水月泡沫
- ナノ -

23

洞窟の中をヒューゴ達と共に進んでいた。自分がこれからするであろう事を想像するたびにゾッとする。
この時ばかりは何も言ってこないシャルティエに感謝したかった。前に旅をしていたときに彼に言われた言葉をリオンは思い出していた。

――もし間違っていたとしても、その時の後悔は僕と半分ずつです。

この選択は間違っているのかもしれない。いや、間違っているのだろう。
けれど彼女達を失うなど彼にとってはこれほど無い苦しみ。それを守るために、こうして神の眼を盗み、愛剣の刃をかつての仲間に向けるのだから。彼は、この状況に対しての憤りこそはあったが、選択自体は後悔していなかった。


どれくらい歩いたのか、背後から洞窟に響く足音が聞こえてきた。
覚悟を決めてやってきた七人に向き直った。ヒューゴも疎ましそうに振り返り、皮肉な笑みを浮かべた。
フードを被り、顔を見えないようにしている男からヒューゴの声が聞こえてきてあっとアトワイトが声を上げる。


「あんたの正体、もうバレてるわよ。その悪趣味な仮面取ったら?」
「……勇ましいお嬢さんだ」


ルーティの強気な言葉にヒューゴは薄く笑いながら着ているローブを投げ捨てた。ヒューゴが黒幕だったことは既に掴んでいたのか、驚いている様子ではなかった。そしてスタンの神の眼をどうするのかという問いと、ルーティの「グレバムみたいにモンスターの親玉でも気取るつもり?」という見当違いな予想におかしそうに笑い、妖しく瞳を光らせた。

「全てが最初から、仕組まれていたとすればどうする?」

グレバムをそそのかし、神の眼を奪わせたのも、各地を回らせていたのもヒューゴの計画。全ては彼によって動かされていた、そう知るとスタンは息を呑み、ルーティは苛立ちを表した。


「そうやって怒った顔が、母親によく似ているな」
「え……?」


想いもよらなかった言葉に思わず聞き返してしまう。リオンはいつの間にかシャルティエの柄を握っていた。けれど彼がこれ以上その話をするつもりもなさそうなので慌てる必要は左程無かったようだ。


「さて、私には時間が無い。名残惜しいがそろそろお別れだ」
「……リオン。ヒューゴさんを止めてくれ!」


踵を返したヒューゴを見て必死にリオンに訴えかける。これが冗談で、彼を止めてくれるためにこうして今ここにリオンが居るのだと信じたくて。


「リオン、俺、わかってたよ。何か策があって、こうしてたんだろ?」
「……」


僕にはもう戻れる場所なんて無いんだ。もう、全てが遅い。
心の中でそう呟きながらシャルティエを抜き、ヒューゴ達に向かって構えた。

「リオン!やっぱり……」

表情を明るくさせて友の名を呼ぶスタンを裏切るかのようにそのまま剣の切っ先をスタン達に向けた。


「……先に行け、ここは僕が食い止める」
「リオン!?」
「リオン君……君は……!」


ディムロスも必死に食い止めようとシャルティエに呼びかけるものの、返事は返ってこない。リオンの悲痛な、しかし決意を固めた表情に、彼が何らかの理由でヒューゴに加担することを決めてしまったことを、スタン達も感じ取ってしまったのだ。だが、分からない。
何故リオンが何か良からぬことを企んでいるヒューゴに加担するのかが分からなかった。共に神の眼を奪還するために旅をして来たリオンに、神の眼を利用するという野心がないことなど仲間たちは知っていた。

「リオンさん、どうして貴方は……!ユウナさんは何処へ……!」

フィリアの口から出たユウナという名に一瞬表情に影を落としたが、淡々とした口調で告げる。


「ユウナは僕の手によって死んだ、邪魔をしてきたからな」


こうすれば彼女は自分という、裏切り者を止めようとした誇り高きソーディアンマスターの一人として名を残すであろう。汚名を受けるのは自分一人で十分だ。
――しかし、その事実にスタン達は驚いて眼を開き、怒りを露にする。


「リオンさん……それは本当、なのですか……!?」
「ユウナ君を殺しただと……!?」
「……」


彼女を傷つけたなど、自分が一番よく分かっている。必死に僕を止めようとして泣いていたのだって、知ってる。
リオンがユウナのことを心の底から愛していたことを仲間たちも知っていたからこそ、そんな彼が、あの少女を手に掛けただなんてとても信じられなかったのだ。嘘ではないかと思いたくても、リオンは何らかの理由があって現に自分達と敵対しようとしている。本気で、スタン達を殺そうとしているのだ。
それを考えると、嘘ではないと信じることさえも難しい。


「どうして……!なぁ、嘘だろ!?リオン!」
「あんた、自分が何やってるかわかってるんでしょうね!」
「……分かっているさ。お前達より余程な!」


声を絞り出して、シャルティエの柄を掴み、スタン達に切りかかっていった。


――複雑なつくりをしている機械工場ももう既にスタン達が通っているため、仕掛けは大体解けられていて進むのも大分楽だった。工場の奥に、海底洞窟に続く入り口を見つけて入ったものの、二人にしては敵が多すぎる。
リオンを早く追いかけようと足を進めるものの、目の前に敵が立ちはだかる。

「時間がないっていうのに……!」

今は話さぬソーディアンで素早く無数の敵を切りつけていく。
ロイも晶術で敵を倒そうとするものの大技を使えばこの洞窟が壊れてしまう危険性もあって、上手く手を出せない。純粋な剣技だけで無数の魔物を一人で倒さなければいけないのはかなりの消耗を強いられる。


「っ、ユウナ!」
「え!?……!」


声を掛けられて後ろを咄嗟に向くと、そこにはモンスターが迫り来ていて、剣で防ごうとしても間に合わない。

「ユウナ!」

一瞬目を閉じてしまい、次に開けた時にはモンスターの姿など跡形もなかった。空間転移能力――彼がそれを使って、魔物を焼失させたのだろう。
ありがとう、と声を掛けようと近づくと彼は膝を突いて表情を歪ませる。突然のことに驚いて駆け寄ったのだが、息苦しそうに咳き込んだかと思うと、地面に付着した血に、ユウナは目を開く。ロイが、咳き込んだと同時に血を吐いたのだ。もしかして見えなかっただけで、傷を負ったのだろうかと心配してしゃがみ、ロイの体を確認する。


「どうしたの!?」
「ちょっとな……、この能力は色々と不便なんだよ。使った分だけ、反動が、来るんだ」
「どうしてそのことを言わなかったの!?」
「だから言っただろ。俺の全てをかけてもやりたいことがあるからだ……!俺はいいから早く行くぞ……!」


口元に付着した血をぐっと拭い、立ち上がったロイの脳内にある記憶が掠めた。大丈夫――なんて強がりだ。そんなのは分かっている。

――それはこの能力を使った時に倒れてしまい、ハロルドに言われたことだった。
分かってる?この力はアンタの体力を奪う、生命エネルギーを使ってるもん。使いすぎると死ぬ、というかアンタの場合確実に寿命を縮めてるってこと。

「しちゃいけないって言われてたけど、わりぃな……」

守りそうにないし、もう守れないと分かった上でソーディアンの中に眠ることを決めたのだから。ただでさえ、ソーディアンの中に入る際に力を使い、あまりに長い間眠りに落ちていたのに、同じようにコアクリスタルから出て、先ほどから転移を繰り返し続けている。ただでさえ、地上軍に合流した時、既に千年前にディムロス位の歳まで生きられるかどうか分からないとハロルドから言われていたのに。
心の中でそんなことを言ったら怒るであろう人物を思い浮かべて溜息をついた。


「ロイ、本当に……」
「大丈夫だ。リオンを、助けるんだろ?」
「……うん」


また暗いこの洞窟に音を響かせて走り出した。遅れてはいけない、助けなければいけない。

早く、早く。

間に合わなかったら、悲劇が待っているのだから。
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