日向雨
- ナノ -

ただしい

コトブキムラを追い出されたショウを助けに来たのはコンゴウ団の長だけではなく、シンジュ団の長であるカイ。
それから、イチョウ商会に所属しているウォロだった。

ムラを追い出され、更には集落にも行くことが出来ないショウの拠点。
それはウォロが紹介した彼の旧知の中である黒いドレスに身を包んだ妙齢の女性、コギトの元だ。
危険に身を晒しながらもこの世界に生きていくため、ショウはポケモン達の調査をギンガ団の一員としてこなしてきた。
しかし空から落ちてきたという理由で、事実であるかどうかはともかく、この天変地異の責任を押し付けられた。

頼れる人が限られている中でも少女とは思えないほどに、強く立ち上がって進もうとする彼女が眩しくも、ルネとしては心配になるのだ。

「ルネさんが居てくれて心強いです。ご飯まで作って貰っちゃって……」
「いいのいいのこれくらい!携帯食用のちまきも作っておくから」

紅葉した木々が囲う隠れ里。
ルネがセキと共にコンゴウ団の集落を離れて、ショウの手助けをしに行っていることは、コンゴウ団の一部の人間は分かっていた。
しかしそれを責めるわけではなく、セキと共に代表として宜しくと思われているのも事実だ。
他の団員と違ってルネは団の集団意見よりもセキの目指すものを見る人だと団員にも認識されているからだった。

ショウが困っている時に手を差し伸ばしてくれるリーダーで良かったと噛み締めながら、準備をしていた時。
「ルネさん、ルネさん」と弾むような口調で呼ばれて振り返る。
イチョウ商会のウォロ。
行き場を失っていたショウに真っ先に声をかけたのが、他のイチョウ商会メンバーよりも各地をふらふらと回っていた不思議な青年だ。

「そういえば、ルネさんはやっぱりセキさんに着いてくるんですね!他のコンゴウ団の皆さんは団の方針通りにしている中で」
「そうですね……私も元はコンゴウ団の外から来たよそ者でしたし、ショウちゃんのことが他人事ではないのと」
「ええ」
「セキさんがそうすると決めたなら、私もそれが正しいと確信できるんです」

にこやかに微笑んで自分が思ったようにショウを助けたいと考えて動いたセキへの信頼を語るルネに、ウォロは頷きながら冷静な目で彼女という人間を俯瞰する。

──以前から思っていたけれど、やはり、彼女は危うい人間だ。
もしも信頼する人間が自分のような人間だったのなら、その思考に染って『それが正しい』と思うのだろうか。
そんなもしもを考えても意味無いのかもしれないが、彼女は恐らくそうだ。
自分にとっての正義とか悪の基準よりも、そもそもの根幹として思考するための基準になる人こそを重視しているのだろう。

「……ルネさんはイチョウ商会に以前属していたと聞きました」
「そうですね、父がいなくなってから離れたんですけど……」
「ルネさんはコンゴウ団に居て本当に良かったですよ」
「え?」

彼女は偏った思想に育てられると吸収していく人だとウォロは確信していた。

優しい世界になりますように。

そう語った彼女の言葉の真意をウォロは理解しきっていた訳では無いが、彼女のその言葉自体は『着いていく人によって意味が変わるから深く考える必要も無いもの』だと認識していた。
恐らくルネは、白い布のような人だ。
それを藍染したら藍色に鮮やかに染まるし、墨汁を垂らしたら真っ黒に染まる。
だからこそ心底、彼女はコンゴウ団に所属してよかった人だとウォロは実感する。

彼女自身は恐らく自分の性質を分からないまま過ごすのだろう。

ショウに声をかけられて戻ったルネを見送りながら、ウォロはユクシーの元へ向かうための準備をしているセキを振り返る。
このヒスイの時代の変革を受け入れて進もうとする長の歩みは、正直ウォロにとって、自身の望みのことを考えればどうでもいいことなのだが。

「次の目的地に向けて移動し始めるらしいが……ん?ウォロ?どうした」
「いえ、ルネさんが居ると野営の生活力が向上して有難いですし、セキさんが唯一連れてきたのがルネさんなのは、らしいなと思いまして!」
「そうか?……アイツがショウを見捨てないって言ってくれたこそだよ」
「団の人に白い目で見られる可能性もあるでしょうに」

ショウのことを見捨てられないという想いは確かにあるのだろう。
だが、ルネが行動を起こすトリガーになっているのは恐らく。

「オレだから、付いて来てくれんのかもな」

清々しい程の笑顔で言ったセキの言葉。

どこまでルネの本質的な危うさを理解しているのかはともかく、ルネに自分の存在が欠かせないという事実だけは認識しているのだ。
綺麗な感情だけではなく、そこに手放せない執着のようなものが滲んでいるような気がして。
ウォロは笑顔で「そうかもしれませんね!」と相槌を打つ。
もしもセキが「協力しない」と言っていたなら、間違いなく彼女はこの場に居ないのだから。

しかし、その微妙に歪みを根に残しながらも正しくあるのは、やはりセキという存在があってこそだった。