水月泡沫
- ナノ -

09

――ファンダリアから飛ばされてどれ位経ったのだろうか。
先程までは少し肌寒い位の気温だったのに、今はじめじめと蒸し暑く、今まで閉じていた目をそっと開いてうう、とユウリィは唸った。黒かった視界に段々光が射して来て、ハイデルベルク城とは違う建物の屋根なのだと気付いた。あまりの暑さに薄ら汗を掻いていて、額を拭って上体を起こす。


「……ここ、どこ?」
「目が覚めたかい?」


突然声がしたのに驚いて振り返ると、赤い長い髪を上に二つに束ねた自分と同じ位の歳の少女が立っていた。
先程までファンダリアに居たが、この温度、更に目の前に居る女の人の格好で暑い地域に飛ばされたのかと予想が付いた。元々ファンダリア育ちで暑さに弱いユウリィは頭がくらくらすると押さえながら、起き上がった。この感じ、カルビオラを思い出す。


「貴方は……?それに、ここって……」
「ここはホープタウン。あたしはこの街に住んでるナナリーだよ。全く、あんた等どうしてあんな所で倒れてたんだい?あのまま見つけなかったら、魔物に食われてたよ」
「え、私達外で倒れてたんですか!?」
「記憶が飛んじまってるのかい?砂漠で三人共倒れてたんだよ」


ホープタウン、という名の街は聞いた事が無いけれど砂漠というワードでここはカルビオラの近くなのだと分かった。この蒸し暑い感じ、一回経験したことがあるなと思っていたのはやはり間違いではなかったようだ。


「カイル〜……」
「……さっきからアイツ、同じ寝言しか言わないんだ。カイル、カイルって…」
「もうロニったら……私はユウリィっていうの。助けてくれてありがとう、ナナリー」
「あぁ、礼には及ばないよ。ユウリィかい?あんたは良いとしてあの二人は重くてね」
「はは……あれ、二人?ロニ、ジューダス……あぁっ、カイルとリアラが居ない!」
「どうしたんだい、まさかはぐれたとか……」


先程まであった事を話そうとすると、ジューダスが気分悪そうに目を覚ました。胸元のスカーフを鬱陶しそうに取り払い、汗をぬぐっている。かなり暑そうにしているが、ジューダスの格好は厚着だ。この気温では当然暑いだろう。


「ここは……何処だ?」
「ここはホープタウン、っていうらしくてこの人は倒れてる私達を拾ってくれたナナリー。それにしてもどうしてカルバレイスまで飛ばされたんだろう……?」
「飛ばされたって、……どういう意味だい?」
「ファンダリアでちょっとあって、ここまで飛ばされてきたみたいで、その時に多分さっき言った仲間のカイルとリアラが別の所に飛ばされたと……」
「何か、途方も無い話だね。妙に厚着してるなんて思ったらファンダリアから来たからか」
「それにしてもホープタウン、なんて聞いた事が無いぞ」
「失礼だね、そりゃアイグレッテの方の連中には良いように思われてる街じゃないけどさ」


話を進めていく内に、段々と噛み合わなくなって来たので恐る恐る今のアイグレッテ等はどうなっているのか試しに聞くと、この間までとは違う状態になっているらしく、神と言うものに縋り、管理された生活をしている街へと変貌している事からこの時代はこの前までとはまた違う時代なのだと気が付いた。
あの時、エルレインの手によって違う時代、場所に飛ばされたのは間違いないだろう。


「ナナリー。そのフォルトゥナ神が現れてから何年くらい?」
「そうだね、十年くらいだよ。その前までは普通だったのに突然だね」
「十年前か……」
「……どうしよう、元の時代に戻る前に二人は居ないし……」
「取りあえず、あたしは今度薬とかを調達にしにアイグレッテに行くからその時にカイルとリアラって子達を探してみるよ。で、あんたの名前は何だい?ついでにそこの男も」
「ジューダスだ、そいつはロニ。ナンパしか脳の無い男だ」


ジューダスの説明に相変わらずだと苦笑いをするユウリィの反応を見てナナリーは眉を潜め、ロニを見ては何故か納得していた。


「目が覚めた所悪いんだけど、ユウリィ。晩御飯作るの手伝ってくれないかい?」
「私?いいけど、勝手に人の台所使っていいのかな……」
「ここはお金も食料もあまり無くてね。更に人手も足りないし、手伝ってもらいたいんだよ、ここに居る間」
「ここに居る間って……カイル達が見つかるまで泊まらせてもらっても良いの?」
「構わないさ!ただ、仕事をしてくれればね。ジューダスとそこのまだ寝てるロニは子守を頼むよ。ここには子供が多くてね」
「どうして僕が子守など……!」
「飯抜きにするよ」
「……」


ナナリーの鋭い一言に文句など当然言えず、ジューダスは不満そうに溜息を吐いた。そんなジューダスの姿が珍しかったからついユウリィがくすくすと笑うと、じとっとした視線が刺さる。年下の面倒を見ることには慣れていないからか、ジューダスがどう子守をするのか好奇心が働いてしまうのだ。
機嫌を損ねたジューダスを宥めると彼の表情が緩む。その様子にナナリーは興味深そうにへぇと声を上げた。


「どうしたの?」
「いや、そんな顔で笑うんだなと思っただけさ」
「……ふん、気のせいだろう」
「あらら、また戻っちまった」


先程までの仏頂面に戻ってしまい、ナナリーは肩を竦めた。ジューダスという少年はどこか大人びている上に、やや気難しい程に冷静沈着なのだという印象を覚えた。しかし、ユウリィという少女と話している時は僅かに表情が和らぎ優しい顔をしていることにナナリーも気付いていた。しかしそれが彼女に対して限定なのか、それとも仲間全員に対してそうなのかは知り合ったばかりのナナリーにはよく分からなかった。
ナナリーと共に買い物に行こうとするユウリィの背に、ジューダスはそういえばと声をかける。


「ユウリィ、夕飯だがにんじんとピーマンは避けてくれ」
「もう、相変わらずなんだから……」


ジューダスの好き嫌いの多さは変わらないとユウリィは肩を竦める。料理に入れる入れないは別にしてよそぐ時はなるべく避けてあげようと思いつつ、ナナリーと一緒にホープタウンに出る。
ナナリーはユウリィを案内しながら、素朴な疑問を尋ねた。


「ジューダスは仲間の間ではあんな感じなのかい?」
「うーん、最近は居心地よさそうにしてるけど皮肉屋な所がちょっと目立つかな。憎まれ口叩くけど、皆のことちゃんと考えてるから誤解されやすいんだ」
「……アンタ、ジューダスのことよく分かってるんだね」
「えっ、……そうだね。会ってからずっと見てるから」
「へぇ……」


ユウリィの言葉にナナリーは茶化すこともなかった。そう自然と言えるだけの信頼関係があるのだと感じたからだった。

ダリルシェイドで出会ってから彼を近くで見続けてきた。マリアンのように彼の幼少期は知らないけれど、それでも現時点で彼の一番の理解者でありたい。そうユウリィは思っていたのだ。
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