Queen of bibi
- ナノ -

stardust joker


「スバルくん、ごめんね。あまり、力になれなくて……」
「そんなことないって!」
「一応話を聞こうと思ってはいるんだけど……何だか、上手くいかなくて」
「ううん、君のおかげで俺も頑張ろうって思えるから。独りじゃないって教えてくれてありがとう」


Trickstarがバラバラになってしまい、練習に来るのはスバルだけだった。あんずはあんずで覆面アイドルとしてTrickstarが形だけでもDDDに参加できるように頑張っている。
それは他のメンバーが帰って来てくれるまでの時間稼ぎだ。しかしスバルとあんずを中心に、彼らは再び戻って来て光り輝いてくれるのではないかと期待をしてしまう。

その為には自分が彼らとは別の切り口からTrickstarを再集結させようと奔走していたのだが。
真緒とは同じクラスだし、北斗とは同じ部活の繋がりもあってあんずとは別に声をかけようと努力はしているのだが、避けられてしまうのだ。

皆が帰ってくることを信じて彼の部活の部長である守沢千秋の助けを受けて一人でレッスンを続けているスバルに、胸が痛くなる。このままでは本当に人数不足でTrickstarが出場さえ出来なくなってしまうし、新星の彼らの輝きが失われてしまうのではないかと。
確かに生徒会長の話を呑んだ方がアイドルとしての将来性があるとは分かっているのだが。

「それにしても真くんは、どこに行ったんだろう……Knightsも瀬名先輩が偵察するなって睨みを利かせてくるから近付けないし……」

なにも、出来てないなぁと気落ちしてしまう。
勿論Knightsの練習風景を見ていても、偵察内容を他のユニットにバラすなんてことはしないけれど、泉が警戒するのは当然だろうと名前自身も分かっていた。一応あんずと共にTrickstarに協力していると認識されているのだから。

重たい足取りで教室へと向かおうとしていた時、探していた後姿を見付けて目を開き、咄嗟に駆けだした。


「北斗くん!」


そこに居たのはfineに移籍してしまった北斗だった。
一瞬動きを止めた北斗は名前の声に振り返りかけたが、溜息を吐くとそのままわざと無視を貫いてその場を立ち去ろうとする。
しかしその背中が新たな仲間を得た筈なのにあまりにも孤独で、苦しそうで。その姿を見たら避けられていることの哀しさなんて本当にちっぽけなものではないかと感じてしまうのだ。


「聞いてくれるだけでいいの。北斗くんが新しい場所でアイドルとして楽しく居られるなら、私だって嬉しいよ。理想ばかり追っても、現実は、人は着いて来てくれなかったって私も分かるから」
「……」
「でも、私は"Trickstarの北斗くん"に声を掛けてもらってから色んなものが変わった。楽しい夢みたいな時間だったし、本当に輝いてた」


fineとして新たな目標を持って高みを目指し、北斗がその環境で幸せそうならば引き止められないし、寧ろ応援するべきだろう。
けれど新米過ぎるプロデューサーにもかかわらず、演出家としての腕を見込んで一つのユニットをプロデュースしていく切っ掛けを作ってくれたのは他でもない同じ演劇部員の友人で、Trickstarの要だった氷鷹北斗その人だ。冷静に見えながらも胸の内に情熱を秘めている彼のお陰で夢を、満天の輝きを見させて貰った。


「だから、勝手だって分かってるけど……待ってるよ。何があっても、北斗くんがどんな選択をしても」
「……っ」
「じゃあ、またね」


何となく最後は自分が勢いで言ってしまったことが照れ臭くて、北斗にそれだけ伝えると、踵を返して駆け足で立ち去った。

北斗がこの時どんな顔をしていたかーー何を悩み、葛藤していたかのかは名前に全てが分かる訳でもない。しかし、何も応えなかった北斗の中で、何かが救われて、小さな波紋を起こしていたことを廊下を駆ける少女は知らなかった。


ーー迎えたDDD初日、本当に覆面を被ってTrickstarの衣装を着てスバルと共にDDDに参加することを決めたあんずは緊張しているというよりも腹を括った様子で、こういう肝の座った所は感心してしまう。
出遅れてしまったせいで残っていたライブ会場は人の数もまばらな隅の方の目立たないステージだった。UNDEADが別の場所でライブをしている間、二枚看板の内の一人である零はスバルを心配して様子を見に来てくれたのだが、そこに現れた相手のユニットに、名前は思わず息を呑んで、言葉が出て来なかった。


「昨日ぶりですね、おはようございます。お姉さま」
「お、おはよう司くん……じゃなくて、Trickstarの初戦って……」
「そう、アタシ達三人よ」


スバルの意気込む姿に目を輝かせながら小路から出て来たのはKnightsの面々だった。しかしそこにリーダーである瀬名泉は居らず、嵐と司、そして非常に気怠そうな凛月しか居なかった。
DDDに向けたKinghtsのレッスン内容は全く把握出来ていないが、Trickstarの一員である遊木真が移籍をしたという話は流石に耳に入っていた。泉が強く引き抜きを希望していたようで、今は新人である真にマンツーマンでレッスンを行っているということだが、Kinghtsのような強豪ユニットがこんなにも目立たないステージを選んだのは理由があった。

早々に、真の帰る場所になり兼ねないTrickstarを早々に潰しておきたいという泉の策だったのだ。


「瀬名先輩、まさかそこまでするなんて……」
「アタシ達も本当はこんなことしたくないのよ?でも泉ちゃんがちょっと暴走気味でね?威風堂々と敵を華麗に蹴散らす、それがアタシ達Knightsって名前ちゃんもよく分かってるでしょ?」
「えぇ、お姉さまにはこれがKinghtsの総意だとは思ってほしくは無いのです。我々は騎士道を重んじております。もし幻滅されてしまったのなら私としては弁解をさせて頂きたいのですが……っ」


名前の表情からKinghts全員に対して卑怯だと引いてしまったのではないかと急に慌てたように司は弁解するが、彼らが真の帰る場所を失くすためにTrickstarを潰そうとする訳は無いと分かっていた。


「流石に司くんと嵐ちゃんがそういうことを考えるとは思ってないよ。えーっと、凛月くんは正直怪しいけど」
「酷いなぁ〜俺って信用ないわけ?まぁ騎士道とかどうでもいいんだけど、後腐れが無い方がいいからね〜」
「凛月くんってちょっと狡いけど、邪道ではないからね」
「ふふっ、よぉく俺のこと分かってていい子いい子」


二人が親しく話す様子に零は興味深そうに関心を示していた。人と距離を置きがちで自分の環境を広げようとはしない凛月が、編入してきて間もない名前と親しくしている方だとは話に聞いていたが、想像していたよりも早く深く気を許しているように映ったのだ。
どうしてだろうかーー零は名前を見るが、彼女はプロデューサーとしてもあんず程目立った所はない。実力という意味ではなく、一歩後ろに下がって過小評価をする控えめな存在感だと思っていた。
しかし、この様子を見る限り案外そうでもないのかもしれない。

そして考え込む零に対して、凛月は心底不快なものを見るような目で見ながらも、兄者、と声を掛ける。

「兄者はセッちゃんと新人の居る場所、大体の場所は当たりが付くでしょ?」

何故凛月がわざわざ泉と真が居るだろう場所にスバルが行く事を後押ししたのかーーそれは良心ではなく不戦勝を狙った狡賢さだったが、零が割り出した監禁場所を教えてもらい、あんずをステージに残してスバルは「絶対にウッキ〜を連れて帰って来る!」と満開の笑顔を見せて校舎内へと駆けだした。

何時だって希望を失わない星とはまさに彼のことかもしれない。
あんずはステージに立っているし、スバルは真を探しに行った。このまま自分だけが何もしない訳にはいかない。もう間もなくステージは始まってしまうーー零に「ここを少しお任せします」と丁寧に断りを入れてその場を離れようとした名前に、凛月は不思議そうに首を傾げる。


「名前は行かない方がいいと思うんだけどなぁ、セッちゃん苦手でしょ?それに、俺達なら優勝も出来るって言ったじゃん」
「それでも私はプロデューサーになったんだから。誰だろうと、アイドルが輝けるステージを、居場所を、整えてあげたいの」


今はここに居ないTrickstarが全員揃って舞台に立ち上がるまでを見送りたいのだ。ステージに立って沢山のお客さんを魅了したいという思いは、全員誰しもがある筈なのだから。それを叶えてあげたかった。
名前はステージを離れて駆け出した。その後姿を複雑な表情で見送っていた司は、マイクをぎゅっと握り締めて「お姉さまらしいですね」と苦笑いをした。

一方駆け出した名前は辺りを見回しながら、ある電話番号にかけていた。何となく躊躇っていたけれど、今は迷っている場合ではない。
数回無機質なコールが鳴り響いたが、その音が止んだ。通話が繋がったと同時に聞こえて来た真緒の「名前か!?」という声に、安堵のあまり胸を撫で下ろした。


「真緒くん!よかった、繋がった……!」
「名前、ほんと、無視してごめん。俺、お前に裏切り者だって言われるのが怖くて……今更過ぎるけど、やっぱり俺はTrickstarの一員だからさ」


あぁ、そっか。同じ生徒会の敬人がリーダーを務める紅月に誘われていた真緒だったが、彼も生徒会とTrickstar、そして短い青春とアイドルの未来に板挟みになって葛藤の末、Trickstarの一員であることを選んでくれたのだ。


「そっか……でも心配かけた分はたっぷり返してもらわなきゃ」
「はは、任せとけって。今ステージに向かってるよ!ただ、ステージが多過ぎてどこに行けばいいんだ!?もう直ぐ始まるだろ!」
「場所は……」


真緒に正確な場所を伝えると、暫くしてからTrickstarの衣装を身に纏った真緒が走って来たのが見えて、大きく手を振って彼の名前を呼ぶ。
仲間が一人帰って来てくれたーーそれだけでもスバルが独りで練習場に居た姿を見ていた身としては泣きそうになってしまうのだ。


「真緒くん、おかえりなさい!」
「あぁ、ただいま」


心配かけてごめんとバツが悪そうに、しかし吹っ切れたのか清々しく笑う真緒に安心した。
ステージに戻ってくると開始時刻間際で、名前は背中を押して真緒をステージに送り出す。振り返った真緒は口パクでサンキューな、と伝えると、ステージで向かい合うKnightsと対峙した。来るとは思っていなかった彼の姿に一番表情を変えていたのは幼馴染である凛月だった。


「げ、どこか行ったと思ったら、ま〜くん連れて来たのー……?」
「スバルたちが戻ってくるまで、俺が相手をさせてもらうぜ。遠慮はしてくれんなよ、凛月っ」


ーーそして真緒が時間稼ぎをしている間にスバルは泉を撒いて真を救出し、三人が揃ったライブパフォーマンスは北斗が居ない分完璧ではないとはいえ、久々の再開に嬉しさが弾けて人々を魅了するパフォーマンスとなる。
Kinghtsは目に見えて個性が強過ぎるあまりに、何時もは洗練された高い完成度を誇るというのに、今日はばらばらだった。主な原因は日中の予想以上に長引いたライブで凛月が体調不良気味になってきたのと、合流した瀬名泉の監禁行為がバラされたことで印象を悪くしてしまったことだった。
そして何より、この場所に居る客はあんずとその弟が連れて来た客だ。

結局虹色に光るペンライトはTrickstarの色に輝き、強豪ユニットKnigthsを下したのだ。

Trickstarが三人になって一回戦を突破出来たことは嬉しくあったが、相手がKnigthsだったというのは複雑な気分だった。
彼らとも親交がある分、最初からTrickstarのファンになってくれる可能性の高い客ばかり呼び込んでいたのは不公平だったのではないかと後ろめたさも覚える。それを言うならばメンバー三人を欠いた状況ーー更には相手にメンバーの一人を監禁された状態でステージに立ったTrickstarの戦力を考えるとそれも不公平であるのだが。

ステージを降りたKnigthsに何と声をかけるべきかーー寧ろ憐れんでいると不快にするなら声をかけない方がいいのではないかと迷っていると、汗を拭っていた司は名前の元に歩み寄って来た。


「格好悪い姿を見せてしまいましたね。お姉さまのlessonもあって成長したとは思っていましたが、まだまだですね」
「……司くん、格好悪くなんてないよ。Knightsのライブを生で見たのは初めてだったから、何だか嬉しくて。ありがとう、もっと見たいって思わせてもらえて」
「……、お姉さまはやはりお優しいですね。楽しませられるように、お姉さまのproduceで何時か最高のperformanceが出来るように努力致します」


険しい表情を緩めた司にほっと安堵の溜息を吐いて悔しそうな顔で完全に疲れきっている泉に視線を移し「瀬名先輩に許可が貰えたら頑張るね」と呟いたが、その言葉に何時もの拒絶からくる怯えはなかった。
真の監禁の件は許されないが、彼のアイドルとしての実力とリーダーシップ、そして勝利への強欲さは先程のステージで十分に分かっていた。Knightsがどのような経歴をもっているユニットなのかはいまいち分からない。
しかし代理のリーダーである彼は不在のリーダーに代わってKnightsを支えているようにも見えたからだった。

「行くぞー!」

次のステージを確保するために移動を始めた真緒とスバルが声を掛けて来て、名前は歩き出そうとしたが、その横顔に気付いた一人の観客が名前に声をかけて引き留めた。


「あれ、名前?」
「……、ぁ」


そこに居たのは、演劇科で一緒だった男子学生だった。
かつて共に演劇をし、過去の過ちに巻き込んでしまった級友の一人だ。個人的な仲は悪かった訳では無いけれど、自分の満足のいく作品を作り上げることのために難題を押し付けてきてしまった。不満も、数多くあるだろう。久々に再会して何を話したらいいのか分からず、困惑が隠せなかった。


「確かアイドル科の校舎に行ったんだよな。久し振りだな」
「えっと、久し振り。……今日は、DDDに来てたんだね」
「あぁ、結構来てるやつも多いよ。しっかし、名前にここで再会するなんて思ってなかった。……本当に、アイドル科……あぁプロデュース科だっけ?行っちゃったんだよなぁ……」
「え?」
「いや、居なくなってやっぱり名前の脚本と演出は凄いって思ったよ。俺達だけだとなかなか評価が貰える演劇なんて毎回作り出せない。……正直、帰って来てほしいよ」


彼のその言葉に、名前は目を開いて後ろ手に手をぎゅっと握った。帰って来てほしいーー本当ならその言葉で喜ぶべきなのかもしれないけれど、今更何をあの場所で出来るのだろうかと。
名前の顔が強ばり、逃げてしまいたいとさえ思ったのを感じ取ったのか、二人の会話を遮ったのはその話を聞いていた嵐だった。


「あら、虫のいい話」
「あ、嵐ちゃん……」


二人の間にそっと割って入り、名前を自然と彼から遠ざける。にっこりと微笑むその顔は頼れるお姉さんのようだけれど、その背は逞しくも見えた。


「貴方達が欲しいのは名前ちゃんの齎す結果だけ。確かにこの子ももっとあの時こうしてればよかったって後悔はしてるけど、それで結果が出る前は責任全部押し付けてこの子を責めて来た」
「な……そ、そんなこと……」
「この子は貴重で、大事なプロデューサーだからあげられないよ」


嵐がはっきりと男性の口調で告げた威圧感に、男子生徒は黙り込んだ。名前自身も仲間の声を聞かずに結果と高みを目指してやることを押し付けたことを悔いている。しかし、仲間達も都合よく名前に責任を押し付けて結果が出る前は無駄だと反発し、結果が出た後はその力量に乗しかかろうとしていただけなのだ。

あまりにも図星だった。気まずさに立ち去ろうとする彼に名前は怯えそうになる自分を奮い立たせる。このチャンスを逃してしまえば変わった自分を伝えることも出来ないだろう。
声を振り絞って「私の尊敬する皆のライブ、楽しんで行ってね!」と伝えると、苦い顔をしていた男子生徒は、名前は変わったよなぁと困ったように笑って頷き、立ち去っていった。

その後姿を見送っていた名前だが、堪え切れなくなってぐすっと鼻をすすり、袖で目元を拭う。


「〜っ、嵐ちゃん……」
「あらあら、泣いたら可愛い顔が台無しよぉ?」
「だって、本当に、嬉しかったから。ありがとう……」
「もう、可愛いんだから〜ほら、行かないと置いて行かれちゃうわよ?」


頭を撫でた嵐に背中を押してもらい、名前は自分の頬を叩く。嵐にお礼を述べて「Knightsのステージを今度は間近で見たいな」と伝え、名前はスバル達を追いかけて行った。
その様子をぼんやりと眺めていた司は嵐に視線を移し、物憂げに溜息を吐いた。


「……鳴上先輩は余裕がありますね。私には直ぐに……あんな風にお姉さまに声をかけることが出来ませんでした」
「ふふっ、"悔しい"と思うの?」
「えぇ、狡いなと思います。……けれど、騎士としてお姉さまを守りたいと思うのは事実です。そして今度は私達のproduceをしてもらいたい。今回は鳴上先輩と、……Trickstarの方に奪われましたが」


拗ねた子供のような顔をする司に、嵐はあらあらと微笑ましそうに笑う。
自分以上にTrickstarに名前を奪われて彼は悔しいのだろう。あんな風に、彼女が追い掛けるユニットが自分達であったならば良かったのにと今回の敗戦を悔いているようでもあった。
頼られる存在となり、また専属は無理だとは分かっているが自分達を主にプロデュースしてくれるようになったらいいのに。


「ちょっと、行くよ。なるくん、かさくん。敗者は早々に立ち去るべきだし、何らかのペナルティが来そうだしねぇ。あーもう、ゆうくんには逃げられるし最悪!」
「今回ばかりはアタシ達の失態ねぇ。革命が起こることを期待しましょ?」
「名前がま〜くんあんなに早く連れて来なかったら俺もこんなグロッキーにならずに済んだけど……転校生と名前の親交を侮ってたかもねぇ」
「フン、あの女の肩持つわけぇ?……ま、何も出来ないって思ってたのだけは撤回するよ」


戦力なんかにはならないと考えていたが、そんな転校生や名前のちょっとした行為や友人関係の力もあって今回このような結果になったのだから。