水月泡沫
- ナノ -

13

ジューダス曰く、天地戦争時代の駐屯地がこの近くにあるらしくそこに置いてあるだろう飛行機を使えば直ぐにリアラが向かったアイグレッテに行けると言う事で南西の駐屯地へ向かった。
何故そのことを知っているのか、と皆ジューダスは何者なのかと討論していた。
大方シャルティエがそのことをジューダスに教えたのか、それともオベロン社の資料に残っていたのだろうかとユウリィは考えながら雪道を歩く。前を行くロニやナナリーは肌寒そうにしているが、カイルは非常に元気だった。


「くーっ、やっぱり外出ると寒ぃな!」
「うん、でも急がないと!」
「……カイル、恋に暴走するタイプかな」
「そりゃあえて言ってあげない方がいいよ」
「アイツの馬鹿に余計なものまで足された感じだな」


ジューダスのあいつ、とは恐らくスタンのことなのだろう。スタンの大らかで明るい朗らかな性格に一途過ぎる性格が加わって歯止めが利かないとジューダスは肩を竦めるが、何だかんだ言ってそういう所が気に入っているのだろう。


暫く雪道を歩くと駐屯所が見えてきた。中に入り、入り口を通ろうとすると兵士がすぐさま立ち去るように注意してきたが勅命状を見ると血相を変えて通した。

しかし、その飛行機イクシフォスラーがある場所には封印が施されているようで、内部は家が雪に埋もれていたり、崩れていたりするので通るのも大変だ。
不審な場所を見つけては触って行くと、三箇所で光り輝いた。何かと思い、途中見つけた封印の間へ戻ってみると封印が解かれていた。


「で、こっからどう行くんだ?」
「ロニー、手伝って!重い!」


扉が現れそうな場所に、女神像が置いてあったのでどかそうとするものの重くてあまり動かない。ロニに頼むと、彼は斧を壁に立てかけてて手伝おうとするが、ジューダスに先を越された。


「僕がやる」
「あ、ごめん、ジューダス」
「俺が折角活躍できる場を……!」
「お前が遅いのが悪い」


斧を立て掛けている間に、手が空いていたジューダスはユウリィの代わりに女神像を動かし、礼を述べるユウリィに初めから任せればいいものを、と言いながらもその表情は柔らかかった。ナナリーはそんな二人を溜息混じりに見守り、落ち込んでいるロニの背中を強く叩いた。
現れた階段を下っていって、奥へと進むとそこには安置されている巨大な機体の姿があった。長年使われていないようなのに、埃が少しも被っていなかったので驚きものだ。


「天地戦争時代の遺産で、ここに眠っていたのをオベロン社が見つけ出したそうだ」
「天地戦争時代の遺産って……そんな古い物、本当に動くのかい?」
「心配は要らない。これを作ったのはかのハロルド=ベルセリオス博士だ」
「ハロルドって……ソーディアン作った人だね。確かにソーディアンも使えてたんだし、大丈夫、かな」
「流石は希代の天才科学者だね」


イクシフォスラーに乗り込んだはいいものの、この乗り物を運転できる者が居るのかという疑問が浮上した。
カイルは当然無理だというし、ナナリーも乗り物自体あまり乗らない。ユウリィもこの手合いの物は操作などしたことないから無理だと首を振る。ならロニに頼もうかとするが意外にも使えないらしい。


「ロニ、使えないの?」
「うるせっ!どうせ役立たずだよ!」
「この手の乗り物なら、経験がある」
「あれ、ジューダス運転とか出来たっけ……?」


そんな姿は見た事が無いとユウリィは首を傾げる。むしろ、船という乗り物でいつもダウンしていたのだから。この前船に乗った時といい、我慢しているのかそれとも慣れたのだろうか。
操縦席に座ったジューダスの運転により飛び上がったイクシフォスラーは加速し、その速さは想像していたよりも格段と上で、数十分でリアラたちが居るであろうストレイライズ神殿へと着いた。


「屋上から乗り込むとは、考えたな。ジューダス」
「やつらの手法を真似しただけだ。確かに、強襲ならこれが最も効果的だからな」


屋上から乗り込み、イクシフォスラーから降りたカイル達は屋上から下に降りていき、リアラとエルレインが居ないか一部屋一部屋見て回るが、その姿は無かった。代わりに居るのは警備している人間ばかりだった。流石は本拠地なだけあって相当な警備があるようだ。


そして無数のレンズが舞うストレイライズ神殿の間では、エルレインが捕らわれたリアラに語り掛けていた。フォルトゥナが完全な形で降臨すればその瞬間、自分達の役目も終わるが、その時こそ全ての人々が神の愛に満たされる瞬間なのだから、と。


「神の愛に満たされた世界……苦痛や悩みなどとは、無縁の完全なる世界。これこそが、救いのあるべき姿……おかしな話だ。神のみ使いであるお前が誰かに縋るとは」
「っ!」
「お前が求めているのは、共に歩み助けてくれる英雄か?それとも……」
「……」
「分からない……その先には悲劇しか待っていないというのに、それでもなお、求めるというのか?」
「……カイルは来ないわ。そうよ、来るはずが無い。だって、私はあの時……!」
「案ずるなリアラ。お前の果たせなかった願いは神が、果たしてくれる。お前の苦しみもまた、全て消え去る……」


エルレインが手を振りかざし、声を張り上げると手にこの空間にあったレンズが光となって集まる。このまま彼女がフォルトゥナ神を降臨させてしまえば、十年後の改変された未来に繋がってしまう。しかしリアラにはそれを止める術もなく、ただ自分の無力さを痛感しながら息を呑んでいたが、その時、扉が勢いよく開いた。
驚き振り返ると、そこには来るはずがないと思いながらもどこかで来てほしいと願っていたカイルの姿があったからリアラは瞬いた。


「……彼もまた、お前と同じ様に悲劇を求めるというわけか。なんと、恐ろしい……諦めろ、お前たちの努力は無駄になる」
「そんなもの、貴方に決められたくない!」
「……全ての人々の幸福を無視してもあくまで、逆らうというのか。ならば……容赦はしない!」


エルレインは不思議な光を纏い、晶術を駆使してカイル達に攻撃をする。近付こうにも不思議な光で弾き返されるし、晶術で近づけない。


「ユウリィ、止められるか?」
「数秒稼いでくれれば!」


ロニとカイルがエルレインの攻撃を防いでくれている間に晶術を唱える。現れた巨大な竜巻はエルレインの体を宙に持ち上げ切り刻み、落ちてきた所をジューダスが素早く数回斬り付け、吹き飛ばした。
力なく地面に膝を付いたエルレインは今度こそ完全なる世界を、という不吉な言葉だけを残してその場から姿を消した。それと同時に捕らえられていたリアラが開放され、その場に倒れこんだ。


「リアラ!よかった、間に合って。リアラにもしものことがあったら、俺……」
「……どうして」
「えっ?」
「もう来てくれないって思ってた。あんな酷いこと言ったんだもの。嫌われて当然だと思ってた。それなのに……どうしてカイル?あなたはどうして私の事を……!?」
「言ったろ、リアラに初めてあった時君が探してる英雄は、俺なんだって。英雄は困ってる女の子を助けるもんだからね。どんなことがあろと、必ず」


カイルの温かい言葉に、リアラは静かに涙を流した。無意識なようで、手で涙を止めようとするもののどんどん溢れ出てくる。
悲しくないのにどうして流れるのだろうかと困惑するリアラを、カイルはそっと優しく抱きしめた。ごめんね、そして涙を流してくれてありがとうと気持ちを込めて。
すると、リアラの首に掛かっていたレンズが淡いオレンジ色の光を放ち、辺りを暖かく照らした。


「貴方だったのね……貴方が本当に私の……英雄だったのね」


リアラは涙を拭きながら嬉しそうに微笑んで、カイルの手を取った。自分と共に歩んでくれるだけではなく、道を見失いかけても時に引っ張ってくれる存在ーーリアラにとってそれはカイルだったのだ。

外に出た時、息を切らしたフィリアがやって来て、血相を変えていたから一体何事なのだろうと尋ねると、研究用に保管していたレンズが全て無くなっていたそうだ。
その時、神殿に大きな揺れが起き、上空を見上げると空高く飛び去っていく飛行竜の姿があった。恐らくエルレインがレンズを飛行竜に乗せて、逃げたのだろう。


「あの、カイルさんこれは一体……」
「多分、ですけど……エルレインがレンズを持って逃げたんです」
「えっ!?」
「神を降臨させるためレンズの力を使うつもりなんです」
「そんな……彼女は、そんな人では……!」
「嘘じゃないと言っても、納得してくれるかは分からないけど……私たちはエルレインを止めないと」
「……」
「フィリア、さん?」
「いえ……何でもないんです」


何となく、どこか昔出会った大切な友人に雰囲気やその真っ直ぐとした目が似ていると、フィリアは懐かしみながらふと表情を緩めた。
あまりにじっと見られたものだからユウリィは冷や汗を掻きながらぎこちなくフィリアさんと呼ぶが、別に気付かれたわけでもないようで、背中を押されるように気を付けてくださいと声をかけられたからユウリィも嬉しそうに笑った。
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