水月泡沫
- ナノ -

17

トウケイ城を裏口から入り、攻撃してくる敵を容赦なく斬りつけていき、上へ上へと階段を進む。最上階の広間でようやく捜し求めていた人物を見つけた。
下の方が騒がしいとは思っていたけれどまさかユウナ達とは思っていなかったのだろう。


「貴様ら……!一緒に居るのはシデンの三男坊か!」
「道化のジョニー、ここに推参!」
「フィリア……性懲りも無くここまで私を追ってくるとはな……」
「私は自分の責任を果たそうとしているだけです。なんとしても神の眼を……あなたから取り戻すという責任を!」
「フィリア……」


声を震わせて叫ぶフィリアの後姿に、バティスタの最期を彼女なりに受け止めて、その上で彼女自身の使命を果たそうとしているのだと感じた。


「神の眼は何処だ?」
「答える必要は無い。大王陛下、奴らを!」
「分かっている、任せておけ」


グレバムはティベリウスの影に隠れる。ティベリウスは上着を脱ぎ捨てて剣を抜く。年にしては筋肉が付いている。腕力も凄いのだろう、まともに攻撃を喰らってはいけない。
真っ先にスタンがティベリウスの懐に踏み込み、剣を振り上げる。しかし、相手も強敵。すぐさま気がついて剣を振り下ろし、振り払う。ティベリウスの力に負けてスタンは押し返される。
そこへリオンが素早く切り込み、もう一度とダガーを振り下ろすが、簡単に避けられる。

「ちょっとしっかりしなさいよ!」

ルーティが慌ててアトワイトを構えてスタンを回復する。リオンは一歩後ろへ下がり、ティベリウスと間を空ける。
ジョニーが弦楽器を奏でて、ティベリウスの動きを一瞬封じた。その一瞬のうちにスタンとリオンは再び踏み込む。


「今だ、フィリア!」
「ジャッジメント!」
「ぐあぁああ!」
「ブラッディクロス!」


フィリアの晶術に続き、ユウナの詠唱が終わり、強烈な晶術が襲う。
ティベリウスの体は黒い十字架の光に包まれ、体中に衝撃が襲い、体は地面に叩きつけられた。

「ぐおぉっ…!くっ…馬鹿な…余が、こんな……」

ティベリウスは立ち上がろうとするが、膝を突くのが精一杯で髪を乱し、刀を支えにしていた。
そして、リオンがティベリウスから目を離し、あることに気づく。グレバムの姿が無くなっているのだ。

――カルビオラのときと同じようにしてグレバムにまたしても逃げられてしまった。すると床が震動を起こして外から何やら不穏な音が聞こえてくる。
慌てて外を見ると飛行竜があり、翼を羽ばたかせて上空の何処かへ飛び去っていってしまった。
ユウナは羽ばたいていく飛行竜から目を逸らして膝を突くティベリウスを見て尋ねる。


「グレバムは何処に行ったわけ?」
「ファンダリアだ、ふふ……謀られたわ」
「ファン、ダリア……!?」
「おい、ユウナ!」


驚きの余り手にしているロイを落としそうになる。
まさかとは思っていたけれど、本当にファンダリアにも行くなんて。そんな様子に気づくはずも無くティベリウスは続ける。


「奴め、最初から余を捨石にするつもりだったと見える」
「……こんな男がアクアヴェイルの大王か。ざまぁないな、ティベリウス!」
「そうだな……貴様より余の方が、よほど道化じみているかもしれん……」


自嘲している、この国の長にジョニーは武器を構えて睨みつける。ティベリウスは苦しげに顔を上げてふらつきながら立ち上がり剣を構えた。


「だが……このままでは死ねん。ジョニー・シデンよ、決闘だ!余は貴様に、最後の戦いを申し込む」
「いいだろう、受けてやる」


ジョニーの迷いの無い返事にスタンは戸惑って二人を見る。二人の目は真剣そのもので、お互いの事しかもはや見えてはいなかった。
王族には王族なりの幕の引き方があるのだ。ジョニーはスタンに剣を借りようとしたが、それを制したのはリオンだった。元々この国にあったという宝剣であるシャルティエこそが王族同士の決着に相応しいだろうと考えていたからだ。
ジョニーはリオンに礼をするとリオンからシャルティエを受け取り、それを構えてティベリウスに向き合う。

同時に地を蹴ったが、ジョニーはティベリウスの剣を交わし、切りつけた。それはよく見ていても気づき辛いほどの速さだ。
ティベリウスはもう未練はないという笑みをふっと浮かべて地面へと倒れこみ、それから再び動く事は無かった。ジョニーは彼から視線を逸らし、剣に付いた血を振り払った。


「慣れないことはするもんじゃないな、ほらよ」
「何が慣れていないだ、とても素人の剣さばきではなかったぞ」
「本当ね」


ディムロスとアトワイトが声をそろえて言う。生憎、ジョニーにはその声は聞こえてはいないのだけれど。
そして、シデン領の男がこの広間へ入ってきてティベリウスの兵を鎮圧したことを告げる。
ティベリウスに圧制されていたこの国は今を持って開放された。

「……ユウナ、大丈夫か……?」
「……」


ロイに尋ねられてもユウナは何も喋らず、先に行ってしまった仲間を追って階段を下りていった。
そんな様子を心配そうに見ていたリオンだったが、今何かを尋ねたらもっと離れていくような気がしたから、目を伏せて足を進めた。
トウケイ港では黒十字艦隊が出航の準備をしていた。フェイトは見送りに来たというジョニーに釘を刺すと苦い顔をして怖いお兄さんに捕まっちまったと、肩をすくめておどけた。

「全く、アンタって変わらないわよね」

ルーティはそんなジョニーに苦笑する。そうですね、とフィリアも顔を合わせて楽しそうに言う。
ジョニーは離れて考え事をしているユウナに近づいて声を掛ける。


「ここを出発する前に言っておきたいことがあるんだ、ユウナ」
「……、え?あ、何?ジョニー」


ぼう、としていた所を急に名前を呼ばれたものだからつい驚いてしまい、咄嗟に答える。
そんなユウナの様子を見てジョニーは溜息をついた。


「お前さんは本当に無理をする奴だな……、頼れる仲間なんだろ?こいつ等は。今のユウナは無理をしているように見えるけどな、俺には」
「はは……、ジョニー。道化の道極めたら?……うん、分かってる、けど……」


するとジョニーがユウナを抱きしめて頭を軽くなでた。ユウナは目を丸くして驚くけれど、大人しくジョニーの話を聞いた。


「迷惑なんてかけちまえばいいんだ。こいつ等ならそれくらい大丈夫だろ、なぁ?特にリオンっていう良いパートナーが居るんだからな?」
「ありがと、ジョニー……」
「あぁ。さてと、そろそろ離さないと睨んできてるお兄さんが怖いからな」
「ジョニー……貴様……!」


怖いと言いながらジョニーが振り返ると、そこに居たのは心なしかいら立っている様子のリオンだった。シャルティエを握り締め、ジョニーを睨んでいる。
上段に本気になるなよとへらりと笑うジョニーだが、リオンは白々しいと怒鳴る。ユウナは何かよく分からず、ロイに尋ねてみるが知るか、と返されてしまった。
船の準備が出来たようでスタンが呼んできたので船に乗ることにする。


「またね、ジョニー!」
「またなお前さん達!ユウナ、今度デートしような?」


港に居る二人から離れていく。そんな時でもこんなことを言うジョニーに苦笑いをする。
しかしそんなジョニーの言葉でも暗くなっている自分の気持ちを考えて言ってくれると思うと嬉しかった。
しかしリオンにとってはわざと自分に向けて言っている様に聞こえて苛立っていた。

――ファンダリア、それはユウナの故郷。
そこに居たのは今から、二年前の話だ。
一人、船室の中ユウナは窓越しに雪を見ていた。その船室は静まり返っていて物音一つさえしなかった。


「ロイ」
「……何だ?」
「ウッドロウ様達は私を送ってくれたけど、ファンダリアに着いて見つかったら連れ戻されると思う……でも私は帰りたくなんか無い」
「そうだな……お前がここに居たい、リオンの補佐をしたいって思ってるならそれでいい……それだけでいいんだよ」


ロイの言葉にユウナは小さく微笑んだ。いつもは憎まれ口を叩くロイだけれど、マスターの事を一番理解しているのは彼なのだから。

「私は……リオンに、皆に言うよ。特にルーティは何て言うかな……」

彼女は厳しい境遇の中育ってきたから、イレーヌさんのような人の気持ちが理解できないと言っていたから。


「大丈夫だ俺が保障してやる、俺はお前がやりたい事に全力で協力してやるから」
「ありがとう、ロイも前は黙って来たから、今度は私の意志を伝える」
「その調子だよ、ユウナ」


――街に着いたら君に言おう。
二年前から待ち続けてくれた君に、初めに言おう。
ユウナはロイに笑顔を見せて、机に立掛けてある愛剣を掴むと決意した目をして、船室を出た。

スノーフリア港について一行は船から降りてここまで送ってくれたフェイトに一礼をする。雪が降り積もっていて、空気は冷たく寒さが身にしみた。

「くーっ!どうだよ、この冷たい空気!間違いなくファンダリアだな。寒い寒い!」

くしゃみをして言っているものの、スタンは嬉しそうだ。そんなスタンに呆れてリオンは溜息をつく。

「馬鹿が……ユウナどうしたんだ?」

ユウナの視線の先に何が映っているのだろうか、リオンもその先を見るとそこに居たのは危うい足取りをした甲冑に身を包んだ兵士。


「あの兵士、ファンダリア兵士だ……何でここに?」
「この船は、すぐに出るのか……?頼む……乗せてくれ……」
「大怪我してるじゃないか!」
「一体何があったんだ?」
「終わりだ……何もかも……」
「……ファンダリアで何があったんですか?」


ユウナがその兵士に近づいて尋ねるとその兵士は驚いたようにユウナを見て、枯れた声でユウナにだけ聞こえるように懇願した。


「ユウナ様じゃないですか……!何故ここへ!?駄目です、今帰ってはいけません……!」
「ごめんね、それは聞けないの。……何があったの?」
「我が祖国は奪われました……ファンダリアは滅びてしまったんだ!」


フィリアは一国が滅んだという事実に驚いて、心当たりのある人物を思い浮かべる。グレバムがファンダリアにやって来て、首都ハイデルベルグが落とされたのだ。今この街には敗残兵と難民とが、続々と押し寄せている状況で、フェイトにその兵を任せる事にして街を探検する事にする。
その兵にどうかお気をつけてと言われて、微笑んだ。


「ユウナ……」
「……ハイデルベルグに行く途中に話したいことがあるの。今まで待たせてごめんね……」
「……そうか」


リオンは何も聞かず、ユウナの震える手を握って歩き出した。
ユウナも何も言わず、ただ握り返した。こんな時でも追求してこないリオンに感謝して。
街を歩いていくと負傷した兵士達が道に横たわっており、非難してきたと見られる人々は恐怖に怯えていた。住んでいた所を突然占拠され、着の身着のまま逃げてきた感じだった。
そして不意に聞こえてきた老人の声に振り返る。
そこに居たのは過去会った事のある、飛行竜から落とされたときに助けてもらったアルバ先生の姿だった。

「そこにいるのは!前にウッドロウが拾った坊主とユウナか!」

ウッドロウという名に、リオンは白髪の老人を見る。ウッドロウといえば、このファンダリアの王族の一人息子の名だ。


「あ……アルバ先生じゃないですか!」
「どうしてこちらに先生が……!?先生が住まわれているのはティルソの森の……!」


襲われたのはファンダリア。それなのにアルバ先生の住んでいる小屋も襲われ、追い出されてしまったのであろうか。

「ユウナも来ているという事は……うむ、詳しい話は後じゃ。ウッドロウとチェルシーを」

ユウナが再びこの地に戻ってきたという事は余程のことがあったという事。
それで無ければ変に頑固であるユウナは帰ってこないだろう。彼女にとってはそれほど故郷というものは嫌なものなのだから。


「あの二人に何か…!?」
「……助けてほしいんじゃ。共にハイデルベルグを脱出し、この街を目指してきたんじゃが…追っ手の奴らに追われ、はぐれてしもうだ。あいつらはまだ、森の途中じゃ!」


ルーティはウッドロウの名前に小さくにやりと笑うとすぐに救出に行くように呼びかける。大方助けた後の報酬目当てなのだろうが、とリオンは呆れた。

――森に向かう途中、ユウナは不安でたまらなかった。もしウッドロウが追ってによって…そんな不安が拭いきれない。
この国に来てから何処か上の空であったマリーも調子が戻ってきたようで、あれを見ろ、と前方を指す。
前方に居たのはウッドロウ・ケルヴィンとチェルシー・トーン、そして数人の追っ手と見られる兵士。

「早くウッドロウを捕らえろ!何としても逃がすな!」

もう二人と兵士の距離はそう無い。するとピンクの髪を揺らし、チェルシーが転んでしまった。
チェルシーを起こすためにウッドロウも立ち止まる。その隙に兵士達は襲いかかる。
ユウナはロイを鞘から抜き、自ら剣を振るって敵へ突っ込んでいく。それに続きリオンが最後の一人を斬り付け、シャルティエを収める。


「何だか弱かったですね……」
「ふん……次はもう少し強いといいがな」


ユウナは急いでチェルシーに駆け寄り、体を調べる。外傷は無かったが、酷く衰弱している様子だった。


「私達はアルバ先生に頼まれてここまで着ました。スノーフリアまでチェルシーを……!」
「ユウナ君……スタン君……、すまない」
「……ユウナとウッドロウって……」
「シャル」


リオンはシャルティエのコアクリスタルを塞ぎ、無理矢理その続きを遮った。
スノーフリア港の宿屋にチェルシーを寝かせ目が覚めるのを待った。ユウナは宿屋にある図書室に居るリオンを尋ねてその部屋に入る。
リオンはこの部屋に来た人がユウナだと分かると読んでいた本を閉じて棚にしまった。


「何だ、あの女が起きたのか?」
「……ううん、リオンに一番初めに言いたかったから」


その言葉にリオンは体を小さく揺らす。ユウナを見るとその目に映っていたのは窓越しに見える雪だった。


「……私ね、ここの出身なの。自分の生活に嫌になって、二年前にここを飛び出した。何にも言わないで……」
「二年前にこのファンダリアを、って!」


シャルティエはその内容に聞き覚えがあったようで声を上げる。


「そう、私は客員剣士補佐のユウナじゃなくて……ユウナ・バレンタイン」
「オベロン社ファンダリア支部のバレンタイン家か……」


言葉に頷く。バレンタイン家はオベロン社のファンダリア支部を勤めている。しかし、父が死んだために一人娘であるユウナが継いでいた。
母も居なければ、同じ年代の友達も居ない。父親も忙しく、そんなに話す機会は無かった。
名家の内の名家とも言えよう、オベロン社だけでなくファンダリアの国自体にも貢献していてバレンタイン家の名は有名だった。

バレンタインの名だけ。
ユウナに集まってくるのは周囲の期待と尊敬の眼差し。
しかしそれはユウナ本人を見ているのではなくバレンタインとしての人間へ対するもので。当然ユウナ一人の人間として周囲から認めてもらえず孤独だった。
期待に沿おうと努力はしてきた。勉学、様々な知識。礼儀だってバレンタイン家の名に恥じぬようにつけてきた。

それが当たり前のようになってきていた自分に疑問を持ち始めたのは十四に満たない頃。
感情など持つ必要は無かった。機械的に動けば何とかなる。けれど、本当にそれでいいものなか。
それで同じ国に住んでいる人たちに良いように思われていてもユウナ自身が楽しい、など思ったことは無かったのだから。


「黙っててごめん、ね。もし私の所在がばれたら連れ戻されたかもしれなくて……ずっと隠してて……」
「……僕にとって、ユウナがバレンタイン家でも関係無い」
「……!」
「僕の補佐である人間はユウナただ一人だ。違うか?」


自分を自分だと認めてくれる人はこれで初めてだったであろう。居場所がほしかった、一人の人間として認めてほしかった。
今の一言で全てが認めてもらえたような気がした。


「エミリオ、ありがとう……」
「何も気にする事は無いだろ?……僕の補佐はユウナだけだ」


あぁやっぱり彼は自分を家の名前なんて関係なく、個人として見てくれていて、そして求めてくれているのだ。
オベロン社の総帥であるヒューゴに複雑な感情を抱いている彼が、ヒューゴの元に付く形で更に繁栄を遂げた家の人間に、好印象を持つかと言われたら違うだろう。
しかし、その家に生まれた以上、逃れられない運命や周囲の声を知っているリオンだからこそ、ユウナ自身を見ていたのだ。

――やっと気がついた。自分に居場所をくれていたリオンが、好きだったのだと。
ずっと前にもう好きだったのかもしれない。
自分を理解してくれる、口は悪いけれど理解されがたいかもしれないけれど優しい貴方が、好きだったんだ。

雪は街にそっと降り注ぎ、優しい風が吹いては心温まっていった。
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