水月泡沫
- ナノ -

16

天守閣から張り出したバルコニーにノイシュタットで一戦を交えた彼が居た。待ち構えていたようで、手には既にナックルがはめられている。


「バティスタ!」
「もう逃がさないぞ!」


スタンの声が風に吹かれて届きわたる。玉座に座っていたバティスタは怪しく笑うと立ち上がった。

「来やがったな!今度は前のようには行かないぜ!」

そんなバティスタを見てマリーが残念そうにティアラが無いと呟くとそんなもの当に捨ててしまったらしい。フィリアはそんな昔の同僚に懇願するように胸に手を当てて叫ぶ。

「バティスタ、今ならまだ間に合うわ!グレバムに手を貸すのはやめて。ひたむきに信仰に打ち込んでいた昔の貴方に戻って!」

そんなフィリアの必死な説得にせせら笑い、眼を細めた。
神など信じていない、グレバムについているのも良い思いをしたいから、そんな罰当たりな発言にフィリアは驚き、信じられないと眼を見開く。


「もう許しません!」
「だったらどうするってんだ?グズのフィリアに何が出来る!」
「そのために私たちが居るんだけど?フィリアを馬鹿にしてたら痛い目にあうよ」


ロイの切っ先をバティスタに向けて鋭く言い放つ。
フィリアはユウナの顔を見て嬉しそうにした後、バティスタにもう一度向き合ってクレメンテを構えた。
バティスタが天に向かって腕を突き出すと、その腕にはナックルがはめられていた。ノイシュタットよりも強力なのだろう。それぞれ武器を構え、バティスタが突進してきたのを合図に戦闘が始まった。

――因果応報とはこういう事を言うのだろう。
リオンのとどめの攻撃にバティスタは腹の辺りを押さえて、床へとうつ伏せになった。床には幾つかの血痕が付着している。これでもうバティスタは動けないであろう。
フィリアはやはり昔仲が良かった事もあり、やはり敵であってもバティスタの傍らに駆け寄る。


「へっ、とどめを刺せよ……俺はお前の、大切な神を……貶した男だぜ……」
「……」
「……おい、バティスタ。ジノのおっさんをよくも殺りやがったな……俺がこの手でトドメをさしてやる!」


黙りこくり、傍らに居るフィリアを気にせずにジョニーは眼を細めてバティスタを睨みつける。
珍しく感情的になるジョニーをユウナが止める。フィリアが何かを言おうとしていたからだ。
フィリアはバティスタを責める訳でも、蔑む訳でもなく。正直に話せば命を保障すると彼に告げた。一同も驚いていたが、一番驚いていたのはバティスタ本人のようだった。


「フィリア……甘ちゃんだな。世の中優しいだけじゃ生きてけねぇぜ」
「優しさをなくしてしまったら、私は私でなくなってしまうわ」
「なんだって?」
「私は私のまま……貴方の指図はもう受けないわ」


当初のフィリアとは思えない真っ直ぐな強い発言にバティスタは顔を緩めてふ、と笑った。この表情こそ、フィリアが見てきた彼自身の姿なのだろう。
強くなったフィリアに、バティスタは彼女を甘く見過ぎていたのかもしれないと感じ取った。
そして彼女の問いかけに、グレバムはトウケイ領へと向かったことを語り、ポケットに手を入れてある物を取り出して地面へ転がす。それは金色の光を放った鍵で、恐らくは牢屋の鍵だろう。


「ほらよ……急いだ方がいいぜ?結構衰弱してたしな」
「バティスタ……?馬鹿なことは止めて!」


ユウナはこの後何をしようとしているのか予想が付いた。それも最悪な予想だ。慌ててバティスタに駆け寄ろうとする。
バティスタは立ち上がった後、ユウナを見て呟いた。


「お前はフィリアのこと分かってるみたいだな……グズな奴だからフォローを頼むぜ……」
「バティスタ!」


そして、バティスタの断末魔がモリュウの空へと響き渡り、消えていった。

一同は悲しみの空気に包まれていたが、フェイトを早く助けに行かなければならなかったので先へと進む。
フィリアは暫く一人になりたいと言ってバティスタの亡骸がある先程のバルコニーに居る。フィリアの気持ちが痛いほど伝わってきて、一向は何も言わなかった。


「どうしてこんな事になったんだろうね……ロイ……」
「……バティスタが決めたことだ。アイツの死を無駄にする前にフェイトを助ける、それだけ考えとけ」


そんなユウナの様子に気がついたのか、リオンは横目でユウナを見る。しかし、声を掛けてはいけないと感じてそっと眼を伏せてまた歩みだした。


「グレバムはこんなにも犠牲を払ってでも何をしたいんだろう……何か、大きな……そんなことが起こりそうな気がする。その事態に陥ったら私は何をすればいいの?」
「……俺はお前の剣であり盾だ。お前がどんな状況に陥ったって俺がいつでも力になってやる。だから……自分の信じた道を進め」


ロイの温かい言葉に思わず涙があふれそうになる。そして自分のパートナーに感謝しながら微笑んでありがとうと礼をした。
ジョニーに言われた、私は強いと。
違う、私は強くなんて無い、私は強くなんかない。ただ、色んな物を守りたいから強くありたいとは思うのだ。
守るべきものを守るべき時が来たら全力でその人のために戦おう、たとえどんな犠牲を伴うとしても。

――フェイトを助けた後、ジョニーの掛け合いもあり黒十字艦隊に乗せてもらい、グレバムが居るトウケイ領へと向かう。船室でフェイトがアクアヴェイルについて説明しており、テーブルにはリアーナの心づくしの料理が並べられていた。
前々からティベリウスは、セインガルド進攻を主張していて、ここへ来て動きが活発になったのは、グレバムにそそのかされたせいだろう。そしてグレバムはファンダリアに対しても、働きかけているようだった。

フェイトの言葉にユウナは表情を曇らせる。ロイは心配そうにコアクリスタルを光らせるが大丈夫と小さく、自分に言い聞かせるように言った。
そしてユウナの他にももう一人、ファンダリアが頭に引っかかっていた者が居た。マリーはぼうっとファンダリアという言葉を頭の中で繰り返して首をかしげた。
フェイトが話を続けようとすると衝撃が襲い、船が揺れる。恐らくグレバムが放った足止めのモンスターであろう。ユウナ達は甲板に出て、魔物を倒しに向かった。

――魔物、クラーケンを倒し終わった後リオンは甲板へと出ていた。先程の大きな揺れに、船上での戦闘。気持ち悪さは限界だった。

「リオン、マリーさんがたこ焼きしようって言ってるけど……」

突然のスタンの訪問に驚いて、思わず睨む。船に酔いやすいなどばれたくもなかったから。
すると何処からかフェイトとジョニーの言いあいが聞こえてきて、身を隠して聞く。
それはエレノア、という女性に関することだった。仇が何だ、とか言っていたのだからエレノアという女性は死んだのであろう、そう考え付いた。
そうしている間にも話が終わったのかフェイトは怒って船室へと戻っていった。

「思い込みの激しい奴だぜ……そうは思わないか?リオンにスタン」

先程ジョニーから聞かされた一つの物語、否、自分の過去の話だったのであろう。幾ら振り払おうとしても、頭から離れない。


「坊ちゃん、どうしました?」
「……もし、ジョニーの様に……」


シャルティエの質問に独り言のように答え始めるリオン。その顔は何処か不安に満ちていて、いつもの自信が見えなかった。


「とてつもない力に彼女が攫われてしまったとしたら……」
「マリアンと、ユウナのことですか……?」
「……、僕は彼女を助ける事が出来るのだろうか?」


ジョニーの話に出てきた女性は世をはかなみ命を断ってしまった。それは物語にたとえた自分の悲愛。
自分はそんな事にならないのか、何故かそんな不安に駆り立てられていた。


「坊ちゃんは今、何のために僕を振るっているんですか?任務のため……ですか?」
「僕は……ユウナと同じ位置に立つため、支える事が出来る存在になるために……」
「その目標のために頑張ればいいんです。ユウナを守るために選んだ決断がもし間違っていたとしても、その時の後悔は僕と半分ずつ、カルビオラで言いましたよね?坊ちゃん」
「そうだったな、あの時決意したはずだったのに……すまないシャル。僕はもう」


もう二度と迷うことは無い。例え何を失おうが、間違った判断をしようがユウナを守るためなら怖くは無い。
そう、例え何を失おうと。
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