水月泡沫
- ナノ -

08

皆の所に戻るのに先程の感傷に浸っていた気分を引きずってはいけないと、ユウリィは頬をつねる。駆け足でハイデルベルク城前に戻ると、そこにはジューダスとロニの姿しかなく、リアラとカイルは居なかったから疑問を覚えて首を傾げる。
しかしジューダスとロニが何時かの山小屋の時のような気まずい空気が流れていることから、恐らくカイルのことで衝突してしまったのだろうと察して、尋ねるとロニは言葉を濁して視線を逸らした。


「あぁ、二人は……」
「……散歩だ」
「……言ったんだ、カイルに」


以前からユウリィも気になっていたことだった。スタンの息子であることを公言すると、彼を知らない他人はカイルの事をスタンを通してしか見なくなってしまう。
今回ウッドロウに話が出来たのも彼がスタンの息子であったからで、その時点でカイルという個人として見られなくなってしまうのだ。

それをジューダスはついに突きつけたのだろう。
彼のことだから少し言い方が厳しくなってしまったに違いないが、何時かは気付かなければいけないことのようにも思える。


「……それで、どうだったんだ」
「象徴として残されてたみたいで、あの家で執事をしてた人達が管理してくれてるみたい。……あはは、安心してちょっとだけ気が抜けちゃった」
「そうか……よかったな」
「順調って何のことだ?」
「ロニには秘密」
「秘密って……言ってくれたっていいだろぉ!」


ジューダスと顔を見合わせて悪戯に笑うと、疎外感があるとロニは拗ねたように顔を顰める。二人の雰囲気も少し和らいだことに安心していたら、その時、何かが羽ばたく音が耳に届いた。
見上げると、城の鐘を鳴らす塔に急に上空から飛んできた飛行竜が飛び込んできて、城を襲撃し、その衝撃によって地面が揺れる。


「うわ、これって……!」
「二人の元へ急ぐぞ!」
「おーい!カイルーっ!リアラーっ!城が大変な事になってるらしいどうする?……って聞くだけヤボだな」
「そういうこと!行こう、皆!」


城の横にあった公園へ入るとカイルとリアラも異変に気が付いていたらしく、直ぐに乗り込むことになった。リアラと話したのもあってか、カイルも一皮剥けたのかいつも通りの調子に戻っていたことにロニとジューダスと顔を見合わせて安心しながら彼らに続いて駆けだした。
城の裏口に出た方が早いとの事で裏口へ向かったがそこには瓦礫が散乱しており、人々は混乱していた。


「こりゃまたド派手に乗り込んできたもんだ」
「だが、難攻不落の城もこれではひとたまりもあるまい。戦術としては見事だな」
「そんな事よりウッドロウを!」


中に入ると兵士が魔物に襲われており、倒した後に話を聞くとどうやらこの襲撃はウッドロウを狙ったものらしく、カイルたちの脳裏にはフィリアの時の嫌な記憶が蘇る。ウッドロウの命が危ない。

城の中に入って、ウッドロウの居る謁見の間に進むまでにも魔物と戦っている兵士や、地面に倒れこんでいる兵士達が多く居た。
普通ならこんな魔物を操るなんて無理なはずだ。しかしユウリィとジューダスの脳裏によぎるのは"神の眼"だった。あれか、存在するとは思い難いがそれに匹敵するものを使えば魔獣も操れるのかもしれない。一体誰がウッドロウの命を狙っているのかーーそれも含めて確認するべきだろう。


「アンデットばっかりだなぁ……!」
「ロニ、情けない事言って無いで、ほら!」
「ユウリィ、その骸骨の頭を俺に投げるなぁ!」
「煩いぞ、ロニ!」
「俺だけかよ!」


謁見の間に入ると丁度侵入者によってウッドロウが深手を負っている所で、彼の痛みに悶える声が響き渡る。
傷は深いのか、床に赤い染みが広がっていくのを目の当たりにして血の気が引いていく。このままではウッドロウが危ない。カイルは侵入者の顔を見ると、見覚えがあったのかあっと叫んだ。


「お、お前はバルバトス!」
「ほう、また会ったな小僧!カイルと言ったか、貴様とは妙な縁があるらしい」
「お前がウッドロウさんを……!くそっ、許さないぞ絶対!」
「俺の目的は達した!あとはあの女が勝手にすること。さらばだ、カイル!」


それだけ言い残すと、バルバトスは黒い歪に吸い込まれていき姿を消した。ユウリィは慌てて横たわるウッドロウに駆け寄り、身体を動かさないようにしながら彼の状態を確認した。ウッドロウは薄ら目を開き、自分を心配そうにのぞき込んでくる初めて見る少女をぼやけた視界で確認する。ーーいや、本当に初めて会った少女だろうか?


「ウッドロウ、大丈夫!?」
「うっ…うう……君は……」
「傷は深いが、辛うじて急所は外れている。大丈夫だ、これなら助かる!おい、早く医者を呼んで来い!」
「フィリアさんに続いてウッドロウさんまで……このままでは時の流れに大きな歪が生じて……まさか、これは全部あの人の仕業なの……!?」
「リアラ、それは……」


リアラに心当たりがあるのかあの人とは一体誰のことか聞こうとすると、その場に聞き覚えのある女性の声が響いた。何処からともなく謁見の間に現れた女性は、聖女と呼ばれしエルレインだった。


「なるほど……実に彼らしい。どんな英雄であれ、容赦はしないということか……あの時素直にレンズを渡していればこんな目にあわずに済んだものを……」
「全ては貴方の仕業って事か……聖女エルレイン!」
「貴方は間違っているわ!こんなやり方で人々は救えはしない!」
「……では、お前はどうするの?未だに何も見出せないお前に救いが語れるとでも言うのか?」
「そ、それは……」


口ごもるリアラにエルレインの冷たい視線が当たる。この二人が普通に会話しているのは、知り合いだということを証明しているようなものだった。
当然、カイルもまさかリアラとエルレインが知り合いだとは思っていなかったのだろう。驚いた目で彼女たちを見た。


「どうなってんだ!?何でエルレインがここに!?それにリアラ、どうして君はエルレインのことを……」
「この女が黒幕って事だけはっきりした……!よくもウッドロウを……!」
「貴方は……」


エルレインはユウリィを見てふっと微笑んだエルレインは、彼女の横に居た仮面を被った少年に視線を僅かに動かし、そっと目を伏せた。


「人々の救いは神の願い、それを邪魔するものは誰であれ容赦しない」
「やめて、エルレイン!」
「私を止める事は誰にも出来はしない……そう、たとえお前でもだ。リアラ」
「いや!やめてッ!私にはまだここで果たす使命が……!」
「未だに何も見出せぬ者にここに居る意味は無い……帰るがよい、弱き者よ」
「リアラ!」


エルレインは手を振りかざし、静かに目を瞑った。するとリアラの体は光に包まれ、どこかに飛ばされてしまったのかその場から消えてしまった。
それを追うかのように、ユウリィ達も咄嗟にその光の中に入り謁見の間から姿を消してしまった。遠のく意識に呑まれていく中、奔流に身を任せた。
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