水月泡沫
- ナノ -

10

三人が十年後のホープタウンにやってきてから数日経った頃にはすっかり馴染んでいて、町の子供たちにもなつかれているようだった。
しかし、ナナリーが竹を割ったような性格をしていて逞しいからか、ロニはいちいち腕っぷしが強いとか余計なことを言ってしまい、その度にナナリーに間接技を食らう始末だ。言い合いをしているが何だかんだ息が合っていることを指摘すると二人は揃って勘弁してほしいと否定するんだからお互い素直じゃない。

そしてこの日、ナナリーは薬を買いに行くためにアイグレッテへと買出しに来ていた。
この街に来るのは気が進まないし、この地域にカイルとリアラが居るのも分からない、と思っていたら二人は偶々アイグレッテの出産式に居た。取りあえず事情を話した上、ホープタウンへと戻ってくると、ロニとジューダスが子守という名の少年達の遊びに苦労している様子だった。


「お前らなぁ、そんなにマジで叩く事無いだろうが」
「だって、ロニもジューダスも全然本気出さないんだもん」
「そうだよぉ!特にジューダス!もっとマジメにやってよ!怪物はそんなにボソボソしゃべらないよ!もっとぐわーとか言わないと!」
「何で僕がこんなことを……」
「あ〜!文句言うならロニとジューダス、ユウリィに頼んでもらって晩飯抜きにしてもらうからな!」
「私?まぁいいけど……ほら、頑張れー!」
「俺らが飯抜かれるの見てお前も楽しむなよ!マジメにやれって!飯抜かれたら堪ったもんじゃねぇぞ!」
「分かったら、もう一回最初から!」


そう言われてもやる気を見せる事の無いジューダスに怒鳴るロニ、そして面白そうに見ているユウリィを見つけてナナリーは声を掛けた。


「おーい、ロニ、ジューダス、ユウリィ!」
「ナナリ〜こいつ等に何か言って……カイル!?カイルじゃねぇか!」


ナナリーの後ろに居たカイルを見つけた途端安堵の表情をしてカイルに近づき、頭を叩いて喜んでいた。向こう曰く、こちらを探して大変だったらしいがジューダスは子守の方が大変だと文句を言っている。
確かに、彼にはかなり向いてない仕事だが、ここ数日奮闘している姿は新鮮だった。


「駄目じゃんか、ジューダス!ホントに晩飯抜きにするぞ!」
「なーなー、ロニ、続きやろうぜ!」
「はいはい、いっぺんに喋んないの。二人はカイルとリアラ。三人の友達、勿論姉ちゃんの友達!で、姉ちゃん達は話があるから三人借りてくけど、いいかい?」
「うん!後、ロニとジューダス今日は晩飯抜き!おばちゃん達に、そう伝えておいて」
「な、何だよ、そりゃ!ユウリィはいいのか!?」
「ユウリィは晩飯作ってくれてるからねぇ、それに今日はあたしがごちそうしてあげるよ!」
「……人間の食える物が出てくりゃいいけどな」
「……ホントに晩飯抜きでもいいんだけど、ロニ?」
「いえ、喜んで食べさせていただきます!」


この二人の言い争いももはや見慣れたものだとユウリィは笑い、ジューダスは懲りないやつだと呆れたように溜め息を吐く。
ナナリーの作る料理が美味しいなんてもう分かっているのに、ロニは突っかからずにはいられないのかわざと怒られるようなことを言ってしまう。


「決まりだね、じゃあちょっと時間を潰してておくれよ。積もる話もあるだろうし、この村も見てもらいたいからね」
「ナナリーはどうするの?」
「あたしは食事の準備。それと……ちょっと寄る所があってね。じゃ、また後でね!」
「ナナリー、大丈夫かな?」
「アイツもマメ、だよな」
「どういう事?」


きっと、ナナリーが向かった先は彼女の弟の、墓だろう。帰ってきたときは必ずそこに立ち寄るらしいから。

ナナリーの言う通りに村を見回っていたら、村の角にナナリーが佇んでおり、その目の前には墓が一つ置かれていた。その墓に語りかけている彼女の目は嬉しそうに、愛しそうに細められていた。


「あのお墓って、もしかして……」
「ナナリーの弟の墓だそうだ」
「旅から帰ってきたり、何か嬉しい事があったらいつもああやって報告するんだよ」
「そうなんだ……」


カイル達の存在に気が付いたのか、ナナリーが戻ってきた。
弟が死んでいる事を初めて聞く二人が尋ねると、弟は病気で亡くなったことを知り、普通の方法では治らない、という言葉が気になったのカイルがまた更に質問をする。


「普通の方法って……普通じゃない方法って、あるの?」
「あるわ、フォルトゥナ神殿に帰依すれば奇跡の力で治してもらえるはずよ」
「でも、あたしもルーもそれは選ばなかったんだよ」
「どうして?フォルトゥナ神の力を使えばどんな事だって……」


そう言っているリアラは、そうすればいいのに、と言っているような感じだった。
今のアイグレッテの管理されたような生きた実感の沸かない生活の方の方がナナリーたちには耐えがたいものだったのだ。例え病気が奇跡の力が無ければ治らないものだったとしても、無条件に与えられる奇跡に頼り自分らしく生きられない場所で生きることを、ナナリーもその弟であるルーも拒んだのだ。


「だからあたしはルーと一緒にここに来たんだ。死ぬまでの間、短い時間だったけどあの子は何時も笑顔だった。村の皆もホントによくしてくれた。だからあたしは後悔して無いし、この村を誇りに思ってる」
「……」
「あ〜あ、何か喉が渇いたぜ。なぁ、メシの前に雑貨屋でなんか飲んでいかねぇか?結局お互いの報告もまだ済ませて無いんだしよ」
「何だ、そうだったのかい?じゃ、長屋の方に行こうか」
「ついでに、軽く腹に入れておいたほうがいいかもな。こいつの出すものが喰えたものじゃなかったら晩飯くいっぱぐれるわけだし」
「あんた、ホントに抜くよ」


それはロニの分かりやすい気遣いだった。リアラとナナリーに気を使って話を逸らして、冗談を飛ばしてさっさと先に行ってしまった。

ナナリーの作った夜ご飯は好評で、ロニまでもが美味しそうに頬張ってる。先程まで言っていた事が違うじゃないか、とジューダスは呆れたような顔をして、リアラに過去に戻る方法がないか尋ねていた。
しかしリアラが言うには帰れるには帰れるが、レンズの数が足りず、このままでは一人だけしか帰ることが出来ないようだった。


「だったら、あたしに心当たりがあるよ。この先にあるカルビオラって町に巨大なレンズがあるって話を聞いた事があるんだ」
「カルビオラっていやあ、確かアタモニ神団の神殿があったはずだな」
「けど、あんたの知ってるカルビオラとは違ってるかもしれないよ。昔はそれなりに栄えてたらしいけど今じゃ、神様を守る神官達が居るだけさ」
「その話なんだけどよ……未だに信じられねぇよな、この世界に本物の神様が居るなんてよ」
「あんた達が来たのは確か十年位前だよね?丁度そのぐらいの時に神様が光臨したって話なんだけどね」


という事は自分達が飛ばされた後に神様と言う存在が光臨したということなのだろうと気づいて顔を見合わせる。歴史を改編されてしまった可能性があるのだ。


「カルビオラ……か、懐かしい」
「懐かしいって、ユウリィは来た事あるのか?」
「昔、ちょっと旅でね!様子は大分違うだろうけど」


あの時はグレバムを追ってやってきたのかと懐かしむ。グレバムを逃がした後、リオンに無理矢理ピコハンで休息を取らされたものだ、と恨みがましく彼を見ると、勝ち誇った顔をしている。彼も同じ事を思い出していたのだろうか、それにしても何故か悔しい。
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