Queen of bibi
- ナノ -

舞台を愛した女王と王


Knightsの王、レオが戻って来たはいいものの、彼は一度としてKnightsの活動に参加することは無かった。しかし、次から次へとライブの依頼だけは取って来て、四人は連日のようにライブ活動を行っていたが、レオが参加しない事に流石に不満も募ってくる。
レオをよく知っている泉としても、自分勝手に行動している挙句に高みの見物を決め込んでいることは面白くないと感じていたし、嵐はレオとほぼ入れ替わりでKnightsの活動に参加し始めたからそのやり方を左程理解している訳ではなく、何を考えているか分からないと疑念を抱いているようだった。
そして、最も不満を覚えていたのは未だにレオに名前を覚えられない司だった。騎士道や責任感を感じられないレオの言動や、折角復帰したというのに足並みを揃えようとしない破天荒な性格は真面目な司の常識を超えていたし、仕事を入れるだけ入れて顔を出しもしない身勝手な王に憤りを感じていたのだった。

――しかし、王が血を吐きながら守り抜いたKnightsという場所は、彼が良く知る物ではなくなっていた。
半年以上の空白が、彼の記憶に残る剣のように研ぎ澄まされた闘志と、馴れ合いなどを必要としない個人個人の練度を高めて蹴散らして来た記憶を、古い過去の物としていたのだ。
戦意が無くなり、仲良しごっこをしている腑抜けたKnightsなど『レオのKnigthsではない』。それを見極める為に連日あんずにライブを設定してもらっていたのだが、取り敢えず現時点で決まっていた最終日のライブを、名前も見に行っていた。

Knightsの人気が夏のデュエルを経て再び戻って来たこともあって、連日のライブと言えども結構な数の人が会場に入っている。
司たちには今日のライブを見に行くことを伝えていなかったが、プロデュースの仕事の合間を縫ってあんずにチケットを融通してもらい、会場に入ったのだが、見知った後姿を見付けた名前は瞬いた。


「あ、あれ、レオ先輩?」
「ん?あぁ、名前か!うっちゅ〜」
「う、うっちゅ〜……?いえ、そんな事よりどうしてこっちの会場に来てるんですか?ライブに参加はしなくて……?」
「俺が参加する必要はないからな!何せ、これは今のあいつらの力量を測るためのライブだ。俺が参加すると意味なんかなくなるだろ?」


未だに意味が良く分からない特殊な挨拶を交わし、朗らかな笑みを浮かべながらもレオの切れ長な瞳はステージを射抜くように捉えていて、笑みの中にも相手を刺すような研ぎ澄まされた威圧感や戦意が見えるようで、ぞくりと背筋が震えた。
リーダーが全く顔を出さないのにも関わらず連日ライブを次々と入れられていたことに他のメンバーが不満を覚えていたことは名前も知っていたし、その真意を理解していなかった。
レオが意図して行っていたという事実に、名前は咄嗟に言葉が出て来なかった。


「しっかし、何度も見てて思ったけど
、新入りが力不足でも誰も咎めない。寧ろまだ一年生だから、って甘やかしてる。俺がいない間にぬるま湯に浸かったというか、俺の知るKnightsじゃなくなった訳だ」
「っ、司くんはそんな……!」
「敵は戦場で待ってくれない。今回は調子が悪かったなんて言ったってそんなの言い訳でしかないし、ステージで最高のパフォーマンスが出せなければ敗者になるだけだ。惨めに消えるだけだ」
「……」


レオは抗争時代を駆け抜けてきたからこそ排他的で、実力主義だった。それこそが過去のKnightsの在り方だったし、寧ろレオがKnightsその物だったのだろうとは感じられた。共に騎士として他を圧倒するユニットの在り方に一種の絆というか、共通意識というものがあった。
しかし、現在は仲間意識が芽生え始めて過去の個人主義で殺伐とした雰囲気では無くなっているのが現状だ。レオが知らない間に変化したKnightsが進化しているのか、それとも退化しているのかーーそれを王として確かめたかったのだろう。

けれど、名前はレオのやり方に何処か納得している部分もあった。彼はKnightsを守って色々な物を捨てて壊れたのだと、レオが戻ってきた頃に泉が以前口にしていたのを名前は覚えていた。
何故か、その話が他人事のように思えなかったのだ。

ユニットを自分の色に染めあげ、圧倒的な才能と行動力と闘争心で駆け抜けたエゴイスト。
そんな在り方が不思議と、自分がもし未だに演劇科に居て、自分の過ちや周りの声に気付かずに現在も突き進んでいたのなら彼と同じように壊れていたのかもしれないと直感するのだ。
ーー確か、運良く壊れる前に逃げられたのだ、と泉に言われたことを名前は思い出す。


「……レオ先輩は、変化することを望まないんですか?」
「?お前、変なこと言うな?あぁ、でもあいつらの実力次第でその方針に従うことも考えてる。なぁ名前。あんずにも頼んでるけど、一週間後に俺はデュエルを計画してる。あいつらと仲良いだろ?だから、それの手伝いをしてくれ!」
「いいですけど……どのユニットに挑戦状を送り付けるつもりなんですか?」
「あぁ、今回のデュエルは特殊なものでさ!内部粛清……限界までやり合って、内部の膿を吐き出させるジャッジメントだ」


内部粛清ーー不穏な響きに、名前の表情は凍り付くが、対照的にレオの表情は生き生きとしていた。
今はまだレオのKnightsである。そしてレオのやり方が気に食わないのなら、愚痴るのではなくステージで徹底的にぶつかり合うのがKnightsの伝統だった。しかし、伝統とはいえ、ジャッジメントは常に遺恨が残るデュエルだった。

「……レオ先輩と、四人が……」

もう間もなく始まるステージに視線を移し、名前は拳を握りしめる。
感情でつい異議を唱えたくなるが、ここでその行為を間違っていると否定することの方が間違っているのだろう。
恐らく、王が帰還した今、Knightsが躍進する為にも、そして過去を受け止める為にも必要なことなのだ。
決意を固めて、名前は頷いた。見守るべきなのだろう。最大限、今まで自分が触れてきたKnightsのメンバーに出来ることは協力しながらも、内部粛清の結果は部外者なりに、そして友人なりに、甘んじて受け入れる覚悟を決めたのだ。

レオと名前が座席でライブが始まるのを待っている丁度その時、Knightsの四人は舞台袖で準備を始めていた。インカムを付けて、手袋をはめ直す。舞台袖から会場を覗くと、連日ライブをしているのにも拘らず、会場の席は埋まっていた。これもKnightsの人気が回復しているという象徴なのだろう。


「今日も結構な人が来てるねぇ」
「流石に連日ライブをこなすのもハードだわぁ」
「しかも、Leaderが一切参加していないというのが尚更腹立たしくありますが……」


連日ライブを行うのも非常に疲れるもので、身体には鉛が乗っかっているような気怠さがあった。しかし、だからと言って疲れていると言い訳も出来ない。レオへの鬱憤が溜まっていくばかりだが、ライブに来てくれるファンには全く関係の無い話だろう。
今日も何時も通り、四人がステージに立つとファンが振ってくれる色とりどりのサイリウムの色が輝き、会場は一気に華やぐ。曲が始まり、息を吸って喉を震わせ、動き始めたと同時に司は自分の身体の重さに苦い顔に変わる。十分な休息を取っているつもりでも、休みなく仕事をしていると未だに未熟な自分の身体は悲鳴を上げるのだ。
それでもステージに立っている以上は何とかこなして見せなければ、と思うのだが――司は、歌っている途中である人の姿を見付けて目を開いた。

ーー名前さんと、Leader?

観客席の中央の方に居た、見覚えのある人の姿に、司は沸騰しそうな感覚を覚えた。何故、ライブを設定するだけ設定しているのに。Knightsのリーダーであるのにライブには参加せずに観客席でにやにやと笑いながら高みの見物をしているのだろうか。
それに、パフォーマンスが低下していると自覚しているこのライブを名前が見に来ているということに焦りも覚える。無様な姿は見せられないのに、リーダーであるレオの存在が気になって集中力が続かない。
全てが空回りし始めてパフォーマンス中と言えども集中が途切れているのを自覚していたが、軌道修正をすることも出来ない。そんな司の様子に他のメンバーも気付いてはいたのだが、連日のライブということもあってフォローしきれなかったのは確かだった。

「司くん……」

ライブが終わった後、あーあとつまらなさそうな反応をするレオの横で、名前は表情を曇らせる。
Knightsのライブを何回か見ているからこそ、司が本調子では無いことは直ぐに分かった。それに、気のせいかも知れないが目が合ったような気がしたのだ。
レオが何故観客席に居るのか、当然疑問に思うだろうし、生真面目な彼のことだから憤りも覚えるだろう。目が合ってから集中力が散漫になっているような気がしたからこそ、彼の感情も分かるし、レオの主張も分かるからこそ心苦しいのだ。


「Knightsは俺の青春だ。血液だ、魂だ。けど、そんなKnightsが俺にも勝てない位に落ちぶれたなら、俺は自分の手でKnightsを消すよ」
「レオ先輩……私は止めませんし、準備には協力します」
「おおっ、助かるぞ〜!けど、セナ辺りに小言言われそうな気もするけどそこは俺もフォロー出来ないしする気もないからな!」
「……た、確かに瀬名先輩達には言われそうですけど。けど……あの四人は、絶対に、限界を超えてくる」


レオが脱落の烙印を押すような騎士達ではないと、名前はこの半年の時間を共にして確信をしていた。確かに連日のライブの疲れが溜まっているとしても、彼らの実力は、底力はこんな物ではないのだから。特に司は、新入りと言えども未知の可能性を数多く秘めているし、Knightsの光であるように感じるのだ。
確かに時折強引に動いて無茶に巻き込んだり、一年生故に上級生に付いていけない所もあるだろう。しかし、司が来たことによって確かに、時が動き始めたのだから。
しかし、レオもまた何処かで期待をしているのかもしれない。自分が知らない間に彼らが得たものが、過去の鋭さだけ磨かれた剣を折ってくれるのではないのかと。彼らが食い下がってくることも、レオとしては楽しみなのだろう。互いに鎬を削って限界まで競い合うその舞台に、焦がれているのかもしれない。


「ははっ、そうだったら面白そうだ!さぁ、ジャッジメントの準備だ。新入りが俺に文句があるって言うなら、ステージで聞いてやる。血が湧きたつような戦場か……いいな、名曲が、宇宙が広がるぞ〜!」


レオは目を輝かせるとペンを走らせて以前名前が渡したメモ帳に音符を羅列し始める。
彼の頭の中に浮かぶ音楽は優れた曲ばかりで、人の耳に残る音楽が多いことは確かだった。しかし、彼がknithgsの為だけに作り上げた曲が最も愛情の籠った作品であり、そして他を圧倒する武器であるのだと、レオ自身も自覚していた。

――そしてKnightsのリーダー、月永レオはジャッジメントを一週間後に行うことを、Knightsのメンバーが集まるスタジオで宣言するのだった。