Violetta
- ナノ -
──持ち帰って考える、と言ったエヴァの答えはチリを喜ばせる結論となった。
テーブルシティの近くの家賃が高いのは事実だし、マリルリの大きさを考えると、部屋が手狭で困っていた所に渡りに船だったのだ。
チリは気心知れている友人であり、この人と一緒なら暮らしてもいいと思えるような人でもある。人格的にも、恐らく金銭感覚や仕事に対する姿勢も、考え方が似ている方だ。
この辺りの価値観が大きくズレていると、幾ら話をするのは楽しいと感じていても生活を共にするとなると、その僅かな溝がどんどん大きくなってお互い苦しくなる。
それはエヴァも、チリもよく分かっていた。

引越しをしたエヴァは、チリが借りていた一室に荷物を全て移してルームシェアという形で暮らし始めた。
四天王の一人と、ポケモンリーグやテーブルシティのポケモンセンターで働いている一人が一緒に暮らす。
その単語だけ切り取るとかなりスキャンダルのネタになりそうな内容だが。

「あぁもう毎日最高やん……」

朝早く目を覚ましたチリは、キャミソール姿のままリビングでコーヒーを入れて、悦に浸っていた。
トントン拍子でこんなにも自分の好きな子とのルームシェアが決まっていいものかと。
エヴァは自分のことを大好きな友達だと思っているのは置いておいて。
生活時間が合わない日以外は「おはよう」「おやすみ」「おかえりなさい」「行ってらっしゃい」があるのだ。
最高と言わずしてなんと言うか。
その感情を味わうように煙草でも吸いたくなるが、エヴァと暮らすようになってからは家で煙草を吸うのは控えていた。

「ふぁぁ……おはようチリちゃん」
「はよ、エヴァちゃん。今日はお寝坊さんやなあ」

眠たそうに起きてきたエヴァに今日も朝から可愛いものを見られたという気持ちでいい日になりそうだと思えるのだからルームシェアが齎す精神的な効果は大きい。
コーヒーを飲みながらスマホでニュースを確認するチリやわ横から見ていたエヴァは、覚醒してきたのか眠たげな顔から目を瞬かせて「えっ」と声を出す。

「チリちゃん、細……っ」
「んー見とれてしもうた?」

対する起きてきたエヴァはまだパジャマのままで、少しだけふわっと寝癖が付いているのが可愛らしい。
キャミソール姿で体のラインが何となく分かるのか、チリの細さに瞬いて自分の体を摘もうとするエヴァの動作に思わず吹き出して笑っていた。

「やーほんま可愛いなあ。エヴァも細いやんか。胸とかはあるから、こう、いい肉付きのポケセンのお姉さんって……ヤバいな」
「チリちゃん、おじさんみたいな事を……でも女子としてはチリちゃんのその何でも着こなせるようなモデル体型が羨まし過ぎて、女の子が憧れるの凄くわかるなあ」

──チリに多くの女性ファンが着いているのは、エヴァも知っている。
本人もその自覚はあるようだし、それだけ中性的な見た目をしているチリは女性から見て憧れるような体型や佇まいと性格をしている。
そんなパルデアで人気の有名人が自分と一緒に暮らしているのだ。引っ越してきてから数日経っているとはいえ、未だに実感が湧かなかった。

「エヴァもコーヒー要る?飲むんやったら入れんで」
「いいの?チリちゃんの入れてくれるコーヒー美味しくて大好きなんだよね〜」
「……、そんなん言われると何杯でも入れたなるわ!チリちゃんに任しとき」

──大好きって言われると、胸鷲掴みにされる気分になるやん。
これがチリちゃんの入れてくれるコーヒー、じゃなくてチリちゃんに変わってくれると嬉しいのだが。

チリがコーヒーを入れている間、手早く顔を洗って戻って来たエヴァは、リビングのカーペットにぺたりと休んでいたドオーを見つけて破顔していた。
ドオーの背中に頬をピッタリとくっつけて抱きしめるようにドオーにしがみついていた。
これが毛がふさふさのポケモンだったら、所謂ポケモン吸いのような状態だっただろう。

「エヴァ、今のこの図やばいで。ドオーが人間に襲われとる」
「違うのドオーちゃん……!でもチリちゃんのドオーちゃんって本当に可愛くって……!」
「ドォン」
「いや自分もかわい子ちゃんに抱きしめられて満更でもなさそうやんドオー」

自分のマリルリに嫉妬されないかと思うような、人をダメにするクッションのようにドオーを抱き締めるエヴァに笑いながら、テーブルに淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを置く。
「入ったで」と声をかけると、エヴァは起き上がって「チリちゃんありがとう」と微笑む。
プライベートだから当たり前なのかもしれないのだが、何時も完璧な仕事をする、朗らかなジョーイさんであるエヴァがこうも隙のある姿を惜しげも無く見せてくれる日々が愛おしく感じられる。

「あ……すごくいい匂い」
「エヴァ、頭のここに寝癖ついとる」

ふわりと頭を撫でて指でくるくるとエヴァの髪を巻きとるとその距離の近さに緊張したのか、エヴァの白い肌が僅かに赤らんでいっているようだった。

「ち、チリちゃん、朝から心臓に悪いって……」
「ドキドキしてくれるん?めっちゃ嬉しいわーエヴァちゃんが照れんのほんま可愛いわ」

これも遊び半分の口説き文句ではなく、本気の口説き文句。
エヴァが自分のすることで照れてくれている様子は可愛くて、心が乱される感覚だ。
朝起きたて特有の艶やかな姿を目に焼き付けられるのは自分だけなのだと高揚感を覚えながら、チリはコーヒーを口に含むのだった。
prev next