水月泡沫
- ナノ -

11

カルビオラに向かうには普通の通路が使えず、回り道でゴミ山、通称トラッシュマウンテンを抜けた。辿り着いたカルビオラの地は街は無くなり、ドーム状の建物のみを残した形になっていて異様なものになっていた。


「これがカルビオラ?……何か可笑しい建物になってる……」
「十年後なだけあって大分違うな」
「……なぁ、妙じゃないか?さっきまでやけに暑かったのに今はやけに涼しいぜ。それに見ろよ、ここには砂粒どころかチリひとつ落ちてない」
「まるでここから世界から切り離されてるみたいだね……」
「……誰か来るぞ」


階段の横にあった場所に飛び移って、身を隠し、何か来るものの様子を見ていると、カルビオラのこの神殿の中にいたらしき人が下りてきていた。礼拝が終わった頃のようだ。

彼らが居ない間にと神殿に潜り込んだはいいが、内部へ進むと仕掛け扉があり、開くのに時間をかけていると神官たちが戻ってきてしまった。
悪い気もしたが、神官を気絶させてから奥に入るとそこにはラグナ遺跡で見たレンズほど大きなものがあった。


「どう、これでなんとかなりそう?」
「えぇ、それよりも……居るのでしょう?応えて、フォルトゥナ」


リアラの呼びかけに応じるかのようにレンズは光だし、そこから思念体のような女の人が舞い降りてきた。それはまるで女神のような神々しさだった。


「……よく来ましたね、我が聖女よ……」
「な、何だ、こいつ……!」
「リアラ、確かフォルトゥナって言ってたよね?」
「この人がフォルトゥナ……」
「本物なのか……本物の神様……!」
「ここに来た理由は分かっています。私の力で貴方の願い叶えましょう。ですが、その前にひとつ聞いておかなければなりません」


フォルトゥナはリアラに対して問いかけた。エルレインは既に己がすべき事を見定めてその為に動き、多くの人々の信頼を得ている。それが正しくないと思う以上、リアラが一体どのような異なる道を見つけるのか、フォルトゥナは知りたかったのだ。


「二人の聖女、二人の道……それは、貴方とエルレインに私が与えた運命です。ですが、道は違えど想いは同じのはず。リアラ、私達の目的ゆめゆめ忘れぬように」
「はい」
「待ってよ、リアラ!二人の聖女だの、人々を導けだの……一体何のこと!?」
「それは……」
「二人の聖女は私の代理者、人々を救いへと導く存在です」


神の代理、という意味はフォルトゥナがリアラとエルレインを生み出したという事を示していた。エルレインと会話している様子からファンダリアで薄々気が付いてはいたが、リアラが神の代理者だったとは思いもしなかったのかカイルは驚愕する。リアラが時々使っていた奇跡の力ーーそれはまさしく神に匹敵する力だったのだ。


「じゃ、じゃあよ!エルレインがやろうとしてる事は……人々を救おうってことなのか!?」
「そんな……ウソだ!だってあいつはウッドロウさんをバルバトスに襲わせたり、レンズを奪ったりしてたじゃないか!」
「エルレインは結果としてそれが人々の救いに繋がると思ったのでしょう」
「そんなの……間違ってる!だって、現にウッドロウさんは傷ついてるじゃないか!」
「間違っている?何故、そう思うのですか?アイグレッテを見たのでしょう?人々は安全で快適な街の中で、幸福に暮らしています」
「確かにあの街に住んで、外の世界を知らない人たちにとっては幸せよ。でも、それが本当に正しいと思ってるの?」
「生きてるって、実感を無くしちまってるのに……それが本当に幸福なのかい?」


実際にアイグレッテを見たわけではないが、ナナリーの言っていた街の概要を聞くだけでもそこにだけは住みたくないと思った。
何も感じる事の無い、無垢な者達。名前を呼ばれることもなく番号で管理され、奇跡の力を借りて産まれてすぐにら両親から離されそれを悲しいとさえ思わない。哀れで、悲しかった。

カイルはリアラに対してエルレインとフォルトゥナが与える幸せが間違っている筈だと問いかけるが、リアラは葛藤する感情を吐露した。間違っているとは思っているけれど、エルレインには力があって、あの人のお陰で幸せに感じている人も居るのは事実だからだ。


「……けど、私には何の力も無い。英雄だって居ない。誰一人幸せにしていないし、どうやれば幸せに出来るのかも分からないもの……」
「そんな事無い。リアラ、私達がリアラと一緒に居て楽しい、って思うのは幸せに繋がらないの?」
「それは……」
「リアラはあんなに凄い力を使えたじゃないか!」
「やめて!何も分からないくせに無責任な事言わないでよ!」
「分からないって……俺は!」
「貴方には何も分からないわ!使命を負う事の重さも、本当の力がどんなものかも!だってカイルは聖女でも……英雄でも無いじゃない!」


リアラは悲しそうに強い口調でカイルに言い放った。それはカイルに突き付けられた拒絶のようなものだった。自分とカイルには理解しがたい隔たりがあるーーリアラにとってもそれは苦しいことだった。

目を逸らした視線をフォルトゥナに向け、リアラは自分達を十年前の世界に送るように頼んだ。


「いいでしょう、お行きなさい私の聖女。貴方に幸運があらんことを……全てが終わった後また会いましょう、リアラ」


最後にフォルトゥナが静かにそう告げると全員の体が光だし、目の前の視界がぼやけてきた。

送られる際に気を失い、閉じていた目を開けるとそこは懐かしい寒さの残る、ハイデルベルグだった。
街の風景はウッドロウに会いに行った時と変わらず、十年前、すなわち元の時代に戻ってきたのだと確信した。


「どうやら戻ってきたらしい。僕達の時代に」
「ふぅ、やれやれだぜ。全く大変だったな、カイル」
「……」
「ま、まぁ、ともかくだ。無事十年前に戻ってきたんだ。それはめでたいことだな?な?」
「……あんたねぇ、もうちょっと空気ってもんを読みなさいよ」
「うるせぇ!お前、用が済んだならとっとと帰って……」


依然として気まずそうに視線を逸らすリアラとカイルを気遣うようにロニは無理をして尋ねるが、ナナリーに制される。しかし、それは先ほどまで一緒に居たから違和感は感じなかったのだが、ここはナナリーにとって十年前の世界だ。
彼女は巻き込まれる形で自分の時代とは別の時代に連れてこられてしまったのだ。


「あれ?ナナリー、連れて来られたの!?」
「ごめんなさい、ナナリー!今直ぐに貴方だけ未来に……」
「ストップ!あたしもあんた達に付いて行く事にするよ」


そこでロニの批判の声が聞こえるが、ナナリーの話を聞きたかったからロニの足を軽く踏んで黙らせる。


「エルレインは勝手に歴史を変えて自分の都合のいいようにしようとしているんだろ?ならあたしはそれを止めてみせる!あいつの好き勝手にはさせないよ!」
「だが、それは結局歴史を変えるという事になるぞ。それにだ、この時代の人間では無いお前が此処に居るだけで歴史は変わってしまっているんだ」


そう言われてしまうと、自分とリオンがこの時代に居るのもかなりまずいのでは、と思うがそれを言った所でまた更に混乱を生むからユウリィは苦笑いを浮かべる。


「それを言うなら、あたしたちの時代に居たのもまずいんじゃない?ならお互い様だよ。今更言ったって始まらないよ」
「……分かった、ナナリーがそう言うなら俺はいいよ」
「じゃ、決まり!」
「全く煩いのが付いてきちまったぜ……」
「何か言ったかいロニ!」
「ともかくだ!……まずはウッドロウに会いに行く事にするぞ。あの後ハイデルベルク城がどうなったのかを見ないことにはな」


ロニとナナリーの口喧嘩を遮って、城へと急いだ。ウッドロウが無事なのかどうか、それが気掛かりだった。
ハイデルベルク城に入ると、ナナリーは見た事が無かったのか物珍しそうに内部を見ていた。城内を飾る綺麗な装飾は勿論だが、それ以上に荒らされた形跡が気になったのだろう。


「大丈夫ですか!?ウッドロウさん!」
「カイルさん!安心してください、応急処置は既に済ませてあります。先ほど、医者を呼びましたのですぐに来るかと」
「良かった……それより、エルレインに攻撃されなかったの?傷が無いみたいだけど」
「それが……エルレインは何もせずに帰っていきました」
「何だって?」
「ジューダス?」
「王が倒れれば民衆は混乱し、神団の連中が付け入るスキもでくる。今回はその絶好の機会だった。だが、それをしなかった」
「どうして……?聖女の力で人一人くらいどうとでも出来るなのに……」


その時、ウッドロウが目を覚ましたようで微かに唸ったので無意識に帽子を深く被って見られないようにした。本当は声を掛けたいけれど、かけてはいけないとユウリィは腕を押さえる。
ウッドロウは玉座の奥の間に僅かに視線を映し、絶え絶えに問いかけた。


「レンズは……レンズは無事か……!?あれを奪われる事だけは……!」
「安心ください、陛下。エルレインは何もせずに逃げ帰っていきました。レンズのある場所へは誰も近づけておりません!」
「だが……!」
「ウッドロウさん俺たちが今直ぐ見てきます!」


侵入を許さぬように警備していたとはいえ、どこでも自在に現れたバルバトスやエルレインにはそんな事は無駄だとウッドロウも心配していたのだろう。謁見の間に繋がっているレンズ管理室へ入るとそこにあった筈の大量のレンズは姿を跡形も無く消していた。


「レンズが無い……!」
「ウッドロウへの襲撃はおとり、連中の本当の目的はレンズだったんだ」
「で、でもあれだけのレンズを一体どうやって!」
「……エルレインの力なら物質転送ぐらいわけないわ。人間すら未来に送れるんですもの」


物質転送という言葉に、ユウリィは顔を曇らせる。愛剣であって千年前の人間だったロイもまた身体に大きなダメージを受けるが人間を含める物質を転送出来たし、彼は時まで超えられるとは言っていなかったが、自分以外の二人を同時に送ったことで何らかの誤作動があったのか結果未来に送った。しかし彼は勿論神に属する存在ではなかったし、軍隊に居た人間だった筈だ。


「ナナリー、フォルトゥナ神が光臨したのは十年前だと言っていたな」
「あぁ、その筈だけど……それがどうかしたのかい?」
「……もしかして」


ーーレンズを奪われた事が原因で未来は歪んでしまったのかもしれない。
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