水月泡沫
- ナノ -

19

光が消えて、辺りに広がる景色は先ほど居た場所のものとは大きく異なっていた。ただ、その景色に見覚えがあるのは確か。
雪が地面を覆い、幾つか立ち並んでいる木造の小屋の屋根にも雪は覆いかぶさっている。そう、ここはウッドロウに許可を貰って行ったイクシフォスラーを作っている地上軍の駐屯所のようだ。


「まずは情報を集めなくてはな。エルレインがどうやって天地戦争の勝敗をひっくり返すつもりなのか……それが分からないことには動きようがない」
「話してくれる人が居ればいい」


けど、と続けようとした時騒がしい足音、怒鳴り声。そして妙な機械音が近づいてきていることに気が付いて恐る恐る後ろを振り返る。


「待ちなさ〜〜い!」


その主は少女だった。きついピンクの短い髪はふわふわと揺れていて目は大きく、まるで猫のようだ、というのがユウリィの第一印象だ。
彼女が追いかけているのは浮遊している機械で、暴走を起こしているのだろうか、彼女の言うことを全く聞かずカイル達の周りを旋回している。


「こらぁ!あんたのマスターはこの私なのよ!言うこと聞きなさい!ちょっとばかし詩作パーツを組み込んだくらいで暴走するなんて!こらぁ〜!」
「……だ、だれ…?」
「止まれっていうのが分からないの?このポンコツが!スクラップにしてジャンク箱行きよ!」


ポンコツ、スクラップ、ジャンク。

この言葉が機械に火を付けたのだろうか、急にぴたりと止まって彼女を振り向きじりじりと寄ってくる。咄嗟にカイルの後ろに隠れた少女は機械を指差して命令をした。


「ちょっとあんた達!あれチャッチャと片付けちゃって!」
「……もしかしてそれは俺達に言ってるのか?」
「他の誰に言ってるように聞こえる?」
「俺達は関係ないだろうが!」


ロニと少女は言い争いを始めるが、その様子を彼女の味方だと判断した機械はカイル達までもを敵とみなし、取り付けてあるランプが怪しい光を放つ。
仕方なく武器を取り出し、攻撃してくる機械を交わして動きを止めるために攻撃をする。とどめの一撃はロニの振り下ろされた斧で、よろよろと地面に落ちていった。


「おいねーちゃん、怪我はなかったか?」
「……とうっ!」


返って来たのはお礼の言葉でもなく、感謝の気持ちも一切ない鋭いとび蹴り。しかも、それはロニにだけで、彼の体は地面へと落ちる。
鼻に付いた雪を振り払って立ち上がり、蹴った張本人である少女に戸惑いながらも怒鳴った。


「てぇ!な、なな、何しやがるこの野郎!」
「何って、仕返し」


しかし彼女は、壊したから仕返しと言う。さっき片付けてって言ってたのに、と呟くとそれが聞こえたのだろうか彼女はしれっとした顔をしていいじゃない、とさも正論のように言いのける。


「本来なら軍法会議もののところが飛び蹴りで済んだのよ?」
「軍法会議?それじゃこれって……地上軍のものなの!?」
「ま、しょうがないわよねぇ。あんた達、未来から来たんだから事情も分からなかっただろうし」


一瞬、時が止まった。

目の前に居る少女は今なんと言った?私達を、未来から来たと言った。
一体どうして。未来から来たなんて言ってないし、疑われるような行動はしていないはず。


「あ、当たってた?イチバン可能性がないものを言ってみたんだけど」
「カマをかけたというわけか。まんまと乗せられたな。それにしてもどうして僕達が未来人などと思ったんだ?」
「根拠は時空間の歪みから生ずる大気中の成分の変化からあくびの仕方まで三十六通りほどあるけど、ま、イチバン大きかったのはカンね」
「カン……?」
「ほら、女のカンはカオス理論をも越えるってよく言うじゃない」


カオス理論とはどういうものだ?と話し合うのだが、見当も付かないものだ。こんなに小難しいことを知っていたり、あの機械のマスターだと言っていたのだからもしかしたらハロルド博士の助手かもしれない。
それが聞こえていたのだろうか、女はぴくりと耳を動かす。


「ハロルド博士って俺達が使ったイクシフォスラーを作った人だよね?その人の助手でもさ……あの人ホントに学者なの?」
「まずそれが疑わしいよなぁ、泣く子も黙る天才化学者の助手って言うにはムリがねぇか?」
「ねぇ、呼んだ?」
「呼んでないってば!」
「だって今、天才科学者って。それ、私のことでしょ?」
「あんたじゃねぇよ、あんたの上司……かどうかは知らねぇがハロルド博士って知ってるんだろ?できれば話したいんだけど……」
「えぇ、知ってるわよ。だから、話して」


……まさか。
皆は呆れたような顔をしているが、彼女のこの態度。もしかすれば彼女は。そんな良いような悪いような予感がユウリィの中によぎる。まさか、イクシフォスラーやソーディアンを作った偉い博士がこの目の前にいる変わった少女なわけが。


「……お前はハロルド博士の助手じゃないのか?」
「私は助手なんかじゃないわよ、それに立派な助手がちゃんと居るし。だって私がハロルドだもの」
「はいはい、分かった、あんたがハロルド……」
「え、ほ、本当に?」
「うん」


――あぁ、やっぱり。
あくまでも当然のように返事をした彼女を信じられないのか、ジューダスが冗談はよせ、と言ったのだが返ってきた返事はこちらの予想をはるかに上回ることを言ってきた。


「あんたの背中にあるの、シャルティエでしょ?」
「っ!何で……!」
「シェルティエ?」


シャルのげっ、という声が聞こえたのは気のせいじゃないはず。何も知らないカイル達は首を傾げているが、どんどん詳しい特徴をあげていく彼女に、ユウリィとジューダスは冷や汗を流す。
間違いない、この人こそがソーディアンを作ったあのハロルド博士だ。


「で、でもよぉ、ハロルド博士って男じゃ!」
「あ、やっぱりそういうことになってるんだ!いや〜男の名前にしとけばみ〜んなカン違いすると思ったのよねぇ〜案の定みんなまんまとダマされてるわけね!グフ、グフフフ!」
「じゃ、じゃあ、貴方は本当にハロルド博士……」
「あぁ、ハロルドでいいわよ。博士って言葉の響きが硬すぎてかわいくないし。さて、じゃあ行きましょうか」


地上軍の上層部に私達をハロルドの部下だと紹介するらしい。
そしたらラディスロウの中も動きやすいでしょ?と言う彼女に初めて人の血が通ってるんだ、と実感できたロニがそれを口に出してしまい、ハロルドにまたしても蹴られるのを見て見ぬふりをする。


「お、お前ら……」
「ロニが悪いよ?初めて会った人にそんなこと言うんだから」
「……それと、これはマジメな話。あんたたちがこの時代に来た理由は絶対にナイショにしておいてね」
「うん、分かった!ハロルド以外の人間には絶対に言わないよ!」
「違う、違う!私にもナイショにしておくの!こんなおもしろい問題があるのに答えをいきなり聞いちゃったらつまらないじゃない!いい?私が考えてる最中は答えを絶対に言っちゃだめよ!」


ハロルドに連れて来られたのは地上軍の会議室。恐らく、地上軍の上層部だったディムロスを初めとするソーディアンの面々がいるだろう。

――そしたら、ロイも。

そんな期待、そんな喜び、そんな不安、そんな罪悪感。
表情が引きつっていたのだろうか、それとも泣きそうな顔をしていたのだろうか。察したジューダスが手を軽く握ってくる。


「ご、ごめん……向こうは私達を知らないのに、こんなに緊張するなんておかしい話だよね」
「仕方ないだろう、別に悪いことじゃない」
「う、ん……」


迷いは、ハロルドが開いた扉の音で消される。
目の前に広がっているのは少し広い部屋、その中央には大きな机。それを囲むように男が五人居る。
ハロルドはその五人を指差しながら紹介していく。奥の左手に居るのがディムロス、その右隣がシェルティエ(ジューダスが微妙そうな顔してる)そのまた右隣がイクティノス、中央がリトラー、そして手前に居るのがハロルドの兄であるカーレルだ。

クレメンテ、アトワイト、そしてロイはこの場には居ないようだ。


「なんだ、ハロルド?会議中だぞ、あとにしろ」
「すぐ済むからちょっと待って。私の新しい部下よ。みんな、よろしくね」
「新しい部下……?誰の許可を得たんだ?」
「しかも、一般人の子供を?何を考えているのです、ハロルド」


イクティノスに反論するかのように、ハロルドは先ほどカイル達が倒した機械の話をすると興味を持ったのか感心しているようだ。


「アレをですか!?そりゃすごい……」
「……シャルが二人居るって何か変な気分……」
「……」
「そんなに嫌な顔しなくても。……あとで文句言われるか嘆かれるよ?」


自分自身がこの場に居るからソーディアンであるシャルは一切話そうとしない。だが、彼がどんな気持ちで聞いているか、それくらいは分かる。
声でしか聞いたことの無いシェルティエの姿を見るのはこれが初めてで、少し感動している。

――銀髪で、醸し出す雰囲気は軍人には似つかわないような優しげなもの。
イメージ通りだなぁ、と思いつつもことの成り行きを見守っていた。

認めるわけにはいかないと主張するディムロスをハロルドは言いくるめる。公兵隊につかせるらしく、彼女はその部隊長らしい。それでも認めないというディムロスに追い討ちをかけるように、ハロルドはそれなら私はこれから別行動をとる、と主張した。


「ダイクロフト突入作戦も勝手にやってもらうことになるけど、それでもいいのね?」
「おい、ハロルド!」
「そこまでだ。彼らを地上軍の正式な兵士として認める」
「リトラー総司令!」
「ディムロス中将、我が郡の最終決定件は私にあるはずだが?……それにハロルドくんのことだ。一度言い出したら、聞かないだろうしな」
「さっすが!話が分かる!」


総司令に対しての言葉遣いを兄のカーレルに注意されるが、彼女ははいはいと流す返事をするだけ。ハロルドの勝手な行動に頭を悩ませたディムロスは唸る。


「だが、勘違いしてもらっては困る。現場の指揮を取るのは私だ。私の命令には必ず従ってもらう」
「はいはい、分かってるって。それよりディムロス。作戦の説明してたんでしょ?もう一回、最初からしてくれる?」
「こいつらも連れて行くつもりか?」
「私の護衛だからね。文句ある?それなら……」
「分かった、分かった。」


一つは我が軍に投降の意を示したベルクラント開発チームの救出、そしてもうひとつはその任に当たり敵将ミクトランの策に落ちた同士二人の救出だという。


「すなわち、クレメンテ殿とアトワイトだ」
「っ!」
「……なるほど。で、僕たちの任務は?」
「ダイクロフトまでの移動手段の確保よ。もう目星は付いてるから。あとは人手がいるだけ」
「人手って……あたしたちは機械なんかいじれないよ?」
「大丈夫、ゴミあさりするだけだから」


……一体どこが大丈夫なんだろう?
訳も分かっていないのにハロルドはいいから、とだけ言ってラディスロウの中へ連れ込んだ。


「こっちって外じゃないでしょ?」
「外行く前に軽い準備は必要じゃない。私の杖、取りに行かなきゃいけないし」
「……ハロルドの部屋って汚そうだね、何だか」
「ん?ある程度は綺麗にしてるわよ。まぁ、私がしてるっていうよりも優秀な助手がしてくれてるんだけどね」
「その人、可哀想……」


この時のシャルティエの心境はどのようなものだったのか、もっとも、ハロルドや他の皆が居る中では話せないのだが。


(坊ちゃん、ユウナ)
(その助手こそが、)
(ロイなんですよ)
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