水月泡沫
- ナノ -

21

一日経てば、気持ちも少しばかり落ち着いて何時も通りとは言わないけれど、大分冷静になった。
朝になってハロルドが自室に戻って来て開口一番に「ゴミあさりに行くわよ!」なんて言ったから驚いた。朝から別の研究室に篭っているらしくロイの姿はなく、あの時から彼の顔を見ていない。何だか、複雑な気分。

ハロルドがゴミあさりと言ったのは物質保管所に残されている部品を集める為だった。ベルクラントに突撃する為に機体のパーツが足りなかったらしいが、ただのゴミあさりでは済まなかった。
そこには毒々しく紫色に色付いた煙と言う名の毒煙が充満していて、体を蝕む毒に犯されない時間内に取る事を余儀なくされ、死ぬ気で急いで見つけ出しそれを手に地上軍拠点に戻ってきたのだが、着くなり鼻歌を歌いながらハロルドはマシン製作の為に研究所へ直行してしまった。


「行っちゃった……」
「やっぱ変わってるぜアイツ。ん?そんな辛気臭い顔してどうしたんだよ、ジューダス」


遠くなっていくハロルドの後姿を見送ったロニは振り返った時司視界に移ったジューダスの浮かない表情に、本人に尋ねるのだが尋ね方が悪かったのかジューダスは眉を潜めて「黙れ」とロニを一喝する。


「クレメンテとアトワイトが捕らえられたのは果たして、史実通りの出来事なんだろうか、……と考えてな」
「もしかして、エルレインが歴史に介入したせい……!?」
「考えられるな……ベルクラント開発チームの投降をあらかじめ知っていれば、ワナを張るのは容易だ」
「このままだと、ソーディアンチームの存在自体が危うくなっちまう」
「そんな……!それじゃあ、……」


言いかけた言葉を寸前で飲み込み、危うく口を滑らせる所だったとほっと胸を撫で下ろす。ソーディアンチームの存在が無くなってしまえば、既に作られている剣は別として、そのコアクリスタルに投射された人格が消えてしまうのではないかと焦った。
エルレインの歴史介入による影響で、世界は同時に幾つものパラレルワールドが並立している不安定な状態だから消滅しない可能性は残されている。だからこの時代が改竄されたのだと気付いた後でもシャルティエは残っていたのだろう。そもそも、私たちも歴史に影響されずに行動できている訳だし。
しかしこの歴史が確定してしまえば、ドームの中で暮らす未来になってシャルティエまで居なくなってしまう。


「逆に言えばここで俺たちが頑張れば、歴史を元に戻せるってことだろ?」
「発想の転換と言うヤツか、カイル、偶にはいいことを言うじゃないか」
「っていうか、純粋に無茶なんだよこいつは」
「でも、カイルの言った通りそうしなくちゃお先真っ暗だからね、ハロルドに代わって先ずはリトラー司令官に報告したらどうかな?」
「そうだね、まったく、ハロルドは一応私たちの責任者なんだろう?熱心なのは分かるけどこれ位はちゃんとして欲しいよ」


ナナリーは溜息をついて肩を竦める。ハロルドの代わりにリトラーに報告しようと作戦会議室に向かったのだが、扉を開けようとした時に中から聞こえてきた会話にその手を止める。
どうやらそれはディムロスとカーレルの会話のようで、ディムロスが焦りからか苛立っているのがひしひしと伝わってくる。


「ここで焦ってもしょうがない。どのみちハロルドのマシンが出来ない事には動きようがないしな」
「それにしても遅いな、ハロルドは。どこで油を売っているのか……」
「……入るべきだね」


ハロルドの報告を待っていたディムロス達をこれ以上待たせるわけには行かず、失礼しますと声を掛けてから中に入る。カイル達の姿を見て安心したのか一瞬だけ空気が和らいだがそれでもまだ尚緊迫した雰囲気が伝わってくる。


「おぉ、君達か。首尾はどうだったかね?」
「必要な材料は揃いました。今ハロルドが組み立て作業に取り掛かった所です」
「うむ、ご苦労だった。ハロルドのマシンが完成するまで待機していてくれ」
「あの……まだそんなに疲れてませんしなにか、手伝える事はありますか?」
「その必要はない、作戦開始まで休養を取りたまえ」


カイルの申し出を切り捨てたのはディムロスだった。狼狽するカイルに、命令だと短く告げる彼から感じるのは余裕の無さ。カーレルに促されてディムロスも休息を取りに部屋に戻ったが、その横顔は不満そうな物で休めない、という気持ちが全面に現れているようだった。
ディムロスの姿が見えなくなったと同時にカーレルは肩の力を抜いて「やれやれ…」と溜息を吐きながら呟いた。


「本来なら部下への配慮はディムロスの専売特許なんですけどね」
「部下への配慮って……あのディムロスさんがかい?」
「あぁ、君達は知らないのか。彼はね、兵達の間で最も人気があるんだ。突撃兵と異名を取るほどの強さも理由のひとつなんだが、それ以上に部下への接し方がある」


えこひいきや差別をせず、常に公明正大で誰かが辛い時には励まし、そして喜びを分かち合う。そんな男なのだとカーレルは語るが、そんな様子をここに来てから見た事がないどころか殺気だってさえいる彼からは信じられないとロニが声を上げる。


「ディムロスも余裕がないのさ。今度の作戦は必ず成功させなくてはいけない、そのプレッシャーのせいだろう」
「そうなのか……」
「だから、彼の事を悪く思わないでくれ。今度の作戦が終われば何時ものディムロスに戻る筈だ」


私の記憶の中にあるディムロスも、カーレルが語る通りの人だった。スタンのソーディアンだった彼は時にスタンを叱咤しながらも彼を励まし支えていた。
人一倍仲間思いな人だとは思っていたけれど、やっぱり軍人として活躍してた時も皆に慕われていたんだ。ロイとシャルティエは彼を認めてはいながらも、話すのは苦手としていたみたいだけど。

ロケットの完成まで待機を余儀なくされ、兵達の邪魔にならないようにふらふらと中を歩いていたのだが、前方を歩いてくる人にふと足を止める。銀髪に優しそうで、でも少し気が弱そうな青年は、ソーディアンのオリジナルとなったシャルティエだ。
あ、と声を上げそうになったけれどあのシャルは私を知らない。廊下の端に避けて通り過ぎるのを待とうとしたのだが、立ち止まったのはシャルだった。


「君、ハロルドの部下になった子だよね」
「は、はい。微弱ながら協力させて頂いてます。貴方はシャルティエさん、ですよね?」
「やだな、そんな敬語使われると僕まで緊張しますよ。昨日は挨拶出来なかったから改めて僕はピエール・ド・シャルティエ。ロイが君の名前を挙げてたからちょっと気になってたんです」
「!、ロイ、さんが……?」
「そうそう、僕も驚きましたよ。取っ付き易そうに見えてその実気難しい人だから人に関心を持たないんですけど……」


昨日ハロルドが言っていた通りだ。でもその関心が疑いなのかはまだよく分からない。
シャルティエも親友の興味が人に向けられたのを珍しく思っていたのか、少しばかりそんな相手と話をしてみたいとは思っていた。
今では親友という立ち位置に居る自分でさえ、友人になるまでにかなりの時間を要した。今は大分丸くなったとはいえ、警戒心が強い彼にしては珍しい反応だ。それも突然現れてハロルドの部下になったという子供に。


「何でも正直に言うから失礼な発言が目立つけど一応良い人ではあるから。今はハロルドと急ピッチで飛行艇の作業をしてるみたいだから苛立ってると思うけどね。昨日から徹夜してるらしいし、寝た方がいいのに」
「……シャルティエさんも、休んだ方がいいと思うな」
「え?」
「目に隈が出来てる。それに緊張してるように見えるから」


ユウリィの指摘にシャルティエは目を開いて驚いた。
確かにここ数日不安からか眠っていても目を覚ます事が多くて満足に眠れていなく、少し寝不足だなとも思っていたし、責任とプレッシャーの大きさにディムロスに負けじ劣らず緊張していた。ただ、自分は彼のように精神的に強くなかったので余計に気が滅入っていた。


「失敗するイメージをすると、人ってどんどん気持ちが落ち込んでいく。プレッシャーに押しつぶされて泣きたくなっても我慢して、全部終わった後にその分泣けばいい」
「あ……」
「これ、私を何時も叱って見守ってくれた大事な人から教わった事なの。……ごめんなさい、偉そうな事を」
「いや、そういう風に諭してくれる人が居なかったから逆に嬉しくて。そうだ!貴方の名前は?」
「私は、ユウリィです。作戦、頑張りましょうね。あ、あとちゃんと休息取ってください!」
「えぇ、勿論。ありがとう、ユウリィ!」


先程までの憂鬱そうな顔からは一変、少しだけ吹っ切れたような顔になってシャルは廊下を小走りで駆けていく。剣ではないシャルと直接話して、ユウナという名前で呼ばれるのは凄く新鮮で、少しだけ違和感がある。
あとで、シャルにこの時代のシャルティエさんと話したって自慢しよう。
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