日向雨
- ナノ -

ふくざつ

ヒスイの地で起きているいくつかの不可思議な現象。
コンゴウ団も数週間前にヒナツが管理しているクイーンもショウに収めてもらったが、コンゴウ団の管理しているキングは他にも居た。
暴れていたキング、マルマインの暴走を真なる力が目覚めただけだと認識して止めようとしていなかったツバキに代わってショウが収めた。
それによってコンゴウ団が管理しているキングの異常は収まり、空の裂け目から落とされた雷による異変はコンゴウ団としては収まった状況だ。

「ツバキ、あんまりセキさん困らせちゃだめだよ?」
「……ルネにまで怒られたのは久々だよ」

管理している場所からコンゴウ団の郷に戻ってきていたツバキは、あまり怒らないルネに久々にちゃんと怒られたことを少々気にしているようだった。
セキをアニキとして慕っているツバキにとって、ルネも幼少期によそからコンゴウ団に合流した年上の少女だったが、もう長い月日を過ごしてきたことでよそ者という感覚はなく、親戚の姉のような人だと思っていた。

「ツバキ、ショウちゃんに『アニキと仲良く話すなんて』って絡んでない?敵対心出てないか心配で」
「……どうして見てきたように言うんだよう」
「やっぱり。ほどほどにね?」

ツバキはセキへの敬愛や憧れが強過ぎて、時々部外者だとかセキが贔屓していると感じると当たりが強くなりがちな所がある。
諌めるのはセキ自身だったり、ルネであったり。しかし、セキの言うことを聞く所は素直だとルネは認識していた。
キャプテンを任されているポケモンでの勝負も強いツバキを破り、更にはキングにまで鎮玉を当てて正常に戻してくれたショウに、自分よりも随分年下だからこそ感心する。

(きっと誰よりも不安なはずなのに、ショウちゃんは凄いなあ。見知らぬ土地に来て、馴染んで……)

知らない土地に、知らない集落に馴染もうとする。
ショウよりもこの地に縁があった状態でもそれが如何に大変だったことを知っているルネとしては、ショウに尊敬の念を覚えていた。

「そういえば!アニキがゾロアークと来てたから流石に驚いたんだけどあれはどういうことだよう?」
「私にもちょっと分からなくって。ゾロアーク、ヨネ以外にはあまり近付こうとしなかったのに最近セキさんについて行こうとするんだよね」
「……」
「様子を見る限り、懐いたって感じでもなさそうなんだけど……」

ルネの不思議そうな様子と、セキとゾロアークの妙な距離感にツバキは察する。
ゾロアークがセキを見定めようとしているのだろうと。セキの判断や言動がルネを任せるに値するか判断しようとしているのだろう。
──生意気な、人嫌いのゾロアーク。
ツバキは何年経っても常に威嚇してくるルネのゾロアークが好きではなかったが、見知らぬ土地で天涯孤独となったルネを家族として守ろうと必死なのは理解していた。
孤独な者同士、コンゴウ団に預けられるまで身を寄せあっていたのだ。
ルネに危害を加えようとする、あるいは害を成す存在であるかどうかの警戒心は家族として非常に強いのだろう。

──つまり、アニキもゾロアークに試されてるって分かっててゾロアークを連れてる。

ルネとセキの関係の深さは、コンゴウ団に居れば誰もが察する所だ。
ただ、セキはセキでリーダーの責務を果たす何かを示してからではないと半端な状態で婚姻を申し出るのは駄目だと考えている。
そしてルネは、恐らくセキのことを慕い続けてはいるが、全員に慕われるコンゴウ団の長が元々イチョウ商会に属していた商人の娘と長では釣り合わないと思っている節がある。
セキがリーダーになった時点で殆どのしきたりは見直されているから本来立場等は気にしなくていいのだが。
ルネには自分を幸福にするための意識が恐らく低い。

「……まったく、ゾロアークもゾロアークで気難しいし、ルネもルネだよ」
「えっ、今ツバキに怒られた?」
「アニキを振り回すなんて……」
「ようツバキ、ルネ」

後方から聞こえてきたセキの声に、びくっとツバキの肩が跳ねる。
セキが婚姻を申し出る下準備を着々と進めているその決意を知らずに『セキさんの隣に誰かが寄り添う日が来るのなら受け入れよう』と。
身を引いて諦めようとしてるのは罪深いと文句を言いかけたのを聞かれていたら、不味かった。

「アニキ!げっ、ゾロアークも居るじゃないか」
「お帰りなさいセキさん、ゾロアーク。コトブキムラはどうでした?」
「どうやらシンジュ団にも雷に撃たれた最後のキングが居るそうでな、ショウが向かったらしい」
「ショウちゃんが向かったならきっと大丈夫だとつい思っちゃいますけど、ずっと彼女にばかり頼っても……って申し訳なくなりますね」
「オレ自身が解決してる訳じゃなくても、他人事どころか自分達の暮らすヒスイのことだ。十分にやれるだけのことは協力しないとな」
「……!はい!」

これを見て第三者だったら直ぐに気づくのに、どうして本人達はもどかしい距離感で居るのだろうかと、ツバキでも咄嗟に思考するが。
婚姻を結ぼうが、この二人のやり取りは変わらないのだろう。
そしてツバキとしては、リーダーとしての責務を果たして、示してから次の段階を踏もうとするセキの責任感に尊敬の念を抱くのだ。

「因みにショウちゃんが行ってる場所ってもしかして……」
「あぁ、ワサビが居る雪原だ。オレもワサビに移動手段でウォーグルの力を貸して欲しいって言うために行ってくるんだが……」
「……、……ゾロアーク、その……もう一度雪原に行くことになるけど、大丈夫?」

不安そうな顔で、ルネはゾロアークに雪原に行くことを確認する。
何せあの場所はルネの父が亡くなり、そしてゾロアークがゾロアだった頃に、他のポケモンに攻撃されて冷たい川に落ちて死にかけた場所だ。
二人が出会って、たった二人きりになってしまった悲しい思い出も詰まる場所。
ゾロアークにとっては故郷の土地になるが、家族を守るゾロアークとゾロアの集団の中から孤立してしまっていたのは、珍しい毛の色もあるのだろう。

ワサビがいる土地とはいえ、補給でよくキャプテン達の元に足を運ぶルネもあまりすすんで雪原には行かなかった。
ルネの事情を知っているワサビも自分でコンゴウ団の集落に物資を取りに来ていた位だ。
しかし、ルネの顔をじっと見つめてセキの方にちらりと視線を流すと、静かにゾロアークは頷いた。
幾ら最近セキと行動を共にしているからと言って、あまりすすんで行きたい場所ではない筈だ。

「そんなにセキさんに着いていこうとするなんて、ゾロアークも変わったね。嬉しいなぁ」
「……グゥ」
「ルネのそこがツバキとしてはやっぱりダメだよ」
「オレが言うのもなんだが、ルネにそれを言われるのはゾロアークとしては複雑だろうな」

セキがからっと笑い、ゾロアークが居心地悪そうにしている理由を知らず喜ぶ様子をツバキは冷静にダメ出しする。
ルネのことを思い、彼なりに人間を見定めようとしている中でその張本人が喜んでくれているのを見てしまうと、判断を甘くしてしまいそうになる、と。
そんな複雑な心境のゾロアークのことを察してあげて欲しいと、ゾロアークのことが得意では無いツバキでも思うのだった。


──空に出来た裂け目の原因も正体も何一つ分からず、不明点が多かったが。
暴走したキング達を鎮めるのは正しい行為であると、誰もが思っていた。
空の裂け目以上の天変地異が起きたのは、ショウがシンジュ団の管理するキングを鎮めた数日後のことだった。
空の色が突如、世界の終わりのような色合いへと変化したのだ。

何が原因でそうなっているのかは不明だ。
だが、何かのせいにして原因の説明と責任を背負わせたいのが人間の性なのかもしれない。
自分の口で説明できない不明なものを自然のせいにするのは、人は恐ろしいのだ。
次元の裂け目の空から落ちてきたショウが『キングを各地で止めることでこの現象を引き起こそうとしていた』とされて、コトブキムラを追放されたという話が耳に入ったのは、すぐの事だった。

「セキさん……それ、本当なの?」
「あぁ、どうやらコンゴウ団もシンジュ団も一部は本当にそうだと捉えてるせいて、うちで表立って匿うことも出来ない状態だ」
「……そ、そんな……」

ショウの人柄を知っているヨネでさえ、コンゴウ団として匿うことは出来ないと告げた程だ。
コンゴウ団の集落に連れて行けば、ショウに関する話を信じて恐れている人々が暴動のような行為を起こしかねない。
リーダーとして、セキも『コンゴウ団を説得し、コンゴウ団の集落にショウを連れてくる』ことは出来なかった。
何か言いたげに口篭るルネを見て、セキは彼女が自分と同じく考えであることを確信する。
──やっぱりオレの惚れた女は、責任感がありながらも、優しい人だよな。

「なあ、ルネ。オレも密やかに個人としてショウに協力しに行くつもりなんだけどな。周りには頼めないし無理を承知で言うんだが、ショウのこと、面倒見てやってくれねぇか」
「!勿論です。この異変を起こしたって……コトブキムラの追放の件、コンゴウ団でも囁かれてて……これまで鎮めてくれたのもこの為だなんて、そんなこれまで危険を冒して頑張ってくれてた女の子を裏切るみたいな考え方……」
「ルネは、どう思うよ?」

色付く空を見上げ、何時もと違う風が凪ぐ空気を肌で感じながら、セキは問いかける。
ヒスイの時が加速し始めている。しかし、もしかしたらヒスイはこのまま崩壊か何かを犯す手前なのかもしれない。
だが、ショウを見捨てるとそれこそヒスイは崩壊するという予感がセキにはあった。
それになにより、自分がこの目で見てきたからこそ、ショウのことを信じているという自分の中での確信だ。

「私は……ヨネとセキさんに手を差し伸べてもらった側だから。差し伸べられてなかったらきっと……イチョウ商会に居て、今の私とは全く違ってただろうから。ショウちゃんにそれをしたくはなくて」
「……」

──自分が手を引いていなれば、イチョウ商会に所属していた。
その言葉を噛み砕いて理解しきる前に、セキはぐっとルネの手を引いていた。
ここに居ない可能性を本人に口にされると。
手放したくなくなる。繋ぎ止めたくなる。居なくならないように、手を、掴んでおきたくなる。
突然抱き締められたルネはセキの腕が自分の背に回され、自分の頭が想い人の胸に預けられている状況に目を白黒とさせて固まる。

「あの時は何気なく同世代に声をかけたってだけだろうが、ルネに声をかけてて良かった」
「せ、セキさん!?」
「……ルネが居ないのは、有り得ないと思っちまっただけだ」

熱さがこもったその声に、ルネは動くことが出来なかった。
ぱっと身体を離して「ルネが居るならショウも安心するだろ!」と何時ものような笑顔でセキは笑う。
しかし何事も無かったかのように、ルネは流すことが出来ず。
煩く跳ねる鼓動を押えながら怪しく揺らめく空を視界に移し、無理矢理意識を逸らすようにセキの言葉に「そうならいいんですけど」と微笑むのだった。