日向雨
- ナノ -

かたがき

本当なら、リーダー自ら提案をしてくれたとはいえ、長の行動を縛ってしまうような提案を呑むことは団の一員なら、首を横に振るべきだったのかもしれない。
しかし、彼にあそこまで言わせて、厚意や心配を跳ね除けることは出来なかった。

怪我をしたことで暫くコンゴウ集落で安静にしている生活が二週間ほど続いた。
その間に話を聞きつけてヒナツやヨネ、ウォーグルと共に北上していることが多いワサビまで様子を度々見に来てくれたことは有難かった。
ギンガ団の人がお礼を改めて言いたそうにしているという話は耳にしたけれど、そこまで気を使わせるのは落ち着かない気持ちになる。

リーフィアが足元を嬉しそうに飛び跳ねて、そっと怪我をした足に頭を擦ってくれる優しさに思わず表情が緩む。
セキさんによく似て、心優しい穏やかな子。ゾロアークがヨネと同じ位に警戒をしない相手だ。
心配してくれているリーフィアの首元を優しく撫でて「もう大丈夫だよ」と声をかける。

「もう普通に歩けるようになったけど、今日はちょっと骨が折れるね。カンナギ山道は険しいから」

ツバキがキャプテンとして駐在している場所は、カンナギ山道を登っていった先。カンナギ寺院跡のすぐ近くだ。
標高が高く、酸素が平地よりも薄い場所で、そのまま神殿へと登っていくと、雪がちらちらと降っているような寒い場所だ。
更には物資を運びに行く場所の中で最も往復に疲れる場所ということもあって、多めに運んだり、ツバキの方から集落に取りに来てもらうようにしている。

「ルネ、行くぜ。準備は大丈夫か?って……」
「どうかした?セキさん」
「いやいや、そのリュックはオレが担ぐべきだろ」
「!?ただでさえ同伴してもらってるのに、そこまでしてもらう訳には」

何時ものように背負ったのは、父から受け継いだイチョウ商会の古いリュックサックだ。この中に物資などを入れて届ける。
こればかりは自分の役割。そこまでリーダーにさせてしまったら私の務めは。そんな風に戸惑い、首を横に振るけれど、手がすっと伸ばされて。
リュックの肩紐に手が触れた瞬間に、肩口に手が当たった感触にびくりと身体が跳ねて固まっている間に背中の重みが無くなる。

──吃驚した。肩紐を取るためだけなのに、どくどくと鼓動が煩い。

「……」

何故か、彼も驚いたように目を丸くしていた。しかし、その表情が見えたのも一瞬で、軽々とリュックサックを持ち上げて背負ってしまう。

「わっ、セキさん……!」
「重い物はゾロアークに持ってもらったりしてるとはいえ、無茶すんな。オレが一緒に行くんだから、存分に頼っちまえ」

伸ばした手を退けるように翳された手の平は大きくて、筋肉の筋が薄く見える逞しい腕に、力強い男性を意識して、目を逸らす。
何処までも格好良いリーダー。名実共に、そんな言葉が似合うような人。

湿地帯を抜けず、コンゴウ集落から北上して山道を登っていけば、ツバキの居る場所にまで紅葉まであともう少しといった季節だ。
山道は険しいけれど、度々彼が振り返って話しかけてくれるおかげで気付いたら緊張は解れて何時も通りになっていた。

「ツバキ!」
「おや、ルネ……だけじゃなくてアニキまでどうしたんだよう。もしかしてこのツバキが心配で見に来てくれたのかい?」
「よう、ツバキ。見に来たってのは確かだが、オレが心配してたのはルネだっての。怪我治りたて山道来てるんだぜ?感謝しろよ」
「ああそうだった。流石に聞いた時は驚いたよ。そのゾロアークも別に弱くはない筈なのに……ひっ!どうしてお前はそうツバキに威嚇してくるんだ!?」

野生のポケモンに負けたのかと言われていると思ったのか、ゾロアークはぎろりとツバキに鋭い視線を向ける。
セキさんに対しても警戒心を解かないゾロアークだけれど、ツバキとのやり取りを見るたびに彼に対しては『認めているけれど、認めたくない気持ちが二律背反だ』という態度なのだと実感する。

「今後、ルネがおまえの所に行く際はオレも来ることにしたから宜しくな。この辺りはヨネやヒナツん所と違って、襲い掛かってくるポケモン達も強いからな」
「……ルネがアニキに提案したのかよう?」
「ち、違うの。私が怪我したからってセキさんがそう言ってくれて。各キャプテンの様子を確認しに行くタイミングで物資も届けるようにしようって提案してくれたから……一緒に今回、来たわけで」
「へぇ、アニキがそんなことを」

ツバキは彼を兄貴分として慕っているから「アニキを使うなんて」と言われかねないと予測していたもののツバキの反応は案外、柔らかいものだった。
「ツバキの所に荷物を置いておくね」と声をかけながら、セキさんから受け取ったリュックの中から物を取り出して、リーフィアと共にコンゴウ織の風呂敷に包む。


「……、もっとツバキなら文句言ってくるかと思ってたが」
「アニキにはそんじょそこらの何処の馬の骨かもわからないやつはこのツバキが認めないけど、ルネなら認めているんだよ。ルネがアニキに同行しろって言ってたら馴れ馴れしいって言ったかもしれないけどさあ」
「おまえがそういうのも珍しいよな」

ツバキの言葉に、セキは『ルネに対して特別な好意がある訳ではない』とは否定しない。
何せ、コンゴウ団の団員に察してもらっているように、特別な感情があるのは事実なのだから。誰か別の人間と二人組で仕事を任せるようにするとか、やり方は他にもあった筈だが。
自分が同行をする選択をしたのは、ルネの為以上に、自分の為であることをセキは自覚していた。

「アニキの好意にも気付かずに呑気なルネには、正直腹立たしいけどね」
「ぐるるる……」
「ツバキやめとけ。あんまりルネを困らせるとゾロアークに引っかかれるぞ」
「……ルネのゾロアーク、どうしてこうもこのツバキに攻撃的なんだろうね。まったく、ルネに対して唯一尽きない不満だよ」

(……気付かないというより、リーダーだからって遠慮されてるような気はするが)

度々、団員にもお前らの頼れるリーダーだと自称することはあったが、セキの記憶にはリーダーだから頼ってほしいという言葉をルネに言ったことはなかった。
リーダーという肩書だからではなく、セキという男として頼って欲しいという意識の表れだった。

──もっと直接的な言葉で好意を伝えてしまって。
婚姻を結んでしまえば話が早いというのは理解している。
きっと今伝えても、彼女は戸惑うだろうけれど、承諾してくれるような予感はしている。

だが、意識させて意識させて。
関係を結んでから愛を育むのではなく。
恋に落ちきった所で、遠慮をしても意味がない程の愛情を注ぎたいのだから。



──このヒスイ地方には、実に多くの神話や伝説が遺されている。
かつてシンオウ様と共に戦った末裔のキングが居る話もそうであるし、おそらくシンオウ様以外にも伝承として語り継がれていないことが多くありそうだと実感する遺跡は各地に点在している。
ツバキが守っている場所の近く、カミナギ寺院跡もそうだ。
崩壊して屋根が崩れて柱だけになっている部分も数多くある寺院跡。人が居たらしい痕跡はあるけれど、今はもうポケモンが多く根付いている場所――無意識にちらりと寺院の方へ視線を移して、目を開いた。
普段誰も寄り付かないような場所に、人が居たのだから。

「ウォロさん?こんな所でどうしたんですか」
「あれ?ルネさん。それにルネさんだけではなく、コンゴウ団のセキさんまで」
「イチョウ商会の。確かにこんな所に……商売か?こんな所に」

イチョウ商会のウォロ。
遺跡巡りが趣味だと言っていた記憶はあるが、まさかテンガン山の麓にあたる辺鄙な場所まで足を運んでいるとは誰も思わないだろう。
好奇心故に、あまりポケモンを連れずに野生のポケモンが多く生息する場所に足を運んでいるイチョウ商会の人を見ると、父の件が脳裏をよぎって心配になってしまう。

「ジブンは遺跡巡り中ですよ。ここには多くの物が残されていますから」
「わざわざこんな所まで……あぁ、そうだ。ウォロさんにまだ直接お礼を言えてませんでした」
「お礼?」
「前にオススメだと言ってくれたかいふくのくすり、持っていたお陰でゾロアークも大事に至らなかったので、ありがとうございました」
「ルネさんがケガをされたという話はツイリから耳にしてましたが……成程、役に立ったなら何よりです!今後ともご贔屓お願いしますよ」

何時ものように朗らかな笑顔を見せて「怪我も治ったようで何よりです」と言ってくれるウォロさんだけども。

一瞬だけ開かれた驚きに満ちた表情は何だったんだろうか。
まるで、貴方のお陰で助かったという言葉を言われて慣れていないような、そんな顔。

彼にとっては商売だったかもしれないが、口車に乗って薬を買っていたお陰でゾロアークも無事に済んだことは事実だ。
トゲピーを抱きかかえて、そのままカンナギ寺院跡の方へと下山していく彼の背を見送るが、やはり仕事はしていないらしい。

「あいつ、商人なのに人が居ないこんな所に来てて、仕事はちゃんとしてるのか……?」
「ギンナンさんは少し諦めてるって言ってたけど、確かに言い方を変えればサボり中なのかも」

仕事をよくサボるという話は耳にしていたが、実際にその現場を目撃してしまうとイチョウ商会に言うべきか、それとも黙っているべきか少し悩んでしまう。
ウォロが見上げていた、壊れて台座部分しか残っていない像。
どんなポケモンが像になっていたかも分からないけれど、少しだけ、胸がざわざわとする感覚を覚えるのだった。