Queen of bibi
- ナノ -

The Egoist Queen


あんなにも興奮して、涙を流した一日はあっただろうか。大舞台で彼らがライブを行えたことにも既に涙腺に来ていたが、Trickstarが起こした奇跡に鳥肌が立ち、夢のような一瞬だったけれどもあのサイリウムの輝きは紛れもない現実だった。
北斗が帰って来て、Trickstarは新星の煌めきを見せてこの時の止まった夢ノ咲の時間を動かしてくれた。

呆然とその様子を見詰めて放心していたが、スバルがあんずを舞台に引き上げた後に、そんなことは絶対にしないだろうと思っていた北斗が自分の手を引いてくれて本当に心から嬉しそうな笑顔で「ありがとう」と言ってくれたことは忘れない。
DDDはこうして閉幕し、全てのユニットが自由にライブを行えるようになったのだ。それは真の意味で実力主義になるということだが、余りに窮屈な時を過ごしてきた生徒にとっては幸福なことだった。


この日の放課後、名前は司に連れられて空き教室へと向かっていた。Knightsが使用している何時ものスタジオやレッスンルームではないのはKnights、と言うよりもリーダーの瀬名泉がDDDのペナルティで暫くライブに関わる活動は一切禁じられた。


「お姉さま、貴重なお時間をありがとうございます。我々KnightsもDDDで印象が悪くなり、作戦を練っておりましてお姉さまの知恵をお借りしたくて。お忙しそうな所に声をかけて大丈夫でしたか?」
「あはは、プロデュースして欲しいって頼まれるのは嬉しいんだけど、ちょっと身が持たなくなりそう……」


あんずだけだと思って油断していたのだが、DDD以降はやはりそういう訳にはいかず真緒に助け出されなかったら揉みくちゃにされていたかもしれない。司に声をかけられてなんとか言い訳を付けて教室を離脱してきた。
案内された教室に入ると、基本的にライブのレッスン以外にあまり一緒に行動をしないKnightsのメンバーが珍しく揃っていて、そこには泉が不機嫌そうな顔をして椅子に座っていて名前の顔を見ると眉を潜める。揃っているとは言えども、一人連れて来られたのかは机に突っ伏して熟睡しているのだが。


「ありがとうねぇ、司ちゃん。名前ちゃんに伝えようとしたけど、囲まれちゃってたから」
「ううん、それはいいんだけど……私に出来ること、あるかな……」
「へぇ、俺がライブ活動出来なくなってどうするかっていうのを名前も交えてどうするかって?フン、勝手にやってよねぇ。大体俺を放って置いてなるくんたちがやればいいでしょ」
「あらそんなのだめよ。それに、ライブ活動以外となるとアイドルに詳しくない方がアイデアがあると思って呼んだのよ」
「お姉さまの実力は瀬名先輩もご存じでしょう?」


司の過大評価に名前は無言で首をぶんぶんと横に振る。DDDにおいてはちゃんとしたプロデュースは出来ていないし、Trickstarの実力のお陰で掴んだ勝利だった。当然、名前は自分の舞台が撮られたDVDを泉が見ていたことを名前自身は知らない。しかし、泉がその映像と現在の彼女を見て気になった違和感を問わずにはいられなかった。


「かさくん達は名前を美化して綺麗事を言い過ぎなんだよねぇ」
「泉ちゃん?」


泉は名前をじっと見据えて、鋭く切り込んだ。
それは今まで誰も触れて来なかった名前の過去、演劇科で彼女が積み上げてきたものだった。


「名前は俺達みたいな固定したチームは無かったみたいだけど、その中で随一のエゴイストだったってことでしょ。舞台を整えて役者を完璧に仕上げて他のチームを蹴散らして圧倒してきた」


このアイドル科にもかつて同じように完璧な舞台を整えてそれを一方的に見せるだけだが芸術性で王者となっていたユニットが存在していた。しかし糸が切れて崩れてしまった彼らと似たような危うささえ感じると泉はDVDに収録されていたPVを見て思っていたのだ。
別にライバルを蹴散らしてトップに立つことが悪いことではないし、寧ろその位の気持ちが無ければ芸能界を生き抜いていけないことーー一年前の夢ノ先学院で残られなかったからこそ泉はよく知っているし、否定するつもりは無い。


「ただ、運良く摩耗して潰れる前に舞台から降ろされて逃げられた女王サマってだけ。駒を完璧に操ろうとして、突然居なくなったせいで道に迷ってる奴らも多いんじゃないのぉ?ま、そんな人に依存して成果を上げようとする奴なんて生き残れないけど」
「瀬名先輩!それは聞き捨てなりません!」
「……ス〜ちゃん、しー」
「しかしっ!」


泉の罵倒に司は険しい表情に変わるが、それを遮ったのはそれまで眠たそうに机に突っ伏して目を瞑っていた凛月だった。
泉が誰を思い浮かべながら名前にその言葉を投げかけているのか、一年前の時をもう一人と泉と共に駆け抜けて来た凛月にはよく分かっていたのだ。

王が居なくなってから没落した騎士と囁かれていたKnightsという場所を必死に、傷だらけになっても守って来た。王が何時か還って来る時を信じ、騎士としての誇りを胸に剣を手に取り続けた。
壊れてしまった彼と、壊れる前に別の場所へと舞台を移した彼女。性格も信念も、やり方も恐らく両者は全く異なる。しかし泉も他人事と切り捨てきれないのだろう。


「なのに表舞台の自分は中央に、戦場には立たないで後ろに控えて戦況を操る。随分と傲慢だよねぇ。皇帝と違って別にどんな手段を用いても上り詰めるってことではなかったみたいだけど、周りを巻き込んででも完璧を求めようとした」
「……」
「その貪欲さがその頃のアンタに比べて欠けてるのに、俺達を今の名前にプロデュース出来るわけぇ?」


それは核心を突く、挑戦的な言葉だった。
周りを巻き込んででも完璧な演劇を作り上げようとしたことで結果は得たけれど、今の名前は後悔している。貪欲さは失われている。そんな生半可な状態になっているのに果たしてユニットのプロデュースを出来るのかーー疑っているというよりも試しているようだった。

名前は唇を噛みしめたが、過去の自分に向き合うことを何となく避けていた名前には身に染みる忠告であり、叱咤であった。心配そうな顔をして立ち上がろうとする嵐に首を横に振って、名前は泉に近寄り、今まで目を逸らしていた彼と目を合わせた。


「……そうですね、悔しいけど瀬名先輩の言ってる通りです。あそこは死ぬ気で守り抜いた居場所と言うよりも、私の自己満足を実現する為の場所だったのかもしれません。だから、何のためにあんなに必死になっていたのかも、明確なことは言えません」
「名前ちゃん……」
「……けど、私は人を輝かせる舞台を整える事に妥協はしない。絶対に。その為なら例え血を流したって、そのステージで輝く人達を見届けるまで私は降りない」


このプロデュース科に編入してから自然と塞ぎ込んでしまっていた名前の強い意志と信念に、泉は口角を上げて笑った。
評価に驕って自分自身が神さまのようだと思い込むことは無く、常に自らを磨きあげて戦い抜く騎士としての心も持ち合わせている。それが名前が無数のアイドル達や役者の影に隠れてしまおうとしていたことで見せて来なかった心の声なのだろう。

名前の表情もふっと緩み、泉は少々口が悪く誤解される問い方をしてしまったが、名前の本心を暴こうとしていたのだと気付いた司は彼の観察眼を純粋に尊敬し、本音を吐き出させてくれたことに感謝を覚えながらも、しんと静まり返った静寂の中、声を上げる。


「瀬名先輩に一つだけ反論させて頂くとーー彼女がもし女王だったとしても、それは騎士と共に剣を手に取り、涙も血も共に流して鼓舞する優しい女王だということです。それを、DDDで、見せ付けられましたから」
「……」


静かなその声音に滲むのはライバルに先を越されてしまった悔しさと、出会った時から彼自身が見て来て抱いた名前への絶対的な信頼だった。
司の胸を打つような言葉に目を開きぐっと込み上げてくる感情に拳を握り締めて小さな声で「ありがとう」と呟くと、司は名前を振り返って柔らかく微笑んだ。

例えまだ出会って間もないといえども信頼してくれている彼に、自分を救うような言葉をかけてくれる紳士な後輩に、感謝せずには居られなかった。

「ふぅん、新入りが言うようになったじゃん。ちょ、なに!?」

自分の発言に文句を付けて来た司に視線を移していた泉の制服の袖を名前はぐいっと引っ張ると彼は驚いたのか目を開いた。


「でも私は未熟です。だから教えてください。最高のアイドルという像を、パフォーマンスを。それは瀬名先輩達が教えてくれると思っていますから」
「……ちょっと、そういうの調子狂うからやめてよねぇ。フンッ、大体自分の引き際と一線を見極められなかったアンタの実力不足もあるんだし」
「ふふ、照れ隠しねぇ」
「はぁ!?なにアホなこと言ってんのこのクソオカマ!」


名前が初めて泉に対して口にした敬意に照れたのか言葉を詰まらせ、ふいっと顔を逸らして皮肉を並べる。
そんな素直じゃない何時もの彼らしさに嵐は安堵したような表情を浮かべて笑みを零しながら「酷いわ〜」と零す。
そんな三人の様子を見ていた司は正直名前にそう言われる泉に対して羨ましさを覚えていたが、僅かに首を持ち上げて欠伸をした凛月に「ス〜ちゃん」と声をかけられて凛月に視線をやる。


「凛月先輩?」
「セッちゃんはさぁ、俺以上にもっと近くで壊すものも、壊れるものも見て来たから黙ってられなかったんだろうねぇ」
「……?」


一年前の名前も自分を世界の中心と、神さまになっていると思っていた訳ではない。傲慢で、傲慢になり切れなかった彼女は周囲を気にして自責の念にも駆られていた。だからきっとこれ以上あそこに居たら泉の言う通り潰れていたかもしれない。
だから名前がプロデュース科に来たことは転機だったし、いつの間にか置き去りにしてしまおうとしていた情熱と誰かと共に作り上げる世界を再び掴めたのだろう。

嵐に茶々を入れられて怒る泉は「言っておくけど、暫くは活動自粛だから」と逆ギレをしながら名前に重ねて言っていたが、これも彼の照れ隠しの一つなのだろうかと理解した名前はくすくすと笑いながら分かりましたと頷いた。


それから暫く雑談のように何のイベントに参加するかを話していたが、名前は時計を見るとあっと声を上げて慌て始める。


「そろそろ、ちょっと行かなきゃいけない所があって……ごめんね、いいかな?」
「帰るの?」
「ううん、このあと学内バイト入れてて……」
「学内バイト?なんで?俺達、資金には困ってないけど〜?」
「うーん、他のユニットで衣装代とかで足りない資金はちょっと補おうと思って」
「はぁ?資金が足りなくなるような下手なやり繰りのユニットは助けるだけ無駄だと思うけどぉ?……そんな事する位だからアレとは違うか。お人好し過ぎて別の意味で潰れるんじゃなぁい」


泉の指摘にやはりこの人は手厳しくて気難しいと思いながらもそれが相手を想っての辛辣な指摘であると考えるようにして、苦笑いをする。Knightsは強豪ユニットというのもあって資金は潤沢だ。しかし他のユニットはこうもいかないから必要になった時があるだろうし、その時に少しの手助けも出来ればいいという思いだった。


「というより、働いてから帰るって時間大丈夫なの?」
「北斗くんたちに送り迎えするからって言われてるけど、正直世の中遅い時間に帰る学生なんていっぱい居るから大丈夫だと思うんだよね……」
「あー……ま〜くんも名前が一人で帰るんだよなーとか、そんなこと言ってたかも」
「まさか、Trickstarの方々に!?」
「ゆうくんと帰るって!?」


そうは言っていないのに目の前に迫って来る泉に今日一の恐怖を覚えて後ずさるが、彼に肩を掴まれて揺さぶられる。
彼の前で軽率に遊木真の話だけはしてはいけないと心掛けていたのにまさか自分から勝手に連想されるとは思わなかった。その目は嫉妬に燃えていて、このまま殺されるんではないかと錯覚する位の勢いだった。


「はぁ!?いい!?ゆうくんに送り迎えさせる位なら俺に連絡入れてよねぇ!バイクあるし、アンタくらいなら送って行けるし」
「えっ、ちょ、結構で……」
「煩いよ!ゆうくんと二人きりにさせるとか死んでも嫌だし。チョ〜うざぁい!」
「なっ、瀬名先輩だけ狡いです……!」
「かさくんは送迎があるじゃん。というか、名前がゆうくんを連れてくる可能性も……ふふ、ふふっ」
「私はお姉さまを瀬名先輩よりも安全にお送り出来ますが……?」


一体彼らは何を争っているのだろうと凛月と嵐は顔を見合わせるが、明らかに争点がずれていることは確かだった。
泉の動機は完全に真と二人きりにさせるのを阻止する、及び彼との接触の機会を増やすためだ。対する司は完全に好奇心と紳士さ故に、そして子供らしい独占欲からだろう。しかし如何せん彼は徒歩で登校していない。言い争う二人の後ろでそろりと抜けた名前は凛月と嵐の後ろに隠れて「帰っていいかなぁ……」と呟く。


「寧ろ名前は俺を家まで運んでほしいんだけどなぁ〜。朝はま〜くんに運んでもらうけど、夜は俺一人で帰んなくちゃいけないし」
「凛月くんは趣旨変わってるし、夜は元気でしょ……」
「名前ちゃん、アタシもバイク乗れるから本当に遅くなった時は送って行ってあげるわ」
「ううっ、嵐ちゃん……!」


完全に話にまとまりが無くなって、こんな事態になるなら大人しく北斗の言うことを聞いておけばよかったと頭を抱えるのだった。