Queen of bibi
- ナノ -

女王を携える王の務め


明日はとうとうジャッジメントの当日を迎える。だが名前の前に積まれた課題はまだ片付いてはいなかった。何せ彼らの衣装作りが終わっていなかった。
どうやらレオ率いる相手側は衣装を既に用意しているのだが、名前はというと作れるとはいえ、プロレベルの腕ではない為に一着を仕上げるのに多少時間がかかってしまう。
それは分かっていた筈なのに、Knightsが歌える曲を集めて来ることにも奔走した結果、前日の夜中だというのに全員分が終わっていない状況だ。

「司くんが今回はキングだから……ちゃんと、それ用の衣装を、用意しなくちゃ……」

マントのデザインを描いたスケッチに手を加えながら、他のメンバーの衣装をミシンで作り上げていく。
マントに使用する金色の模様は刺繍ではないが、それでも見栄えよく、遠目からでも映えるようにデザインをしようと修正を繰り返していたのだが、ペンを握って机に向かっていた筈の名前の意識は、時計が午前3時を迎えた辺りで重たくなった瞼は無意識のうちに閉ざされ、心地よい微睡みに身を任せるように布を手に持ったまま、ぷつんと途切れた。

寝てはいけないーーそう思ってはいた筈なのだが、その意識が頭を覚醒させるのはそれから数時間後のことだった。
ふっと夢の中で衣装を仕上げなければいけないという意志が浮かび上がってきたと同時に名前は飛び起きる。
何時に眠ってしまったかという記憶が曖昧なのだが、椅子に座ったまま眠っていて、手には布が握られている。窓の外には朝日が見えて、名前はさっと青ざめた。

「ま、まって、私寝ちゃった!?えぇっ、凛月くんの衣装途中だし、司くんのまだ衣装まだ細かい所出来てないのに!」

学校に行く時間までもう一時間半ほどしか時間が無い。寝起きの意識をはっきりさせる為に窓を開け放ち、肌寒い空気を取り入れながら名前は何とか間に合わせようとミシンを動かす。
今、彼らに自分が出来ることと言えばこれだけしかないのだ。せめて、完成させなければ。


ーーレオがKnightsに宣戦布告をしてから一週間が経った決戦の日。名前は仕上がりきっていない衣装と差し入れを持って学校へと向かった。一応放課後から一般の観客を招いて行われるから時間はある。
昼休みには眠っている凛月はともかく、嵐の服のサイズを確認する為に衣装合わせをして確認を行い、手縫いできるところは手縫いで進めていく。しかし、急いでいる時に限って時間の経過というものはやけに早く感じるもので、あっという間に放課後になってしまった。

あと少しで終わる、という焦りを感じながらも、荷物を全てをもってジャッジメントが行われるというステージへと向かうと、豪華絢爛な物が目の前に広がっていたから思わず唖然とした。
騎士の在中する城を思わせるような中世の趣ある装飾で、B1の予算とは思えない程立派なステージが出来上がっていた。
しかも、このステージ案は名前が駄目元でまとめて、英智に提出することになったものだった。まさか、彼が予算を使ってこのステージを作り上げてくれたのだろうかと思うと感謝してもしきれないが、同時にレオが集めてきたのは強豪ユニットのリーダー格という話を思い出して嫌な予感がした。
Knightsの控室はどこだろうとステージの袖できょろきょろしていると、着替え終わった嵐が舞台袖から出て来て名前を手招いた。


「名前ちゃん、こっちよこっち!」
「嵐ちゃん!先に皆着てくれてるの?自分で作って置いてなんだけど、似合ってて格好良いよ」
「もう、格好良いって言われるのは悪くないけど、どうせなら美しいとか言って欲しいわね」
「あはは、勿論凄く綺麗だよ。美人さんっていうか」
「あらもう、そうやって乗せるのが上手いんだから。というか、そういうのはあんまり他の人に軽い気持ちで言わない方がいいわよ?」


友人を褒めたい時に褒めるのは当たり前なのではないかと瞬いている名前に、嵐はこれも彼女らしい魅力ではあるけども、と物憂げに溜息を吐く。同じことをKnightsの後輩が言われたらどんな反応をするだろうかと想像して、分かりやすいものに違いないと頷く。
二人で会話をしている声に気付いたのか、同じ舞台袖に控えていた三人が顔を出す。既に出来上がっていた衣装を渡していた凛月と泉、そして名前がまだ手に持っている衣装を待っていた司はやや緊張した面持ちだったが、笑顔を見せてくれる。


「名前さん、お待ちしておりました!」
「やっほー、このステージ名前が考えたんだって?あとこの衣装もありがと」
「まぁ、これからの大一番に気合が入りそうな衣装だとは認めるよ。かさくんのだけ間に合ってないけどさぁ」
「ご、ごめん司くん!昼休みまでにはちょっと間に合わなくて……!でもあとは実際に試着して手直しするだけだから!」
「いえ、ここまで皆さんの衣装を仕上げて下さっただけでも感謝していますし、私の衣装も特別に仕上げてくれていることは鳴上先輩から聞いていますから」
「さっさと着替えて来てよねぇ?もうそろそろジャッジメントが始まるんだからね」


そう言って踵を返した泉の横顔は今までにない程に緊張感があり、何時も自信に溢れている彼がこれから始めるジャッジメントに余裕などないことが感じ取れた。けれど、彼は仲間の前に立つ時はそんな表情を見せないように努める。曇った表情を見せたのもたった一瞬で、勘違いだったのではないかと思ってしまう程だ。
しかし、相手はKnightsの王さまなのだ。泉の旧知の仲なのだ。他のメンバーよりも、思う所があるのは事実なのだろう。

ジャッジメントが始まる前のぎりぎりの時間。凛月の作戦通り泉と嵐は先鋒を務める為、既に舞台袖でスタンバイをしており、少し離れた所で名前は衣装に着替えてもらった司の身長や体格に合わせて最後の手直しをしていた。
今回、司はKnightsのキングとしてレオと戦うことになる。本来ならばリーダー代理を務めている泉がキングとなるのが妥当であるだろう。
これは司が始めた喧嘩でもあるし、レオを王として活動してきた自分達にはない可能性を司に見出していたことも事実だ。


「私だけ少し衣装を変えて作って頂けるなんて、ありがとうございます、名前さん」
「ううん、だってキングなんだから。これ位は当然だよ。本当はもうちょっと懲りたかったけどね」
「その心遣いが司にとっては何よりの喜びです。しかし……私には、そんな大役が務まると思いますか?」
「……」


司が零した不安は、一年生が感じて当然なものだろう。経験豊富な先輩達が自分という駒を取られないようにKnightsの存続を決定するこの大一番で限界まで戦うなど――あまりに荷が重い役割だ。
もしも一騎打ちになってしまったら?
もしも自分一人で各ユニットのリーダー複数人と戦うことになったら?
先輩達の実力は司が一番よく分かっているし、これ程頼もしい人たちはいないと感じている。しかし、相手はそのKnightsを束ねていた王なのだ。
司の不安に揺らぐ瞳を見て、名前は固く握られた拳を包むように取る。自分には見合わない、など思わないで欲しかった。それを、正直に司に伝える事こそが今すべき事だろうと察知したからだ。


「うん。寧ろ司くんじゃないと無理だって私は思ってるよ。レオ先輩に声を届けられるのも、レオ先輩が予測できない可能性を引き出せるのも、司くんだからこそ出来るって信じてるから」
「名前さん……」
「期待を全部背負わせることになるのも分かってるけど……司くんのことを信じてるし、ステージでは一緒に立って支えられないけど、一緒に戦う気持ちで応援してるから」


――あぁ、その言葉が何より心強い。
Knightsに憧れて入った自分は先輩達との活動を通して実に多くの物を学ぶことが出来た。しかし、立ち止りそうになった時や、独断専行になってしまった時に、何時も名前の存在があったことを実感する。
行ってらっしゃい、と支えてくれる声がある。共に戦う、とステージや衣装を用意するという方法で支え、共に剣を手に取ってくれる人が居る。自分が好きになった人はやや人見知りな所があるも優しく、強い意志で鼓舞するような人だった。


「名前さんという女王が居れば、私も今回ばかりは王として存分に剣を振るうことが出来ます」
「……え」


彼が騎士として女王に仕える意志を見せるのは何時ものことだが、彼が自分を王と定めた上で女王と言ってくれるのは意味合いが違うのだ。言葉の綾なのだと分かっているのに、嬉しくなってしまう自分が居るのだから単純なものだ。
頬を染めて顔を俯かせた名前に、司は握られていた手を自ら握り返して「Knightsは消させませんし、全員で帰って来ます」と誓う。このジャッジメントが望む結果に終わるのなら、貴方に伝えるべき言葉があるという思いを秘めながら。


「お集りの皆さん!お待たせしましたぁ〜、ついにジャッジメントの当日だ!」

ジャッジメントの開幕は、明るく突き抜けた声によって知らされた。ステージに現れた、獅子の如く鋭い翡翠の瞳と無造作に束ねられた橙の髪が跳ねる鉄砲玉のような青年、レオの登場に、彼の存在を知らない観客は疑問を覚えてざわざわと波紋が広がる。
何せ、Knightsという強豪を相手にここまで大規模なドリフェスを設定した人がまさか初めて見るような人だとは思いもしなかったのだろう。

しかし、レオがKnightsの不在だった王であり、このジャッジメントはKnightsの内輪揉めの内乱で、内部粛清であることを聞いた観客は緊張感にしんと静まり返る。しかし、レオはその内輪揉めを痴話喧嘩と称した。殴り合って愛し合うと表現した所に、彼のKnightsへの愛情が滲み出ているような気がした。
レオの様子に、引っ張り出されるように泉と嵐は舞台へと向かう。二人の登場に、レオは呑気にも手を振るが、その刺すような威圧感に、両者の余裕は削ぎ落される。

先ず二人が出て、相手の持ち曲を全て引き出させ、相打ちになったとしても控える凛月と司に後を任せて敵を殲滅するという方法でKnightsはこれまで快進撃を続けてきたのだが。

「まぁ今回は、そう都合よくはいかないかもしれないけど?」

その戦法が上手くいくとは思っていない泉の自信のない発言に、レオは怪訝そうな顔で常に自信満々な瀬名泉らしくないと口にする。調子こけばこくほど輝く――なんて褒めているんだろうか褒めていないんだか分からない言葉をかけるレオだが、それが彼の最大限の泉への信頼感であるのだ。
そしてレオは観客に向かって笑い声と共に挨拶の向上を述べる。髪を掻き上げ、鋭いその瞳は獲物を捕える狩人のようだ。

――こうして、全観客にKinghtsの王「月永レオ」は破壊者として再び舞い戻ったことを知らしめたのだ。

しかし、レオと同じ衣装を着た紅郎となずなが、袖口から出て来て暴走気味なレオを制する。今回のレオはナイトキラーズの王であり、このデュエルのルールにおいて取られてはいけないキングの駒だ。彼は本気で愉しんでKnightsを潰しにかかる。
嵐は舞台に揃うメンバーに痛くなる頭を押さえていた。何せレオが揃えてきたメンバーは三年生のトップアイドル達だった。自分達もこの学園では実力兼ね備えたアイドルであることは自覚しているが、今回の相手はあまりに分が悪いことなど言われなくても分かっていた。

「実際はどうかは置いておいて、余裕たっぷりに見えてるんだったら俺は戦える」

それが、月永レオに鍛えられた最高の剣であるから。

それが例えどんなに強がりであっても、才能なんて無かった人間であろうと、努力と才ある男の信頼と愛情によって磨かれた人間だからこそ、この戦場を華々しくも踏襲する役目がある。引けない一線がある。
自分達のステージでかかり始めた曲は泉が愛した、耳慣れしたレオの曲ではない。誰もが一度は聞いたことがある様な学園で用意された一般的な曲だ。
だが、レオくんの曲を求めているのではなくて、レオくんという存在を再びこのKnightsに取り戻す可能性があるのなら――この間に合わせの曲でも存分に戦ってやろうと泉は意気込むのだ。