日向雨
- ナノ -

へんかく

シンジュ団のキングが落雷を受けて暴れているという知らせが入り、それを解決すべくコトブキムラに両リーダー顔を出すようになった中で、異変はこの一件を皮切りに次々と起こり始める。
コンゴウ団にとって誤算だったのは、シンジュ団のキング・バサギリだけではなく、自分達が守っているキング達にも異変が起こり始めているということだ。
各キャプテンに対応を任せているとはいえ、現状では空から降ってきたと噂の少女、ポケモンを畏れずに接することの出来るショウの力を借りて鎮めている状況だった。

「アヤシシ様が雷に打たれなかったのは不幸中の幸いだったのかもね。セキさん、他のリーダー達も今大変なんだって?」
「あぁ、ヒナツがクイーンの件で思い詰めてたと図り切れなかったのはオレの落ち度でもあるな」

コトブキムラの近くの黒曜の平原。
アヤシシの背に乗ってゴンべと共に調査隊が作っていたキャンプ地に来ていたヨネと話していたのは、ヒナツの様子を確認しに来たセキだった。
クイーンのキャプテンを任され、バサギリと同じく様子がおかしくなっていたクイーンを何とかしなければいけないという責任感で思い詰めていた彼女は、ショウのお陰で心のつかえが漸くなくなった。
ギンガ団の技術に関心を持っていることもあり、コンゴウ団の集落から離れたコトブキムラの散髪屋で働き始めた様子を見に来たのだが、心配など無用だった程に、彼女は楽しそうにコトブキムラで過ごしていた。

「ルネもそうだが、最近のコトブキムラはオレ達にも割と寛容になってるというか……お互い、狭かった窓が広くなってるのを感じるな」
「そうだね……しかも、何だかんだ、異変が起き始めてから急速にね。ギンガ団のあの子の影響なのかもしれないけど」
「ヒスイの地に何かが起ころうとしてて、オレ達が世話をしているキング達にも何かが起きてるんだったら、コンゴウ団としても早急に解決しておきたいからな。立場とか、派閥とか……そういう固定概念よりも優先するべきことが出来てるからかもな」

空に裂け目が出来て、各地のキングを鎮める為に両団やギンガ団の力も借りながら奮闘するショウの存在で、ゆっくりと針の進みが遅くなっていたヒスイの時間が段々と加速しているような感覚を無意識に、セキもヨネも感じ取っていた。
雲が流れる空を見上げれば、相変わらず裂けた空の傷跡は目視出来る。
あれが一体何を齎すのか。それはこのヒスイに住まう人間には図ることは出来ない。
天変地異の凶兆か。
それとも、ヒスイを変革する切っ掛けなのか。

「ところで、気になってたんだけど……」
「ん?」
「何でルネのゾロアークだけがセキさんと一緒に居るの?こういうのもあれだけど……あたしはゾロアークと一緒に行動できるけど、この子、かなり気難しくてセキさんにもまだ警戒してなかった?」

ヨネはセキの隣に居る、普段居るはずのない紫苑の毛並みのゾロアークに目を瞬かせる。
基本的に、ルネのゾロアークはコンゴウ団の人にも懐くことはない。
過去に起きたことで、それだけ他のポケモンや人間嫌いが強いゾロアークだというのに。
ルネが不在な中でセキの隣に居るというのは、十年以上過ごす中でヨネにとっても初めての光景だった。
ゾロアークが唯一あまり警戒せずに言うことを聞くことがある人間が居るとすれば、それはルネが信頼している同性のヨネだったのだが。

「ちょっと色々あってな。オレの行動を見たいのか、ルネがコンゴウ団の集落に居る時は度々付いて来るようになったんだよ。代わりに、リーフィアは今ルネと居るが」
「ふーん?……あぁ、なるほどね。漸く本腰入れるようになったってことか」
「……、随分と見透かしてくるな、ヨネ」
「さすがに長年見てれば分かるよ。ルネを任せるに値する男かどうかっていうのを見極めたいんだろう、ゾロアーク」

核心をついてくるヨネに、セキは気まずそうに頭をかいて視線を逸らした。
本人達が何処まで相手の感情を把握しているかは不明だが、周囲からすればセキがルネに好意を抱いていることも、ルネがセキに対して長年尊敬と恋慕の感情を抱いていることも分かりやすかった。

しかし、幼馴染という関係性か。
それとも、ルネが『セキは皆に頼られるリーダーだから』という線引きをして身を引くようなあり方をしているせいか。
二人の関係が大きく変化することは、今日までなかったけれど。

(へぇ、ゾロアークもセキさんを認めだしてるってことなのかな、これは)

セキに対しては、人間嫌いという警戒心ではなかったことは、ヨネも何となく分かっていた。
ルネがセキを信頼して、慕情を抱いているからこそ『この男にルネを任せてもいいのだろうか』という疑心だったのだろうとヨネは考えていたが。
その関係性にも変化が見られ始めたというのは、やはりヒスイ全土を巻き込む異変が起き始めたからこそだろう。

「そしたらここが正念場だね、リーダー」
「まあな。一体何が起きようとしてるのか見極めるって意味でも、それからヒスイを守るって意味でもな」
「……もうリーダーは、リーダーらしいけどね」

――そこで『ルネを任せるに値する男として認められるために』という言葉ではなく、自然とコンゴウ団のリーダーとして視野で物事を考えている言葉が出てくる所こそが、セキが人々を導くリーダーたる資格があるということに、気付いているのはきっと本人以上に周りなのだろう。
昔は弟分だったセキが、こうしてコンゴウ団のリーダーを任せられるようになったのはセキの生まれ持った統率力と固定概念に捉われない新しいことも認める視野の広さ故だと、ヨネは頷き、ゾロアークの背中を撫でた。

「そうだヨネ、知ってたか?ルネが拾われる時、選択肢がシンジュ団も、イチョウ商会もあったって話」
「あぁ、なんかそんなことをルネが随分前に言ってたような気はするけど……コンゴウ団を選んだ理由は知らないね。……もしかしてセキさんが居たからかい?」
「からかってるだろ。ルネ本人に聞いたんだが、引き取られるよりも前にイチョウ商会の用事で来た時に、ルネに声をかけた同世代の子供が居たかららしい。それが、オレとヨネだった」
「……、覚えてなかったけど、そうだったんだ」

面倒見の良かったヨネとセキが、集落にやって来た少女に好奇心のままに偶々声をかけた。
たったそれだけのことが、ここまで人の人生を変えて自分達の縁まで大きく変えることになるとは、セキだけではなく、ヨネもまた思っても居なかったことだった。

「そっか、あたし達にとっては何気ないことだったって分かってたからこそ、言わなかったのかもね。……まったく、最高の親友だよ」

自分達と過ごす日々が、父を目の前で亡くして孤児になってしまった心に深い傷を作った少女を救った。
しかし、腫れ物に触るように接するのではなく、あくまでもセキやヨネが何時も通り、特別扱いすることなくルネに接していたから、彼女の欠けた心を埋めたのだ。
ルネの自分達への想いを噛みしめながら、ヨネはふと引っかかったことに指を口元に当てて思案する。

確かに今思えば、幼い頃のルネは喪った物の影響で心が欠けた所があったのかもしれない。
コンゴウ団で過ごすうちにそれは見えなくなってしまったけれど。
『もしもルネが、コンゴウ団に来なければどうなっていたのか』と。

「……でも、そうしたらルネに声をかけてなかったらどうなってたんだろうね」
「その話を聞いて、何度か思ったぜ。オレとヨネが声をかけてなかったら、今隣に居なかったかもしれないってな」
「何となく……あの子、付いて行く人に染まっていたんじゃないかって思うんだよ。ルネって素直だから。セキさんに引っ張られたから、下の子にも面倒見の良いお姉さんになったのかもね」

自分と居たから、ルネは今のルネになったのだというヨネの見解に、セキは目を丸くする。
欠けた心をその時に誰に、どんな感情や思い出で埋めて貰ったか。
それによって、きっと原石の色も、輝き方も大きく異なっていたのではないかと。

「それ聞いたら……最後まで、責任取らないとな」

――その言葉を、ルネ本人が聞いたら顔を真っ赤に染めて卒倒しそうだけど。
そんなことを考えながら、きょとんとした顔で見上げるゴンベと顔を見合わせて、ヨネは微笑むのだった。