Violetta
- ナノ -
天気は快晴で、星空も綺麗に見える日。
リーグの第一面接も今日は無し。
ポケモンリーグに一番近い街にあたるテーブルシティが一応拠点になる。
この街は活気に溢れていて、昼夜問わず人で賑わっている。


「チリさーん!」
「どうもーって言いたいとこやけど、エヴァちゃん、先生なのにこんなほいほい教室出たらアカンやん」

この街が楽しいと思う理由の一つの子が、今日も自分を見付けて飛び込んでくる。

オレンジアカデミーへと繋がる長い階段を駆け下りて広場でくつろいでいた自分に向かってくる女性に、すれ違う生徒たちは「エヴァちゃんお疲れー!」「エヴァちゃん転ばないでよー」と声をかけていた。
自分のことをいたく気に入って何時もラブコールをしてくれるエヴァは、オレンジアカデミーの教師の一人だ。

「うっ、でもチリさんがテーブルシティに来てるって聞いたし、今残業中だから……!」
「もっとアカンやん。チリちゃん人気者でつらいわー。はいはい、ほら帰り」
「ぼ、棒読み……!いいです、冷たくあしらわれてもめげないんで……!」
「相変わらずメンタル鬼強やん」

エヴァに早く学校に帰るようにあしらっても、彼女とのやり取りはいつもあまり変わらない。
この調子を繰り返し続けている。
古文を教えているようで歴史の長いパルデアの古い文献だとかの調査、授業を行っている立派な先生だ。

──可愛い子ほど虐めたい性質が自分にあるという自覚が特にあった訳ではない。
でも追いかけられれば追いかけられる程、少し素っ気なくしてその反応を楽しみたくなる。

「チリちゃん、学校の給料システムよう知らんけど、勤務時間扱いになってる中でこんな休憩してたら校長に呼び出されてまうやろ」
「正論過ぎて全く言い返せない……チリさんにただ会いたかっただけなのに……」
「いやなんやかんや言うてよう会ってるやん」

「はあい……」と肩を落として戻っていくエヴァを甘やかさずにアカデミーへと帰らせたが、別に嫌いだからこういう対応をしてるわけじゃない。

(素っ気なくされるの一連の流れになってるんやったら、それ崩したら「チリさんはそうじゃない」って飽きられるかもしれんし)

それもあって、このやり取りは崩さないようにしている。
でも「エヴァちゃんまだ学校いるの?おかえりー」と生徒たちに言われながら手を振って階段を上っていくエヴァの後姿に少し気になって。
追いかけるように、密やかにオレンジアカデミーへと入っていく。

トップのオモダカさんが理事長を務める学校かつ、チャンピオンを目指す課外授業を行う生徒が多く居るから、四天王の立場で入りたい放題だ。
黄色い声を上げられがちだが、今は夜だし、エヴァが出てきていたのもあって授業はなく、課外活動に出ている生徒が多いのかすれ違う生徒も少ない。
扉を開くと、本が並んでいるホールが目に入り、先ほど別れたばかりのエヴァの声が聞こえてくる。
もう一人の間延びをしたような男性の声と一緒に。

「あれぇ、エヴァさん、さっき暫く戻ってきません!って言って出て行かなかったですっけ?」
「ジニア先生聞いてくださいよーチリさんに会いに行ったんですけどね?『いいから授業ちゃんとしてきな』ってあしらわれるんです……」
「四天王のチリさんですよね。エヴァさんは仲良しですねー」

オレンジアカデミーの先生の一人。
今自分も使っている図鑑を作ったエンジニアでもあるジニア先生。エヴァにとっては同僚らしいその人と和やかな会話をしていた。
──同僚なら当たり前のことなのかもしれないけど、随分と仲がよさそうだな。

「仲良しなんですかね……私が一方的にチリさんが大好きで、親友的な意味ではミモりんが一番仲いいような気がします……」
「あらら。エヴァさんの素直で真っ直ぐな所はいいと思うんですけどねー確かにミモザ先生とエヴァさん、仲良しですもんね」

聞いたことない話がたくさん耳に入ってきて「へえ?」と咄嗟に声が出る。
男性に素直でまっすぐと褒められているエヴァも。誰かほかに仲がいいと人からも言われる位の女性の友人が居るのも。
──分かってるけど、面白くない。同僚でもなく、古くからの知人でもない自分と比べたら、もっと普段から仲がいい子は居るんやろけど、さ。

ジニア先生と会話が終わって戻ろうとしたエヴァの背中に「エヴァー」と声をかけると、振り返った彼女は文字通り飛び跳ねて驚いていた。

「あ、あれ、チリさん?帰ったんじゃ……」
「エヴァが学校に戻っただけやん。……それより」

目を細めて、腰を曲げてエヴァと目を合わせて。
普段の明るい声のトーンからは下げて、忠告をする。

「エヴァちゃん、チリちゃんにフラれたからって浮気はアカンで」
「……ひゃ、ひゃい……」

冗談半分、本気半分。
頬を染めてこくこくと頷くエヴァに「エヴァはいい子やなー」と言うと、普段あまりそうやって褒める機会が少ない分、効果抜群だったのか。

「か、過剰摂取……」

というか細い声が目の前から聞こえてくるのだった。
これだから、エヴァは面白いのだ。
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