光のほこら、つまりはダイクロフトに行く為の方陣の前に監守が居たけれど彼の制止の声を無視して、方陣の真ん中へと進んだ。
カイルが上空に居る筈のエルレインに叫ぶと、彼女も分かっているらしく、光り輝いたと思うとそこは別世界で、何処を見ても空しかなかった。どうやらここが天空都市ダイクロフトのようだ。
「……ここが天空都市……」
「あの時も出たっていう、ダイクロフト……」
自分たちが海底洞窟から居なくなった後、ヒューゴによってダイクロフトが出現した、そう歴史書にあった。まさか、人生のうちでこのダイクロフトに来ることがあるとは思って居なかったけど。
「ここに、エルレインが居るんだね」
「そうだ……やっと追いついたんだ……!」
「あぁ、早いとこあのお高い鼻を折ってやろうぜ!」
エルレインに一泡吹かせてやりたいとも思うのだが、何故か拭いきれない不安がある。
しかしその不安が何処から来ているのかは分からない。ダイクロフトだからだろうか、それともまた別の何かが不安を駆り立てているのだろうか。
「……ユウリィ?」
「やっぱり、元の世界がいいよね」
「……、そうだな」
「……なに?今の間は」
「別に、僕はユウリィが居るならいいからな」
「う……た、たまに恥ずかしいことさらっと言ってくるよね」
ちらりと横に居るジューダスを見ると仮面越しに口角を上げて笑っていて、なんだか悔かった。天邪鬼で少し皮肉屋な所があるからあまりそういうストレートな感情を口にすることは少なかったのに最近では多くなってきているし、言われ慣れていなくて恥ずかしくなる自分の反応を見て楽しんでいるようにも感じるのだ。
「全く、惚気は止めてくださいよ坊ちゃん」
「……シャル」
「だって本当の事じゃ……いたっ!」
「シャルも分かってて言うんだから……」
「おーい!先に行くぞー!」
「ちっ……」
ロニの声にジューダスは舌打ちをして背中に伸ばしてコアクリスタルを握り締めている手を離した。それと同時にほっとしたような声が聞こえてきて、こんなやり取りも久しぶりだな、なんて感じてしまう。
リオンの反応をシャルティエもどこか楽しんでいるのか、注意されると分かっていて軽口を叩く。しかしシャルティエには分かっていたのだ。照れさせる意地悪なことを言った訳ではなく、不器用な少年の本音であったことを。
建物内に入ると長い通路が続いており、嫌に静かで妙な空気が流れていた。大きめな扉を開けて中へ入ると、そこには祈りを捧げている様子のエルレインが居た。
カイルの声に、エルレインは静かに振り返りその表情には余裕があるようにも見えた。自分が成し遂げた歴史改変の上に成り立つ人々の幸せを実現できたことに酔いしれているからこそ、そんな表情をしているのかもしれない。
「世界を作り変えたのは確かに私だ。だが……それを望んだのは他ならぬお前達人間だ。悩みや苦しみが無い世界。幸福だけがある世界を……」
「それは貴方の思い違いだよ……貴方が介入したお陰で人の生活は一変して本来とは違う、レンズに依存する生活になった!」
ユウリィの言葉に不愉快そうに眉を潜めたが、顔を見るなりふと小さく微笑んだ。まるで憐れな、とでも言うような表情だ。何故エルレインがそんな表情を見せるのか分からなかったが、やはり嫌な予感がするのだ。
「……それでもよい。人は神を信じ、その集まった信仰が更なる力を与え、完全な形となる。だが……神を拒む物も居た」
「どうやらあたし達ホープタウンの人間のことらしいね」
「このままでは、完全なる神も完全なる世界もままならない」
そう考えたからこそ、レンズを集めて神の力を高めることにしたそうだが、それをカイル達に阻まれた。だからこそ更なる過去へと向かい、そして歴史を変えたのだ。
「結果は見ての通りだ、神への振興を宿したレンズもこうして大量に集めることが出来た」
「そのために天地戦争を利用したわけか……!バルバトスを使ってよ……!」
「天地戦争の結果を逆転させ、地上を荒廃させる。そこに救世主が登場し、救いの手を差し伸べる。救世主は神の恩恵と称して人々の信仰を一身に集める……か、とんだ三文芝居だ」
ジューダスの言葉にエルレインは冷ややかな視線を送り、わざとなのだろうか皆に聞こえるくらいの声で呟いた。
「せっかく舞台に上げたというのに脚本通りに動かない役者に何も言われたくないな」
「……え?」
「……」
「けど、こんなやり方は間違ってる!歴史を歪め、過去を変えてまで人は幸せになろうとは思わない!」
「……リアラ、お前はまだ分からないのか?どんな奇麗事を口にした所で消してしまいたいほど辛い過去が誰にでもある」
「……」
「例えばそう、そこに居るジューダス……」
エルレインは仮面をつけて素顔を隠すジューダスをちらりと見てふと嘲笑うように口元を上げた。
そしてゆっくりと口を動かす。その時間が嫌に長く感じるほどに。
エルレインが口にした内容も、記憶を深く抉るようだった。
「……いや、リオン・マグナスのように」
「っ!?」
リオンの名前が上がった瞬間、ユウリィの頭が真っ白になった。
どうして、どうして彼女が知っている?
何で今、その名前を上げたのだろうか、何で、リオンの名前を。皆も上がる筈の無い、歴史上最悪ともいえる裏切り者の名前に驚いている様子だった。
「リオン・マグナス!?」
「神の眼をめぐる戦乱でスタン達英雄を裏切ったって言う、あの!?」
「っ、エルレイン……!」
ユウリィは素早く剣を鞘から取り出して彼女に切っ先を向ける。怒りを露にしたユウリィを見た事が無いカイル達は驚き目を丸くして横に居るユウリィを見る。
「その男を庇うのですか……」
「……これ以上言うなら容赦はしない!」
「貴方も哀れな者だ……その男に一度は裏切られ、殺された存在となっているというのに……」
「ちょ、ちょっと待って、殺されたって……!?」
エルレインの言葉に皆は信じられない、というよりも何が何だか分かっていない様子でジューダスとユウリィを見る。今の話が意味しているのは、ジューダスがユウリィを裏切って、殺した、ということだ。
「あれは裏切りなんかじゃない!」
「ど、どういうことだ……?」
「……分かっていない愚か者達に教えてやればいいだろう……この女は十八年前にリオン・マグナスに殺されたユウナ・バレンタインだ」
「……」
元々時間移動が出来る上に様々な時代に干渉してきた彼女が知らない訳がなかったのだ。エルレインは初めからユウナだと分かっていたのだとこの時漸く分かった。
二人のその名はあまりに有名過ぎた。十八年前に世界を滅ぼしかけた裏切り者と、カイルの父であるスタン達と共に活躍し、その途中でリオンに殺されてしまったユウナという英雄ーーそんな彼らが十八年という時を超えて目の前に居るだけではなく、今日まで仲間として共に旅してきたのだ。
「うそ……だろ?ジューダスがリオンで……ユウリィが、リオンに殺されたユウナ……!?」
「……それは!」
「もういい、ユウナ」
違う、と言い張るユウリィを制してジューダスは静かに被っている仮面へと手を伸ばした。それを取った瞬間隠されていた顔が露になり、髪がぱさりと目にかかる。仮面を被ることで自分を隠して来たジューダスは漸くそれを取り払ったのだ。
「僕は、リオン・マグナスだ」
「……信じ、られないよ……ユウリィは……」
「……ユウナは正真正銘、僕の補佐だったユウナ・バレンタインだ」
「そ、そんな……」
驚愕して信じられないという顔で二人を見るカイル達に、ユウリィは俯いて拳を握り唇を噛み締めていた。ばれてしまった、というよりも真実は違うのにと悔しがっているのだろう。
ジューダスは俯いているユウリィの頭をそっと一撫でする。お前のせいじゃない、と言うように。
そう、いつかは言わなくてはいけないことなんて分かっていた。
裏切り者だと罵られても、これは、間違っていない。
「リオン……」
「……あれは確かに僕の責なんだ、ユウナのせいじゃない」
「それは違……!」
「……神よ、大いなる御魂をここに!」
「しまった……!」
ーー偽りの世界、嘘で塗り固められた世界。それは誰もが願う、小さな幸せだった。