水月泡沫
- ナノ -

19

飛行竜に乗り、首を長くして待っているであろう国王に報告をしに、神の眼を元戻すべくセインガルドへ向かった。家には顔を出さなかったし、あくまでも客員剣士補佐として任務の延長での短い帰郷となったが、どういう形であれファンダリアを救うことが出来て、安堵した所もあった。
ファンダリアの冷たい空気を進み、海へ出ると雪は降り止み段々と暖かくなってきた。

「これでこの旅も終わり……だね」

甲板に出て久しぶりに上空から見る景色を見て、別れを惜しむような会話をしていた。


「そうですけど……また、いつでも会えます。会いに来てくれますよね?ユウナさん」
「うん、もちろん!スタンは兵士志願するから会える……か。フィリアも本当にお疲れ様」
「私がここまで強くなれたのもユウナさんのお陰です」


そんなことは無いと否定するものの、フィリアは可憐に小さく笑ってまたお礼を述べた。シャルティエとロイは本人達の希望により、二人で誰も居ない部屋で会話をしていた。


「この旅も終わりか……長かったな……」
「そうですよねぇ、初めはセインガルドで全国を回って。本当に疲れますよ!」
「これで終わってくれればいいのにな……」


ロイが溜息をついて表情を暗くして呟いたので不思議そうにどうしたのか聞くと、彼は慌てて何事も無かったかのように話を続けた。


「で、そっちのマスターはどうなんだよ?」
「あぁ、坊ちゃんですか?……報告が終わったらする気満々ですね、あれは」
「そうか……ついにっていうかやっとだな。ま、微笑ましく見守ってやるか」
「あの二人は何だかずっと手がかかりそうですね!」
「そうだな。まぁ、どうにかなるだろ」
「僕達が使命を果たすまで見守りたいですね……」


シャルティエの不意に呟いた本音にロイは少し表情を曇らせて寂しげに、何処か遠くを見るようにして誰にも聞こえぬように呟いた。
――あいつ等が幸せになるまで見守るのだと。


「すぐに帰れると思ったけど……そうもいかなったなぁ」
「神の眼が封印されるのを、見届けないといけませんでしたからね」


初めに城へ入った時間から何時間たったのだろう。もう、日も大分落ちてきている。
神の眼を無事に届け、二人の罪人疑惑も晴れて釈放された。スタンは仕官しようとしていた当初の目的を蹴って、まだ知らない世界のことを知っていきたいと告げた。
ユウナもスタンは仕官するものだと思っていてその発言に驚きはしたが、彼らしいなと感じた。スタンは純粋で、何にも捕らわれない考えを持っているからこそだろう。
一緒に出てきた筈のルーティの姿が見えなかったが、そこは何も言わないほうがいいのだろうと感じて黙っていた。

「ソーディアン諸君の助言のお陰で、万全の封印施設を作ることが出来たよ。今後は我国とセインガルド、両国の軍も常駐させる。安心してくれ」

ウッドロウの満足げな言葉にクレメンテとディムロスも同意した。


「それでは私とチェルシーは、ジェノスを通って帰国するよ。ユウナ君、いつでも来てくれたまえ。君の故郷はファンダリアだからね」
「はい……ウッドロウ様もお元気で!じゃあね、チェルシー」
「はい!ユウナさんもお元気で!皆さん、ファンダリアに遊びに来てくださいね!」


チェルシーの問いかけにスタンは嬉しそうに答えて、手を振って見送った。
故郷は確かにファンダリアであって、飛び出して来たけれど、何時でも帰って来ていいのだと――拒むことは無いのだと受け入れられているようで、胸が熱くなる感覚を覚える。


「……では、私もそろそろ神殿へ戻るといたしますわ」
「フィリア。本当に大変だったね、お疲れ様」


首を振ってフィリアは自分の知らなかった外の世界を知る事が出来たと満足げにやんわり笑った。


「フィリア、本当に……お疲れ様。神殿に遊びに行くから、それまでフィリアも元気で」
「はい!……それでは、ごきげんよう」
「また、ね。フィリア」


さようなら、の別れではなくまた会うからまたねと小さくなっていく背中に向かってい言えば、振り返って笑顔でまた、と帰ってきた。
その間に兵士が来て、スタンのソーディアンであるディムロスが引き取られていた。


「ディムロスも素直じゃないなぁ……」
「ま、あいつが素直だったら怖いな」


皆が帰ってしまい、そこに残るのはスタンとリオン、ユウナだけでそういえば、という感じにスタンは二人に向き直ってこれからどするのか尋ねた。


「新たな指令を待つだけだ」
「うん。でもまぁ、休暇は少し欲しい気分だけどね」
「大変だなぁ……俺、リオンと旅できてよかったよ。色々あったけどすごく楽しかった」


スタンはリオンに向かって手を差し出して、リオンの疑問にそのまま返してからかうと楽しそうに笑ってリオンを真っ直ぐ見た。


「リオンにとって、俺は今でも、対等の関係じゃないのか?」
「それは……」
「俺はリオンのこと、大切な友達だと思ってるんだけどな」


初めはこんな言葉を聞いて不快にしか思わなかったはずなのに、今の自分がそれに満足しているようで、回答に焦る。ユウナはそんな気難しいリオンがスタンに心を開いてくれたと考えると嬉しくて微笑んでいた。

「僕はおまえのように、能天気で、図々しくて、馴れ馴れしい奴が大嫌いだ。だがまあ……少しは認めてやってもいい」

二人の手はしっかりと握られて。出会ってから初めての握手だった。
直情的で純粋で、物怖じしない親しみやすい性格――そんな彼はまさにリオンと正反対という存在だ。相容れないと最初は嫌悪していたリオンが、スタンを信頼たるものだと認めたことがユウナとしても自分のことのように嬉しかった。
そしてスタンは手を降ろすと次はユウナを見て話し始めた。そもそも命の危険があったあの飛行竜で、助けてもらわなければ今の自分がどうなっていたかは分からない。


「あの時ユウナが居なかったら俺、絶対に脱出できなかった。それでいつも皆を影から見守ってくれてて……本当に憧れてたよ!」
「ううん、スタン。スタンが居たから皆ここまでこれたんだから」


ユウナの言葉にスタンは嬉しそうに照れ笑いをして先程と同じように手を伸ばしてきた。


「ありがとう、ユウナ。本当に会えた良かった!」
「うん、遊びに行くから。元気でね、スタン」


スタンの後姿が見えなくなり、ユウナは手をすっと降ろして少し寂しそうに微笑んだ。この数か月、長いようで短い旅だった。リオンと共に任務に行くことはあったけれど、大人数で同じ目的の為に旅をすることは初めてだったし、これを"仲間"というのだろうと実感していたからだ。
もう少し、皆で旅がしたいという気持ちもあったのかもしれないと寂しそうに視線を落としたユウナだったが、不意に「ユウナ」と名前を呼ばれる。

て振り向くと、リオンは真剣な顔でじっとこちらを見つめる。夕日を背に立っていたリオンの顔はいつもよりも大人びて見えて、不意に頬を赤く染めた。


「ユウナ、僕はユウナと同じ位置に立ちたかった」
「え?」


今まで閉じ込めてきた想いを、今こそ彼女に伝えるため。勇気を貰うかのようにシャルティエの柄を掴んで一言一言ゆっくりと告げる。
同じ位置に立ちたいとは一体どういうことなのだろうか。だって、寧ろそれを感じているのは自分の方なのだから。客員剣士として活躍するリオンのサポートを続けて来たからこそ、彼の凄さも、努力してきた面も含めて尊敬している。彼と同じ位置に立てるようにならなければいけないのは自分の方だ。


「いつでも強くて、けれど脆いお前を守れるくらい強くなりたかった……今までの僕ではそんな事いえなかった」
「違う、リオンが居たから私は……!」


伝えようとした所を遮られて目の前が蒼一面になった。リオンに抱きしめられて、小柄な体はリオンの腕の中に納まっていた。彼も華奢な方だけれども、それよりもユウナが小さいのか、あるいは彼が成長したのか。

「僕はこの旅か終わったらずっと言おうと思っていた。今までの僕では言えなかった……僕はまだ子供でまだ、周りからは認められていない存在だが……」

一つ大きく息を吐いてまた続ける。ユウナも二本のソーディアンも彼の言葉に耳を傾け、黙り込んでいた。


「それでもユウナを護りたいと思う。僕はユウナを傷つけるかもしれない……だが、傍に居てくれないか?」
「それ、って……?」


リオンの言葉に思考が止まる。
――自惚れてもいいのだろうか。
ここまで心折れずに来られたのも、何も知らないこの地で生活できたのも、客員剣士補佐をやりたいと自分の意思を持てたのも、再びファンダリアの地に戻っても客員剣士補佐のユウナとして胸を張って戦えたのも、全てはリオンのお陰だ。
そんな彼にいつしか恋心を抱いているなんて、気付いた所で蓋を閉じてしまった方がいいと思っていた。この想いは彼の目指す道を邪魔するものだと考えていたからだ。
ただ彼の隣に居て、補佐を続けられるというだけでもいいと何処かで諦めていたのに。

その想いを今、彼に伝えてもいいのだろうか?


「僕はユウナが好きだ」


その一言で全ての想いが溢れ出てきて、瞳には涙が薄く浮かび、頬を伝って一滴地面に落ちた。
本当に、真っ直ぐに、誠実に想いを伝えてくれるのだ。リオン・マグナスとして周囲に認められるようになってから、エミリオ・カトレットとして伝えてくれたことが、彼の誠意と愛情全てを物語っていた。
好きになって良かったと思える人に出会えるなんて、あまりに幸せだろう。

「私も好きだよ……エミリオ……」

本当に小さな声で言ったから聞こえてるだろうか、とも思ったが力強く抱きしめてきたから、多分聞こえたのだろう。
――彼とならばどんな困難も乗り越えていけると、思ったのだ。思って、しまったのだ。
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