日向雨
- ナノ -

そとぼり

コンゴウ団やシンジュ団の集落を抜ける人が居れば、逆に新しく所属する人間も居る。
セキの記憶に新しいコンゴウ団を抜けてどこかに行ってしまった人と言えば、今どこで何をしているかも不明なオタケだろう。
しかし、引き留めるようなことはしないし、必死に探すようなこともしないのは冷たくも映るが、個人の自由な権利を侵害せず、それぞれの生き方を尊重しているからだ。

宇宙の時間を司るシンオウさまを信じる心があれば、誰でも迎え入れるのがコンゴウ団の考え方だ。

「まぁこれでもかなり古い組織の考え方はなくなってきた方だよ。特に、今のリーダーになってからね」
「そうなんですね……あぁ、でもコンゴウ団とシンジュ団の衝突は耳にしたことあります。ポケモン同士を戦わせてかなり激しい抗争になっただとか」
「なんだ、その話知ってるんだ?よくその話を聞いてうちに所属したいと思ってくれたなって素直に思っちゃったよ」

コンゴウ団の今の在り方を偶々同じタイミングで所属することになった男性と女性の新しいメンバーに教えるのは、アヤシシの世話を任されているキャプテン、ヨネだった。
ヨネが連れているゴンべを恐る恐る覗く二人がポケモンに慣れていないというのは、本人達から言われなくとも様子からすぐに分かったことだが、ヨネは敢えて口にしない。
兄弟のように育つポケモンもいれば、人を襲うポケモンがいるのも事実なのだから。

「そういう話は聞いていたんですけど……シンオウさまを信じる気持ちは同じですし、今のコンゴウ団の雰囲気が外から見ていても良く映って……」
「俺もです。新しく所属したくても、よそ者扱いされるんじゃないかってずっと思っていたんですけど、今なら受け入れてもらえそうだと思って」
「それはやっぱりうちのリーダーの人徳だね。何せ"長"は古めかしくて堅苦しいからリーダーって呼ぶように言ってくる人だから」

コンゴウ団が排他的に映らないのは、偏にセキの団のまとめ方にあるとヨネは納得していた。
前の長を否定するわけではないが、前の長やそれまでの長は思想の異なるシンジュ団を否定し、抗争をしてきている。
シンジュ団と主張こそは相いれないと、度々シンジュ団の長であるカイと顔を合わせると罵ることはするが、本格的な抗争にならないように対応しているのがリーダーたるセキだった。

「セキさん、頼りになる長ですね」
「まあね。笛を吹くのは苦手だけど、コンゴウ団のリーダーを出来るのはあの人しか居ないって思うよ」
「団も束ねて、格好良くて……少し羨ましくなるな」
「確かにうちのリーダーは自他共に認める色男だけどね」
「あ……自分でも仰るんですね」
「冗談半分だけど。まぁ、半分は本気で自覚してると思うけど……」
「リーダーって、こういう疑問も何ですが、身を固めてないんですね」

新入りの女性に尋ねられた疑問に、ヨネは目を開く。
世間的にはセキの年齢なら身を固めていてもおかしくはないし、見た目も整っている。面倒見がいい兄貴肌であることを考えると、所帯持ちだと言われても納得できるリード力もある。

「あははっ、確かにそう思うのも無理はないよ」
「?」

そんな当然の疑問は、ヨネの中では無くなっていたものだから、新鮮な感想だと声を上げて笑った。
セキに言われた訳でもないし、コンゴウ団に所属している者同士が密やかに噂するように伝達している訳ではない。
ただ、セキとルネのやり取りを見ていると自然にそう思うだけなのだ。

きっとこの二人は互いに一緒に居て欲しいと願っているのだろうと。

誰も問い詰めはしないが、セキにもしも絶対に結婚しなければいけないとしたら誰を娶りたいかと尋ねれば、きっと。

「急くばかりじゃなくて、待つ時間も大切ってことだね。でも、今の私たちは急いで拠点に戻っておかないと、日が暮れちゃうね」
「ヨネさんが暮らしているという拠点ですよね。キングのお世話をするとしても、一人でそこに暮らすのは寂しくないですか?」
「私も時々帰っているし、それに食料とかその他色々と届けに来てくれる人が居るからね」
「へぇ、行商人の方ですか?」

女性の問いかけに、ヨネは友人の姿を思い浮かべながら「いいや、うちの団の人だ」と答える。
ヨネが二人を連れて拠点にしている住まいに戻ると、ヨネの元に荷物を届けてくれるその人は既に待っていた。
涼やかな表情や口調が特徴的なヨネだが、その人の姿にぱっと笑みがこぼれる。

「お待たせ。遅くなっちゃってごめん」
「気にしないで、ヨネ。今日は新しい方と一緒って聞いて沢山食材とかゴンべ用のきのみとか持ってきたよ」
「ありがとう、ルネ。何時も悪いね」

使い込まれたイチョウ商会のリュックを背負い、大きな荷物はゾロアークが抱えてヨネの住まいを訪ねたのはヨネにとっての大事な友人だ。
ただの荷物運びなら男性に任されがちな役割だが、出自からイチョウ商会との縁もある帳簿を付けられるルネにしか出来ないことは多くある。
新入りの二人は姿勢を正して、コンゴウ団のメンバーらしきルネに頭を下げて挨拶をする。

「見たことない色のゾロアークと一緒だ……貴方は?」
「私はコンゴウ団全体の帳簿付けとか、簡単に言うとお買い物と運搬の管理を任されているルネです。新しい方だよね?宜しくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
「キャプテンとかではなくても、色々な役割を担っている方が居るんですね」

ポケモンを連れて歩いているというだけでもかなり目立つが、気さくかつ温和に話すルネと、ルネ以外の人間には敵愾心のようなものを抱いて威嚇しやすいゾロアークの雰囲気のアンマッチは印象に強く残る。
セキにも懐いていない紫色の毛並みのゾロアークだが、ヨネに「大荷物を運んでくれてありがとう」と背中を撫でられると、気持ちよさそうに目を細める。
ルネの友人として信頼し、ヨネや同じキャプテンであるワサビには懐いていた。

「ルネ、こんな時間だし今日は泊まってく?」
「あ……ごめんね、ヨネ。泊まるって言いかねないから早く戻って来いよってセキさんに念を押されてきて。アヤシシさまにも事前に伝えてあるみたい」
「……流石リーダー。先回りが早い」

──あぁ本当に、こういう所だ。
ヨネはその言葉をどんな表情でセキが言ったのか想像しながら、肩を竦めて笑った。
ルネはきっと自覚していないだろうけれど、外堀をしっかりと埋められているようだと思ってならない。
それが別にリーダーとしての保護者目線の言葉ではないことは、ウォーグルを連れているワサビに対してコンゴウ団の里に戻って来いなんて言わないことからも察しづく。

「ヨネは頼れるキャプテンで私の自慢の友達だから、アヤシシさまの話だとかコンゴウ団での暮らしとか、沢山聞いてね」
「は、はい!」
「いやだな、そこまで褒められるなんて恥ずかしいよ」
「本当のことを言っただけだよ、ヨネ。そうそう、ちまきも作って来たからみんなで食べてね」
「ルネのちまき!嬉しいよ、ありがとう」

ヨネはルネが作ってきたちまきを受け取り、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いにゴンベと顔を合わせて笑った。
荷物をヨネに託してゾロアークと共にコンゴウ団の里へと戻っていくルネの後ろ姿を見送ったヨネは、家に二人を出迎えながらルネから受けとったちまきを渡す。

「わぁ、美味しそう」
「ルネさんか……いい人だな」

淡い憧れや感心が、淡いままで泡沫のように弾けるその時を想って、ヨネは苦い笑みを浮かべる。
ルネに良い人が出来ないのも、間違いなくセキさんが居るからなんだよね、と。