水月泡沫
- ナノ -

01

――ここは、何処だろう。

一面に闇が広がっていて、何も見えない状態だった。自分は何をしていたのか……ぼうとする頭でそんな事を考えると全て思い出してはっとした。
自分は先程まであの海底洞窟でリオンを助けるためにロイと共に来ていた。そして、ロイの助けによって洞窟を脱出したけれど、その際彼はあの海底洞窟に残ったままで……。

起きなくちゃ、起きなくちゃいけない。

重たい瞼を持ち上げて目を開けるとそこはとある一つの部屋だった。周りには荷物らしき木箱が積まれていて、潮の匂いがするから海の近くなのだろう。窓から差してくる光に眩しくて一瞬目を瞑る。
辺りを見回すけれど、記憶が残っている直前まで一緒に居た筈のリオンが居なかった。リオンが居ない事に戸惑いつつ、自分の腰に納まっている剣を取り出して触れてみるものの答えは返ってこない。


「あ……」


このソーディアンは、何も話さない。

友であり相棒である彼は、私達を助けるために海底洞窟に残ったのだから。つまりそれが示している事は、あの場に残りロイが死んだということだった。あの暗い冷たい海底洞窟に一人残されて、沈んだままなのだ。

襲ってきたのは激しい疲労と後悔だった。ロイを殺してしまったのは自分のようなものだ。枯れたはずの目尻からこぼれた熱い雫は拭っても拭っても止まってくれなかった。
どんなに後悔しようと、どんなにもう一度会いたいと願っても。彼は居ない、もうここには居ないんだ。

彼は自分自身の命を懸けてでも私達を守ってくれた。私が守りたいもののを守れるように、道を作ってくれたのだ。
全て終わってから泣け――それがロイの口癖だった。立ち止まっている暇があるのならば、それに全てを懸けてでも応えるべきだ。それがこれからの私の使命、というべきでもあるのだから。

ユウナは流れる涙を拭い、そして頬を数回叩いた後顔を上げる。何時までもくよくよしていたら、ロイに怒られてしまう。お前は何がしたいんだ、って。


「リオンを……探さなくちゃ……」


ロイから貰ったこのソーディアンと一緒にまた手放してしまった彼の姿を追わなくては。今は話さないしもう彼の存在はないけれど、意志がまだこの剣には残っているはずだから。
――これで、大切な奴を守ってやれ。そう言ってこの剣をロイは私に託した。今考えてみればきっとこうなることを予想していたんだと思う。
私の為とか言って、自分を犠牲にするなんてばかだよ。そんな文句だってもう言えない現実が辛くて切なかったけれど、もう決心も揺るがない。
貴方が居ないとしても、例えこれから自分一人でしなければならなくても、この剣と共に進もう、と。


「ここはどこなんだろう……」


ロイは二人同時に運ぶとどの場所に行くか、その時間に行くか分からないと言っていた。ならばここが、先程までの時間ではない可能性もある。そもそも一緒に飛ばされたけれど、リオンは自分と同じ時間軸の世界に居るのか――そんな手がかりも一切無い状態だ。


しかし以前と同じ格好で行動すると厄介なことになるかもしれない。念には念を入れ、ユウナは辺りを見回し、荷物が積んである一番上にあった小型のナイフを見つけそれを手に取った。
そしてそれを持ち上げて、自分自身の金色に輝く髪を切った。切り整え、長めだった髪は肩の辺りまで短く切られた。
ここは船着場の荷物置き場のようで色々なものが置いてある。服も一応上だけそこに置いてあった船乗り用らしき服を拝借して着替えた。帽子やアイテム等も少々頂き、準備を整えた。

「情報収集に行かないと……!」


――扉を開けると眩しい光が差し込んできた。


辺りを見回すと海には停泊している客船や漁の為の小型船が幾つもあり、先程からしていた海の香りも納得出来た。知っている場所ならば直ぐにここが何処の港か分かったかもしれないけれど、この港は生憎見た事がない。
一体の港なのだろうかと思いつつ、客船の近くに居た話している男に近づいて話しかける。


「どうしたんだい?チケットかい?」
「いや、あの……この港って……」
「あぁ、ハイデルベルクの方まで出てるよ。時間はそうだね……このアイグレッテ港からだと……」


"アイグレッテ"という初めて聞く港の名に不思議そうに尋ね返すと、男性はさも当たり前のようにここはアイグレッテ港だと言った。街に行くならこの港を出て暫く歩いた所にあると説明されるが、どうやら本当につい先程まで居た自分の世界ではないと気付いたユウナは怪しまれないよう尋ねた。


「えっと……アイグレッテって……私、田舎の方から来たもので」
「エルレイン様をご存知無いのかい!?アイグレッテは都市だよ、都市!」
「都市?あの、エルレイン様とは……」


アイグレッテという都市なんて聞いたこともないし、エルレインという人物も知らない。この男の驚きようだと今現在この世界では当然のように知られている存在なのだろう。
男によるとエルレインとは色んな奇跡を起こす聖女のことらしく、現実味の無い話にユウナは眉を潜めた。しかしそれを素直に口にしてしまうことはこの世界では悪目立ちしてしまう。


「あの、もう一つお聞きしていいですか?神の眼はご存知ですか?」
「誰でも知ってるよ十八年前のあの事件はね。五英雄がこの世界を救ってくれたけどな」
「十八年前……!?その、五英雄って……」
「スタン・エルロン、ルーティ・カトレット、フィリア・フィリス、ウッドロウ国王。四人は生きてるが……」
「もう一人は……?」


あの後スタン達は神の眼を壊し、この世界を救ってくれたのだろう。それにしてもまさかここが十八年後の世界だったとは。時代が分かって一先ず安心したが、男の話に疑問を抱く。
ソーディアンを持っていた人物は四人の筈だし自分とリオンは離脱したと言うことになっているから一体もう一人は誰なのだろうかといぶかしんでいたが、男の口から飛び出した名に驚くことになった。


「ユウナっていう古都ダリルシェイド客員剣士補佐だよ。彼女もソーディアンマスターだったんだが……裏切り者のリオン・マグナスに殺されたんだよ」
「……っ!?」


その内容に驚いて声も出なかった。
どうして私が英雄なんてものになっていて、彼だけが裏切り者として名が残っているの?しかも、リオンに殺されたということになっている。そんな事実無根の話がどうして十八年後のこの世界では通って歴史となっているのだろうか。

疑問が頭の中に渦巻き、螺旋のように紡がれる。今は、リオンを探さなければいけない。もしも同じ時代に飛ばされていたとしても、この時代でリオンは裏切り者となっている。未来の世界だと気付けば当然リオンも姿を変えて行動しているだろうし、見付けるのは難しいだろう。


「あの、今からハイデルベルクへ船は行きますか?」
「そうだよ、丁度チケットもあと残り少しでね。行くかい?」
「はい、お願いします」


何も分からぬ以上、ハイデルベルクへ行ってウッドロウに会うのが一番無難であろう。ここの辺りは昔と変わっているのでよく分からないしそんな中下手に動いてもし正体がばれてしまったとなると混乱を生んでしまうかもしれない。
代金を支払いチケットを受け取り船へ入ると船上独特の揺れを僅かに感じて懐かしさに目を細める。


「そういえば、船って久しぶり……よく酔ってたなぁ……」


よく船の上で酔っていたリオンの姿を思い出して、くすくすと小さく笑う。


彼と会うのはもっと先なのか、それとももうすぐなのか。それは分からないけれど、今自分に出来る事をするだけだ。

――案外、出会いは近かったりするのに。
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