水月泡沫
- ナノ -

18

チェルシーが起きたため、皆が一部屋に集まって話を聞く。
今、ハイデルベルグはグレバムの手によって落ちた。ウッドロウの父であるファンダリア国王イザークは勇敢に戦ったが、敗れてしまった。
国王が敗れた今、ファンダリアは滅びたも同然だった。イクティノスという名のソーディアンもイザークが所有していたが、グレバムの手に落ちてしまった。グレバムにマスターの素質があるとは思えないけれども。

「そう、ですか……ハイデルベルグが……」

ユウナは視線を落として呟く。ハイデルベルグにある家、そしてそこに居た人間は無事なのであろうか、不安になってくる。


「心配かな、ユウナ君。……それは当たり前か……」
「身勝手ですよね……、勝手に出てきて何一つ守れてない、こんな状況に陥っていたのに何も……」
「ちょっと、どういうこと?しかも何でそんなにユウナとウッドロウは仲がいいのよ?」


ルーティの言葉に少し戸惑ってリオンを見る。すると、リオンは大丈夫だと声には出さず口の動きだけで伝えてきた。それだけでもとても安心できるもので、ゆっくりと息を吐くとリオンに説明した事を皆にも話し始める。話していくうちに皆の顔に驚きが混じる。


「……ってことは、ユウナはこの国の出身なのか!?」
「この国の人間なら知らない人はいないだろうね」
「そんなに有名なのか?」
「あぁ、国内においての経済界では要人だからね」


バレンタイン家は古くからある家で、ファンダリア自体にも貢献しており、近頃はオベロン社ファンダリア支部を受け持っていることで有名だということ。ルーティがバレンタイン家について知っていたのはレンズを数多く保有していると噂で耳にしていたからだ。
レンズハンターらしい理由で、ファンダリアにおいてどういう位置づけかまではあまり興味は無かったらしい。


「ユウナさん……それを今まで……」
「ごめんね、フィリア。バレンタインの人間として見られたくなくて……」
「何言ってるんだよユウナ!俺を助けてくれたのはユウナだろ?ユウナは、ユウナだ!」


スタンを飛行竜事件の時助けたのはユウナという客員剣士補佐だ。今まで旅を共にしてきて、支え支えられてきたのはユウナという一人の人間。


「そうよ、今更言われてもそうは見えないわよね〜」
「ユウナさんはユウナさんですから」


仲間達のために必死に影で支えてきていたユウナに真っ先に気づいたフィリア。彼女にとっての友達であるユウナは今自分が知っている彼女だ。どれも、バレンタインでは無くてユウナ自身であった。


「ありがとう……」
「良かったな、ユウナ」


嬉しさで不意に涙がこぼれそうになった。そんな自分のマスターの様子に自分のことのように嬉しく思った。グレバムを倒すべく、スタン達はチェルシーとウッドロウを連れてハイデルベルグへ向かう。
ハイデルベルグはティルソの森を抜けた所にある、まずはサイリルを目指す事にする。


「ユウナさんは二年間何をしていたんですか?」
「えっと、セインガルドの王国客員剣士補佐……つまりリオンの補佐を」
「ユウナ君が居なくなったことを心配している者も多いが、私はそれで良いと思う……今は楽しいのだろう?」


ウッドロウの言葉にユウナは小さく笑ってはい、と答える。
他人とどう接していいのか分からなかったけれどそれを教えてくれたのは自分の相棒であるロイ、突然やってきた自分に優しく接してくれたマリアン、シャルティエ、そして彼のマスターであるリオン。
これほど幸せな日々があるのだろうか、世界一の幸せ者ではないのかと偶に自惚れてしまう程だ。


「ファンダリアに居た時のユウナはどんな感じだったんだ?」
「あ、僕も気になりますね!どうだったんですか?ユウナ」
「そうだなー……俺も知らないな」
「え、ロイ知らないんですか!?ずっとユウナの傍に居たんじゃ……しかも色々とユウナの昔のこと知ってたし……」
「ロイの意識は無かったみたい、あの任務の日まで。色々知ってたのは私が話したからだよ」


疑問を浮かべるシャルティエに説明した後、昔の自分がどんな感じだったか言うと一同は驚いた。

――昔の自分は全て事務的な態度だった。何せ、体調を崩していた父親の後を継ぐことを定められていたから、経営学などを学び、責務を果たそうとしていた。
ただそれだけの人間になろうとしていたのだ。街の人々と話すことはあっても、常に家の人間としてのやり取りを心がけていたから、自分自身というものが朧げになっていた。今考えなおしても、子供らしさを失ったつまらない子供だったのだろう。


「意外だなー……だってユウナって今、全然違うだろ?」
「そうね、かけ離れてるって感じよ」
「私は数回ユウナさんと会った事がありますけど、今と全然違いますね!」
「あはは……、自分でも驚いてるよ。ありがとうね、リオン」
「な、何故僕に」
「ううん、今の私になれたのはリオンのお陰だから……あ。シャルもだよ?ありがとう」
「はい!僕も嬉しいですよ!」
「……っ、行くぞ!」


リオンは顔を薄ら赤らめて、背を向けて歩き出す。
私を今まで支えてきてくれたのはリオンだったのに何故今まで自分は自分の想いに気づかなかったのか、そう考えると溜息が出てくると共に恥ずかしさがこみ上げてきた。

視線を逸らして横を見てみるとマリーが虚ろな眼で雪を見ていた。
フィリアもそのマリーのいつもと違う様子に気がついたのか声を掛けるとぼんやりと目の前を見ながら呟きだした。彼女は確かにファンダリアに来てから様子がおかしかった。


「マリーさん、どうかしましたか?」
「……名前を聞かれたんだ」


何の事だとスタンはえ、と声を上げる。しかしその声もマリーには聞こえていない様子だった。
マリーの瞳に映っていたのは目の前にある雪景色ではなく、過去だったのであろう。


「懐かしいような、恐ろしいような。思い出したいような……違うような……」
「どうやら記憶が戻りつつあるようね。おそらくここの雪景色が彼女の心を刺激しているのよ」
「焦って思い出そうとしなくていいわ。ゆっくり……ね?」
「……ありがとう、ルーティ」


そんなやり取りを見てユウナはぼんやりと考える。
もしも、自分の記憶が無くなって大切な人の記憶までも無くなってしまったらどんな気持ちになるのか。
心細いだろう。不安に襲われる日々だろう。
それでもマリーは明るかった。自分の記憶が無いことは残念がって、取り戻そうとしていたが、新しい発見を楽しんでいた。

サイリルの街に入ると負傷した兵士達が多く目立っていた。広場に行くと二人の反乱軍兵士が近づいてきて一同を怪しみながら見た。そしてマリーを見るとあ、と声を上げて驚く。


「マリーじゃないか!?」
「私の事を知っているのか?」
「何言ってるんだよ。一緒に戦った仲だろ?」


その言葉に驚いてマリーを見ると、彼女も驚いた顔をして戸惑っている様子だった。
彼はマリーが二年前の戦いで死んだものだと思っていたようで、隊長に知らせてくる、と言ってその場を離れようとするが、丁度そこに騒ぎを聞きつけた男がやってくる。


「どうした?」
「これはダリス隊長!ちょうどよかった!」
「何があった?」


ダリスと呼ばれた男が何事かと兵士の視線を辿っていくとその先にはマリーが居た。マリーの姿を見ると顔色が変わり、目が大きく開かれた。
しかしそれはマリーの誰だ、とい一言に表情は固くなった。


「似てはいるが、人違いのようだ。あいつではない」
「ええっ……そんなはずは……、だって……」
「今からハイデルベルグへ戻る。二人とも同行の準備をしろ」
「……はっ」


納得のいく顔をしてはいなかったが、隊長の鋭い有無を言わせぬ命令に従ってその場を走り去った。ダリスはリオン達に向き合い、鋭い口調で「用が済んだらすぐに立ち去れ。早くこの国から出ることだ」と告げる。
ルーティに知り合いではないのかと問いかけられるが今度会った時は容赦しないとだけ言うと踵を返すと速足にその場を立ち去った。

街の人に聞いてマリーは自分の家と言われた場所へ向かった。その家に入ると蹲り、頭を抱えていた。
彼女は全てを思い出した。この家で彼女は数年前まで暮らしていた、ある人と共に。その人とは自分の大切な短剣をくれた人物。
――ダリス・ヴィンセント。
彼女の夫だった。そう、先程会ったダリス隊長と呼ばれていた人物だった。ダリスはこの国を変えようと志す、同じ思想を持った人々を纏める"サイリル義勇軍"の隊長。
二年前、王家の軍に包囲された。ダリスはその時、マリーを助けるために崖から突き落としたのだ。

その時のショックで記憶を失ったというものだった。
マリーはショックを受けて混乱していた。彼は今回の反乱に深く関わっている様子だった。すなわちそれはグレバムと手を結んでいるのかもしれない事。本当にそうだったら敵対する事になる。


「私はここへ戻ってきてはいけなかったのか?」
「マリー。ダリスもハイデルベルグに行くと言ってた。目的地は同じだから……会って聞いてみよう?逃げてたら……後悔する」
「ありがとう」


マリーには後悔してほしくない。自分は、自分の家があるハイデルベルグが襲撃にあったことを後悔しているから。

――目指すはハイデルベルグ。そこにはダリスとグレバムが居る。
ハイデルベルグは首都に似つかわしくないほどに静まり返っていた。普段は賑わっている筈の通りも誰も居ない。
所々破壊された跡があるためグレバムが魔物を呼び寄せてこの街を襲わせたのだろう。木の影に隠れていたであろうファンダリア兵が近づいてきた。

「陛下、それにユウナ様!?よくご無事で……!それよりも失礼ですが、早くお隠れください」

言われて身を隠すと同時にこの街を巡回しているのであろう反乱軍兵が現れ、見渡してはまた通り過ぎていった。


「街を巡回しているの?」
「そうです……、それよりもユウナ様は何故今……!ここは危険です!」
「私は今、セインガルド王国客員剣士補佐としてグレバムを倒すべくここに来ています」


その言葉に驚いて目を開くが何か事情を察知したのかそれ以上は聞いてこなかった。


「グレバムは何処に居る」
「城です。が、街中は敵が多く、正面突破は無理です」
「非常通路を使おう。先日、城から落ちる時に使った通路だ」


ウッドロウの提案にディムロスは唸る。城の非常通路といえば防衛上の最高機密である。しかし、ウッドロウは微笑むときっぱりと言った。


「構う事は無い、君達は私の仲間なのだからね」
「……」


リオンは黙りこくった。今まで簡単に仲間という言葉を言う奴を馬鹿にしてきて信用などしたことが無かった。そう言っている奴に限って裏切ったりするのだから。
けれども何なのだろう、この新たな自分の気持ちは。
仲間という言葉に違和感を感じなくなってきている、自分とした事が認めているのであろうか。今はそんな事を考えている場合ではないと顔を背けて、非常通路へと向かっていった。

暗く長い非常通路を抜けて、城へと侵入する。城は静まり返っていて足音がやけに響いた。


「入り口に兵士が居ないなんて……」
「ダリス……」
「大丈夫よ、マリー」


マリーは頭の中は渦を巻いていた。自分が愛してきた男が今、国に牙を向いてグレバムの腹心となっている。おまけに二年前の戦いはダリス率いるサイリル一党が武力闘争を王家に持ち出されたためだった。
今何を信じればいいのか分からないのだろう、もはやマリーには神の眼やグレバムの事を考える余地は無かった。


「グレバムは時計塔に居るんですよね」
「時計塔っていうのはどっちですか?」
「あの奥から行けるようになっている」


ウッドロウの答えにスタンは頷くと、フィリアが声を上げる。その声に気づいて前方を見ると広間の中央に男が立っていた。
マリーの悲痛な叫びにダリスの瞳は一瞬悲しそうに揺らいだが、断ち切るように剣を振り上げて突っ込んできた。彼には今更引き返すことなど出来ないのだから。


――スタンの一撃でダリスは剣を地面へ落とし、倒れこむ。マリーは無我夢中でダリスに駆け寄って声を掛けた。
この国を救うため、先を急ぎすぎたかもしれない。
自らと仲間達が望む思想のため剣を振るい、ファンダリアを新たな方向へと向けようとした。マリーを逃がした後、獄に繋がれグレバムによって解放された。
だが、その時は既に同士がグレバムと共に行動していて、いつかはこの反乱は鎮圧されてしまう。その時、誰かが責任を追わなければならない。ダリスは自分を犠牲にしてでも、反乱に参加した人を救うつもりだった。


「そんな……!」
「……そんなの、あんまりじゃないですか!ダリスさん、マリーさんの気持ちも考えてあげてください。せっかく記憶を取りもどして、貴方に会いに来たのに!」
「……っ、ウッドロウ様!」


ユウナの目の先には剣を抜いているウッドロウの姿があった。彼の視線はダリスに向いている。

「よせ……ウッドロウ」

マリーは動けぬ夫を庇うように立ちはだかって、強い光を瞳に宿した。


「マリーさん、どきたまえ。立つんだ、ダリス・ヴィンセント」
「覚悟は出来ている……どのような咎めも受けるつもりだ……」


ダリスは決意し、立ち上がる。ウッドロウも頷き、剣先をダリスに向ける。マリーの悲痛な叫びが響いて、涙を流しながら夫を庇い続けた。
しかし、その剣先が振り下ろされる事は無かった。ウッドロウはダリスにこの城から直ぐに立ち去るように言った。ダリスだけでは無く、その場に居た皆が驚く。


「存分に戦おうではないか。この国の歩む道を決めるために―刃ではなく、言葉を交える事でな」
「賢王と言われたイザークの息子は、父を超える傑物だったか……私の……負けだ」
「ダリス……ダリス!」


嬉しさと愛しさがとめどなく溢れ出してきて、マリーは泣きながらダリスに抱きついた。


「……すまない、皆。頼みがある。私は……ダリスと一緒に行きたい」
「マリー、あんた……」


え、と声を上げたもののそんな気がしたような、そうなる事を期待さえもしていて左程驚いた様子ではなかった。
今、抜けるということは迷惑であることもマリーは承知の上だった。目の前にグレバムが居るというのに、けれども今は。


「……ただダリスの妻でありたいのだ……」
「マリー、行って?」
「ありがとう、ユウナ。私は……幸せものだ……」

マリーとダリスを送った後、グレバムが居る時計塔を駆け上る。階段は螺旋状になっていて上へ上へ、果てしなく続いている。昇りきるとそこから冷たい空気が流れ込んでくる。
時計の文字盤の中央には神の眼が強い光を放ち、辺りを明るく照らしつけていた。そしてそこに居たのはようやく追いついたグレバムの姿。


「グレバム!今度こそ終わりだ!」
「貴様等……まさかここまで来るとはな……これはこれはウッドロウ殿下。先日無事に逃げ延びたと思いきや、かよう早くまたお会いできるとは!」


皮肉な笑みで、頭を垂れてウッドウロウを挑発するが、その手に乗るわけも無く、顔を引き締めてグレバムに向き合った。


「ファンダリア王家の何かけて、今こそ全ての決着をつける!」
「くくく…よくぞここまで辿り着いたと言いたいところだが……残念だったな。貴様らの命運もここまでだ。」
「それは貴方の方ね、グレバム!客員剣士補佐のユウナとして今、ファンダリアを混乱に陥れた貴方を処する!」
「これ以上貴方の思い通りにはさせません!」
「ふん……ぬかしおって……!まとめて片付けてくれるわ!神の眼の力、己が自身で知るが良い!」


グレバムが手にかけて抜き取った剣はソーディアンイクティノスだった。仲間が声を掛けるが、構わないとだけ告げた。この戦いが終われば全てが終わる。また、あの街に帰れるのだ。
ロイを鞘から抜き、神の眼を背に立っているグレバムとの最終決戦が幕を開けた。

グレバムは神の眼に触れて、眩くそれを光らせる。雲を分けた光が砕け散ると同時に激しい翼の音を響かせて巨大なドラゴンが現れた。
スタンはグレバムに斬りかかろうとディムロスを握り締めるが、ドラゴンの翼によって発生した強力な風圧が襲う。

「うわぁ!」

避けたスタンはもう一度踏み込んでグレバムにもう一度剣を振り下ろす。しかし、イクティノスでそれは防がれ、その無防備になっている背にリオンは斬りかかる。
それに気がついたようで、グレバムは避けた。そこへ、ルーティの素早いスナイプロアが襲う。グレバムの体は宙に浮き、その姿をチェルシーの矢が射止めようとした時だった。
ドラゴンの口から火炎が放射されて叶わなかった。


「リオン!詠唱時間が足りない……!」
「僕が時間を稼ぐ、その間に頼む!」


リオンはユウナに自信あるように笑うと、シャルティエを構えて、また踏み出していった。


「まずは動きを封じて、その後にでかいのぶちかましてやれ、ユウナ!」
「ガスティーネイル!」


風の爪がドラゴンを襲い、翼を傷つける。翼を傷つけられたドラゴンの動きは鈍った。

「これで終わり……!ブレイジングハーツ!」

火を纏った風がドラゴンを襲い、炎が辺りにはじけ飛ぶ。空は炎で赤く色づいて見え、空に悲鳴が轟き渡り、落ちた。


「くっ……!」
「……グレバム、私は貴方を許しません!……セイクリッドブレイム!」


フィリアが発動した解き放たれた聖なる光が辺りを覆い、グレバムを襲う。
それでもソーディアンを手放そうとしないグレバムにウッドロウが攻撃をする。攻撃に後ろへ吹き飛ばされ、その隙を見逃さずリオンがシャルティエと短剣を構えて決着をつけた。
リオンの精神力を全て破壊の力に転化した重い一撃がグレバムに襲い掛かり、そのまま体は重力に従って落ちた。

「グレバム、もう終わりです。これ以上の悪あがきは無駄です」

フィリアのメガネの奥は厳しい色を宿していてきっぱりと言い放った。当初の彼女では考えられないほど、強くなった。強さだけだけではない、精神面でもだ。

「イクティノスを返してもらうぞ、グレバム」

グレバムはゆらりと立ち上がってにやりと笑うと頭上にある神の眼にイクティノスの剣先を触れさせた。
ソーディアンの苦しげな絶叫が響き渡る。ソーディアンに神の眼の力を直接注ぎ込んでいるようだった。それは危なげに光を放ち、グレバムの瞳に異常ともいえる輝きが宿っている。

「まずい……っ!皆、伏せて!」

ユウナが叫んだと同時に光が爆発し、辺りを包み込んだ。
眼を開くとそこに在ったのは巨大なレンズが静かに元の輝きを放ち、地に伏せて動かないグレバムだった。強大な力を人間の体では受け止めきれなかったということだろう。
イクティノスの状態を尋ねるとウッドロウは静かに首を横に振った。アトワイトとディムロスがいくら必死に声を掛けようとも返事をすることは無かった。


「なんとか最低限の機能は保っているようじゃが……」
「意思の伝達が、まったくできなくなっているようね」


イクティノスが直らない限り、新たなマスターを選ぶことも出来ない。だからといってこの時代に直す装置は無い。

すると、遠くの方で倒れていたグレバムの肩が小さく揺れた。それに気がついて、皆はまた剣を構えるがグレバムは全身の力を込めて顔を上げる事で精一杯だった。


「結局は、奴の思惑通りか…さぞ、満足だろうな。……リオンよ」
「思惑だと?誰のだ?」


リオンは怪訝そうに聞き返すと、低く笑い皮肉そうに笑った。


「……なるほどな。所詮は貴様も、私と同じか。ふん……そこの女も奴に動かされているだけだ……お前が居る限り……」
「おまえ……何の話をしている?」
「動かされている……?」


しかし、グレバムは虚ろな眼をして唇を動かす。その口から先程からグレバムが言っている人物の名前は出てこない。

「己が駒に過ぎないことを……自覚していない奴は、幸せだな…」

急に力を失うと、グレバムは床に頭をつけた。声を掛けてももう返事をする事は無かった。


「……ちっ、息絶えたか」
「何が言いたかった訳……?」


終わったはずなのに、何も終わった気がしない。それよりも、何かまた別の不安にかられる。
何故だろうか。グレバムは今息絶えて、神の眼は鎮まった。
ユウナの不安そうな顔に愛剣は黙ったままだった。
神の眼を持ち帰る事が命令だったが、壊す事が優先だと考えてそれぞれ剣を構えて攻撃するが、神の眼はびくともしない。


「……だったら仕方がないわね。これ、セインガルドへ運びましょ」
「ルーティ?」
「あたしたちは精一杯やったわ。後は偉い人が何とかしてくれる」


ルーティのさばさばした言葉に、スタンはやれることはやったのだという満足感を感じて顔を明るくさせた。
仲間は満足げにそう言って神の眼を運ぶ事に賛同したが、未だに不安そうにしていたのはユウナだった。


「どうしたんだ、ユウナ?」
「何か、持って帰っちゃいけないような気がする……これを持ち帰ったら何かとんでもないことに……」
「もう暴走はしないわよ?大丈夫でしょ」
「うん……そう、なんだけど……」


ユウナは納得しないままだったが、気のせいかと考えを振り払った。


「……何か、ね……」
「どうしたんです?ロイ」
「……何でもねーよ」


いつもならば何事もきっぱりと言うロイが言葉を先程から濁した様子だったのでシャルティエは疑問に感じたが、
聞いても答えてくれないだろうと思い、それ以上は追求しなかった。
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