水月泡沫
- ナノ -

14

あの後リオン達は宿屋へ向かい、休息を取ってからノイシュタットへと向かう船へ乗り込み、海を渡った。
その間もリオンの調子が悪かったのは言うまでも無い。
船が港へ着き、一番最初に感激の声をあげたのはフィリアだった。


「綺麗ですね!新しくて立派な建物がたくさん!」
「そっか、フィリアは神殿以外あまり行った事が無いんだっけ?」
「そうですね、見る物見る物が新鮮に感じます。ユウナさんは?」
「一度、二年前に任務で来た以来かな。イレーヌさんに連絡もしてなかったから怒るかな……」


最後の方を小さくぼそぼそと言うとフィリアは不思議そうな顔をした。イレーヌには二年前にお世話になって、約束を交わしたくらいなのに、全然会っていない。


「オベロン社の資本が入って、ここ最近で急成長したらしいわよ」
「同じフィッツガルドでも、リーネの村とは大違いだなぁ」
「ぐずぐずするな、イレーヌの屋敷へ行くぞ。ゆっくりするのはそれからだ」


リオンはこの街の事情を知っていた。今では発展した煌びやかな街に見えるが、それは表面。実際は貧富の差が激しかった。居なかったマリーがアイスキャンディー屋から帰ってきて、ティアラが怖くないのかと少々呆れながらもイレーヌの屋敷を目指した。
しかし、屋敷の当主イレーヌ・レンブラントは留守の様子だった。ここで待つように言われて暫く待ったけれど来る気配が無い。


「マリー、アイスキャンディー屋ってどこにあったの?ちょっと行って来るわ」
「さっきの広場の中だ、一緒に行こう」
「俺も!アイスキャンディーって食べた事ないし。甘くて冷たくておいしんだろうな〜」


フィリアも同行するという事になり、あとはユウナとリオン。二人はどうするんだ、とスタンが問うとリオンは首を横に振った。


「僕は甘いものなどに興味が無い……まぁ、お前が無理に買ってくるなら、食べてやらないことも無いが」
「……もう。スタン、私の分も頼んでいい?ちょっと外に出てくる」


スタンは笑顔でいいよ、と返してくる。しかし、ユウナの言った事にリオンはやや不機嫌そうに尋ねる。


「何処に行くんだ」
「ちょっとした気分転換で、ね」


ユウナはロイと共に街へと出る。街を見てみれば、綺麗で見た目、良い街。けれど実際問題違うわけで、イレーヌは前からこの問題に頭を悩ませていた。
今度二人が来る時にはもっといい街になってるように頑張る。
イレーヌはこう言っていた。けれど彼女の望む平等な街から二年前よりもかけ離れたような気がする。


「イレーヌさん、大丈夫かな……?」
「どういう意味だ?」
「だから、無理してないかなっていうこと」


話していると、後ろから黄色い声が聞こえてくる。
何だ、と思って振り向くとそこに居たのは一人のがっちりとした体型の男と、その人を囲んでいる人たち。
ユウナ達が話をしているときに、人が話していた会話を聞いていたのだろうロイは、その男が闘技場のチャンピオンだと答えた。


「もう買い終わってるよね、スタン達。じゃあ、広場まで行って桜でも見に行こうか?」
「俺が嫌だって言ったところでお前が聞くと思えないし」


広場へ向かおうと、後ろをまた振り向いた瞬間、闘技場のチャンピオンだと思われる人と目が合ってしまった。男はユウナの顔を見て、立ち止まって近づいてくる。


「今噂の客員剣士補佐のユウナか!聞いていた通り美人だな!」
「えっ、とー……はい?うわさ……って?」
「美人の女なのに強いって噂だ!まぁ、俺様には劣る人気だけどな!」
「私に関しては過大評価かと……貴方は闘技場のチャンピオン……?」
「そうだ、俺様はマイティ・コングマン。闘技場のチャンピオンだ!お前、今から広場の方に行くのか?
俺様もそっちにちょっくら用事があるから付いていってやるよ!」


内心、桜を見る時間もこれで台無しかと溜息を付くけれど、結構ですとも言えずに一緒に行く事になってしまった。
ロイからも不満な声が漏れているのが自分にだけ分かって、同意したい気持ちで一杯だった。
コングマンと行った先に居たのはスタン達と、彼女、イレーヌだった。コングマンはイレーヌに会った途端、不機嫌そうな顔をしては喧嘩を売る。この街への不満、と言ってもいいだろう。
貧しい思いをしている人達が居るのに、自分は裕福に暮らしている、そのことがコングマンにとっては不愉快で堪らなかった様だ。

しかし、その空気がコングマンのフィリアへの求愛で一転してしまいったけれど。そのままスタンに勘違いをして決闘を申し込み、闘技場へといってしまった。

「……イレーヌさん、あのコングマンって人……嵐みたいですね」

ユウナはやつれながら呟いた。これ以上、あの人と付き合っているともっと疲れていたような気がする。


「そうね、でも彼はこの街のヒーローよ。で、ユウナちゃん。どうして二年間何も連絡を入れてくれなかったのかしら?」
「あ……それ、は……」
「貴方の噂で無事なことは分かっていたけれど、貴方は女の子よ?強いけれど女の子」
「分かっています、けど……」
「本当に分かっているのかしら……?でも、リオン君が居るものね」
「リオン?」


リオンの名前を上げて、楽しそうに言うイレーヌに疑問を浮かべる。リオンと一緒に任務をしていれば失敗なんてことは、そうそう無い。しかし、何故彼女が嬉しそうに言っているのか訳が分からない。

「きゃあっ!」

不意に後ろから悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴に反応して、振り向くとそこに居たのは子供達と、その前に居たモンスター達。ユウナはロイを抜いて、子供達の所へと駆けつけてモンスターを斬っていき、レンズに姿を変えていく。


「大丈夫!?」
「怖かったよ〜っ!」


子供達は魔物に怯えて、泣き出していた。イレーヌに子供達を任せて、また剣を構えて斬りつけていく。
しかし、一人でどうこう出来る数ではなく、広場は壊されて綺麗だった桜が倒されていく。
それでもこの場にいる大勢の人数を守るのに手がいっぱいだった。
ロイの言葉に慌てて後ろを向くと、魔物が今にもユウナに襲い掛かろうとしていた。剣で防御しようと思っても追いつかない。

「ストーンブラスト!」

不意にリオンの声が響き、目の前まで迫ってきていた魔物に無数の石礫が命中する。


「リオン……!」
「大丈夫か、ユウナ!スタン達は何処だ!?」
「闘技場でフィリアをめぐって決闘中……」
「ちっ……あの馬鹿共が……イレーヌ、話は後にしてもらう。行くぞ、ユウナ」
「うん、イレーヌさん。ここで、混乱している人達をお願いします!」
「えぇ、二人とも気をつけて……!」


ユウナとリオンは今も決闘をしているスタン達を連れて来る為に、闘技場へと走っていき、イレーヌは広場に居る人々に指示をし始めた。
スタン達を闘技場で見つけて合流した後、モンスターを倒すべく外へ出る。案の定、リオンに怒鳴られていたけれども。広場ではイレーヌが住人の非難の指示を出していた。

「イレーヌさん!?」

スタン達は驚いて彼女に駆け寄った。コングマンはその彼女の足が赤く染まっている事に気づく。

「あぁ、これ……リオン君とユウナちゃんが行ってから、モンスターが子供達を狙ってきたの。追い払おうとして、ちょっとドジ踏んじゃった」

なるべく笑って言おうとしているものの、イレーヌの顔は痛みに堪えている様子が十分に分かった。コングマンは暫くその足をにらみつけていたが、顔を上げて明るくさせてフィリアに見ているようにアピールするとモンスターの大群の中に突っ込んで行った。


「このモンスター、多分グレバムの仕業だよ」
「あぁ、普通モンスターは組織立って人間の町を襲ったりはしないものじゃ」


ユウナの言葉にクレメンテが同意した。リオンがイレーヌに他に何か変わったことは無かったか尋ねると、イレーヌは考えながら答えた。


「私が出かける前、港の沖合いに正体不明の武装船団が現れたと報告があったわ。てっきりもう姿を消したと持っていたのに」
「グレバムが船団を率いてる、ってこと?」
「その可能性が一番高いと思うね……」
「イレーヌ、オベロン社の船を貸せ」
「おっと待ちな!俺様も行くぜ」


モンスターと戦っていた筈のコングマンが戻ってきた。彼は素手で、しかも一人で大群と戦っていたはずなのにこんなにも早く帰ってきたことに驚いた。


「コングマン……一人で倒したの?」
「おう、俺様はチャンピオンだからな!お前にも今度決闘を申し込みたいぜ」
「え、遠慮しておきます……」
「つれねぇな、それよりも自分達の街は自分達で守る方が先だな。イレーヌだって頑張ってるんだ俺様も負けちゃいられねぇ!」
「……コングマン、あなた……」
「勝手な事を言うな。誰がお前を同行させると言っ……」


リオンが言いかけたが、既にスタン達は港へ向けて走り出してしまった後だった。


「あいつら……!」
「コングマンなら大丈夫だよ、街を守るって気持ちが強いから。イレーヌさん、任せました!」


溜息をついて頭を悩ませているリオンの腕を無理矢理引っ張って港へと向かい、船へ乗り込んだ。
沖合いに停泊していた船は十隻程。その中でも一番大きな船にグレバムが居ると踏んで、船へと進入する。しかし、中には多くの敵が待ち伏せている。
ルーティ達が敵と対峙している間にユウナはグレバムが居る部屋を探して扉を調べている。


「リオン、ここ鍵が掛かってるみたいなんだけど……」
「ここか……!」
「俺に任せろ!」


コングマンが名乗り出て、鉄で出来た頑丈な扉に向かって殴りつける。すると、その扉は外れて中に入れるようになった。
――部屋の中に入ると、端の方に一人の男が居た。しかし、今まで見た人物とは違う。カルビオラの神殿で会ったグレバムでは無かった。


「あ、あれ?グレバムじゃない……」
「バティスタ!」
「フィリアか……よく追って来られたな。ずっと石像になっていればよかったものを」


嫌な笑みを浮かべるバティスタにフィリアは苦い顔をして視線を落とす。コングマンは信じられないことを言うバティスタを睨み付ける。


「バティスタ、答えて!グレバムは何処なの!?」
「さぁな、お前が勝ったら教えてやるよ」


怪しい笑みを浮かべてナックルを腕にはめて構えるバティスタ。その爪からは見るも毒々しい色をした液体が滴っている。その爪を振り上げて、神に仕えていた身とは思えないほどの身のこなしとスピードで攻撃してくる。
リオンがまず斬りかかり、浮いた体をコングマンが殴りつける。そしてマリーの斧がバティスタへと振り下ろされて地面に叩きつけられる。


「ぐあっ!」
「ホーリーランス……!」
「ネガティブゲイト!」


叩きつけられた体に、ユウナとフィリアの晶術が叩きつけられて体を痙攣させて倒れた。


「ちっ……抜かったわ……」
「さぁ、教えて。グレバムはどこなの?」
「けっ、知らねえな」
「そんな、約束が違うわ!」
「お前も相変わらず甘ちゃんだな。約束ってのは、破るためにあるんだよ!」
「陸に戻ってゆっくり尋問してやる」
「……グレバムの居場所、武装船団の正体、聞きたいことはたくさんあるからね」


この後にあるであろう尋問にユウナはあまり良い顔をせずに、リオンの言葉に続ける。フィリアもユウナの表情でこのあとバティスタがどうなるのか感じて、視線を落とした。
はぁ、と小さくユウナはあくまでもふてぶてしい態度を取り続ける彼に溜息をついた。
バティスタに拷問した後、ティアラに付いていた発信機によってわざと逃がした彼が何処へ向かったのか判明した。

――アクアヴェイル。
他国とあまり交流を持とうとしない独自の文化を持つ国。ノイシュタットへ来たと思えば直ぐにアクアヴェイルへと向かうことになる。慌しい事この上ない。


「ロイ……」
「何だ?」


一人桜が綺麗に咲いていた広場へ来て、ユウナは海を見ながらロイに話しかけていた。今はモンスターによって、この広場も壊されて、桜の木も倒れている。


「アクアヴェイルだって、次は」
「そうだな、俺も行ったことないし行ってみたいっちゃ行ってみたいな」
「……、何かグレバムは全国を回っている気がする。これって偶然?」
「セインガルド、カルビオラ、ノイシュタット、アクアヴェイル……そうだな。確かにそうだ」


グレバムが何の目的も持たず、あの大きな神の眼を運んでまで、各地を移動している理由が分からない。


「ってことは……ファンダリアにも行くのかな?」
「ユウナ……」
「ここの桜、好きだったのに……」


手に落ちてきた桜の花びらを見て悲しく微笑んだ。全てを隠してくれるような、忘れさせてくれるようなこの桜は大好きだった。
しかし、二年前とはまた状況が違う。色々と面倒な事が起こっている。否、これは何か大きな事件の前触れなのだろうか。


「ごめん、何でもないや。帰ろうか?」
「あぁ……」


今にも自分のマスターが崩れそうだったので、不安がよぎる。考えすぎだ、そう言いたいのにユウナの言っている事も間違っているわけじゃない気がして。
それを彼女は悩んでいるというのに、ロイは何も出来ない自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。


「イレーヌ!」
「リオン君……!」


休憩を取り、港へと向かうとそこには焦った表情のイレーヌと船長が居た。
彼女達もバティスタが逃げたのを知っていたようで、行き先は何処か分かっているのかと尋ねられたからアクアヴェイルと答えるとまさかそこでその国が上がると思っていなかったのか驚きの声をあげる。


「リオン君、まさかアクアヴェイルへ……?」
「そのつもりだ、船を出してくれ」
「……セインガルドがあの国と敵対関係にあることぐらい知っているでしょう?」
「だから、フィッツガルド支社のこの船を出してくれと頼んでいるんだ」
「そんな……無茶言わないでちょうだい」
「神の眼がアクアヴェイルの手に落ちた、といってもか?」
「な、なんですって?聞いてないわ!」
「僕はセインガルド王から密命を受けているんだ、頼む」
「イレーヌさん、無理な事を頼んでいるのは分かっています。でも、力を貸してください」


暫くイレーヌは黙り込んで、首を縦に振る。イレーヌに船を準備してもらい、アクアヴェイルへ向かう事になった。しかし船でいけるのは途中まで、それからは小船等で行かなければいけない。
アクアヴェイルはほぼ鎖国状態。下手に近づいていったら攻撃されてしまうだろう。


「イレーヌさん、お世話になりました!」
「ううん、お世話になったのは私の方だわ。有難う、ユウナちゃん」
「ノイシュタットはいい街になりますよ、頑張ってください!」
「そうね……ユウナちゃんとの約束だものね。じゃあ、気をつけて」


イレーヌと後から来たコングマンに別れを告げて港を出港する。
しかし、広場に咲いている桜がふと頭によぎる。もう二度と見れないような気がしたけれど気のせいだと、頭から振り払った。


「ちょっとユウナ!」
「何?ルーティ」


今この船室にいるのは女四人と三本のソーディアンのみだ。
リオンは調子が悪いため、甲板に出て休んでいてスタンも流石に女四人の中一人居るのも気まずいのだろうか、リオンがいる甲板へ出て行った。

「ユウナは好きな人とか居ないわけ?」

ニヤニヤと笑みを浮かべて尋ねてくる彼女に疑問を抱いたが、正直に答える。


「別に居ないよ?」
「ちょっと……つまらないわねー……」


ルーティは溜息をつきながら、今もそのことで苦難している少年を思い浮かべる。リオンも可哀想なものだ。


「何、ルーティは居るの?」
「居ないわよ。私にはレンズとお金があれば他は何もいらないわ!」
「ルーティらしいや……」
「ユウナ、視点を変えてみれば気づくものもあるぞ?」
「視点?」
「そうですね、別の角度から見ることも大切だと思います」
「視点か……、じゃあ気づかないうちに好きになっている事もあるってこと?」
「そうそう、十分あるわよ!」


女子達が話をしている間に、男二人も甲板の上で同じような話をしていた。スタンが甲板にやって来て、海を見ているリオンに「どうした?また顔色が悪いな」と問いかける。
自分が乗り物酔いに弱い事など言えるものかと、顔を反らして素っ気無く答える。


「そうか、ならいいけど。それにしても今朝は驚いたなぁ、バティスタをわざと逃がしたなんてさ。流石リオンだよな」
「……別に、泳がせた方が早く神の目に行き着くと思っただけだ」


リオンの思惑通り、バティスタは逃げて、アクアヴェイルへ向かっている事を示していた。


「なぁリオン、お前好きな人っている?」
「え……な、何だ突然」


リオンは心臓を鷲掴みされた感覚に襲われた。スタンに言われて思い浮かべた人物、それはいつも隣に居るけれど、また遠い位置に居るユウナだった。


「イレーヌさんっていいよなぁ。俺、気がつくとイレーヌさんのことをぼーっと考えたりしてさ」
「……おまえ、そうなのか」


海を見てぼーっとしているスタンを見て納得する。イレーヌとあの後、二人で話していた。何を話していたかは聞こえなかったが。


「あーあ、相思相愛って憧れるよなぁ。リオンは誰が好きなんだ?」
「僕は……」


まだ、彼女に並べない。
優しい微笑の裏に隠された、悲しみは彼女の魅力を更にかきたたせているようだった。そこも、全てに自分は彼女に惹かれている。何かを犠牲にしてでも、選んでしまうだろう。


「イレーヌさんも素敵な人だけどさ、ユウナも凄い奴だよな!」
「……なに?」


いつもと変わらぬ笑みで言うスタンにとっては仲間として凄い、と言っているつもりなのは十分に分かってはいるけれど反応してしまう。スタンにとってユウナは飛行竜の事件以来、少し憧れの存在だった。


「優しいし、強いし、しっかりしてるし。リオンの補佐だろ?凄いよなぁ」
「ユウナは、お前が思っているほど強い奴じゃない」


何でだよ、とスタンが声をあげる。
リオンはこれ以上話しても無駄だと感じて、船室へと歩き出した。


「おい、リオン!」
「ユウナは……強くない。だから……」


――僕が守る。
その一言は潮風に流され、自分と、自分の腰にある剣にしか届かなかった。
彼女を守り抜く、それが僕の誓いだ。
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