水月泡沫
- ナノ -

07

船を下りて、足早にハイデルベルクへと向かう。雪道を踏みしめ進むが手が悴んでくる。ロニ、カイル、そしてリアラはファンダリアの気候には少々厳しい薄着でマントを羽織っても寒がっている。それでも三人は初めての雪景色に感動しているようではしゃいでいるようだった。
ハイデルベルクに入ると街の奥に石で築かれた大きな城が見えて来た。


「ここがハイデルベルグかぁ!流石、英雄王が治めるだけあってでっかい街だなぁ!」
「確かにな、これだけの大都市は世界広いといえどもこことアイグレッテぐらいだろう」
「……変わってない、なぁ……」
「どうしたの、ユウリィ?」
「ううん、何でもないよ」
「でも、アイグレッテとは何か感じが違うわ。上手く言えないけど……」
「そんなことより早くウッドロウ王に会いに行こうよ!どんな人なんだろう?わくわくするな!」


18年経った今ウッドロウがどうしているのか、どんな姿をしているのか、あんな別れ方になってしまったのもあって非常に気になる。
久しぶりに会いたいけれど、この人数で会いに行けば話もしづらくなるし、ウッドロウは鋭いからもしかしたら顔でばれてしまう可能性がある。もしもその話が漏れてしまえば混乱を招くことになるだろう。
確かマリーも記憶を失う前はこの地域に住んでいたようだけれど今頃どうしているのか、幼かったチェルシーはどうしているのか、昔の仲間たちにユウリィは思いを馳せる。


「うわ、何あれ?雪丸めたのに顔が付いてるけど」
「あれは雪だるまっていうの。雪が沢山降るから出来る遊びだよね」
「へぇ、後で俺も作ってみたいな!」
「お前は子供だなぁ」
「ふふ、そう言ってロニも結局参加しそうよね。あんなに雪で興奮してたじゃない」
「そ、そりゃあ……」
「お前も十分子供ということだ」
「ジューダスお前な……!」


リアラの指摘に気まずそうに頭をかいたロニに対してジューダスの皮肉が飛び、ロニは反論しようとしたがカイル達が笑うものだからうっと押し黙った。
城下町を抜けてハイデルベルク城に居るウッドロウ王に謁見を申し込もうとしたのだが、門番に止められた。話によると謁見の約束がない場合数週間先の謁見になるようだ。

「待てカイル。俺に考えがある」

ロニはここに居るカイルはあの四英雄であるルーティとスタンの息子であると回りに聞かれないよう伝えると、兵士は驚いた後、慌てた様子で城へ戻っていった。
話こそは聞こえなかったがロニが一体何を言ったのかユウリィも分かって顔色を僅かに曇らせた。


「随分と姑息な手を使うな」
「な〜に、会えたらそれでオッケーなんだ。カタいこと言うなよ」
「……付き合いきれんな。僕は、暫く時間を潰してくる。お前たちだけで会って来い」
「あっ、待ってよ、ジューダス!」
「ごめんなさい、私もちょっとこの街で元々用事があったの。ウッドロウ王の話、聞いてて?」
「え、ユウリィも!?」


ジューダスが立ち去ってしまったのを見て、ユウリィも間髪入れずに断りを入れてカイルに引き止められるもののその場から立ち去った。
城を出て、物憂げに溜め息を吐くとそれさえも白く染まる。ウッドロウに会う勇気はないし、カイル達とずっと一緒に行動していると十八年前のことを調べる機会や実家に足を運ぶ時は限られる。

「ロニももう少しカイルのこと考えてあげればいいのに……」

あれでは、カイルは周囲にカイル・デュナミスという一人の少年として認めてもらえない。カイルの後ろにあるスタンとルーティしか見られなくなってしまう。


カイル達が話を聞いている間にユウリィは一人、十八年前の面影のあるこの城下町をを探索していた。
ジューダスは一人何処かへ行ってしまったようで右を見ても左を見ても居ない。

もし万が一顔がばれてしまう事も考慮して被っている帽子を更に深く被った。まず初めに気になって仕方が無かった自分の家へと足を運んだ。

「まだ、ある……」

そこにあったのは場所も変わらず、見た目も大して変わっていないバレンタイン家があった。
屋根の雪が落ちていて、中から光が見えることからまだ人が居るのだろう。
誰か新しい人が入ったのかと名札を見てみるが、やはりそこには自分の家の名が掛かっていた。


「どうした、お嬢ちゃん。この家に用事かい?」
「え?い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


丁度近くを通りかかったこの町に住んでいる男の人に声をかけられて慌てて答えた。しかし気づかれていないようなのでほっと一息ついた。それなら丁度いい、と今のこの家の状態を聞いてみた。


「私、旅をしているんですが……あの、この家は今何をしているんですか?」
「あぁ、ここは有名な家だよ。何て言ったって世間じゃあまり知られていないようだが英雄のユウナさんのご実家らしいからな」
「!ユウナさんがこの家の出身だと聞いたことは無かったですが……」
「客員剣士の時は名乗っていなかったらしい。十八年前にこの街がグレバムという男の手に落ちた時にこのバレンタイン家のユウナさんが助けに来てくださった」



元はオベロン社のファンダリア支部だったが事件前には既にこの家の当主、つまりはユウナの父が亡くなったことで別の人間に実権が移っていた上、娘であるユウナもオベロン社の業務を継がずに英雄として名が残っているから、バレンタイン家の当主は居ないが、象徴として守ろうと建物は残されて見学出来る場所となっているようだ。
この家の管理をしているのは当時この家に執事として働いていた人達だと聞いて、嬉しかった。勝手に家出をしたりして迷惑かけてばかりだったのに。


「ただ……本当に惜しい人を亡くしたな……」
「え?」
「いや、ユウナさんが今も生きていてくれたらなと思ってな。この街の奥に十八年前の戦乱に纏わる物が展示してある場所が在る。行ってみたらどうだい?」
「そんなものがあるんですか?ありがとうございます」


今この十八年後の世界で私が、リオンがどう理解されていてどんな終幕を迎えたのか知りたい。きっと、酷い書かれよう、なのだろうけど。


展示してある場所を尋ねてみるとそこには神の目の模型、歴史、更にはソーディアンの模型と英雄達の顔までもが飾ってあった。

「……リオンは、居ないんだね……」

勿論、英雄を裏切った人として名が残ってしまったリオンの顔写真、シャルティエの模型も無いし、むしろ歴史書には悪い書かれようだった。
そこに必ず書いてあるのはスタン達を裏切りヒューゴに協力したこと、そして客員剣士補佐でソーディアンの使い手だったユウリィを殺した。そんな内容だった。

「そんなわけ、無いのに……!」

自分は英雄なんかじゃない、スタン達と共に載るべき人間じゃない。
あの時、目が覚めたあとに私はスタン達の危機を救うでもなくこれから世界を巻き込み起こるだろうヒューゴの計画を止めるわけでもなく、ただただ必死にリオンを助けに行った。
そんな人間がスタン達と肩を並べるなんておこがましいにも程がある。

しかしもう過去となってしまったこの出来事を変えるなんて事出来ないのだ。

ふとソーディアンの模型に目を向ければそこには四本分しかなかった。当たり前のようにシャルティエの模型は無く。更に予想はしていたがロイの模型まで無い。


「ユウナが使用していたソーディアンは確認できず……当たり前だよね」


少し寂しそうに笑って自分の腰に納まっている剣に触れた。天地戦争の時代から作られていたことすら同輩にすら知られていなかったソーディアン。十八年の時を越えて今もなお自分が所持しているから模型もないのは頷ける。
私達を命を懸けて助けてくれたというのに、名前も模型も、何も残っていない。少し寂しい気もしたが彼の意志は私達に残っている。

二階にあがり、保管されている大量の歴史書から特に気になっていたアイグレッテとダリルシェイドに関する内容、そして神の眼を巡る動乱の結末について調べた。


「稀代の天才科学者と名高いハロルド・ベルセリオスによってソーディアンは考案された……彼の手を借りて、ロイも作られたのかな……」


ソーディアンに関する記述は未だに謎が多く、ディムロス達も知らなかった位だ。
彼が一体何を思ってどういう経緯でソーディアンになったーー正しくは異空間になっているコアクリスタルの内部に自分を転移させていたのか、今だからこそ知りたかったのだ。

静かに階段を下りて、雪が再び降り始めた空を見上げた。今頃、もう既にウッドロウとの話が終わっているだろうカイル達と合流するために雪を踏んでゆっくりと歩き出した。


ーーもう泣き言は言わないと決めても、どれだけ笑われないようにと思って強がっていても、無二の相棒だったロイの存在に焦がれてしまうのだ。
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