水月泡沫
- ナノ -

04

ユウナが目を覚ますと既にカイル以外は起きており、リアラと呼ばれていた眠っていた少女も目が覚めたようだ。
カイルがいつまで経っても起きないので朝からスタンの妹、リリスの"死者の目覚め"が炸裂し、耳を塞いでいたのにも関わらず耳の奥に響くほどにけたたましい金属音がリーネの村に響き渡った。


「ここまでしないと起きないなんて……」
「そうなんだよなぁ、いい加減すっきり起きれるようにしとけよ、カイル!」
「おはよ……あれ、リアラは?」


その音に漸く気付いたという程度で煩いとは感じていないのか寝ぼけながらも辺りを見渡し、眠っていたリアラのことを気にしていた姿にロニは相変わらずだなぁと苦笑いを浮かべる。スタンも眠りは深かったのが印象的だけれど、そんな所まで似てしまっているのかとユウリィは感心しつつ、リアラが外に居ると聞いて先程まで寝ぼけていたのは何処に行ったのか扉を勢いよく開いて出て行った。
そんな様子に二人の間柄を知らないユウリィはこそっとロニに尋ねた。


「カイルってリアラを凄く大事にしてるのね」
「まぁそりゃあ自分をリアラが探してる英雄と認めてもらいたいって、意気込んでるからな」
「英雄……」


英雄と呼ばれる両親を持っているから、もしかしたらカイルもルーティやーー特にスタンのような英雄になりたいのかもしれないと納得した。
しかし人々に英雄と呼ばれる存在になろうとするのはまた話が違うような気がすると口元に手を当てて唸った。英雄になるために何かをするのではなくて、何か自分の信念に従ってやったことが結果的に英雄と呼ばれることに繋がるのではないか。スタン達と共に行動をして、未だに納得はしていないが自分もそう呼ばれる存在に"なってしまっている"からこそユウリィは複雑な思いを抱いていた。


「この村に連れてきちまったがユウリィはどうするんだ?あの船に乗ってたことだしファンダリアに行くつもりだったんだろ?俺達はリアラも目が覚めたみたいだし今日中には出るんだけど……」
「えっと……ロニ達は次どこに行くの?」
「僕たちは五英雄に会うために各地に向かうつもりだ」
「五英雄……」


本当に英雄なんて言葉が他人事にしか感じられない。
そう思いつつも悟られないよう顔には出さずに、恐る恐る同行できないかと聞くとロニは顔を明るくさせて嬉しさを表現するように両手を広げる。


「可愛い女の子が来てくれるのは大歓迎さ!しっかし、正直宛のないカイルの英雄になる旅とリアラの目的に付き合わせることになるが、本当にいいのか?」
「うん。私も……そういう人たちに会って、世界を巡って……自分がやりたいことを見つけたいって思ってた所だったから」
「そうか……その歳なのにそんなことまで考えてるんだな。魔物と闘うことも必然と多くなるが大丈夫か?」
「その件に関しては大丈夫だ、お前も船の中の魔物の傷を見ただろ。実力に関しては僕が保障しておく」
「なーんでお前が答えるんだよジューダス。ま、一人であんなでかいやつ相手に善戦してたなんてむしろ厄介になるかもしれないな」


ロニの冗談にユウリィはほっと胸を撫で下ろす。同行する許可をもらえたことに良かったと思いつつ改めて握手を交わした。お前は年長者の割に情けないからな、と皮肉を言うジューダスに対してロニが食って掛かるのを見てジューダスと名乗りを変えてもやっぱり相変わらずだと心の中でこそっと笑った。
そうしている間に話が終わったらしいカイルとリアラが戻ってきて、リアラの目にユウリィの姿が止まる。


「目が覚めたのね!」
「えぇ、始めましてユウリィって言います。助けてくれてありがとう。貴方でしょ?傷治してくれたの」
「そんな、お礼なんてしなくて良いわ。それよりも大丈夫?」
「私は大丈夫、今日目が覚めたって聞いたけど大丈夫なの?」
「えぇ、私も大丈夫よ。私はリアラ。よろしくねユウリィ」


小柄で白い肌が特徴的な少女で、何処と無く儚げな印象を受けるけれど喋り方や笑顔から伝わってくるけれど明朗快活な性格をしているようで少しばかり驚かされた。
挨拶を終わった所でそういえば、と先程までしていた会話を思い出したロニはユウリィをカイルとリアラに改めて紹介した。


「そういや、ユウリィの同行が決まったぞ!お前の旅に付き合ってくれるってな。腕前もこいつが言ってるってのが癪だがお墨付きだ」
「え、本当!?」
「そうなの?ふふっ、私も嬉しいわ」
「改めてよろしくね」


本当の目的を口にすることは出来ないけれど、とことんカイルの旅に付き合って見守ろうじゃないか。
無邪気な笑顔を見せてリアラとロニと喋るカイルを見詰め、ふっと笑みを零しているとジューダスの手がぽんと肩に乗せられた。エゴかもしれないけれど、彼が自分自身の道を見つけるまで見守りたいものだ。


次の目的地はファンダリアに居るウッドロウに会う為に船の修復の為に停泊しているらしいノイシュタットだった。ノイシュタットといえば客員剣士の時代にも時折任務の為に行っていた思い出も沢山ある場所だった。
会う機会こそは少なかったけれど親しくしてくれていたイレーヌ・レンブラントという女性がどうしているのか気になる所だけれど、オベロン社の支部長を勤めていたことを考えるとあまり希望は持たない方がいいのかもしれないとユウリィはぼんやり考えていた。
ーーもしもヒューゴの計画に加担していたのならば。彼女が生きていたとしてもその立場は厳しいものだろう。

リリスに見送られ、リーネの村を後にする。
ノイシュタットに繋がっている道を歩いていたのだが18年前実際に知らなかった地形が今目の前に広がっていて、ユウリィは驚きに瞬いた。霧が立ち込めて辺りが見辛くなる。
この場所は"白雲の尾根"と呼ばれる地形で、18年前にベルクラントの攻撃を受けて地形が変わり気候も変わってしまったようだ。


「……18年前に……」
「あぁ、地形一つ変えちまうなんて恐ろしいよな」


天地戦争時代に出現したというベルクラントの名前や概要をぼんやりと知っていても、どういう物だったのかはこの時代に直接飛ばされたこともあり、まだ18年間の歴史を知る機会もなかったせいかいまいち分からないけれど、世界を大幅に変えてしまうほどの物だったのかと考えると痛ましい。
今まで見てきたのはリーネの村とアイグレッテ港のみだったから、こんなにも被害が大きかったなんて知らなかったのだ。ベルクラントによる地上攻撃の危機に立ち向かったのがスタン達なのだと考えると、あの時私情を優先して戦線離脱をしていることが心苦しくもあった。

暗く狭い坑道を通り、橋を渡った所に設置されている小屋を見つけた。暫く歩いていたからかもう辺りは暗く体も疲れているので丁度よかった。


「ここ誰が建てたんだろう?」
「ノイシュタットに行く人でも確かにこの道はそう使う人が居ないような気もするし……こんな所に、あれ?」


小屋の中にあった物を探っているとそこにマイティ・コングマンと書かれているものが置いてあった。ノイシュタットの闘技場で活躍していた彼のことだろう。確かフィリアに一目ぼれしてたっけ、なんてことを思い出しながらくすりと笑みを浮かべる。


「眠たかったら仮眠をとれ。見張りは僕がやる」
「いいの?ジューダスだって疲れているんじゃ……」
「代わって欲しくなったら起こす。それまで体を休めておけ」


ジューダスの言葉に甘える形で、小屋に置いてあった布団を広げて潜り込み、それぞれ疲れを癒すために目を閉じた。
ユウリィもまた明日の為に早く寝なければいけないと目を閉じていたのだが、船からリーネの村まで暫く寝ていたせいかなかなか寝付けないし、ジューダスの性格を考えると代わって欲しい時に起こすと言っておきながら代わる気など無いのだろうから、と布団から出て彼の隣に座った。


「ユウリィ?疲れているなら仮眠を取っておけ。明日も歩くぞ」
「あんなに寝てたら目が嫌でも覚めちゃって」


ジューダスが普段は出さないシャルティエを持っていたのでその剣に触れて久しぶりに話した。そんなに離れていないのに懐かしい気がする。声をかけると涙まじりの声が聞こえてきてユウリィは嬉しさで顔を喜ばせた。


「久しぶり、シャル」
「お久しぶりです、ユウナ。ぐすっ、ユウナが無事でよかったです……!」
「シャル、今の私はユウリィ」
「あっ、そうでしたね。髪も前より短くなってますけど可愛いですよ」
「おい、何故口説いてるんだ」


不満そうにシャルティエを睨むジューダスを見てユウリィはまぁまぁと諌める。こうしてシャルティエも交えて何気ない会話が出来るのが嬉しかった。18年前の世界で過ごした最後の時ではそんな普通の会話を交わすことだって出来なかったから。今まで通りの話が出来る反面、この中にロイが居ないという事実に胸が詰まる感覚も覚えてしまうのはまだまだ未練がましいとユウリィは自身を律する。


「今日一日カイル達と一緒に居て思ったけど、ジューダスがカイルを見守ってるのも分かるような気がしたよ。カイルをどう思う?」
「無邪気すぎて危なっかしい、それに苛々する。……だが、僕はカイルを見守ると決めたんだ」
「そっか……ジューダスがこの世界でやろうとしてることはそれだったんだね。じゃあ、私の目標も当面はそれになるかな」
「しかし、それは僕の個人的な我侭であって……」
「だったら、私が言ってることも我侭と思ってくれていいよ?」


付き合わせるわけにはいかないと言いそうだったジューダスの考えを分かってか、そう述べたユウリィに彼は参ったと頭を押さえた。そしてジューダスもまたユウリィが一度決心するとそう意見は変わらないと分かっていたから諦めたようにふっと笑い、シャルティエは「流石ですね」と悪戯っぽく言うからまた睨まれていた。


「でもね、あの時はあった責任や立場とはまた違うから……カイル達との旅が純粋に楽しみだったりするの。騙してるような気もしてちょっと申し訳ないけどね」
「……そうだな」


カイル達との旅をジューダスと言う一人の男として楽しんでいる自分が居るからか、ユウリィの率直な言葉に同意する。その時後ろからごそりと物音がして声が微かにしたので、ジューダスは咄嗟にシャルティエを隠してユウリィが振り返ると眠たそうに目を擦って上半身を起こしているロニの姿があった。


「どうした、ジューダス?ユウリィも起きてたのか?」
「今まで寝てた分、目が覚めちゃってジューダスと喋ってたの」
「……何でもない、寝ていろ」
「何か、カイルをどうこうって聞こえたんだけどよ」
「何でも無いと言っている!」


ロニの親友にしてはカイルに対する過剰ともいえる過保護っぷりは気にはなっていたが、ここでジューダスが強い口調で言ってしまえば結果は目に見えていた。予想通りロニは眉を潜めて目を鋭くさせ、肯定とも聞き取れる返答をしたジューダスを睨んだ。


「……ジューダス、一つだけ言っておくぜ。お前がどんな目的で俺たちと一緒に来ているか聞くつもりはねぇ。だがな……もしカイルに害が及ぶようなことをしてみろ。その時は……!」
「……熱心なことだ。そうして保護者きどりをいつまで続けるつもりだ?」
「じゅ、ジューダス」
「お前はそれで満足だろうが、そうやってカイルを甘やかしている限り、あいつは成長しない」
「てめぇ……何様のつもりだ!俺はな、お前なんかよりもずっとカイルのことを……」
「ロニ、ジューダスだってカイルを心配してるんだし……ジューダスも!言い方っていうものが……」
「大体、ユウナもこいつと何で知り合いなんだ!正体明かさないような得体の知れない奴と知り合いなんておかしいだろ!」


ロニの怒鳴り声に一瞬身を引いてしまう。これ以上何かをロニに言っても逆効果かもしれないとユウリィが押し黙ると、怒りの矛先を向ける相手が違うとジューダスは再びロニに注意を促そうとしたが、大声で眠っていたリアラが目を覚ましてしまったようで、こちらを見て半分寝ぼけたような眼をして尋ねてきた。


「……ロニ?何かあったの?」
「あ、あぁ、リアラ。起こしちまったか?悪ぃな、なんでもねぇんだ」
「……うそ。だってロニの顔、凄くこわばってる」


リアラの指摘にロニは誤魔化そうとしたが、表情は嘘をつけなかった。普段温厚な方のロニが本気で怒るのはカイルのことだけだと出会ってからまだ長くはないが、リアラも分かっていた。
それを尋ねると何でもないとロニは答えるが、ジューダスを殴りそうな勢いだったのに何でもないはずがないとリアラは追求する。


「だってロニ、いまにも殴りかかりそうだったし……」
「何でもねぇよ!」


ついにリアラにまで当たってしまい、怒鳴った後にロニは慌てて口を押さえる。リアラも視線を落とし、小屋に再び静寂が訪れたがそれは一瞬にして破られた。
カイルのリアラを呼ぶ寝言だったが、次に紡がれた言葉にその場に居た全員が目を丸くした。

「いっしょ……ロニも、ジューダスも…ユウリィも……一緒だ……」

カイルにとって、ジューダスもユウリィもまた信頼出来る仲間の一人であるのだと、ロニは気付いたのだ。素性が分からないとはいえ疑う意味なんて、そもそも無かったのかもしれない。カイルの調子に笑みを零したロニは自分の言動を反省しつつ、ジューダスに声をかけた。


「寝ろや。見張り、交代してやるよ」
「お前……」
「あいつの寝言聞いてたらどーでもよくなっちまったよ。ったく、カイルの奴め!」
「でも、それがカイルのいい所、でしょ?」
「……ふっ、では、休ませてもらおう」


ロニも吹っ切れたかのように笑いながらジューダスと見張りを交代した。その言葉に甘えさせて頂き、ジューダスは布団には入らずに壁に寄りかかって目を閉じた。ユウリィもまた寝ようとしたのだが、改めてロニは申し訳なさそうに謝ってきた。


「悪いな、ユウリィ。知り合って早々、嫌な所見せちまったな」
「ううん大丈夫。ロニだって何かあるからカイルを守ろうとしてるんでしょ?その気持ちと想いの強さは大切にしてほしいから」
「ユウリィ……」
「じゃあ、私も寝るね。今度は私が見張りするから」
「おいおい、無茶するなよ」


苦笑いするロニに改めておやすみ、と挨拶をしてユウリィは再び目を閉じた。
――今日は、いい夢が見れそうだ。
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