Queen of bibi
- ナノ -

温かな春の夜色


「いいんですか?名前さん。今お忙しいのに」
「いいのいいの!明日はRa*bitsのレッスン見に行くね。何時も美味しい紅茶をご馳走になってるお礼だと思って。ね?」
「ふふ、ありがとうございます。優しいからついつい僕たちも名前さんに甘えちゃうんですよね」


一年生の教室の前で名前は創と次のレッスンについての話を進めていた。なずなにお世話になっているのと友也と同じ部活と言う縁から彼らの手伝いを度々してきたが、S2で紅月の後無人になったライブ会場で一生懸命歌っている彼らを知っていたから、Ra*bitsの躍進は胸に染みるのだ。
なずな自身もまだまだ弱小ユニットと言っていて、資金も創が校内バイトで度々賄っている。そんな彼らを見ていると応援したくなるし、泉にはプロデューサーが資金繰りを手伝わないといけない所を助けても意味が無いと言われたが、彼らを見ているとそうでもないと思える。


「名前さんが紅茶部に居てくれたらなぁ。凛月先輩も喜んでくれると思いますし」
「凛月くんと一緒だと何だか毎日介護になりそう……創くんってしっかりしてるけど何だか弟みたいで可愛いよね〜友也くんと満くんもそうなんだけど、こう、女子にも勝る可愛さがあって」
「そ、そんなことないですよ〜でも弟みたいに思われてるのは、嬉しいです」


他の一年生を可愛がることで悶々としている人が居るとは露知らず、名前は彼らとの交流を楽しむのだった。暫く後にこのRa*bitsとKnightsが何度か合同ライブを行うようになるとは流石に予期していなかった。

一年生の教室を離れて職員室に向かって歩いていたが、その姿を見付けた真緒が、手帳を見て下を向いていた名前に声を掛ける。


「おいーっす。こんな所に居たのか、名前」
「あ、真緒くん。どうしたの?」
「いや、今度名前が参加するって言ってたイベントを生徒会でも改めて時間を確認しようと思ったけど……あんずもだけど忙しいな、名前も。Ra*bitsのプロデュースするのか?」
「真緒くんほど忙しくは無いけどね。プロデュースをする訳じゃないけど、レッスンを見るって話をしてたの」
「へぇ、やっぱり忙しそうだなぁ……」


笑いながら「忙しくさせてもらってるのは有難いことかな」と答える名前に、真緒は苦笑しながら頑張れよと声をかけた。DDDの件で何処かであんずと名前はTrickstarの仲間だと思っている所があったが、彼女達はあくまで多くのアイドルをプロデュースするプロデューサーだ。
何時までも独占していられる訳ではないとは分かっていた。殊更に名前の場合は初めて親しくなったのがDDDでは勝利できたが有数の強豪ユニットの一つ、Knightsに所属する嵐だ。彼女達が自分達以外のユニットのプロデュースをして、そこと相手をすることになったらどうなるのだろうかーー多分自分以外のメンバーの方が気にするだろうと考えながら2-Aに顔を出すと、trickstarの面々が揃っていた。


「あっ、サリ〜!B組に居ないなぁと思ったんだけど居た居た!」
「衣更、台本を渡す為に名前を探してるんだが、見かけなかったか?」
「あぁ、さっき会ったよ。なんだ、言ってくれたら渡したのに。ただ忙しそうだったからな〜」
「プロデューサーとして人気が高まっているのは分かっているが……」


真緒の言葉に名前が多忙を極めているのを察した北斗は物憂げに溜息を吐く。彼女は自分の容量をオーバーしそうな量でも引き受けてしまうし、無理だと妥協しない。
それは自分達にとっては嬉しいがあまりに負担になっているし、恐らくあまり自覚もしていない。それは演劇科から身に付いた習慣や癖のようだが、余りにも多くのことを請け負いすぎだ。


「なぁんか寂しいよねぇ……あんずちゃんも忙しそうだし、名前ちゃんはRa*bitsはともかく、あのKnightsとも仲がいいって聞くし」
「……名前はレッスンや衣装作りはともかく、あくまでプロデュースはユニットをではなく、イベントのプロデュースをするつもりだと言っていたがな」
「まぁ、それがプロデューサーとしては正しいんじゃないか?」
「それは分かってるんだけどさぁ〜」
「名前ちゃん、泉さんに苛められてないかな……いや、というかまさかKnightsと僕たち以上に仲いいのかな……!?確か彼らをプロデュースもしたことなかった筈だけど名前ちゃん僕達に飽きたの!?」


心配症な真の言葉に言葉にそんな訳ないじゃんと肩を叩くスバルだが、共に革命を起こした仲間の一人だと思っているからこそ活躍を願いながらも寂しくもあった。
プロデューサーとしてあるべき姿だとは分かっているが、手元を離れて行ってしまう寂しさは拭いきれない。彼女が下校時の見送りを断ってしまったのも遠慮だとは分かっているのだが、もう少し甘えてもらって頼って来てしまってもいいのに。

Trickstarの面々に少し席を外すと伝えた北斗は、台本を手に取って名前が居たという場所へと向かった。一年生の教室前には居なくて、どうしたものかと辺りを見渡して階段を降りようとした時、職員室帰りで階段を上がって来る名前を見付けて声をかけた。


「名前、こんな所に居たのか」
「あれ、北斗くん。え、探してたの?なんか真緒くんと同じこと言われたような気がするけど、ごめんね!」
「いや、新しい台本を早めに渡しておこうと思っただけだ」
「わざわざありがとう、北斗くん」


北斗が渡して来た日々樹が用意したという脚本に不安を覚えながらも、台本を受け取ってぱらぱらと捲ると、なかなか面白そうな役に当てられていて、自然と綻んだ笑みを浮かべる。学科がもう違うとしても、例え離れようともやはり大好きなことだった。


「あぁ、そういえばあの変態仮面が名前に今度任せたい役があるとか言っていたぞ」
「えぇ〜……いい予感がしない……」
「奇遇だな、俺も嫌な予感がする」


お互い顔を見合わせてくすくすと笑った。演劇部員は部長の日々樹への苦労からか、彼を除くと非常に団結力がある。勿論日々樹を嫌っている訳でもないし演劇に関しては感謝もしてるのだが、如何せんそれ以上に振り回され疲れるのだから多少手厳しくもなる。


「今更だが、改めてあの時の礼を言いたい。fineへの移籍の話があって思い悩んでいたあの時、お前の声が俺の背中を押してくれた。」
「え……べ、別にお礼を言われるようなこと何も出来てないよ。私がしたことって……、うん、真緒くんにライブしてる場所教えた位だし」
「お前がそう思っているならそれでも構わない。俺が礼を言いたかっただけだからな」
「ううん、寧ろありがとう、北斗くん。直ぐ近くで夢を見させて貰って。あ、勿論これからもだけど。ね、リーダー」


リーダーという響きがいまいちまだ慣れないのか少々照れ臭そうにする北斗は珍しい。かといって、Trickstarのリーダーである彼だけに負担がある訳ではなく、Trickstarは全員でのチームワークを強力な武器としているのが他のユニットには無い特別な武器だろう。
北斗から受け取った台本を手に、名前は上機嫌な様子で階段を駆け上がった。少しでも彼らの力になれているのならこんなに嬉しいことは無いだろう。


後日の放課後、朝に掲示板に新しい求人広告が張り出されていたのを確認していた嵐は授業が終わると名前に声をかけて「今日暇な時間あるかしら?」と問いかける。
明日はra*bitsのレッスンを見に行く約束があったが、今日は特に何もなかったのを思い出して大丈夫だと頷いて話を聞くと何時もと活動内容が違った。


「通常練習じゃなくて特別な活動?」
「えぇ、今泉ちゃんの活動が制限されてるのもあってリーダーの全権も一時的にアタシに委譲されててね。それで今日の求人に出てたお菓子作りコンテストに参加しようと思って」
「あぁ!あんずが審査員をやるって言ってたお菓子作りのコンテストね!購入する客層は女性が多いから審査員を女性にしよう〜って言ってて」
「なるほどね、でも名前ちゃんはやらないの?」
「私はまた違うグッズの監修というか、そっちの方に駆り出されてて」


男性アイドルという性質上、ファンはやはり女性客が大半を占めているからグッズも女性向けの物が売れるのだ。その為に寄せられたグッズ案を決める方に回り、あんずはお菓子作りコンテストの審査員を任されている。
お菓子作りを教えてほしいということだろうかと思ったが、嵐の頼み事は違った。


「アタシたちは泉ちゃんを連れてくるから凛月ちゃんを探して見ててくれる?多分先にガーデンテラス近くで寝てると思うから」
「えーっと、迷子の送り届けでいいのかな?」


恐らく連絡を見ていない可能性がある凛月を探して欲しいとのことで、苦笑いをする。嵐は一度司と合流してから泉の居る教室に行くと言って、教室を出て行った。
それはDDDで悪い印象を受けた分、多くの人に媚びて奉仕活動をして好感度を高めていこうという作戦だった。Knightsはあくまで個人主義でライブパフォーマンスの時のファンサービスは手厚いが、それ以外の人気取りをするためのユニットでの活動というものをしなかった。しかしこのままではいけないと再起したのだ。

名前は一足先にガーデンテラスへと足を運んだ。凛月はよくこの辺りの日陰になっている草原に寝転んでいたりするが、今日はその姿も見かけない。
取り敢えず彼が嵐からのメッセージを読んで来てくれるのを待とうと探すのを切り上げて調理室へと向かった。甘い匂いがふんわりと鼻を掠めて、ついつい空腹を覚えてしまう。
お菓子作りコンテストはどうやらちゃんとした賞金も出るし、この学校の名物お菓子となるから宣伝効果も含めて実に多くのユニットがお菓子作りに励んでいた。

すると、探していたその人が既に青いチェック柄のエプロンを身に付けて作業台の隅の方で作業をしていたから驚いた。
日頃やる気のない凛月が珍しく目を輝かせているのだから感動すら覚える。


「えっ、凛月くんがもう来てるしエプロンまで用意してる……!」
「おはよ〜名前。俺のお菓子でも摘み食いしに来たの?」
「嵐ちゃんに凛月くんを探してここに連れて来ておいてって言われたから来たんだけど、凛月くんがお菓子のコンテストにこんなにやる気出してるなんて」
「なにそれ?あ〜、なんかそんなメールが来てた気もするけど?」
「あぁ、わざわざ嵐ちゃんから連絡貰って来たわけじゃないんだ……」
「この辺に寝転がってたら何か煩いし、覗いたらお菓子作りしてるし面白そうだと思ってね。いい退屈しのぎだし。ほら、じゃーん」


凛月が嫌に笑顔を浮かべて差し出して来たケーキとは言い難い毒々しい色をした何かの実験の産物、物体の慣れの果てのような代物を出して来た瞬間に名前の表情は固まる。考えなくても、それを口にすることは死に直結しそうだと判断できる。
後退りしながら、恐る恐る凛月にその物体の正体を問いかけた。


「げっ、凛月くん、ソレ、なに……」
「なにって、ケーキだけど?ふふふ、おいしいおいしいお菓子の出来上がり〜なかなかの魔術の腕前でしょ?」
「魔術って言ってる時点で食べ物じゃないし何をどうやったらこうなるの……!?」


凛月はフォークを刺して丁寧に一口サイズのケーキを用意する。そして徐にそのフォークを手に取り、名前の口元に差し出して来たのだ。気持ち的には拳銃を突きつけられている気分だ。


「はい、名前、あーん」
「むりむり!私食中毒になりたくない!」


口を手で覆って必死に首を横に振るが、味は保証すると楽しげな凛月は名前の手を外そうとする。異臭こそはしないが、紫の毒々しいそれを食べる気にはとてもならない。
そんな攻防戦を繰り広げていた時、調理室の扉が開いてKnightsの他のメンバーが到着した。しかし真っ先に目の前に飛び込んできた二人の攻防戦に、ぱちぱちと瞬く。食べさせるのを強要しているような距離感の近いその図は仲睦まじくも見える。当然名前としては必死に抵抗しているのだが。


「り、凛月先輩……?」
「……あら。お取込み中かしら?」
「げっ、くまくん何そのグロテスクなもの。名前を毒殺しようとしてるの?まぁ止めないけどさぁ〜」


凛月の手にあるケーキらしきものに気付いた泉は顔を顰めて身を引いていた。それを食べさせようとしている凛月は何時になくいい笑顔で、拒もうとしている名前に同情する訳でもなく泉は意地悪な笑みを浮かべる。
事態を把握して、泉のその言葉を聞いて黙っていなかったのが絶句していた司だった。


「だ、大丈夫ですかお姉さま!汚らわしい代物ですが……この司がお姉さまの代わりに身を挺します!というより瀬名先輩は止めて下さい」
「ゆうくんが校内SNSでこいつについて喋ってるのムカつくからねぇ。俺のことを言わないのに何で名前について喋ってるわけ?チョ〜うざぁい!」
「貴方たちちょっと和解したんじゃなかったのぉ?」
「えぇ、別に名前さんが悪いというわけではなさそうですが」


三人が違う話題に移り変わって凛月が不思議そうな顔をしている間に、名前は凛月の手を取ってフォークを没収する。「えー」と拗ねた顔をする凛月に対して青ざめた顔をして首を横に振る。

目の前で悪口を言われているが、泉の性格を考えるともはや仕方ないことだろうと名前も既に諦めていた。一応知り合う前段階での苦手意識は克服して泉と和解のようなものはしたものの、彼は気性が荒いし未だに真の件に関しては敵視されて、信用はされていない。
相変わらずおっかないと思うが、新米とはいえドリフェスやイベント、ユニットをプロデュースしていくにあたってあまり苦手意識を先行させてはいけないと分かっている。
B組も初めは真緒と嵐としかなかなか話せなかったが、後々文句は言われたが紅茶部で机の下から退かしたのをきっかけに話せるようになった凛月、DDDを通して意外と怖くないと知った晃牙や、fineといえども同じ二年生からの編入で物腰の柔らかい礼儀正しい弓弦と話せるようになってきたのだからきっと前に進めているのだろう。

他のメンバーもエプロンを着用してきて、泉は既に調理に取り掛かっていた。かなり手際が良く、慣れた手つきに驚いて泉をまじまじと見ていると、彼は怪訝そうな顔をして名前と視線を合わせる。


「瀬名先輩、お菓子作り得意なんですね?」
「ふん、お菓子作りというか料理全般これ位簡単じゃん。意外って言いたいわけぇ?」
「でも、Knightsにとっても、それに瀬名先輩にとってもいい宣伝になりますね」
「は?」
「だって"好きな人"に、何時もの瀬名先輩らしいパフォーマンス以外に、自分は料理も出来るっていう家庭的な一面も見せた方がギャップという魅力として伝わりませんか?」
「……ふ〜ん、なるほど。いいこと言うじゃん。ふふ、こういう一面の俺を知ればゆうくんも……ふふふ」
「……名前、最近セッちゃんの扱い方学びだしたよね」


ご満悦の様子になった泉に、名前は小さくやった、と呟いて彼からそろりそろりと少し距離を取る。作業をさせてもらえずに暇な凛月が興味深そうに二人の様子を見て、ぽつりと呟く。
彼にお世辞は通じないが、真の話題だけはかなり通じると学習済みだ。真をだしにしているのは非常に申し訳ないが、そもそも真の件で勘違いをされて目の敵にされているのだ。彼が思っているような関係もないし、純粋に友人かつ仲間意識があるだけだ。真に避けられて気持ち悪いと言われている彼にしたらそれさえも嫉妬の対象なのかもしれないが。

嵐の隣で興味津々な様子でボウルを手に取って食材を眺めている司に気付いて、何となく嫌な予感を覚えて司に「大丈夫?」と声をかけると、笑顔を見せながら「いえ!」と即答するから咄嗟に言葉が出て来なかった。


「料理などは初めてなのでお姉さまにご指導ご鞭撻をお願いしたいです!自宅では使用人に任せきりですので」
「さ、流石司くん……何となくそんな予感はしたけど。審査があるとなるとあんまり手伝うと駄目なような気もするけど教える位はいいのかな」
「卵の割り方とか、そういう基本的な事はいいんじゃないかしら?包丁の持ち方から何だか危なっかしいし、司ちゃんを教えるのは多分そういうことからだろうし」
「あぁ、exciteしますね!このchocolateは切った後にお湯に付ければいいのでしょうか?」


ボウルにお湯を入れて危ない包丁の持ち方でチョコを切ろうとしている司に待ったを入れた。好奇心と意欲はいいのだが、このままでは司が怪我をしてしまいそうだ。


「えっと、チョコは直接溶かすんじゃなくて湯煎なきゃいけないの。あと、細かく刻まなくても砕くのでも大丈夫かな」
「流石はお姉さま。手作りのお菓子やお弁当も持参していますし、料理の心得を見習うべき所が多いようです。そうですね……少なくともお姉さまに美味しいと言って頂けるものを今日は作りますね」
「司ちゃん本当に作れる?お姉ちゃん心配だわぁ」
「まぁ、少なくとも凛月先輩よりはまともな物が作れると思います」
「俺のケーキ美味しいんだけど?ほら、ちょっと味見してみてよ名前」
「結構です結構です!」


目の前にフォークを差し出してくる凛月にひっと声を上げて瞬時に横に居た司の背後に隠れて「盾にしてごめん……」と呟く。しかし名前が自分を頼ってきたことが嬉しかったのか、心の中で役得だと呟いた司は笑顔を浮かべて「私で宜しければ」と微笑んだ。

何だかんだ言いながらも和気藹々とお菓子作りに励むknightsの雰囲気の新鮮さに名前は瞬いていた。協調性はあまりなく、あくまでも個々の圧倒的な実力のぶつかり合いという印象だったが、DDD以降少しずつそれも変わって来ているのかもしれない。
ただ、それを実感していたのは名前だけではなくKnightsに所属する彼ら自身もそうだった。

ーー今日一日のお菓子作りも終わって、帰る頃には既に辺りは真っ暗になっていた。
今日の彼らは非常に楽しそうで、和やかな空気が漂う。仲間同士で楽しそうにしている彼らというのはやはり珍しいが、何となく今までのKnightsよりも親近感が沸くのだ。

祖母には少し遅くなると連絡してあるが、もし北斗たちにバレたらまた一人で帰るのは如何なものかと怒られていたことだろう。塾帰りの生徒達なんてもっと帰りが遅かったりするのに、やはり心配し過ぎだ。


「じゃあ、私こっちだから先に帰るね」
「流石に一人で帰るにはちょっと暗いんじゃないかしら?」
「心配しなくても大丈夫だよ。ほら、街灯で道明るいし」
「そういう問題?アンタ仮にも女子でしょぉ?そういう意識が足りてないんじゃないの〜」


貶されて怒られているんだかそれとも心配されているのかやはり泉の言葉は分かり辛い。苦い笑みを浮かべて「一応女子です……」と答えると、泉は「女子力が足りてないよねぇ」と痛い返しをしてくる。
正直今日のお菓子作りの様子を見ていても感じたことだが、彼らに、特に嵐には勝てる気は全くしない。本当に一人で帰るつもりなのかと聞いてくる彼らに大丈夫だと答えて帰ろうとしたのだが、その様子を見ていた司が動いた。


「では私もこちらから帰りますので失礼しますね、皆さん」
「え?司くん、こっちだっけ?」


というよりも彼は徒歩で帰るのだろうかと疑問に思っている間に、手に持っていた鞄を司が取って、彼らに頭を下げてから歩き出してしまったから慌てて「また明日ね!」と挨拶をして小走りで彼を追い掛けた。
そんな司の行動に察した様子の嵐は意味深に微笑み、泉は「あぁいう所だけは一丁前」だと呆れたような溜息を吐き、凛月は眠たげに「結局食べてくれなかったなぁ……」と呟いた。

名前が追い付いて来て足を止めた司は道案内をお願いしますと声を掛ける。司と帰る時間が被ったことは無いけれど、やはり彼はこの近くに住んでいない筈だ。朱桜家が自分の家の近くにあったら目立ち過ぎて有名になっているだろう。


「あの、司くん、こっちじゃないよね……?」
「私が好きですることなのでお姉さまはお気になさらず。escortさせて頂きます」
「……、やっぱり狡い……」


後輩の気遣いにしてはあまりに出来過ぎていて心臓に悪い。紳士的な所は彼の美徳だが、自覚していないのがかなり問題がある。荷物くらいは持つと手を伸ばすのだが、彼は持たせる訳にはいかないと鞄を避ける。


「流石に申し訳なさ過ぎて……」
「寧ろお姉さまはもう少し私達を頼って頂いて構わないんですよ。今日だって私達に付き合わせてしまいましたし、放って置くと幾ら遅くても一人で帰ってしまいそうですし」


気遣わせてしまったのは申し訳なかったが、感謝の言葉しか出て来なかった。何時もと同じ道を歩いている筈なのに違って見えるのはやはり一緒に帰ってくれている人が居るからだろう。
名前の歩幅に合わせて歩き、道路側を歩く司は幸福に浸っていた。常に誰かと一緒に居る彼女を独り占めできる時間なんて滅多にない。先輩に自分だけが可愛がってもらうなんてことは出来ないと分かっているのだが、望んでしまうのは自分の子供っぽさ故だろうかと自分よりも背の低い名前の横顔を見詰める。


「嵐ちゃんに聞いたけど、Knightsは暫くこういう活動するんだってね?」
「えぇ、瀬名先輩があってのKnightsのlive performanceですから自粛中です。学院祭も近いですし、何かlive以外の物を出来ればいいのですが……」
「うーん……二人はモデルだしその方向でもいいし……演劇とか舞台ならちょっと凝ったのを提案出来るんだけどなぁ……」
「成程……お姉さまの本職を活かした物でしたらかなり完成度の高いものが出来そうですね!」
「ま、まぁ、瀬名先輩次第だけど……」


確かにそれが一番の問題だが主に泉が一方的に小言や嫌味を言うものの、当初よりは距離も近付いているように思える。

また今度名前の帰りが遅くなる時はTrickstarの面々よりも先に声をかけて送って行こうと思いながら、ゆっくりとした足取りで夜道を二人で歩いた。