Queen of bibi
- ナノ -

王様と新米の騎士


秋風が肌を攫うようになった季節――学校は二学期を迎えていた。制服も夏服から冬服に戻り、季節は折り返す。春から随分と密度の濃い日々を過ごしてきたが、不思議とあっという間に夏休みまで終えてしまったように思える。

それまで自覚していなかった淡く温かな感情も花火と共に弾けて、花開いた。彼に対して恋愛感情を抱いているなんて、気付かなかった方が良かったのかもしれない。

自分の為にも、相手の為にも儚く散らせてしまえば良かったのかもしれない。萎んでしまった赤い水風船を捨ててしまえれば、その感情は誰に知られることもなくひっそりと破裂して、名もない夢としてしまえればよかったのに。
自分はプロデューサーであり、彼らはアイドルだ。公私混合など度々椚先生が言っていた通りするべきではないと理解していたのに、理解したふりをしていただけだったのだ。


前までは自分の厳しめなレッスンにも着いて来てくれる司との個人レッスンが楽しかったけれど、今では彼と何を話したらいいものかと思い悩んでしまう。司は真剣にレッスンに励んでいるというのに申し訳なかった。
溜息を吐きながら階段を上ろうとした時だった。見知らぬ後姿の生徒が独り言を唱えながら頭を押さえて唸っている生徒が居たから思わず目を留める。


「ん〜?俺のクラスはなんだ?いや、というかどうして俺はここに居るんだ……!?まさか気付かないうちに宇宙人に攫われてアブダクションされてたとか!?」
「……」


見ては、いけなかったのかもしれない。

思わず名前はその視線を逸らす。三奇人と呼ばれている人やKnightsのメンバーも相当変わっているとは思っているが、発言が人間じゃないかもしれないと思ってしまう程に関わったら危険な匂いを感じたのだ。
切れ長の鋭く射抜くようなペリドットの瞳は悪戯っ子のような煌めきを宿しており、伸ばされた髪は適当に結わえられてぴょこんと髪が跳ねている。

何事もなかったかのように横を通り過ぎようとしたのだが、顔を上げた彼とばちりと目が合ってしまった。


「ん?何で女子が居るんだ?いやなんかそれどこかで聞いたような気がするな……待って、今思い出すから!答えは言わないで!」
「あの……」
「この間会ったと思うやつと顔が違うような気がする……?つまりやっぱりここは俺の知らない学校っていう可能性もあるし、いつの間にか宇宙の彼方に拉致されてたとか……?挨拶は大事だよな、うっちゅ〜!」
「は、はぁ、初めまして。……うっちゅ〜?」


普通に流しそうになったが、うっちゅ〜とは一体何なのか。疑問に思って首をひねっていると、彼は宇宙人とコミュニケーションを取る時の挨拶なのだと語った。成程、よく分からない。
妄想は音楽を生むと思考が既に逸れているらしい目の前の生徒に、名前は唖然とするしかなかった。部長である渉とはまた違う意味で会話が通じないのだ。

どうしたものかと頭を悩ませていたが、彼が「やっぱりこの間学校について教えてくれた女子とは違うな……」と呟きながら自分の顔をまじまじと見つめてくるから思わず飛び退きそうになる。彼の眼差しは見ているだけで彼の世界に、吸い込まれそうになる。
見たことが無い生徒はやはり居るものだし、もしかして登校拒否でも暫くしていた人なのだろうかと思慮する。彼は先程クラスが分からないと言っていたし、あんずらしき人から学校のことを教えてもらったと言っているのもそうだろう。


「あの、クラスとか、知ってそうな三年生に連絡しますか?……瀬名先輩、出てくれるかなぁ」
「瀬名先輩……?あぁ、セナか!懐かしいな!相変わらず口煩いんだろうな、わっはっは!」
「……?瀬名先輩をご存じ、というか……親しいんですか?」
「親しいも何も、俺がKnightsのリーダーだ!俺のKnightsだ」
「……」


予期もしていなかった言葉を出され、咄嗟に反応することが出来なかった。
声も出ずに、口をぱくぱくさせて彼の顔を見るだけ。彼がKnightsの、不在の王様。

見た目や喋っていない時の雰囲気から感じられる印象は騎士らしいが、その言動は三奇人――特に同じ部活の部長である日々樹渉以上によく分からないものだと唖然としていたのに、親しくしているあのKnightsのメンバーどころか、Knightsのリーダーは行方不明だと聞いていたがまさかこの人だったなんて。
どう反応したらいいのか分からず、思考が渦巻く。Knightsのメンバーは彼が復帰したことを知っているのだろうか――いや、知っていたら同じクラスの凛月や嵐、また司が王様が戻って来たということを教えてくれる筈だろう。


「えっと……私は二年生で演劇科からプロデュース科に来た名前です。レオさんのことは一応Knightsの皆から聞いてたんですが……」
「ふーん?演劇科ってことはお前、演出家?いいねいいね、舞台、演劇……感性が刺激されて新しい曲が生まれる!」
「あ、ちょっと!?紙貸しますから壁に書こうとするのはやめてください!」


恍惚とした表情でペンを手にした彼が壁に書き出そうとしたのにぎょっとして彼を止めると、傑作が消えてしまう、世界的損失だと訴えられ、焦ったようにメモ帳を差し出し、このままでは遅刻してしまうからとレオの背中を押す。
3年生の教室近くに彼を連れていけば誰かしら彼に気付いて声をかけてくれるに違いない。レオと話していたことで時間ぎりぎりになってしまい、教室に向かわないと間に合わなくなる。彼を放置していくのも忍びなかったので名前は「何か困ったら一応連絡してください!」と、音符が並べられたメモ帳の隅っこに自分の連絡先を書いて別れた。

そもそも話を聞いていないだろうし、意味もないお節介のような気もしたけれど、音楽を生み出すことに集中していたレオは小走りで二年生の教室に向かった名前の後姿を見て「名前ねぇ……」と呟いた。
曲作りをするに当たってこれは新たな、面白い刺激になりそうだ。


「名前さん!鳴上先輩!大変です!ああ、あと凛月先輩も!」

その日の放課後。

ホームルームが終わった2Bの教室に駆けこんできたのは目を輝かせた司だった。あんずからの報せを聞いた司は特に説明することもなく、どうしたのよと困惑する嵐の手を引っ張り、机に伏せて眠っている凛月を引き摺ってスタジオへ駆けだした。
途中で泉に声をかけ、司はやはり説明不十分だったが、めんどくさいと突っ撥ねかけた泉も司の勢いに圧倒されて渋々付いてくる。


「我らのLeaderが見つかったのですよ!」
「は、」
「え、王さま戻って来たの?」


暫くあんずが探していたとはいえ、突然の報せにメンバーの表情は変わる。警察でもお手上げの雲隠れをしてしまうレオを漸く見付けられて、学校に来るようになったのはKnightsにとってかなり大きい。
何処と無く嬉しそうなメンバーの表情や寄せられている信頼感に司は胸が高鳴る。この癖の強いメンバーをまとめ上げているリーダーというのはどんな人物で、どんな人格者なのだろうか――そんな想像を広げる司に、今朝会った人を思い浮かべて名前は視線を逸らす。
恐らく、司とは真逆のタイプだ。真面目で礼節を重んじる司と、破天荒を越えて常識外れの言動が目立つレオ。あの奇行を見たら司はどんな反応をするのか、目に見えていた。


スタジオの扉を司は意気揚々と開くと、そこに居たのは鼻歌を歌いながら、メモには入りきらず壁に音符を書き出している月永レオの姿だった。
司は不審者だと判断して通報でもしようかとしたのだが、レオの奇行に他のメンバーは引く訳でもなく、またやっているといった反応だった。
芸術家肌で、ややネジが外れている具合が強くなったような気はするが、レオは昔からこの調子だから見慣れているし、彼の性格に合わなかったメンバーが数多く脱退して行ったことも間近で見ていたから知っている。


「あら相変わらずねうちの王さまは」
「あ、王さまだ、やっほ〜」
「……えっと、今何とおっしゃいました?」


レオは振り返り、自分が良く知るメンバーの顔を見て八重歯を覗かせて満面の笑みを浮かべる。ナル、リツ、セナ――そう呼ぶ彼らは王様と共に戦い抜いた仲間だ。正しく言えば、嵐だけは面倒事が大きくなってきた時に、巻き込まれないよう参加率は非常に低かったのだが。
何も変わっていない彼らの様子に懐かしさを覚えながら、自分の見知らぬ顔が二人居るのに気付く。いや、一人は朝に会ってこのメモを渡した女子生徒だというのは覚えていた。しかし、見知らぬ顔の司は新入りだと判断し、今は名前を覚えるのはどうでもいいと一蹴する。

――王が玉座に戻って来たKnightsの復活。

心なしか士気が高まって喜ぶ泉たちとは対照的に、ついていけずに困惑する司は、助けを求めるように名前に声を掛ける。レッスンがあるわけでもなく、その日はそのまま解散となってしまったが、司は頭を押さえて名前に愚痴のような本音を零す。


「ま、まさかあんな人がKnightsのLeaderだったなんて……」
「確かにうちの部長と同じ位奇行は目立つけど……皆が歌ってるあの曲、全部その王様が作った物でしょ?……凄いよね、Knightsの為に作られた曲って感じがするから」
「それは……そうですが。あんなにも常識外れで変質者のような人だとは思いもしませんでしたし、私の名前をどうでもいいと……!」


名前の言葉にうっと声を詰まらせながらも、名乗っても覚えようとさえしなかったレオを思い出して司は拗ねたような顔をする。自分に実力がないから、未熟者だから、リーダーにとっては不足の新入りと見られているのだろうか。


「私は、まだまだ未熟者な新入りです。ですが、騎士の一員として認められたい」
「司くん……」


その為にはリーダーであるレオに対してもっと示さなければいけない。自分の誇り高き騎士の一人なのだと。王様を知るメンバーは王の帰還を喜んでいるし、過去を語り合うことができる。
その疎外感に悶々としていた司の葛藤を、自分がどうにか解決することは出来ない。けれど、司が居たからこそ、レオが居なくなってDDDで失速した後の今日までのKnightsがあると思うのだ。
拳を握り締める司の手を取って、その指に触れて拳を開かせる。司は驚きに目を開いて名前を見詰める。


「……少し強引にだったけど、司くんがデュエルを提案したからKnightsはもう一度注目されるようになった。……レオ先輩が居た頃のKnightsと今のKnightsはどうしたって違うし、司くんが居てこそKnightsなんだなって私は思うよ」
「……」
「あはは……なんて、偉そうなことをごめんね……でも、今のKnightsらしさって、司くんが切り拓いてくれた物なんじゃないかなって思うから」
「……名前さんにとって、私は騎士の一人に見えますか……?」


その問いかけをする声は、震えていた。
未熟者であることは自覚している。それでも彼女には格好良い所を見せたい見栄があるからこそいざ彼女に否定をされた時、取り乱してしまうだろうと分かっていたからだ。

しかし、司の問いに対して名前は目を丸くして、くすくすと笑った。
彼は、新米の騎士の一員だし、王が不在のKnightsしか知らない。自分と同様に、司も個人主義で内部のメンバーに対しても排他的だった頃は知らない。王が作り上げたKnightsのメンバーではないのかもしれない。それでも。

「初めから、ずっとそう思ってるよ」

それでも名前にとっては出会った時から、Knightsの騎士の一人だ。先輩達についていこうと、そして肩を並べようと必死に努力をしているアイドルの一人だ。

名前がそう思ってくれていることが嬉しくて、羞恥心に頬が熱くなる感覚を覚えて足を止める。その言葉を彼女から貰えることがどれだけ自分の心を掻き乱すか――彼女は知らないのだろう。

「……私は、何時からこんなに欲張りになってしまったんでしょうか……」

独り言のように呟かれたその言葉の真意を知るのは、本人しかいない。
願わくばもっと誇り高き、王様からも認められる立派な騎士となって、彼女の手を取れる一人の男として成長したかったのだった。