水月泡沫
- ナノ -

05

山小屋での朝を迎え、早々に出発して漸くノイシュタットへと到着した。18年前と然程街並みは変わっていないようで、自分の知っている世界があるのだとユウリィは少し安心感を覚えた。この街に流れる潮風も、元気に走り回る子供の姿や街の活気は18年と言う時が過ぎても変わらない。
しかし、この街に根強く残っている貧富の差はどうなっているのかーーその辺りも知っているジューダスにこっそりと尋ねたのだが、やはり根深く残っているようだ。

早速港へと向かったのだが、待っていた船乗りに話を聞くとまだ船の修理は終わっていないようだった。あんなに損傷が大きければ直すのにも時間は掛かるのは当然だろう。
しかし修復を終えるまでどう時間を潰そうか思い悩んでいると、一人の男がカイルに近づき声を掛けた。

「すみません、よろしいですか?いずれも腕の立つ旅の武芸者とお見受けしますが……」

"腕の立つ"と褒められ煽てられるとカイルも調子に乗って「英雄の貫禄がある?」とか嬉しそうに男に尋ね返し、しめたと男もそれに乗ってカイルを英雄だと褒め称えた後、頼み事があるのだと本題を述べたがどうにも胡散臭い雰囲気にカイル以外は疑いを持つ。
しかし二つ返事で男の相談を受け入れていて、溜息も吐きたくなる。


「……おいカイル、まさかさっきの話、受けるつもりじゃないだろうな?」
「もちろん引き受けるさ!困っている人を助けるのが英雄ってもんだろ!」
「カイル……何でも助ければいいってものじゃないよ?」
「大丈夫!あの人は俺の秘めたる力を見破ったんだから!」
「……分かった。あばら家っていう所に行こうか」


もうこれ以上何を言っても無駄だろうと全員諦め、足取りの軽いカイルの背を追いかけた。
指定された場所に向ったのだが、その建物が見えてきてユウリィは足を不意に止めてしまった。そこは、過去何度か行ったことのあるオベロン社ノイシュタット支部ーー元イレーヌ・レンブラントの屋敷だったからだ。


「この家……」
「イレーヌは亡くなっている。18年前、ヒューゴの計画に加担して空中にあるダイクロフトから身を投げた」
「……、この街をあんなに思っていたイレーヌさんが、どうして?」
「埋まらない貧富の差……努力しても変わらない世界に何時しか絶望すら覚えていたんだろうな。その為に世界を一から作り直す道を選んだ」
「……正直信じられない……」


イレーヌが既に他界しているという事実以上に、街を変えるために市長として尽力を尽くしていた彼女がそんな強行策を選んでしまったことが信じられなかった。
立ち止まって話していたからかロニ達に呼ばれて、胸の奥につかえる感情を振り払った。


あばら屋に入るとこの街では裕福な商人なのか、部屋に置かれている物はどれも高価そうなものばかりだった。しかしあまりいい趣味には見えず、上機嫌なカイル以外は顔を見合せしかめる。
カイル達が来たことに気付いた先程話しかけてきた男は改まった態度をして事情を説明し始めた。
以前この街にオベロン社という大企業に支部があり、先の大乱でオベロン社が消滅した後、そこの金庫に収められていた宝も消え失せてしまったが、その宝が街の近くの廃坑に眠っていることが分かったようだ。つまりは。

「……その宝を廃坑から取ってきてほしいっていうこと?」

そう尋ねられると男は笑みを浮かべながらはい、と答えるが正直この男達のためにオベロン社が遺したものを取りに行くのが癪だった。しかし、カイルはもう意気込んでいて行く事は避けられないだろうという予感がした。
その話を黙って聞いていたジューダスだが、鋭く男を睨み問いかけた。


「……貴様、どこから嗅ぎつけた?彼女の遺言状にしか記されていないことを貴様が何故知っている?」
「イ、イレーヌ様の遺言状など私共はつゆと存じ上げません!全て偶然に知ったことでして……」
「おかしいな、僕は彼女と言っただけだ。イレーヌなどとは一言も言ってないぞ」
「という事はそのイレーヌさんの遺言状に心当たりがあるの?」
「そ、それは……」


男がしまったと、口を押さえて慌てていると特に追求する話でもないだろうとロニがタイミング悪く彼に助け船を出してしまいその話は有耶無耶になった。
ノイシュタットを出て近くにあるオベロン社廃坑へ入ったのだが、長年人の手が入っていないからか廃れていた。あちこち崩れて足場が悪い中、どこか足取りの重いユウリィの気分は優れなかった。


「どうした、ユウリィ?気分が悪そうだけど大丈夫か?」
「え?だ、大丈夫」
「無理するなよ。もしオバケとか見つけたら、まず俺に言うんだ」
「……ロニが助けてくれるの?」
「いや、逃げる。一番最初に逃げたいだけだ」


ロニの言葉にこれが最年長の言葉か、と皆は呆れた視線と共に溜息をつくと、何だよとロニは不満そうに顔をしかめた。

階段を上った先に見たことの無い大きめな機械が無造作に置いてあり、恐らく暫く使われていなかったのか古びた印象があった。


「こんなものよく状態良いまま残ってたな……けど、動くのか?」
「初めて見る機械だね。何これ?」
「これはレンズ起動型エンジンといって、レンズからエネルギーを引き出して動力に変える機械だ。これを作動させれば、坑道内の設備をまた動かすことができる」


しかし試しに少し触ってみても動く気配は無く、行動内の設備を動かせるのだろうかと疑心暗記していたのだが、機械を調べていたジューダスはこの機械のタンクにレンズを入れると動くだろうと答えた。数は200枚必要のようだが、この行動内には手付かずのレンズが未だ多く残されている。
奥の発掘現場へと向かい、それぞれ手分けをしてレンズを探していたのだが、協力して探しながらも談笑しているジューダスとユウリィの姿を見ていたロニは顔をひきつらせる。


「ジューダスが皮肉を含めず笑ってるなんてありえねぇ……」
「どうしたの、ロニ?」
「あぁ、リアラ。……やっぱり気になってたんだがあの二人本当にただの顔見知りかねぇ」
「ジューダスとユウリィ?ふふっ、仲良さそうね」
「だろ!?あの偏屈で皮肉屋のジューダスにあんな素直そうな少女が親しげに話してるってこと自体……」


二人の雰囲気は和やかなもので、親しい仲なのだと改めて実感する。しかし気難しいジューダスのことを考えると不思議だった。


「昔と違ってレンズの価値っていうのも違うんだね」
「利用出来る用途が限られているからな。悪用されないよう管理するにも限度がある」
「確かに……前までお金として換金できたのに不思議だね。私が持ってるレンズも意味ないかぁ」
「……、持っていて損はないとは思うが、……」
「ジューダス?」
「……こそこそとやつらは何を話しているんだ」


ロニ達の方に視線を移し、不機嫌そうに眉を潜めているとロニもジューダスに気付かれたと察したのか、その場から逃げるように立ち去った。
ユウリィとの仲を疑われているのかもしれないが、ただの知り合いだというのは確かに嘘には違いない。しかし本当のことを言ったときがまた色々と面倒になりそうだと溜め息を吐き、首を傾げるユウリィに気にするなと声をかけ頭にぽんと手を乗せた。

レンズを集めたカイル達は再び機械のある部屋に戻って壁や瓦礫を崩すための爆弾を作り、それを使用して壁に穴を開けた。
そこに広がっていたのは岩に囲まれた静寂に包まれる空間だった。地面に置かれていた宝箱を見つけ、意気揚々と開けたのだが中に入っていたのはカイルや依頼をした男達が想像していたような金や財宝ではなく、一見ただの石にしか見えない塊だった。肩透かしを食らった気分にもなったが、大事に保管されている位だから普通の物ではないのかもしれないと唸る。


「これが……宝なの?一体、何なんだろう」
「この鉱山だけで採掘できる特殊な鉱石だ。状態を安定させるため、それに入っている」
「特殊な鉱石?それじゃ、ただの石っころなの?」
「……確かに、今はそうだ」
「今は?」
「お前達、ベルクラントは知ってるな」
「あぁ知ってるさ、天空都市ダイクロフトにあったっていう兵器のことだろ?地殻にエネルギーをブチこんで破壊するっていう、とんでもねぇシロモノだ」


ベルクラント、自分は目にする事が無かったが他のソーディアンマスターである仲間達はその兵器に立ち向かった。そしてこの石はベルクラントに使われていたレンズの力を増幅させる石なのだそうだ。ということは、だ。


「それじゃあ、これさえあれば……」
「もう一度ベルクラントが作れる……あの凶悪な兵器が、また作れるって事か……」


実際その使い方が分からないので復元する事は無理だけれど。その方が良い。余計な悲しみを生まずに済むのだから。18年前にダイクロフトが出現し、ベルクラントによる攻撃の爪痕が今も残っているのは、やはりイレーヌ彼女の協力でこの鉱石を使用したからなのだと考えると胸も痛む。

奥にはまだ空間が広がっているようで、そこからは明るい光が差し込んでいた。自然と足を運んで思わず息を呑んだ。
ジューダスが何かに気がついたのか、急に笑い出したので驚きながらジューダスが居る所へ足を運ぶ。

「……なんて皮肉な。こんなものがあるとはな……」

彼の視線の先に在ったのは石碑だった。
何が書いてあるのか角度的に見えず、移動しようとしたがロニがそこに書かれていた文章を読み出した。

ーーこの鉱山にある鉱石を使えば、レンズの力を大いに高めることができるようになります。そうすれば、生産力は増大し全ての人々が、豊かな暮らしを送れるようになるでしょう。
鉱石は、ノイシュタットの貧富の格差をなくせる奇跡の石となるのです。この奇跡の石は、光との化学反応によってのみ、つくられるもののようです。偶然、光が差し込むよう岩が連なっていて偶然、この場所に石があった……これはきっと、神様からの贈り物なのでしょう。
ですからこの場所を壊さぬよう、大切に守っていってください。この場所を守ることがそのまま、ノイシュタットの人達を守ることになるのですから。


「これを読む未来の誰かへ。オベロン社、ノイシュタット支部長イレーヌ・レンブラントより」


その石碑に書かれていた物はイレーヌからのメッセージで、ユウリィは込み上げてくる熱いものを堪えて胸を押さえた。
彼女はこんなにもこのノイシュタットを思っていたというのに。道を誤ってしまった。
けれど彼女の思いは本物であり、だからこそこの石碑には彼女自身の意思が刻み込まれていた。計画に加担してしまう前に、知っていたら止めたかった。そう思うが今となってはもう遅過ぎることだ。


「なるほどねぇ……確かに鉱石は兵器だけじゃない、工場や船にも使えるもんな。俺達はそのことに頭が回らなかった。これじゃ、兵器を作ったやつと同じだな」
「オベロン社も同じさ。そして、イレーヌもな……」
「彼女は道を誤った。縮まらない貧富の差に……疲れてこの世界を壊そうとしてしまった」


最後にノイシュタットで再会したあの頃には既にこの道を選ぶ決意を固めていたのかもしれない。それでも彼女は愛していたからこそ直向な位にノイシュタットの問題に向き合おうとしていたのだ。それは嘘ではない筈だ。


「手段が間違っていたけれど、思いはこの石碑に書かれてることそのもの。イレーヌさんはきっと……きっとこの街を愛していた」
「そうだな……案外、こっちが本当の宝かも知れないな」
「そうだね!きっと、そうだよ!」
「本当の宝……、安っぽいセリフだな」


ロニの言葉に皮肉を述べながらもふっと表情を緩めて笑ったジューダスにユウリィもまた口元を押さえて笑った。
イレーヌのノイシュタットを想う意思を受け取り、安らかに眠っていてほしいと心の中で祈って、廃坑を後にした。
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