Queen of bibi
- ナノ -

Silver Trigger


ジャッジメントがレオによって宣言された放課後、司はガーデンテラスに小走りしていた。レオが突然提示してきた内部粛清はKnights全員に向けられた挑戦状でもあり、そして彼のKnightsを知らずに不満を覚えている司が与えられた試練でもあった。
レオと名前の姿を見付けてライブに集中出来なくなったことは確かだ。しかし、どんな理由があろうともステージの上でパフォーマンスを出来なければ意味が無いのだと、敗者になるだけなのだとレオが語っていたことに反論も出来なかった。レオのやり方が気に入らないとはいえ、まさにその通りなのだから。

今司がやるべき事は、ジャッジメントに備えて練習をすることだろう。何せ、現在Knightsが使っている楽曲は全てレオが作っていた物だ。
彼は条件として彼が作った楽曲以外でライブを行うことを提示してきた。つまりジャッジメントが行われる一週間後には、別の楽曲を用意した上で踊りと歌を完璧な物に仕上げなければならない。しかし、一曲で足りない事など重々承知だ。
レオが一体どんな助っ人を呼ぶかは分からないが、レオが居る限り相手のチームは持ち曲に関しては尽きることが無い。とはいえ、彼もこれから助っ人を募ると言うならそのメンバーもまた練習時間は一週間であるからその点に関しては同じ条件なのだ。益々言い訳など出来ない。

司が辿り着いたガーデンテラスの席の一角、そこに見覚えのある横顔が真剣な表情でペンを走らせて何かを描いている様子だった。その表情は彼女がライブや舞台を担当する時に見せる表情そのものだった。
思わず足を止めて、一瞬声をかけるのを躊躇ってしまうが、司は拳をぐっと握ると名前に近付いて声を発した。


「名前さん!」
「えっ、司くん?」


急に名前を呼ばれたことに驚いたかのようにびくっと肩を跳ねさせた名前は振り返り、そこに居た司に瞬いた。
名前の手元にあるクロッキー帳にはステージのイメージらしきものが何パターンか描かれており、不思議とそれがKnightsをイメージしている物だと直感で司も分かったのだ。
レオが名前にも協力してもらっていると言っていたから、恐らくこれはジャッジメントのステージの考案図なのだろう。


「司くん、今日は……」
「……Leaderにお聞きしました。『ジャッジメント』では名前さんも協力するのだと。……本日は、無様な姿を見せてしまいました。名前さんも、来ていたんですね」


出来ることならば彼女には格好いい所ばかりを見せたいというのが司の本音ではあるが、やはりまだまだ未熟者だった。
DDDの時から、名前には恥ずかしい所も見られてしまっていると思い返しながら苦い笑みを浮かべる。
ライブ中に大きな失敗をした訳では無いが、彼のパフォーマンスを知っていると集中し切れていないことは名前にも分かったのだ。


「でも、次は、良いパフォーマンスを、ライブを見せてくれるんだよね」
「え……」
「司くん、レオ先輩にジャッジメントの設置を頼まれて協力してるけどね、私は司くんたちに勝って欲しいの。だって、今のKnightsの雰囲気が好きだし、出来ることならレオ先輩にも加わって欲しいから」


名前が知っているのは個人主義で空中分解をしてしまいそうだったKnightsではなく、段々と絆が出来始めて逆境から復活を遂げて来たKnightsであり、そんな彼らが好きだった。
しかし、四人でKnightsでは無いことは分かっている。本来リーダーではない泉が無理をしてリーダーとしての役割を果たそうとして無理をしているというのはスターマインでも感じたことだし、王が帰還してこそ新たな一歩を踏み出すことが出来るのだろう。
けれど、レオが還って来る為には、新たなKnightsの切っ掛けとなった一年生の光――司と正面から向き合う必要があったのだ。これは新旧の戦いでもあるのだ。

――だから、ジャッジメントで彼の力を全て見せて欲しいのだと名前は語る。
それは司の実力を信じているからこそ出て来た言葉だった。無様な姿を見せても呆れるのではなく、信じて見守ってくれる彼女の存在がどれ程心強いものなのか、きっと本人は知らないのだろう。


「えぇ、勿論です。ジャッジメントでは最高のperformanceを見せたいと思います。何時も……名前さんの優しさに甘えてばかりですね、私は」
「そんなことないよ。後輩に頼られるのは先輩としても嬉しいし」
「……先輩、ですか。そうですよね。……是非とも今回も、ご指導の方、お願いします」


司は今の自分の笑顔がぎこちなくなっているだろうと感じながらも、彼女の厚意を受け止めようとする。ジャッジメントまでもう一週間ほどしかないが、名前に協力してもらえる心強さを感じているのに、贅沢な自分は彼女にとってただの後輩でしかないのだという現実に悔しさも覚えるのだ。

リーダーにも名前を覚えてもらえない新入り扱いで、未だに未熟者だ。けれど名前は、騎士の一人として自分のことを見てくれていた。
このジャッジメントを乗り越えたら。月永レオに勝つことが出来たのなら。
もう少し我侭になってもいいのではないか――そんな思いが過り、司は名前を見詰める。私にとって貴方はただの先輩でもなければ、"お姉さま"でもないのだと、彼女に伝えたかったのだ。
勿論、それを口にしてしまった時、これまでの関係が崩れてしまうことなど百も承知だ。けれど、貴方を慕っているのだという事実を真摯に伝えたい想いが司の中で膨らんで、限界を迎えていたのは確かだった。
彼女に触れることが出来たらどんなにいいか――思わずその頬に手を伸ばしそうになって、司は我に返ったようにぐっと堪えた。


「あんずと話してたけど、レオ先輩の曲は使えないから、学校が用意してある曲を何曲かピックアップしてくるけど、皆に言えることだけど違う振り付けを覚えてもらうようになるけどいいかな?」
「はい、時間もありませんし、何時もより厳しいlessonでも付いて行きますよ!」
「そんな風に言ってもらえると、私の方が司くんに甘やかされてるなーって思うんだよね。何時も、ありがとう」


これまでの舞台での練習の経験もあって、司が自分とのレッスンを楽しんでくれている所もあるのが、名前にとっては嬉しい以上に救いでもあった。
だからこそ、彼はアイドルであると分かっているのに、惹かれてしまったのだろう。ちらりと司を覗き見ると、僅かに頬を染めながらも嬉しそうに顔を綻ばせて笑う司がそこに居た。

「私としては甘やかせているとは思っていませんが……名前さんもそう思っているのなら、嬉しい限りですね」

こちらこそ感謝してもしきれないのだ。未熟者である自分の面倒を見てくれるだけではない。その個人レッスンをしている間は、彼女を独り占めすることが出来る時間なのだから。


ーージャッジメントの準備はこの日から着々と、急ピッチで行われていた。
名前が提案したステージの案を生徒会長だからだろうか。何故か英智が受け取りに来て、これはいいねと満足気に笑うとあとは任せて欲しいと告げてそのまま企画書を持って行ってしまったのだ。ジャッジメントはB1と言う扱いで、非公式戦であり学院側の協力は見込めない筈なのに、英智に持って行かれてしまったのは良かったのだろうかと少々頭を悩ませていたがこれまで敬人から何もお咎めは無い。
そして衣装も取り敢えずはKnightsの文を用意すればいいとのことで、ステージの提案を終えた名前は取り敢えず衣装作りと司たちのレッスンに付き合う日々だった。


「どうでしょうか、名前さん。私一人ですと、どうにも自画自賛してしまうので何か気になる点がありましたらご指摘頂けると幸いです!名前さんも忙しいとは分かっているのですが、私に時間を割いて下さりありがとうございます」
「ううん、いいのいいの。でも、指摘するって言っても、アイドルのステージは私も何時も勉強させてもらってる位だし、指摘出来るほどの技量はないんだよね……指導者が居てくれたらいいんだけど。私が出来るのって練習メニュー組むこととステージを考えることと、あとは最近だと衣装を作ることだけだし」


もうちょっと為になるアドバイスなどを出来ればよかったのに、と苦い笑みを浮かべる名前に、そんなことはないと司は首を横に振った。B1という扱いのジャッジメントに参加するとなれば、学院側の協力は本来見込めないのだ。しかし、名前はTrickstarの北斗に頼んで、曲を学院側から借りる際にTrickstarのイベントのBGMとして使うという言い訳をして曲を何曲か入手をしてきたし、更にステージの道具に関しては足りない分を含めて、名前が普段はあまり頼み事をしたくないと言っている筈の渉に話を付けていたのだ。
そのことを名前が司やKnightsのメンバーに言っている訳ではないが、自分達の為にあちこち駆けまわって交渉してくれていることに感謝してもしきれなかった。


「衣装は取り敢えずあんずと手分けして急いで作ってて、間に合わせるつもりだけど仮縫いとかになっちゃったらごめんね……レオ先輩の方の衣装は何だか向こうに衣装を用意できる人が居るらしいからいいって言われたんだけどね」
「あぁ、やはり甘えてばかりです。名前さんが以前から衣装作りなどをしていたとはいえ、その向上心や取り組む姿勢は私も学ばなければいけませんね。Leaderが用意できるとは思えませんし、助っ人の方々でしょうか。流浪人に見えるというのに、不思議と人望があるようですが」
「なんだか憎めないというか、ついついレオ先輩が何をしてくれんだろうって気になる感じが魅力なのかな。あはは、私も何だかんだ協力してるし」
「あんな奇特な…いえ、変わっている方にも手を伸ばす名前さんはお優しいですね」


レオの勢いに呑まれた半分、彼の経緯が他人事のように思えなかった分、協力をしている所もある名前にとって、果たしてこれが優しさと言えるのだろうかと首を傾げたが、Knightsのメンバーや何より部長の相手をしていることで大分この学園の変人にも慣れてきている所があるのは事実だ。
生真面目だが時に辛辣な言葉遣いをする辺り、礼儀を重んじているけれども何処か子供っぽさが残る所だけは少々レオと通じる所があるのかもしれない、なんて言ったらきっと司は即座に否定をするだろう。


「Knightsの皆さんはどうしたのでしょうか。私だけがLessonをしているのは、名前さんを独占出来るという意味では有難いのですが、少々不安になってしまいます。私だけでもジャッジメントには参加しますが」
「放課後になったと同時に嵐ちゃんも教室から居なくなっちゃったんだよね」
「……そうですか。個々が力を伸ばさなければいけない。その点については私も賛成します。しかし、個人が統率せずにばらばらに動くのではなく、共に手を取り歩んできたからこそ、今のKnigthsがあるのだと思っています」


初めこそは排他的で、落ち目だと言われていたKnightsだったが、挫折を経て行動を共にすることでKnightsのメンバーは志を同じくする仲間ではなくもはや家族のようになっていた。スタジオに戻ってくるとついついただいまと言ってしまいそうになる程だった。

「お兄様たちに愛想を尽かされない程度に……せめて手のかからない末っ子として皆さんの傍に居たいです。これから先も、私は『Knights』として」

その言葉に返したのは名前ではなく、間延びした"兄"の声だった。
レッスンルームには司と名前しか居ない筈だった為に、司はびくりと肩を揺らして振り返り、物置の扉が開いて姿を現した凛月の姿に目を瞬かせた。何故こんな所で待機していたのだろうかという疑問を抱いて当然だろう。しかし、名前はそこに居たのかとでも言うように肩を竦めた。


「凛月くんおはよう」
「おはよ〜、というかちょっと俺のこと忘れてたでしょ?ひどいなぁ、今日ここでレッスンするって言われたから忘れないように物置の中で寝てたのに」
「そんな所で一日寝ていたのですか!?衛生的に良くないですよ」
「ジャッジメント当日に起きていられるように、今から昼夜逆転を直そうと努力してるんだけど?同じクラスだし名前と、あと名前が居ない時はあんずにも頼んで一日一時間ずつ早めに起こしてもらってるの」
「凛月くんすぐ起きないし手間取ってたけどね。あと一時間〜とか血を飲んだら起きるからさぁとか言ったり」
「名前が血をくれたら元気になるよ〜俺」
「良くないです!凛月先輩、名前さんを困らせないでください!」
「えぇ〜?ス〜ちゃんはケチだなぁ。ス〜ちゃんも飲みたいの?」
「の……っ、血を飲むなんて普通の人がする訳がないでしょう!」


名前が指先に垂らした血を、手を取って舐め取る様子を頭の中で想像し――司は一瞬揺らいだが、良くないと頭をぶんぶんと横に振る。手の甲に口付けるのならまだしも、背徳的な事を想像して高揚するなど、騎士にあるまじき行為だ。

「あぁ、そうそう。ス〜ちゃん、指導者が欲しいんだっけ?」

指導者が欲しいという会話を聞いていた凛月は名乗りを上げた。零がTrickstarの師匠を満喫しているから彼の真似をしてみると語る凛月の話をもし零が聞いていたのなら歓喜していた事だろう。凛月が指導を名乗りあげたことに、司は顔を輝かせて身に余る光栄だと喜ぶのだ。
自分のレッスンさえ、レッスンの時間を忘れて参加しないこともある凛月が人の面倒を見るというのはあまりにも珍しかった。しかし、観察眼がある凛月は面倒見を除けば指導者として優秀だった。

「俺も同じ気持ちだよ、ス〜ちゃん、『Knights』は個人主義の集まりだけど、だからって独りぼっちって訳じゃないんだから」

凛月もまた、司と同じようにKnightsという居場所が心地のいいものに変わっていたし、後輩である司の兄のようなポジションであると感じるようになっていたのだ。
会話を弾ませていたその時、ジャッジメントで対戦をする予定の、レオが臨時ユニットとして集った敵を偵察してきた嵐と泉が帰って来た。

もっと簡単に情報が手に入ると考えていたのだが、放送委員を務めているなずなが仲間に入った為に情報操作され、なかなか敵のユニットを把握することが出来ずに手間取ってしまったようだった。
しかし、真を利用――もとい、正当な方法で説得をした結果、誰かまでは詳しく分からなかったが、強豪ユニットのリーダーなどを引き連れており、ナイトキラーズという名前を付けた臨時ユニットで、レオは手加減も無く本気でKnightsを潰しに来たのだ。

負ければKnigthsは解散になるし、余りに手強いメンバーが集まって来ている事実を耳にすると不安も募るものだが、泉たちは余裕のある笑みさえ浮かべていた。大物食いをするのは何もTrickstarだけではなく、自分達もそうなのだと。例え相手が自分達を知り尽くした王様であっても、全員で何時も通り華麗に優美に相手を蹴散らすまでだ。
そんな現在のKnightsの在り方が家族のようだと感じているのは、何も司だけではなかった。それは他の三人も同じように感じていることで、何時しか居心地が悪くない止まり木のような場所だったKnightsが、居心地の良い還るべき場所へと変化していたのだった。

練習にKnightsのメンバー全員が揃い、ジャッジメントに向けての最後の追い込みが始まる。真剣な眼差しで練習メニューと時間を組み立てている名前の姿を横目で見ながら、司は練習に熱を入れる。彼女にもまたKnightsの再出発を目撃して欲しいし、何より自分が真の意味で騎士となった姿を見てもらいたかったのだ。
そしてその暁には。

「……今は、そのことを考えるのは止めましょう」

彼女に後輩としてではなく、男として見てもらう為にも、剣を手に取るのだ。