Queen of bibi
- ナノ -

ピーターパンの失意


この日、泉はふと前に嵐に押し付けられたDVDを思い出し、わざわざ時間を割いて、AV室でそれを見ていた。演劇科の紹介用ビデオに収まっていた物には大して興味は無い。

「ふーん、及第点って所だねぇ」

確かに一年生にしてはかなり見栄えのある舞台に間違いないが、一年生ゆえの粗削りさが見受けられる。プロの世界に生きて来た泉にはまだまだだという評価だったが、プロの世界に生きて行こうとする心構えは感じ取れた。

しかしそんな少女が演劇科からアイドル科に来たのはやはり演劇科で何か問題があったからだろう。問題を起こしては芸能界では生き残れないと説教をしたい所だが、Knightsの同輩やなずなを始めとする三年生とも関わりがあって良好な関係を保っているのを見る限り、別に今では左程そんなに問題は無いのだろう。

それよりも。Trickstarの映像をそれはもう一人を凝視して何回も見たが、悔しさに泉はぎりっと奥歯を噛みしめる。
つい先日行われた紅月とのドリフェスは見事なものだった。形骸化していたドリフェスの採点方式だったが無敗と呼ばれていた生徒会の牙城を崩したのだから。
Trickstarで輝いて見える真の姿は泉にとって嫉妬心を抱く要因だった。どうして彼はこんな所に居るのだろうかーーモデルとして培った経験も生かせるこのKinghtsが彼に一番合っている筈なのに。

S1のドリフェスに向けて何やらA組の転校生と策を練っているようだし。名前も演出に関しては相談に乗っているようだ。

ーーそしてこの後、戻って来た皇帝、天祥院英智からの美味しい話を持ち掛けられるのだ。


昼休みになり、名前はTrickstarの一員であり、B組のまとめ役である衣更真緒に声をかけた。その顔には隠しきれない疲労が出ているような気がして、先日のドリフェスで彼の置かれていた立場を考えても気になっていた。


「真緒くん、大丈夫?」
「あ、あぁ、名前か。ちょっと忙しいし気まずいっていうのもあるけど俺は大丈夫だって。それよりお前の方が大丈夫か〜?北斗とレッスン組んでくれてるし、宣伝の方も仁兎先輩と協力してやってくれてるんだろ」
「私はあんずと違ってプロデュースというよりお手伝いみたいな感じだから大したことないよ。それより」


真緒と同じ言葉を続け、むすっと顔を顰めた名前に真緒は一瞬たじろいだ。スバルが彼を魔法使いと呼ぶのも分かる位に器用だし、人付き合いは本当に上手くて、"困った時の衣更真緒"と認識されている。彼自身困った人が居ると放って置けないし、ついつい世話を焼きたくなる性分のようだ。
名前自身もどこかで彼はそうだと思っているしまだまだ駆け出しのプロデューサーとして頼ってしまう所もあるが、自分を蔑ろにしてもらいたくない。


「真緒くんはもう少し、自分に我侭になっていいと思うなぁ。紅月に勝って、生徒会に身を置いてるから気まずさはあるだろうし精神的にもきつい所があるだろうし。……他の皆の分までそういう泥を被ろうとしてるから」
「……そうだな、別に無理をしてるって訳じゃないんだけど、気まずさは確かにあるよ。だって、裏切り者だしな。でも俺は進んでその役割引き受けてる分、後悔してないし、最高にステージを楽しめたよ」
「そっか……真緒くんにだって出来ない事は沢山あるでしょ?無理な範囲は私も出来る限りサポートするよ。あ、いや、それこそ私も出来ないこと沢山あるんだけどね!蓮巳先輩に怒られたら胃が痛くなりそう」
「……、ははっ!」


サポートするから一人で悩むのを止めてほしいと言うつもりが勢いで言い過ぎたと焦って補足すると締まらなくなってしまった。
真緒の代わりに同じ立場をもししていたら、自分では耐えられないような気がしてしまったからだ。とはいえ、彼が一人で悩んでほしくないという思いも確かにあって。恥ずかしさが込み上げてきたが、真緒の笑い声に目を丸くする。


「いやぁ……何ていうか、お前も大概お節介だよなぁ〜」
「え、真緒くんとあんずには適わないと思うけど……それに頼ることも私は多いし。特に演劇部の時は北斗くんに部長撃退を任せっきりだよ」
「はは、三奇人の一人だったっけ?北斗と仲いいもんな。けど、さり気なさというか、凛月と話せてるっていうのもちょっと納得したよ」
「確か二人って幼馴染なんだよね」
「あぁ、凛月ってあんな感じだろ?俺が面倒見て気にかけてるし、凛月もここぞとばかりに甘えるからな。最近俺も構ってやれてないし、名前も気にかけてやってくれよ」
「凛月くんすーぐ寝るもんね……煩いんだけどとか言われる時もあれば炭酸買って来てって言われる時もあるし」


うざいと言われる時もあるけれど、炭酸で釣ろうとすると簡単に釣られる時もあったり、放って置くと逆に構われたり、彼はなかなか気まぐれだ。
果たして気を許されているのか。それは分からないけれど、彼は留年して二年生に居るし昼の時間は殆ど寝ていて誰かと親しく話している様子も真緒以外には見られない。紅茶部の紫之創とは親しいようだけれど。
あれはあれで、自分に対して少しは心を開き始めてくれているのたろうか。そう思うと嬉しくもあった。


「そういえば、あんずは押し掛けられて大変なことになってるけど、お前は大丈夫なんだな?」
「うーん、私は本当に裏方の手伝いだし変に目立たずに済んだというか。Trickstarも今が大事な時なのに、色んな所のレッスンを見る約束もあるから何だか私こそ申し訳なくって」
「あぁ、鳴上とかと仲いいしRa*bitsの手伝いもしてるって言ってたよな。いや、十分助けになってるよ、ありがとな」


これが、演劇科に居た頃には得られなかったものなんだろう。十分助けになっているという真緒の言葉に心が軽くなった。
誰のために、何のために脚本を書いて演出を考えていたのか分からなかったあの頃よりもきっと自分は成長出来てるんだろう。

ーー天祥院英智によってDDDの開幕が宣言され、そしてTrickstarのメンバーにも異動を勧める話がされたのはその日の放課後だった。

生徒会長が復帰したという数日後にはfineが生徒会の管轄ではない野良試合のB1に出て、昼間の日差しの強い野外ステージで羽風薫を欠いたUNDEADに大勝をした。
fine率いる生徒会という絶対的な権力と強さを強烈な印象と共に示したのだ。そして彼が宣言したDDDの開幕に、学校内は騒然としている。それもそうだ、DDDを勝ち進めばSSに出られる資格を得られるのだから。
公平な舞台で勝利をし、生徒会の勝利を完全なものとすることが彼の目的なのだろう。粛清を行った後に統治を完璧なものとする。まるで強かで狡猾な政治のようだ。

しかし名前は朝から別の件で沈み込んでいた。放課後に未だぐっすりと机に突っ伏している凛月の身体を揺さぶると、彼は至極不機嫌そうに目を開いて返事をした。


「凛月くん聞いて……」
「なぁに……俺、寝たいんだけど……」
「今日一日、真緒くんに避けられてる……どうしよう……」


真緒の名前に凛月は反応し、顔を上げる。fineがステージを行ってから、教室内でも妙に避けられてしまっている。数日前にあんな話をしたばかりなのもあって心配だし、自分が彼に対してやはり悪いことを言ってしまったのだろうかと不安になる。


「俺のま〜くんに変なことしたわけ?」
「してないよ!というより北斗くんにも挨拶スルーされた……」
「ふーん、エッちゃんに目を付けられたんじゃないのー兄者みたいに」


いい気味だけどと言いながらも凛月の表情は馬鹿にした嘲笑うようなものでもなかった。凛月の兄である零は最悪のコンディションの場で生徒会長に叩きのめされた。見ていて悔しくあったけれど、その制裁に近いものがTrickstarにも降りかかろうとしているなら。


「ど、どうにかしなきゃ……」
「……止めといた方がいいんじゃない?演劇をこの先も続けていくなら、エッちゃんに逆らわない方がいいでしょ」
「で、でも……」
「とゆーか、Trickstarじゃなくて、俺達がDDDで勝っても問題なくない?セッちゃんが妙に張り切ってるし上機嫌だし」


やる気に満ちている訳ではないけれど、出場する位なら優勝を目指したいという思いがあるのか、凛月の提案に名前は言葉を詰まらせる。fineに勝って生徒会の体制を崩すのはTrickstarでなければいけないということはないのだ。
しかしS1で紅月に勝つ為に努力してきた彼らを間近で見て来て、本当に微力ながら一緒に成長してきたのを見ているから彼らが成し遂げることにこそ意味もあるように感じてしまって。プロデューサーという立場になった以上、特別視をしてしまうのは行けないとは思うのだけれど。

難しい顔をしている名前に凛月は欠伸をして「俺はいいけど、拗ねられてもしーらない」と呟いた。誰の事を言っているのかは、分からなかった。


本来DDDに向けてあんずに付き添ってTrickstarのレッスンをしたり、パフォーマンスを考えたいのだが、真緒にも北斗にも避けられているとなかなかくるもので、名前は暗い顔のまま図書室へと向かっていた。
各ユニットは早速レッスンをしたり作戦会議を行っているのか図書室の周辺に人は居なかったのだが、下を向いていたから図書室から出て来た人物に全く気付かなかった。

「お姉さま?」

聞き慣れた声に顔を上げると、そこには司の姿があった。その手には本が握られており、借りる為に来たのだ。凛月は今日のレッスンは無いと言っていたし、Knightsの今日の活動は無いのだろう。しかし、ふと凛月が言っていた彼らのリーダーである泉が妙に張り切っているという言葉が引っ掛かっていた。


「司くん……図書室にこの時間居るんだね」
「えぇ、時々こうして本と触れ合うのですよ。落ち着きますから。何か浮かない顔をしているようですが、如何なさいました?」
「えっと……DDDに向けて、色々あってね……」
「……、Trickstarの方たちのことでしょうか?」


名前がこんな反応を示すのは今の時期では主にTrickstarのことだろうと司も察していた。司としては天祥院英智が帰って来たのは慕っている身からしたら嬉しい話だ。
しかし、形骸化している出来レースのドリフェスがいいものだとは当然思っていない。KnightsとしてもDDDを勝ち進むことはユニットとして目指すべき頂点だろう。その様子を名前に間近で見ていてほしいのに、何故彼女は違うユニットを見ているのだろうかと言う疑問が司の頭に過る。


「我々KnightsもDDDには出ます。お姉さまには是非とも私たちのstageを見に来て欲しいのです」
「それは勿論……全部は、見れないかもしれないけど」
「えぇ、それでも見に来てください。私の最高のperformanceを、勝利をお姉様のために捧げましょう」


名前の手を取り、真っ直ぐとした視線で見つめてそう臆することも無く宣言する司に、名前は目を丸くして頬を赤らめる。
彼の性格を考えると今の言葉の意味は深く意識していないだろう。紳士的な性格とその騎士精神から自然と出て来た言葉に違いないが、以前から思っていたけれど彼は純粋な分タチが悪いというか、非常に鈍感だ。

「司くんって、……狡いよね」

苦笑いをする名前とは対照的に、その意味を司はいまいち分かっていなかったのか、「どういう意味でしょうか?」首を傾げるばかりだった。


──まさかこの数日後、本当にDDDを目前にしてtrickstarが英智の策によって空中分解しかける状態になるとは思ってもみなかった。