日向雨
- ナノ -

まえむき

コギトの一族が引き継いできた伝承を信じて、ユクシー、エムリット、アグノムが居るとされていた各地の湖をショウはセキとウォロと共に回っていた。
世界を繋ぐと言われている神具、それがあかいくさりだ。
つまりは世界の崩壊を食い止めるために繋ぎとめる鎖。
それが何故こうもアグノム達は人の手に容易に渡らないように守っているのか、帰りを待っていたルネにとっても不思議であった。

「ねぇ、ウォロさん。あかいくさりをこうして守っている湖のポケモンが分担して守っているのってどうしてでしょうね」
「どうしたんですか、ルネもやはり湖に同行したかったんですか?」
「もう、からかわないでください。……私は同行してもゾロアークに指示もしてあげられないから危険なのは分かっていますし……」
「ふむ。先ほどセキさんともその話をしましたが……悪人の手に渡ったらなにか危険なことがあるかもしれないから──こんなにも回りくどく、容易く集められないようになっているのかもしれないですね」
「なるほど……」

少し考えた末に、ウォロが話した考察に対して腑に落ちたのか、ルネは携帯食を作る手を止めて納得する。
世界の崩壊を防ぐという役割だけであれば、それが壊されない限りは悪用した所でどうにもならなさそうであるが、ポケモン達が人間を試して心や言動の在り方を確認しているのだというのなら。
あかいくさりは、もしかしたら何か想像している以上の代物なのではないかという不安が過る。
伝承を受け継いできたコギトでさえあまり良く知らないのだから、永らく鎖が使われるようなこともなかったということになるが。

「ウォロさんはどんな効力があると思います?」
「……うーん。さあ、想像もつきませんね。そもそも鎖もばらばらの状態だった訳ですし、元々何かを繋ぎとめてる訳でもなさそうですし」
「そうですよね……でもこの空だとか、ぽっかり空いた穴のような現象が悪化するようなことがあれば怖いですね。この世界がなくなってしまうような、漠然とした不安を抱くというか」

料理の手を止めて、空を呆然と見上げて"恐れ"を語るルネの横顔に、ウォロは目を細める。

「セキさんは、何とか食い止めようと奮闘してますからね。ルネさんが同じように考えるのも分かります」
「やだな、ウォロさん。私達だけじゃないですよ。ショウちゃんに聞きましたよ?私達よりも早く、真っ先に助けに来てくれたのがウォロさんだって」
「商売人は耳が早いですからね。それにこういう伝承も好きで回っていたので、お役に立てると思っただけです」

笑顔でルネの指摘にはぐらかしながら、ウォロもまた時空の裂け目を眺める。
ショウをこうして手助けしていることに、ウォロにも思惑はある。
だが、セキがもしも『ショウと関わらない』と決めていたら、ルネもこうしてこの場に居ることはなかっただろう。
良くも悪くも、付き従うと決めた人の後ろをついて行く人。
薬にもなれば、毒にもなるのがルネという人間だとウォロは判断していた。
偽善でもなければ正義感でもない在り方は歪ではあるが、非常に分かりやすい。
盲目で歪であることには、ウォロも否定する気はないが、ルネに共感しきることが出来ないのはやはり孤独であったかそうでなかったかという大きな違いだ。

──孤独であったらこの娘はそういえば、イチョウ商会に残っていたんだったか。

そうであったら、このヒスイにとって最悪なことをしていたかもしれないと、ウォロは他人事のように溜息を吐くのだった。


──ウォロの知る伝承通り、霧の遺跡に向かったショウの元には泉を守っていた三体が現れ、あかいくさりは錬成された。
これで未曾有の危機に対処する手段が揃い、コンゴウ団にもギンガ団にもショウの誤解を解くことも出来る上に、裂けた空もどうにかできるかもしれないと期待の眼差しでセキと共にルネは鎖を眺めて頷く。

「イチョウ商会の仲間から得た情報ですが、ギンガ団のボス、調査を待たずしてテンガン山に登るようですね」
「意味がわからねえ。登った所で裂け目に対する手段など持っていねえよな?」

あかいくさりを得たという情報を得ていない中で、デンボクが暴走をしているのだとしたら、彼らの身が危険であることは確かなのだが。
ショウにとってはムラから追い出して行き場を奪った責任者だ。
この世界においてショウの見た目から推定される年齢は大人の扱いをされるとはいえ、囲いも何もない広大な世界に単身放り出されたのだ。

「ショウちゃん、その……本当にコトブキムラに戻るの?大丈夫?」
「……シマボシさんにも命じてもらいましたし、絶対にやっていないと断言しますけど……空から落ちてきて、あの空の原因だと疑われるのは仕方がないっていうのは受け入れてますから」
「コンゴウ団の奴ら全員に言い聞かしてやれないのは申し訳ないんだが、納得しちまうってのにも限度があるだろ」
「あはは……でもこうして協力してくれる皆さんが居ますし、誤解を解くために頑張らないといけないですし!」
「……ショウちゃん……」

笑顔で前を向こうとするショウの言葉が自分自身を鼓舞しているものであることをルネは知っていた。
隠れ里に全員が戻って来た中で、ショウだけが少し席を外してどこかに行ったのを心配して、ゾロアークが探しに行ってくれたのだが。
彼女は森の中で、小さく震えてうずくまっていたのだ。
泣いていたかどうかまでは確認していない。
しかし、誰にも見られないようにバクフーンに宥められながら小さくなっている彼女は、まだまだ幼い子供に見えたのだ。

「ありがとう、ルネさん、セキさん!コトブキムラに行ってみますから心配しないで!」
「じゃあその確認はジブンが付いて行きましょう!お二人はコンゴウ団やシンジュ団に確認や報告をお願いします」
「おう、任せとけ。ショウは任せたぞ、ウォロ」

ウォロと共にコトブキムラへと向かったショウの背中を見送り、セキは大きくため息を吐く。
ショウの前向きで力強い言葉た行動力によってこれまで何度も自分達が救われていたことは実感をして知っている。
だが、残酷なまでに責任を負わせて切り捨てた人々に対して、ここまで割り切って、呑み込むことができる人ばかりではないはずだ。

「強いな、ショウは。恨み言の一つや二つ言っても罰が当たらねえってのに」
「……本当に。正体が分からないものを畏れるのはあると思うけど、私たちが彼女に恨み言を言われたっておかしくはないのに」
「なあルネ、今からコンゴウ集落に寄ってからテンガン山に向かうが、ルネは危険すぎるからコンゴウ団の集落に……」
「……そんな危険な場所に、セキさんも行くんですよね。何かあったら、私は……後悔すると思います」
「……」

ショウ達と共にテンガン山に向かって、何かが出来ると自惚れている訳ではない。
狂暴になっているポケモンに攻撃されて、ゾロアークに的確な指示をすることも出来ない。
しかし、そんな場所にセキが向かって、万が一のことがあったら後悔してもしきれないのだ。
ルネはもし万が一そういうことがあればどうするかは語らなかったが、ルネのしかねない行動を真っ先に察したのは彼女の相棒として長いゾロアークだ。

「ふしゃ……」
「ゾロアークまで同意してくるのは珍しいな……。危険なポケモンが多いのは事実だから心配なんだが……、ゾロアーク、ルネを守ってくれるか?」
「すみません、セキさん……」
「いいや、ルネにそこまで心配させちゃオレもリーダーとしても、男としても立つ瀬がないしな」

セキが居なくなった世界に、ルネが興味を無くす可能性が非常に高いと判断したゾロアークは、彼女を連れていくのが最適だと考えて、セキの問いかけに頷く。

時空の裂け目の奥にポケモンの影が見えたという情報を受けて、警備隊と共にテンガン山の山頂にある異変の中心である山頂の神殿へ向かったデンボクを追いかけるために、カイへと声をかけに行くのだった。