水月泡沫
- ナノ -

06

男達に宝物を渡そうとしたが彼らにとってはただの石以外の何物でもなく、揚げ足を取る形でその宝物は貰う事になった。出し抜けたことに少しの優越感を覚え、すっきりしたと笑い合いながら港へと戻って来ると船が直っていた。
これでスノーフリアに行ける。今、あの地はどうなっているのか気になっていたし早く行きたいとも思うが、同時に複雑な感情も抱く。

父が亡くなり、自分も他の人間にオベロン社ハイデルベルク支部を譲る為にヒューゴに話を持ちかけにダリルシェイドに向かい、そのまま客員剣士として活動していたから、実質父の代でユウリィ家の支部としての活動は終わったも同然だが、騒乱を経て非難の対象となり取り潰されている可能性もある。
当主となった自分は18年前に亡くなったとされていて兄弟も居らず他に跡継ぎは居なかったのだから在り得る。


「そういや、ユウリィは始めスノーフリア行きの船に乗ってたし、漸く用事が済ませられるな」
「えっ?……一番の用事はもう終わったみたいなものだけど……」
「なんだ?」
「な、何でもない。行ったことなかったから街とか、あとハイデルベルク城も見学したいかなと思って。……確認したいこともあるし」


他の街では先ず見ない立派な城と城下町が有名なことをロニも知っていたからか成る程と納得して頷いていた。しかし、話し終わった後にふとユウリィが見せた憂いを帯びた表情にジューダスもまたそっと目を閉じた。
ーーヒューゴ、そしてオベロン社という存在に人生を狂わされた人間は数え切れないほど居るのだ。自分も、そしてまたユウナもその一人だった。


船は快適な速度で海の上を進んでいく。
船室に荷物を置いて早々に甲板に出て行っていた男子達とは別に、ユウリィは結局行ったことのないアイグレッテという街についてリアラに尋ねていたのだが、アイグレッテ港で聞いた通り信じ難いものだった。十年ほど前に奇跡の聖女エルレインが登場したことによってアイグレッテ、そしてアタモニ神団は更に発展し勢力を広げているようだ。
フィリアは今もストレイライズ大聖堂で神官を務めているそうだが、今の所エルレインと良好な関係を保っていると言うことなのだろうかと悶々と考えていると。


「でも、この世界じゃ当たり前のことよ?カイルもそうだったけど、知らないのは珍しいわね」
「えっと……あんまり外の世界を教えてくれなかったし、私も自分の知ってる世界で満足しちゃってたし……」
「知ってる世界で満足、か……」
「リアラ?」
「い、いえ、何でもないの。それよりちょっと気になってたんだけど、ユウリィはどうしてあんなにジューダスと仲がいいの?」
「えっ!?普通……だと思うけど……」


視線を泳がせながら誤魔化すユウリィだが、リアラにはやはり普通には思えなかったのかいぶかしみながら首を傾げる。嘘を付いていることを心苦しく思いながら、これ以上喋るとぼろが出そうだとリアラに外の空気を吸いに行くと伝えて船室を出た。


「やっぱりちょっとこの世界についてもっと知っておかないと疑われるよね……あれ、ジューダス?」


デッキへ出て唸りながら宛てもなく歩いていたのだが、ジューダスがこちらに向かって来ていたからふと足を止めた。ジューダスの奥に居る人を見ると、ロニとカイルが居て、何となくロニと衝突したのだろうかと察してしまった。
ユウリィに気付いたジューダスは足を止め、少し悩んだ素振りを見せたがユウリィの手を取り二階にあがった。口数の少ないジューダスを心配して尋ねた。


「どうしたの?ロニと何かあった?」
「気にするほどのことでもないのかもしれないが、僕の正体について聞かれてな……」
「そっか……イレーヌさんの事も、それから、スタンの事も知ってるから聞かれたの?」
「……」
「何時かは聞かれるなぁって思ってたけど。……まさかそれでお別れだなんて言ってないよね?」


無言の肯定が返ってきて、ユウリィは困ったように肩を竦めた。ジューダスは、リオンは人との交流は少し不得手で、本音とは違うのに素直じゃない性格が誤解されがちだ。


「ユウリィはどうなんだ?カイル達と共に行く事は僕の我侭であって、ユウリィが付き合う必要はないんだ」
「もう、ジューダスがやるって決めたなら、私だってとことん付き合うよ。それにね、今は私自身も普通にカイル達と旅、したいって思う」
「そうか……」
「ジューダスも、その気持ちに正直になってみてもいいんじゃないかな?」


ユウリィの言葉に何かを言いかけたジューダスだったが、その時後方から扉の開く音が聞こえて振り返ると、ジューダスを追ってきたらしいカイルが居た。


「探したよ、ジューダス!もう、突然居なくなっちゃうんだもん!……ってあれユウリィ?」
「どうしたの?もしかして、ジューダスのこと呼びに来た?」
「うん。あ、あのさ。ジューダス……俺、信じてるから!」
「カイル……」
「ジューダスが何歳だろうと誰だろうと関係ない。俺はジューダスを信じてる!だからさ一緒に行こう!旅、続けようよ」


笑顔で自分に手をさし伸ばしてくるカイルに、胸の奥が温かくなる感覚を覚える。仲間だと信じて疑わない彼の純粋さや底無しの明るさが眩しくもあり、焦がれるものでもあった。


「……なぜだ?どうして僕を信じられる?何も明かそうとしない僕を……」
「なぜって……う〜ん、そうだなぁ……ジューダスが好きだから……だと思う」
「……好き?」


カイルから突然言われた思いがけない言葉にジューダスは瞬いた。そしてカイルは迷うことなく好きだからこそ一緒に居たいと思うし、ジューダスのことを信じられるのだと自分自身納得して頷きながら語った。
しかしジューダスはカイル達に対して何も重要なことは語っていないし、自分の正体に関してはカイル達を欺いてすらいる。そんな状態で好きになれるわけがないと首を振ったのだが、カイルは「秘密全部教えてもらったら好きになれるの?」と問いかけた。


「秘密があっても関係ないんだ。そいつが好きどうかってだけさ。だからジューダスもそうだよ、秘密があっても……いや、秘密があるところ全部含めてジューダスが好きなんだよ!」
「カイル……あはは、やっぱり……」
「え、なに?俺なんか変なこと言った?」
「ううん、何でもない。ありがとう、カイル」
「うん!じゃあ、それだけ言いたかっただけだから!」


それだけ言うとカイルは甲板を出て行って再びロニ達の居るデッキへと戻っていった。本当に、カイルの言葉は彼が思ったことそのままのもので純粋だった。だからこそ聞いているこちらの胸にも響くのだろうと思った。


「僕は……同じことを繰り返しているな」
「……それは、スタンのこと?」
「あぁ、……しかし今度こそ、全てを隠し通してでもやりとげなければならないんだ」
「……そんなに自分を責め続けて気を張らないで。私だってジューダスを手伝うから」
「ユウリィ……すまない」
「違うよ、ジューダス」
「ふっ、ありがとう」


謝るのではなく改めて礼を述べるとユウリィは嬉しそうに笑って、ジューダスの表情も先程とは打って変わって幾らか柔らかくなった。
ふっと甲板から海に視線を移すと白く染まった陸が遠くの方に見えてきて、二人はデッキへと戻った。ジューダスが戻ってきたことにロニは気付き、迷いながらも意を決したのかジューダスに声をかけ、そして頭を下げた。


「ジューダス、あ、あのよ……悪かった。さっきは、その……」
「いや、僕も大人げなかった」
「ジューダス……」
「実際の年齢はともかくとして、精神年齢は僕のほうが高い。子供であるお前と同じレベルで話すなんて、大人である僕がすべきことではなかったな。反省している」
「な、なんだよそりゃあ!それじゃ、俺がガキってことか!?」
「そう言ったつもりだが、わからなかったか?僕の言い方も、まだまだのようだ」


ロニとジューダスの喧嘩も何時ものことだけれど、それがないと物足りないものだと感じながらジューダスの皮肉に文句を言うロニのやり取りに笑いが溢れる。

暫くすると寒くなってきて、ユウリィにとっては懐かしい雪が降ってきた。リアラはくしゃみをして寒そうに腕を擦った。


「何だかちょっと寒いわね」
「リアラ、薄着だから寒いよ!俺のマント貸してあげるよ」
「ふふ、ありがとうカイル」
「あいつらは相変わらずだなぁ……ユウリィもそんな格好で寒くないのか?」
「え?……あはは、私、寒いの得意だから」


他のメンバーは初めての雪に騒いでいるようでユウリィも一時憂いを忘れてつられて笑った。十八年の時が経った故郷ファンダリアーー他人に委託するためにダリルシェイドに来たがオベロン社ファンダリア支部だった実家はどうなっているのか、自分自身はどう人々に語られているのか、全てが不安だった。
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