水月泡沫
- ナノ -

22

「あーもう無理、流石に眠くて辛い」
「うんうん、我ながら良い出来栄えだわ!」


取ってきたパーツを取り付ける作業を終えたハロルドは目を輝かせて今しがた出来上がった飛行艇を見つめる。手に入れられる物資では行きの分しか持たないだろうが、それでも派手に乗り込む事が出来るだろう。
嬉しそうに鼻歌を歌うハロルドの横で椅子に寄りかかって軽く目を瞑っているのは徹夜作業を続けていたロイだった。

物質保管庫から取ってくるパーツを組み込む以外にも傷付いた飛行艇の修復作業は殆ど彼に任されていたから開放感半分、放心半分と言った所だ。


「んじゃロイ、兄貴でも誰でもいいから報告よろしく!」
「お前のその人遣いの荒さには感動するよ。まぁ、俺は明日ダイクロフトに乗り込まないけどさ」


ふぁ、とひとつ大きな欠伸をして伸びると、作業所から出て作戦会議室に向かう。作戦決行は飛行艇の完成する時にかかっていたが、恐らく皆明日だと予想して眠り始めてる人も居るだろう。アトワイトが捕まっている今、ディムロスが大人しく寝ているとは思わないが。
声を掛けてから作戦会議室に入ると、書類や地図を机に広げて作戦を練っていたリトラーが顔を上げる。研究者にも武器開発や移動手段の確保などそれなりの責任はあるけど、軍師は比較にならない位大変だな。

(俺には向いてないって)

長期になっている天地戦争の影響で地上軍の兵数も中々苦しい所がある。ディムロス達にしてみれば剣を扱える上にソーディアンの適正だけは持っている人間なんて軍の中に入って活動して欲しいんだろう。
けど、残念ながら俺にはディムロス達のような大層な志は持ち合わせていない駄目な人間だ。この戦争の結果によって自分の命が脅かされるのに、何の感情も沸いてこない。

――俺には守る対象もなければ、自分の命に対しても執着心も無いのだから。

ハロルド達と会う前に比べたら大分感情表現も豊かになったし、友人と呼べる人も出来たしハロルドの世話係になりつつあり普通の人に近づいてきたけど、やっぱり、根っこは変わらない。
報告を終えたのだが、リトラーは書類から目を離して顔を上げた。視線が合って、居心地が悪くなる。


「ロイ、気持ちは変わらないのか?」
「俺は軍の人間になるべき人格を持ち合わせてない、分かってるだろ?……ソーディアンの方は順調に進んでるから安心してくれ」


リトラーに痛い所を付く余計な事を言われる前に言い切ると、返事も聞かずに廊下に出る。静かな廊下にパタン、と扉が閉まる音が響き渡って一抹の寂しさを覚える。

俺には、無理なんだよ。
意志が無い以上、自ら武器を奮って戦争を終結させる事は出来ない。あくまで俺の思考回路は一人の為に構成されてる。仲間を助けたり部下を守る動きが、出来ない。


「あれ、ロイじゃないですか。こんな夜遅くにどうしたんですか?」
「今完成報告したとこだよ、シャルティエ」
「もう完成したんですか!?流石はお二人というか……」


物思いに更けていたせいか、廊下の奥から近づいて来る友人に気付かなかった。
軍人には珍しく実力を発揮出来ないコンプレックスに頭を悩ませている気弱な少佐、シャルティエ。少佐という立場でありながらハロルドにソーディアンの適正を見出だされて仲間入りをしている。
けれどディムロス達他の面子との階級や実績、若さ故の人望の差にフラストレーションが溜まっているのか愚痴を聞かされる事もしばしばある。


「だからこんな所ふらついてないで早く寝ろよ?」
「いや……実は昼に結構な時間仮眠を取ってたんですよ。目に隈が出来てるし精神的に追い込まれてるように見える、って言われて……」
「カーレルか?」


ハロルドは先ず絶対そんな事を言わないし、何時ものディムロスならともかく今は余裕が無いから人に気配りが出来ないだろう。そうなると可能性としてカーレルでは、と思ったのにシャルティエは違いますよ、と笑いながら否定する。


「ロイが言ってたあの子、ユウリィって言うんですけど彼女にそう指摘されて……優しいですね、彼女は」
「へぇ、ユウリィって言うのか……」
「そう言えばロイはどうして彼女を気にしていたんですか?珍しい事だったと思って」
「ちょっと、色々あってな」


言葉を濁した俺に、シャルティエは不思議そうに首を傾げる。俺だって、ただのハロルドの気紛れで入ったという部下ならそれほど興味は抱かなかった。

――けど、俺を見た時の彼女の顔がくっきりと焼き付いて頭から離れない。

喜びや戸惑いや哀しみや後悔、色んな感情が入り交じった顔はあまりに印象的だった。
勿論面識は無いし、ハロルドが紹介した訳でも無いのに、俺を見て名前を一致させた。もしも誰か別のやつから聞いていたとしても、どうしてあんな顔をしたのか分からない。

まるで、生きている事が信じられない人間に会ったみたいな反応。知り合いに似ていた、なんて見え透いた嘘を付いた理由は分からないが、あぁ言わなかったらきっと彼女は泣いていただろう。何で、あんな顔したんだ?何で、俺なんかで。

そしてもう一つ彼女と、その横に居た仮面被った男の背に隠されていた剣に目を疑った。
刀身を覆う鞘しかちらっと見えなかったがあの色と形は試作品で作ったソーディアン・シャルティエそのものだった。そして、ユウリィの腰に収まっていたあの柄は見た事はないが、ソーディアンに間違いないだろう。
一体どういう事なんだ、って聞きたい位だ。


「俺からしてみれば、シャルティエも随分気に入ったように見えるけどな」
「日に日に増していく責任と期待に最近は心も荒んでいたという自覚があるので不安定だったんですが……ユウナの言葉を聞いて何故か凄く安心したんです、初対面なのに不思議ですよね。そんな気がしない」
「初対面な気がしない、か……」


抽象的な例えでしたかね、と苦笑するシャルティエの顔は確かに最近の追い詰められた余裕を失った物とは違った。
シャルティエの言いたい事が何となく分かるような気がする。初対面な筈なのに、見えない部分で繋がっているような、そんな根拠も無い予感だ。


「何となくだけど、彼女の言ってた事はロイに似ていたような気がします。誰かの受け売りらしいですけど。あ、勿論もう少し優しい感じですよ」
「弱気なくせして俺には包み隠さず言ってくれるよな、お前は。……誰かの受け売りか」


今初めて名前を知った自分と同い年位の少女の言動、特徴を頭の中で並べて、――思わず馬鹿馬鹿しく思える仮定を立ててしまった自分に呆れ果てる。
突然現れて、他に存在しない筈のソーディアン、しかも恐らく完成形を持っていて、俺の事を知っていて。それだけで俺達とは違う時代から来たんじゃないか、なんて非現実的な馬鹿げた仮定だ。

けど、もしアイツらのうち誰かが俺と同じ様な能力を有していたとしたら。世界を成立させている因果律には時と空間が大きく関わっている。その一つを統べていたら可能性として時を越えるというのは零ではないが、問題はあの人数。
俺は自分と対象者、合わせて二人にしか使えないし、使う度に身体が悲鳴を上げる。内部からも外部からも引き裂かれそうになるのに、そんな事が可能なのか?
でもそうなると、俺は未来で、アイツに会ってたって事か?軍人にもならず、適正があるのにも拘らずソーディアンチームに入らなかった俺が。


「ロイ?」
「いや、何でも。俺ちょっと寝てくるわ、徹夜続きだったしな」
「ハロルドの分まで頑張っていましたからね、お疲れ様です」
「お前も劣等感云々言ってないで明日頑張れよ、誰が何と言おうとお前は隊を引っ張る人間だって俺も認めてるんだ。それに、愚痴言うなら全部終わった後にだけ聞いてやるから」
「やっぱり、世話好きですよロイは」
「ディムロス達には負けるよ」


じゃあな、と手を振り去っていくロイを見送り、シャルティエは再度考えて確信していた。
単なる偶然かもしれないけど、やはり少し気になる。というか、ロイも本能的に似てるって思ったから彼女の事気になったのかなぁ。あの礼儀正しさとか醸し出す優しい雰囲気は決定的に違うと思うんだけど。


――やっぱり、ユウリィの言っていた事と今ロイが言った事は似てる。
-46-
prev next