を前にしたら自分の想いを簡単には貫けなくなるから」
「しかし、今更何故そのことを僕たちに告げた?」
「触媒。内的要因に見込みが無いなら外的要因によって変化を促す。例え、それが毒であってもね。あ、でもあんた達は薬だと思ってるから安心して」
「はぁ……分かったような、分からんような……」


ハロルドは遠回しに伝えてくれたのだ。このままでは恋人であるアトワイトの死を待つことしか出来ず、そして意志を変えないだろうディムロスに説得できるのはカイル達なのだと。
カイルはもう一度ディムロスを説得する意思を固めて、頷いた。部屋を出て行くカイル達だったが、リアラの足が止まっていることに気が付いてユウリィは部屋を出る直前に振り返り、どうしたのだろうかと思い引き返した。


「愛する人と自分の使命を天秤にかけた時、どんな決断を下すのが正しいのかしら……」
「リアラ……?」
「……ううん、少し気になっただけなの。ねぇ、ユウリィはどう思う?」
「私は……リオンを、追いかけたから」
「あ……」
「周りから見たらその判断は正しくない筈。でも、私はそうしたかったしそれが正しいと思ったから自分の気持ちに従って行動したの。だから、あんまり偉そうな助言は出来ないかな」


苦い笑みを浮かべるユウリィに、リアラは言葉を失った。結局正しいかどうかという一般的な価値観よりも、結局は自分がどうしたいかという意思に委ねられているものなのだと教えられたからだ。
ユウリィは愛する者と共にある為に大きすぎる犠牲を払ってきたのだ。そしてその責任も背負い、自らの選択に後悔をしていない。それが今のリアラにとっては羨ましくも思えたのだ。
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