水月泡沫
- ナノ -

15

ボートを漕いで、思ったよりも早くシデン領へと着いた。しかし、ボートの揺れは激しいものでリオンの足取りは着いた後も危うかった。


「リオン、大丈夫?」
「二度とボートには乗らん……!」


リオンの必死な言葉にユウナとシャルティエは苦笑いをした。暫く歩くと街が現れ、入ってみる。
その街は今までに見たことの無いものだった。鳥居や、瓦で出来た屋根が在り、珍しそうに見ては感嘆の声を漏らす。
ルーティの言葉に残ったメンバーは隠れている事にして、マリーと一緒に街を歩いていった。隠れた後に、この街の住人が話している内容が聞こえてきたので思わず耳を傾けた。
それはティベリウスがモリュウを武力制圧をし、それに絡んでいたのはグレバムとのことだった。


「グレバムはここにはいないのか、モリュウ領に行くしかないな」
「でも、どうやって?港が封鎖されては、船が使えませんわ」


フィリアの言葉にリオンは考え、スタンは腕組みをして唸った。
ユウナも頭を抱えて考えてはみたが、唯一アクアヴェイルには行ったことが無いもので頼れる人も知識も無い。すると男が近づいてきて、どうやらフィリアとスタンとリオンしか見えていなかったのか声をあげる。

「男性二人に女性一人。あなた方、例の助っ人ですね」

スタンは不思議そうに声をあげたが、男は話を続けた。


「さっそくモリュウ領へ行ってください、若にも連絡が行っています」
「あの、誰かと間違って……」
「僕達がその助っ人だ。モリュウ領へはどう行けばいい?」
「海底洞窟を通ってください……それでは」


シデン領から南方に在る洞窟を抜けるとモリュウ領に出た。
途中ルーティとスタンが穴に落ちてしまい、助けるために縄を取りに行ったため時間は掛かってしまったけれども。


「何か、ルーティとスタンの空気が丸くなったね」
「えぇ、そうですね。何かあったんでしょうか?」


先程とルーティの態度が違う。スタンに何か言われたのだろうか、これからは自分のみを大切にすると言っていた。


「いい傾向だな」
「ですね、マリーさん。リオンもそう思う?」
「何で僕に聞くんだ!別に……」
「僕は思いますよ?アトワイトとディムロスに聞いてもきっと何があったか答えてくれないでしょうね」


その間にもスタンが何か口を滑らせそうになってルーティに頭を叩かれていた。
――街に入ると、シデン領と左程景色は変わらなかった。グレバムの情報を聞くために街を回る事にした。フィリアは本当の助っ人の件について気になっていたようだけれど。


「あれ……何か歌が聞こえてくる」
「本当だな、ストリートライブってやつか?」
「行ってみよう」


スタン達も気になったようで音楽の聞こえる方へと行ってみる。そこには曲を聴いている人達と、長身の男が弦楽器を奏でていた。とにかく目立つ格好をしている上に、この歌。歌が終わると聞いていた人々が一斉に拍手をする。


「ジョニーナンバースリー、守り人のバラード、ご清聴感謝するぜ!」
「おおっ、すげー上手いなぁ!スリーってことは他にもあるんですか?」
「聴くかい?リクエストは大歓迎さ」
「だったら、えーと」


リオンはスタンに呆れておとなしくしていろと一喝した。すると自分の腰にある剣が呟く。


「あの方は……」
「シャル、あの男を知っているのか?」


シャルティエから答えを聞く前に、笠を被ったモリュウ兵がやって来て、ティベリウス大王陛下が帰ってくることを知らせる。
人々が港へ動き出したのでグレバムも居るかもしれないと考えて、港へ向かうことにした。向かうと、大王は民衆に向かって、宿敵セインガルドと属国フィッツガルドを討たんと告げた。
ユウナは王の演説を呆れた表情をして文句を呟いた。
二国と対戦すれば、この世界の治安がどうなる事か、王ともあろう人が分からないというのだろうか。


「そこの黒髪の男!」
「……僕に言っているのか?」
「貴様の持っている剣、それは何だ!我国の宝剣ではないか!」
「何だと……?」


信じられない事実にリオンはシャルティエの柄をしっかりと掴んだ。


「グレバムから話は聞いている。貴様、リオン・マグナスだな!そっちの女ユウナ・エステランか…よくもぬけぬけと、我国に現れおって。だがそれが貴様等の運のつきだ!」
「ちょ、私の事もグレバムから伝わってるわけ?」
「当たり前だろ!」


周りを見ると既にモリュウ兵が動き出していた。スタンの声を合図に駆け出した。
しかし、この未知なる土地で、何処に逃げればいいのか分からずとまどっていると先程の男、ジョニーが手招きした。

「早く!追っ手が来るぞ!」

この男が信用できるのかどうかも分からない、だが今そんなことをとやかく言っている暇も無いわけで、男に従う。案内された民家に飛び込み、ジョニーは来たモリュウ兵を追い返していた。

「もう大丈夫だ、行っちまった。まあゆっくりしてくれ」

ジョニーに案内されて、奥の畳が敷いてある部屋へと移動する。


「助かりました、あのあなたは……」
「愛と夢の狩人、道化のジョニーとは俺のことさ」
「……嘘臭いですね」


ユウナの呟きにジョニーは連れないな、と笑うと姿勢を崩して話を始める。シャルティエは確かにシデン家に在ったもので数年前に盗まれたという事だった。グレバムについてはトウケイ領に居るらしく、ティベリウスの本国らしい。
話の途中、一人の男が駆け込んできた。相当焦っているようで、慌てて用件を伝える。

「若、大変です!フェイト様の処刑が決まりました!あのバティスタとかいう新任の代官が宣言したそうです!」

フェイトとはジョニーの親友のようであった。ジョニーは部屋を出て行こうとしたので男に呼び止められる。
しかし、返ってきた答えは貴族の誇りを持ったと思えない言葉だ。

「俺は道化だぜ。期待するのは勝手だが、押し付けられても困る」

手をひらひら振ると外に出て行ってしまった。ユウナもそんなジョニーを見て、ロイを持って立ち上がる。


「……リオン、ちょっと外に行ってくる」
「何を考えている、ユウナ!」
「ジョニーは一人でフェイトさんを助けに行くつもりだから」
「え、でもユウナ!ジョニーさんはさっき……」


あの男には自分と同じものを感じる。本当に未練が無いのか、一線を引いて他人を巻き込みたくないのか。多分後者の方だろう。
道化と言っているけれど、それは他人を自分に寄せ付けない事で巻き込まないためであろう。そう感じられたから、多分フェイトという男を助けに向かったのだと思う。
その予測が裏付けられるように一人の男が部屋へ入ってきて叫んだ。


「大変だ!若がお一人でモリュウ城へ向かってしまったぞ!」
「やっぱり……!」


ジョニーを追いかけるべく、グレバムを追いかけるべくモリュウ城へと向かった。
モリュウ城は、見たこともない独特な形をしており、入り口は塞がれていたため裏口に船で移動する。
そこには城を見上げているジョニーの姿があった。


「ジョニーさん!」
「お前たちどうして……?助っ人は要らないと言った筈だぜ」


驚いた様子の彼にフィリアは私達もバティスタには因縁がありますからと言うとやれやれと溜息をついた。回転扉を使って、モリュウ城へと入る。
モリュウ城は仕掛けが複雑でこの国特有の水車というものを使って水かさを変えて進むものでジョニーが居なければ進む事も難しかっただろう。


「シャルって宝剣だったんだ……」
「そうみたいですけど、今は坊ちゃんがマスターですから」
「リオンとシャルって本当に良いパートナーだね」
「僕にとっては迷惑だがな」


顔をしかめて迷惑極まりないと言うリオンだけれど、彼にとっても無二の存在なのだろう。


「そういえばお前さん……」
「何ですか?」
「とんでもない美人さんだな、ユウナだったかな?」
「え、えっと……お世辞でもその、ありがとうございます……」
「何だ、お前は」
「おっと、姫には既に騎士さんが付いていたか」
「な、貴様……!」
「リオン?というかジョニーも冗談は止めて。早くフェイトさんを助けに行かなきゃいけないんだから」


冗談は止めてと言った後、前線で戦っていたスタン達に助太刀しに向かっていった。
先に進むと行き止まりのようで、そこにはオルガンが置いてあった。ためしに鍵盤を叩くと扉は開き、叩かないとまた閉じた。


「どうやらここに誰か残ってオルガンを弾かなくちゃいけないみたいだな、俺が残るぜ」
「そうだな、お前ならこれを弾けるだろう」
「私も残るよ」
「え、ユウナも残るのか!?」


ユウナの発言にリオンは眉を潜めて不機嫌そうに腕を組む。


「この男が残ると言っているんだ。ユウナが残る必要は無いだろう」
「でもジョニーが魔物に襲われた時とか、こんな事は無いと思うけど裏切られた時とか、ね?襲われた時にジョニーは援助系だから接近戦も必要だし」


リオンは渋っていたが、シャルティエ達に言われて早めに戻ってくると言うと扉の中へ入っていった。
その後姿が見えなくなった頃ジョニーは椅子に座り、ユウナを振り返った。


「さて、弾きますかユウナちゃん」
「……私の前で無理矢理道化ぶらなくてもいいけど」
「何を言っているのか、俺は道化のジョニーだぜ?」
「じゃあフェイトさんを助けに来たのは何故?……ちなみに気まぐれって言う返答は無し」


ジョニーは苦笑いをして困ったように尋ねてきた。
彼女の観察力に改めて感心した。流石はセインガルド客員剣士補佐を少女ながら務めるだけある。


「……いつから気づいてた?」
「初めから、かな」
「そうか……」
「聞きたいことある、さっき私に声を掛けたかったのはそのことでしょ?」
「鋭いな……流石あのリオンという難しそうな奴を宥められるわけだ。その割には鈍い所もあるけどな……」
「?……道化を演じる事で他人と距離を置いて巻き込まない。それで傷付いている人だって居るんだよ……間違っては無いけど一人でやった方が悲しまれることもある」


目線を落として真剣に言うユウナに、ジョニーは顔を上げてユウナを見る。彼女の言い方が自分だけのこと言ってるわけじゃないように感じた。


「それは俺に言っていることか?」
「え?そりゃ……」
「ユウナ自身が言われたことなんじゃないのか?嬢ちゃんも十分、他人と距離を置いていると思うけどな」
「……っ」
「嬢ちゃんには何か誰にも言えない秘密がある。それを知られないために一線を引いている……違うかい?」
「……間違ってない、ね」
「それもリオンにも言っていない様子だな……早めに言ってやらないといけないぜ?」
「ジョニーも道化ぶるのは止めてよ?」
「……お前さんは本当に良い女だな、特に心がな。嫁に貰ってもいいな」
「はは、冗談は止めてよ!」


ジョニーの冗談に苦笑しつつ、ユウナは小さく笑って、皆の帰りを待った。数分後にリオンが急いだ様子で戻ってきて、ジョニーを睨みつけた。


「おっと、何もしてないぜ?」
「別に僕は何も言っていない」
「坊ちゃんはユウナがジョニーに何かされてないか心配で……あ、ちょ、坊ちゃん。止めてください!」
「アンタ本当に早いのよ!」
「ふん、お前らが遅いんだ」
「リオンさん、気にしていましたものね……」


ジョニーはその様子を面白く思ったのかそういえば、と続けた。


「嫁に貰ってもいい、って言ったらユウナはいいですね、って言ってたな」
「なに……?」
「本当なんですか、ユウナさん!」
「冗談だよ、フィリア」


しかし、リオンだけは冗談でも苛付くもので。ジョニーを睨んではシャルティエの柄を掴む。スタンはディムロスと話していたのか場の空気に関係なく、「フェイトさんを助けに行こう!」と声をあげる。
微妙な空気が流れている中、ユウナ達は先へと進み始めた。おそらく逃げた彼が待っているであろう場所へ。


「リオン」
「何だ」


ジョニーに呼び止められて不機嫌そうに冷たく返す。嘘とはいえ先程の冗談といい、何処かこの男を信用できない節があった。
正直この男は話したくない、というのがリオンの心中だった。


「何に迷っているかは知らないが、あの子には早く言ってあげないとだめだぜ?」
「な、何を……別に僕は……!」


道化の態度とは違うジョニーの言葉に柄にも無く焦ってしまった。というか、この男と会って間もないというのに何故こんな事を言われなければいけないのか。


「早く言ってやらないと何処か、何時か無茶するようなタイプだ。しかも頑固だから聞かない……早めに伝えといてやれ」
「お前に言われなくとも……」
「お前さんも頑固だな……ユウナは確実に無理をする日が来る。パートナーなんだろ?お前さんは。引いて駄目なら押せってやつだ」
「……っ、余計なお世話だ。僕に構うな!」


ジョニーに何もかも見透かされたように言われたようで、リオンは内心戸惑っていた。逃げるようにユウナ達の後を追う中考えていたのはジョニーの言葉。

「無理をする日が来る……」

アイツなんかにユウナの何が分かるというんだ。
今日会ったばかりだというのに、確かにジョニーは洞察力には優れているようだったが、こっちは長い間一緒に居る。何かが悔しかったんだ。

――想いを伝える資格なんて今の僕にあるのか?
リオンは考えを振り払うようにシャルティエを鞘から抜いては走り出した。
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