Queen of bibi
- ナノ -

不利な手番を嘆く


脚本は要らないけれど、演出は大いにプロデュースに関わってくる。幸い舞台衣装を含める舞台演出を一年勉強し続けてきたのもあって、その技術は役立ちそうだったが、改めてアイドルというものを学ぶ為に過去のドリフェス映像を研究し、勉強をし直していた。

しかし、新米で右も左も分からない自分がプロデュースをしても快く引き受けてくれる人達なんて居るのだろうかとぼんやり思う。
北斗の所属するユニットは新設したばかりだし、型にはまらないスタイルの演出を彼は気に入ってくれているから気は合うだろう。
ra*bitsの子たちと友也の紹介を通じて知り合い、皆弟のように可愛いものだからついついお姉さんの気分で彼らに世話を焼きたくなってしまう。三年生リーダーの仁兎なずなーーに〜ちゃんは、小さいけれど頼りがいのあるお兄ちゃんみたいだ。至らない所もある分、彼にフォローされて教わっているというのはかなり大きい。

一方でお姉ちゃんみたいに思えるのはやはり嵐で、彼にはこの学科に来てから数え切れない程お世話になっている。
そこでふと思い浮かんだのは彼と同じユニットである司だ。何故お姉さまと呼ばれているのか分からないが、丁寧な彼なりの敬称なのかもしれない。
しかし意外と人懐っこく、素直に好奇心を見せる彼が後輩として可愛く見えるもので、ついつい世話を焼くようになっている。当たり前のようなことでも彼にとっては興味深いようで、目を輝かせるのだから可愛く見える。

授業が終わり、名前は荷物を持ち、手にはペンとノートを持ってそれをまじまじと見つめてダンスルームへと向かっていたのだが、その姿を見かけた司は小走りで駆け寄った。


「お姉さま、今から帰るのですか」
「司くん?今更だけどおはよう。うーん、未だにその呼び方ちょっと慣れないね」
「どうしても嫌だと仰るなら、名前さんとお呼びしてもいいのですが、私がまだお名前を気軽にお呼びする程成長しきれていないと思っていますので……"お姉さま"と呼んで、甘えさせてもらうのも後輩の特権かと」


成程よく分からないとぽかんと口を開くが、彼なりに自分を先輩として慕ってくれているのなら純粋に嬉しい話だ。しかし、むしろ彼はそういう敬称であまり人を呼んでいない印象を受ける。嵐を始めとするkinghtsの先輩には名前や苗字に先輩を付けて呼んでいるからだ。
司はノートと大きめの袋を手に、どこかへ行こうとしていた名前を見て疑問符を浮かべる。


「名前さんは放課後何か用事でも?noteを抱えていますし自習ですか?」
「え?ra*bitsの衣装を今ちょっと考えてて。友也君たちから頼まれたの。あとあの子達も頑張ってるからちょっとしたお弁当をに〜ちゃんと一緒に作ってね!差し入れついでに練習を見させてもらうの」
「そう、ですか……」
「嵐ちゃんにも味見してもらったし、今日のは自信あるんだ」
「……」


司は口を開けそうになり、辛うじて手で抑えて隠した。ここで咄嗟に駄々をこねそうにならなかっただけましだろう。
衣装を考えてもらって、練習も見てもらえて、更にはお弁当まで用意してくれているなんて。あまりにも狡いし、他の一年生の方が可愛がられているような気がして対抗心を覚える。


「司くんはこれから部活?」
「え、えぇ、Knightsの活動日ではないので、弓道部の方に行く予定です」
「弓道だったんだ……!格好良いよね、弓道やってる人って!憧れるけどなかなか出来ないものだからちょっと羨ましいな」
「お姉さまにそう言っていただけると嬉しいですね。今日の活動も頑張り甲斐があるというものです!」
「腕を傷めない程度に頑張ってね。じゃあ、部活終わった後にお腹がすいたらこれ、どうぞ」


名前は鞄の中から学校に来る前に買った新作の小さなお菓子を渡すと、司はそれを受け取って顔を輝かせる。


「こういったお菓子は食べたことがなかったので、新鮮です!ありがとうございます、大事に少しずつ頂きますね」
「そんな大層なものじゃないのに……というか、食べたことなかったんだね?」
「お恥ずかしながら、同年代の男子が経験している普通のことを私はまだまだ知らない未熟者です。……出来れば、私もお姉さまの作ったお弁当を何時か頂きたいですが」
「ええっ……!あ、でもお菓子作った時に今度差し入れにあげるね。嵐ちゃんにもお世話になってるし。でも皆に渡した方がいいよね……Knightsは今は四人だっけ」


嵐にぼんやりと彼の話は聞いていた。朱桜司。彼は御曹司のようで、世間に疎くはあるが一般大衆の求めるアイドル像を知る為に、世間とズレてしまわない為にも同じ世代の人が経験していることやその価値観など、多くのことを学びたいと言っている。
Knightsに入ったばかりの未熟者だと自負しているが、一年生故の経験不足はともかく彼はアイドルとして輝くものを持っている。あと、毎回思うのが英語の発音が非常に良い。
お菓子を貰える約束を取り付け、司は笑みを浮かべて礼を述べる。

もう少し話したくもあったが、これ以上引き留めてしまうと申し訳ないと立ち去ろうとしたのだが、後方から聞き覚えがある欠伸が聞こえて来て振り返ると、同じユニットの先輩であり二年生の朔間凛月が居た。
寝ぼけ眼を擦りながら、司の姿を捉えてまたもう一つ欠伸をする。


「あれ、ス〜ちゃんと……だれ?」
「……あ、何時も寝てる子……同じクラスの編入生なんだけど、話すのは初めまして。プロデュース科に来た苗字名前です」
「あー、居たかも、そんな人」
「まったく、失礼ですよ凛月先輩。仮にもclassmateですよね」
「あれもしかして、司くんと同じユニット?」
「そうそう、俺もkinghts。ふぁぁ、どっか寝れる場所、知らない?」
「え、寝れる場所?……うーん、今の時間だと空き教室とか?」
「あー、それがいいかも。じゃあね、ス〜ちゃん。あと……だれだっけ」
「苗字名前さんですよ、凛月先輩」


全く覚える気も無いのか「んー」と微妙な反応をして教えた教室の方へ向かっていく彼の後姿を見送り、苦笑いを零す。授業中も良く寝ていることがあるし、むしろ授業に出ていないこともあるし、あれだけ日中寝ているのにまた寝る場所を探して寝ようとしているなんて、何だか猫みたいだ。


「すみません、凛月先輩はあんな感じの人なので」
「うん、ちょっとそんな気はしてたから大丈夫……」


同じクラスの人で未だにちゃんと話せていると思えるのは嵐と北斗に紹介してもらって会話のきっかけを掴めた衣更真緒という生徒会に所属しているらしい微妙な立場な少年だけだ。


ーー翌日の昼休み、日々樹に呼び出されたと言って嫌そうな顔をしながらも名前は三年生の教室へと向かった。嵐も食堂に行こうとしていたのだが、二年生の教室を一年生が誰かを探すように覗き込んでいた。


「友也クン?」
「あ……鳴上先輩。名前さんは今居ませんか?」
「今席を外してるのよ、ごめんなさいね。何か伝言なら伝えるわよ」
「ありがとうございます。その、日々樹部長からこれを名前さんに渡せって言われたんですけど、『いいですか、他の人には決して見せてはいけませんよ。だめですからね。この意味分かりますか!?』って意味の分からない伝言付きで」
「……なぁに、その他の人が見ろと言わんばかりの伝言は。でも、渡しておくわ」
「あの人、名前さんをすぐにからかうからそれもろくな物じゃないような気がしますが」


しかし、名前はその日々樹に呼び出されて三年生の教室へと向かったのでは無かっただろうかと嵐は訝しむ。友也に渡された焼き回しのされたDVDのタイトルには演劇科紹介と書かれていた。

少しの興味本位でそのDVDを見る為にプロジェクターのある部屋へと向かう。

そして映し出された短い紹介用のビデオを見始めると、三年生や二年生の舞台がダイジェストで流れ、その後に流れたそこに映っていた一つの公演に目を留める。
一年生の舞台のようだが、学生の舞台のクオリティと言うには煌びやかで華やかで、洗練されていた。衣装や演出もつい目を留めてしまうようなものだった。名前の姿はというと、舞台の前の方にはなく、真ん中の方で踊っている。こう見るとやはり圧倒的な華はないのだが、それでも上手い。

そしてその直後に『脚本や演出も生徒達自らが行います』という音声と共に、一瞬だけちらりと台本を手に練習を指示している名前の横顔が映った。温和そうな普段の彼女とは明らかに違う真剣な表情で、嵐は成程ねと理解した。
先程『特別賞を受賞した舞台』として紹介されていた舞台は、名前が手掛けた物だったのだと。本人は役者というよりも脚本や演出を専門にやっていたと言っていたが、こういうことだったのだろう。


「どうしましたか、鳴上先輩。私を個人的に呼び出すなんて珍しいですね」
「司ちゃんに見せてあげたいものがあって。きっとまた少し見る目が変わってくるんじゃないかしら?」


Knightsはあまりプライベートで一緒に行動しないはずなのだが、どうして突然嵐が自分を呼び出したのかと不思議そうに首を傾げながらも席につき、プロジェクターに映し出される映像を見始める。
そして言葉を失った。ついこの間、似たようなものを生で見たはずだったけれど、それとは違う物だった。


「……」
「これがあの子の実力らしいわ。演劇科期待のホープ、かしら。司ちゃん?」
「……いえ、本当に、本当に素晴らしかったです。えぇ、改めて尊敬をしてしまう程に。普段は優しいですが端々から感じるお姉さまの向上心やprofessionalな意識は私も見習うべきだと思っていましたが、……」
「なぁに?」
「けれど……あの日のような笑顔が無かった」
「アタシもそれが気になったのよねぇ。別に学校の求めるような舞台をやってるわけでもない。むしろ型破りな所もあるし完成度もすごく高い。なのに、出演者が心から楽しんでるような気がしない」


それがつい先日行われた演劇部での公演でヒロイン役に浮かない顔をしていた原因だろうか。DVDをしまおうとした時、ケースの裏側にある紙の中に挟まっていたメモに気が付く。
それを取り出して目を通すと、彼女の中で整理が本当に付いた時に本人に渡してください、という日々樹が書いたらしいメモだった。名前に渡すようにと言っておきながら本当は彼女の知り合いに最初から見させるつもりだったようで、嵐は三奇人と呼ばれる彼の行動は分からないと肩を竦める。


「プロデュース科に来たのはこういうことね。こんな舞台を作る子がステージを本気で考えたらどんな風に化けるのかしら」
「一度練習を見て頂きたいですね。この高みまで行ったお姉さまは一体どんなmenuを指示してくれるのか、興味があります」
「うーん、凛月ちゃんはともかく、泉ちゃんが許可するかしら?まだアイドル科としての実績が分からない分、下手に動くのは嫌がりそうねぇ」


それでも興味があるのは嵐も同意見で、一度彼女が担当するドリフェスを見て見たいというのが本音だった。

昼食時間が終わる前に二人は教室へと戻ろうとしたのだが、三年生の教室のある廊下から疲れた顔をして戻って来た名前と鉢合わせた。ただ、やつれた顔をしていて「あの部長本当に許さない」と呟いているのだから振り回されたのだろう。


「お疲れさまです、お姉さま。お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「……日々樹部長の事はもう仕方がないとして、些細なことなんだけど同じクラスの狼っぽい雰囲気の子に邪魔だ退けって言われて、更に廊下ぼんやり歩いてたら綺麗な人だったけど邪魔なんだけどアンタって言われて……肝が冷えた……」
「お姉さまにそんな無礼なことを言う人間が居るのですか!はぁ、嘆かわしい限りです」
「同じクラスの子は晃牙ちゃんね。うーん、あの子はそう言いながらも可愛い所ある子だから。でももう一人って誰かしら」
「その人の方が怖かったの!睨まれたしもう会わないといいな……アンタ最近ゆうくんと話してるでしょとか訳の分からない因縁付けられたし……」
「……」


名前の叫びを聞いて司と嵐は冷や汗を流しながら無言で目線を合わせる。名前に因縁を付けたという人の特徴が自分達の知り合いと合致してしまったからだった。
瀬名泉ーー現在のKnightsの暫定リーダーである三年生で、後輩いびりが趣味だと本人も言っている。
折角練習を見てもらうよう話を持ちかけようとしたのに余計なことをするし、あの人は鬼だと悪魔だとつい罵倒したくなる気持ちを抑えて司は唸った。


「あ、あの、名前ちゃん?その人にも多分悪意はそれほどなくて……」
「あっ、水筒に〜ちゃんの机に忘れて来た……!ごめんね、ちょっと取って来る!」
「あーら行っちゃった……三年生の教室で今日は食べてたのね」


意外と交友関係も広まってると感心したように小走りで戻っていく名前を見送っていたが、横に居る少年がわなわなと肩を震わせていることに気が付いて視線を逸らして乾いた笑いをすることしかできなかった。


「鳴上先輩!」
「泉ちゃんの壁はちょっとまだ高そうねぇ」
「くっ……私たちが、私がお姉さまにご指導してもらうchanceを!」
「元々泉ちゃんだったら新米プロデューサーの協力なんて役立たないとか言いそうだと思ってたけど、更に因縁つけられたんじゃ、難しいわねぇ」
「〜っ、もういいです、こうなったらやけ食いします!お姉さまにお菓子を作ってきてもらう約束をしてもらいましたが瀬名先輩達の分まで全部私が頂きます!」
「そんな約束してたの?ちょっと、アタシの分は残してちょうだいよ!?」
「こうして避けられている間にも、ra*bitsやtricksterの方達はお姉さまに協力してもらっているんでしょうね。えぇ、だってお姉さまはそちらのunitと親しいのですから」


明らかに拗ねている様子の司に嵐はどうしたものかと頭を悩ませる。司にしても嵐にしてもknightsとして名前と親しくしているのではなく、あくまでも個人の交友関係に留まっている。それでも独り占めを望んでしまうのは我儘であるのかもしれないが、それさえも可愛いと思われるのは司の人徳なのだろう。