水月泡沫
- ナノ -

10

結界石を壊し終わり、中に居たアイルツ司教の話を聞くと、大司祭であるグレバムという男が反乱を起こしたのだという。アイルツはこの事態を防げなかった事に項垂れていた。
神の眼の所在は神殿の最高機密だと訴える彼に、リオンは「僕は勅命を受けてここへやって来た。僕の言葉に逆らうことが、何を意味するか分かるな?」と脅すように問いかける。
流石にこのまま黙秘しておくのは無理だと感じたのか、アイルツ司教は顔を青くして言う。


「……分かりました、御案内致します。大聖堂までお進み下さい」
「ありがとうございます」


アイルツ司教に連れられて静まり返った神殿を奥深く進んでいく。
辺りは灯りがあるのに気味が悪かった。一行の行く道を阻むかのように出てくるのは教えに背いてグレバムという男についてしまった元信仰者たち。

大聖堂に付くと、ステンドグラスから綺麗な色の光が差し込んできた。そして、アイルツ司教が女神アタモニの前に膝を付き呟き始める。
すると眩い光が辺りを覆い、目を開いた時には、大聖堂の中心に巨大な穴が姿を現していた。神殿の奥は複雑な造りになっていて、しかけを解かなければ扉が開かないというものだった。
アイルツ司教が居なければここまで辿り着かなかったであろう。そして、最後の間に入るとアイルツ司教は驚愕する。


「なっ、ない!?ここにあった神の眼が!」


そこにあったはずの物は無く、部屋が壊されていて外が一望出来た。


「遅かったか……!」
「ここが神の眼の置かれていた台座?神の眼って、こんなに大きかったの?」


台座のからして神の眼は相当巨大なものらしい。普通のレンズの何倍あるのか検討もつかなかった。
ルーティは目を輝かせてレンズを置いてあった場所を見ている。レンズハンターである彼女からしたら想定できる大きさのレンズは夢のような宝なのだろう。

ユウナも予期していなかった大きさに驚いていると、スタンは何かを見ていたようでへぇ、と感嘆の声を漏らす。マリーもそれに気づいたのかスタンに声をかける。


「スタン、何を見ている?」
「この石像、よくできてるなって」
「なる程、確かに。こういうのを真の芸術と言うのかもな」
「恐怖と絶望の表情が、よく現れてるって言うんですか?思わず見惚れちゃいましたよ。いやあ、大したもんだ」


アイルツ司教が二人の話に気づき、見ているものを見る。すると、顔が急に青ざめて驚きの声を上げる。


「フィ、フィリア!どうしてこんな姿に……!」
「えっ、本物!?」
「パナシーアボトルを使え。ユウナ、持っているだろう」


リオンに言われて、パナシーアボトルを取り出し、未だに石像ではないかと驚くスタンに渡す。スタンはその蓋を開け、石化状態にされた女の人にかける。
石から戻り、そのはずみで彼女の身体は前に倒れそうになる。その時に揺れた緑色の三つ編みの髪は綺麗であった。眼鏡をかけ、信者らしく清らかな雰囲気の女性だ。
まだ起きたばかりで何かよく分かっていない様子だったが、何が起きたのかを思い出したようで司教に頭を下げた。


「司教様……申し訳ございません!私は……私は……!とんでもない事をしてしまいました!」
「ここで何があったのか、教えて貰えるかな?」
「はい。あの……、でも……」
「この方達はセインガルド国王の使者だ。気にせずに、さあ」
「わかりました……」


フィリアはポツリポツリとこの場にあった事を話し出す。
自分がこの間の封印を解いてしまい、グレバムがここにあった巨大なレンズのようなものを持ち去っていった、との事だった。その時に、彼女は石化されてしまったらしい。


「司教様……あの物体は、一体……?」
「神の眼だ」
「ええっ、まさか!天地戦争を引き起こす原因となった、あの神の眼ですか?」
「天地戦争?」
「……」


ディムロスとアトワイトは黙りこくる。何かを知っているようなのか、隠そうとしている。
ユウナもまた小声でロイに聞くが、ロイも口をつぐんだまま話そうとしない。その天地戦争で何か知っている事があるのだろうか。


「グレバムが神の眼をどこへ持ち去ったか、分かるか?」
「……おそらく、カルバレイスだと思います。体が完全に石になる直前、大司祭様が話すのが聞こえましたから」
「カルバレイス……、まさか……!」
「入れ違いになったな。神の眼をカルバレイスへ運ぶとしたら、かなり大型の船が必要になる」
「大型船が接岸出来るのは、この辺ではダリルシェイド港だけだしね……」


スタンはディムロスを鞘から抜いて疑問に思っていることを聞く。


「なぁ、ディムロス」
「何だ?」
「神の眼を使うと、モンスターを呼び寄せたり操ったり出来るのか?」
「……確かにそうした事も可能だ」
「じゃあもし、グレバムがその気になれば……」
「世界中をモンスターで埋め尽くすことも、不可能ではないだろうな」
「そんな事、させてたまるか!」


スタンとディムロスはグレバムを倒す事を決意したようで、事の重大さに気づき、声を張り上げてダリルシェイドに戻ろうと言う。リオンはそんなスタンに溜息をついた後、フィリアの方を向いて告げた。


「女、お前は僕達に同行しろ」
「えっ?」
「グレバムの顔を知る者が一緒にいないと、困るからな」
「お待ち下さい、フィリアをこれ以上過酷な目には」


アイルツ司教は慌ててリオンに待ったをかける。しかし、フィリアはアイルツ司教に首を振るとリオンに向き合う。彼女は責任を感じていたのだ。
知らず知らず自らが解いてしまった封印のせいで、神の眼は盗まれることになり、世界の危機を招く危険性がある。それは大司祭に加担したようなものなのだと。可憐な少女の中にある強い意志。深々と礼をすると、皆の方に振り向いて頭を下げる。


「フィリア・フィリスと申します。どうか宜しく御願い致します」
「こっちこそ!」


スタンは笑顔でフィリアに手を伸ばして、握手を交わす。フィリアの顔も自然と優しくなる。マリーとルーティも続いて挨拶を交わしていく。
すると、リオンはくだらないと言わんばかりに挨拶をする前に歩き出してしまった。


「あ……」
「ごめんね、リオンはいつもあんな感じだから。私はユウナ、よろしくねフィリア」
「はい」


ユウナはフィリアと握手を交わし、先に行くねと声をかけると、リオンを追いかけて彼に声をかける。振り返ったリオンの顔はかなり不機嫌そうであった。


「リオン!」
「……ユウナか。何だ、あいつらを放っておいていいのか?」
「リオン……流石にあの態度は関心出来ないよ。どうしたの……?」
「ユウナがスタンと行ったり、仲良くしたりするからだろーよ」


周りにアトワイトとディムロスがいないことを確認してロイが話す。それを言うなとばかりにロイに怒鳴るが、ロイは知らないとばかりに表情を変えない。
ユウナが周囲に気遣い、リオンとの間を取り持つような立ち位置になるのは自然なことなのかもしれないが、それはリオンとしては面白くないことなのだ。
何故スタンと行動をしたことがリオンの不満に繋がっているのかユウナは訳が分かっていない様子だが、リオンに謝った。


「……な、なんかごめん」
「何でお前が謝るんだ」
「えっと……何となく」
「リオーン!ユウナー!」


スタンの声が後ろの方から聞こえてきて、話を無理矢理中断させられたため、リオンの機嫌がまた悪くなった。ロイとシャルティエは呆れてもう何も言わなかった。


――ダリルシェイドまで大急ぎで戻った一向はすぐさま港へ向かって、グレバムの姿を探した。
カルバレイス行きの船は何処だとリオンが近くに居た船員らしき男に尋ねると返ってきた答えはもう行ってしまった、との事だった。
船員の話によると、やはりその船はやたらと大きな荷物を港の人間総出で積み込んだと語り、それは神の眼のことだろう。ユウナは小さく溜息をついた。横目でリオンを見ると、リオンも機嫌の悪そうな顔をして皆に告げる。


「陛下とヒューゴ様に事情をご説明してくる、待ってろ」
「リオン、私も行った方が……」
「駄目だ」
「私もリオンの補佐だし、この事態は私の責任でもある!」
「それでも来るなと言っている!」


きっと城に行ったら、王からの非難が来て、そしてヒューゴに言われるだろう。そんなことに彼女を巻き込みたくない。リオンは足早にその場を立ち去った。


「リオンの馬鹿……」
「あっちは取っつき辛いけど何か微笑ましいわね、アンタ達……」
「ルーティ?」
「何でもないわよ〜」


――セインガルド王に謁見を申し込むために城へやって来たが、出来れば会いたく無かった人物に出くわした。
丁度ヒューゴが登城している所であり、鉢合わせてしまった状態だ。そしてヒューゴはリオンを見ると嘲笑うかのような笑みを浮かべて尋ねる。


「ほう、その様子だとストレイライズ神殿で何かあったと見えるな」
「スタン達にはヒューゴ様にも報告すると言ったけど……出来るなら会いたくない相手でしたね」
「どうした、リオン。事情を話してみろ」
「ちっ……」


リオンは聞こえないように舌打ちをして経緯を話す。ヒューゴはその話に眉を潜めて冷たい笑みを浮かべて「犯人に逃げられてしまったか、全く恥をかかせてくれたな」とリオンに冷ややかな言葉をかける。
リオンはヒューゴに反論しようとするが、シャルティエに抑えられて出かかった言葉を飲み込む。


「では私が陛下に取り合って、すぐにでも船を用意してもらおう」
「結構です。私が直接陛下へ申し上げます」
「任務を失敗したお前が一人参上したところで陛下は何と思われるか。さらに、事態はセインガルド国内だけの問題ではなくなっている」
「いえ、私が一人で陛下を説得してみせます!」


もう事態はセインガルド国内だけでないことなど分かっている。
任務を失敗した自分が一番よく分かっている。しかし、引く気も毛頭無い。何時までもこの男の掌で泳がされ、動かされるわけにはいかないのだ。


「それであれば構わないが……本当に私の助けは……」
「何度言わせるんだ!貴方の助けなど結構!僕は貴方を頼らなくても、この程度のことは一人でやれる!」
「ぼ、坊っちゃん、何て言い方を……」
「く……っ!」


これでも言いたかったことを結構抑えた方だ。ヒューゴに話すことも嫌なのに。本当にこの場にユウナが居なくて良かったと、リオンは頭の片隅で思った。
一方ユウナはリオンが来るのにまだ時間が掛かりそうだったのでルーティ達に断りを入れて、ヒューゴ邸へと向かっていた。


「おい、ユウナ。やけにリオンの奴遅いんじゃないか?」
「確かに……やっぱり私も城に行ったほうが良かったんじゃ……」
「やめておけよ、リオンが言ったんだから」
「うん……」


ロイと話すのも神殿内以来だ。スタン達に聞かれてしまうと色々と面倒なことになる。自分がソーディアンマスターであることを知られるのはともかくロイ自身が、アトワイトとディムロスに見付かると厄介だと言っていたからだ。
一体彼らの過去に何があったのだろうかと思うが、不用に話し辛いことを聞き出そうとするのもデリカシーに欠けているというものだろう。


「絶対に、陛下には嫌味を言われてるだろうね……」
「帰ってきたら落ち込んでるかもな、で、何でヒューゴ邸に行くんだよ?」
「マリアンに挨拶。旅、長くなりそうだし……」


ヒューゴ邸の扉を開けて、中に入る。そこは数日前とは変わらない綺麗な場所だ。ここは変わらないのに、この数日間で色んなことが起こった。


「あら、ユウナ?」
「あ、マリアン」
「どうしたのかしら?任務は終わったの?」
「ううん、ちょっと長引きそうでいつ帰ってくるか分からないから挨拶に」
「大変ね、二人とも。リオン様は?」
「陛下に報告中で……」
「ふふ、帰ってきたら落ち込んでるかもしれないわ。ユウナ、エミリオを頼みますよ?」
「え?でもマリアンの所に来ると思うからその時……」


マリアンがリオンを慰めてくれた方が、と続けようとすると首を横に振って遮られた。だって、リオンにとってマリアンの言葉は支えであり活力だ。
それは二年間彼らを見ていたユウナにも分かっていることだし、この環境に居るリオンを支え続けてくれていることに感謝もしている。だが、マリアンのその瞳はいつになく真剣な色を見せていた。


「もう少しユウナはエミリオの事を見なくちゃ……自分自身もよ?」
「マリアン……?」


この時マリアンが言った言葉なんて理解できるはずも無く。謎を残したまま、マリアンに気をつけてと見送られてスタン達の待つ港へと戻っていった。
――ユウナが帰って来ておよそ十分程経った頃、リオンが普段よりも暗い顔をして港へと戻ってきた。


「リオン……!」
「ちょっと、遅いわよ!」


リオンが来るなり、ルーティは待ちくたびれたとばかりに声を上げる。そして、先程まで無かった特別船が港についている。
ソーディアン達の意見に乗り、四本目のソーディアンが眠る場所へ寄っていくことになった。その船に乗り込もうとすると、フィリアがいつにも増して強い光を目に宿して、口を開く。

「あの、皆さん。お願いがあるのですけれど、これからは私も、皆さんと一緒に戦わせてもらえませんか?神殿を出る時から考えていたんです、どうかお願いします」

深々と頭を下げるフィリア。胸の前に置いている手は微かに震えていた。
フィリアはグレバムに少しでも加担してしまった責任を感じて決意したようだが、あまり安心は出来ない。


「気持ちは分かるけど、危険だよ。今まで戦った経験とかあるの?」
「ありません……ですが、私には大司祭様を止める責任が」
「無理はするな、人には向き不向きがある」
「どんな困難も乗り越えてみせます。覚悟は出来ています」
「うーん……、そこまで言うなら……」
「お前を連れて来たのは、グレバムへの面通しのためだ、それ以上は期待していない。余計なことは考えるな」


リオンに鋭く言われてフィリアはでも、と口ごもった。
自分は無力だというのは分かっている、けれど責任と言うものもあるし、なにもしないわけにはいかないという思いから決断したことなのだから。


「そんな言い方ないだろ。フィリアなりに決意した事なんだから」
「ろくに武器を持った事もない人間に、何が出来るというのだ?」
「……」
「この話は終わりだ」
「おい、リオン!」


リオンはこれ以上は聞く必要も無いと踏んで、船に入って行ってしまった。
リオンの言い分も分からなくはない。戦闘をしたことが無い人間がモンスターに立ち向かうのはあまりに危険だし、相手は神殿内の人間を殺したような相手だ。
フィリアは石化だけで命を奪われることは無かったが、もしも慈悲をかけられていなかったらその時に殺されていたのだろうから。


「フィリア、そんなに焦らないで。自分に出来る事をすればいいから」


落ち込んでいる様子のフィリアに声をかけると小さくか細い返事とありがとう、が返ってきた。
リオンとこの後話さなくちゃいけないな、とユウナは溜息をついて思った。
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