Queen of bibi
- ナノ -

花火に隠した心音


漸く一学期も終了して夏休みに入り、各ユニットがアイドル活動に精を出している中、名前は泉からある話を受け取っていた。

至極面倒そうに問いかけられたが、Knightsとして夏休みに出演出来そうなイベントは無いかという内容だった。デュエルが好評となり、Knightsの人気も戻って来ている中、夏休みにも幾つか活動をしてこの人気を盤石なものとするのは必要な事だろう。
仕事を取って来るというのはリーダーとしての責務でもあるかもしれないが、名前は泉がそのような活動をしている、或いはそんな話を持ち掛けてきたのは初めてだったのではないかと思っていた。彼はユニットを引っ張るというよりもどちらかと言うと縁の下の力持ちというタイプだ。

彼の話を聞いて名前が先生と掛け合って貰った話が港町で行われるスターマイン、花火大会を盛り上げる為のライブを行うというものだった。衣装は何時もの物でもいいと言われてはいたけれど、折角花火大会に参加するのだから集まる人が浴衣を着て来るように特別感を出して新しい衣装を作ろうかと考えていた。
各ユニットは夏休みと言えども忙しそうにしているが、名前としては学校があった時よりも時間が余っているから用意するには十分な時間だった。

しかし、その当日がくる一週間前ほどにTrickstarが出演をするライブを探しているということで真が居るということもあってか泉が承諾した為に合同ライブとなったのだ。
翌日の遠出に備えて大きなボストンバックに荷物や完成した衣装をしまっていたのだが、その時机に置いていた携帯の電話が音を鳴らし、手を止めて携帯の画面を見ると『朱桜司』と書いてあった。
まさかこんなタイミングに思いがけない人物から電話がかかって来るとは思わず、慌て過ぎて周囲を意味も無く見回し、部屋に居た猫を「ごめんね」と声をかけて廊下に出してから携帯を手に取って通話ボタンを押して耳に近付けた。


「もっ、もしもし、司くん?遅れてごめんね」
『いえ、寧ろこんな遅い時間に突然すみません。寝ているかとも思っていたのですが……』
「私そんなに寝るの早くないから大丈夫だよ。司くんこそ寝るの早そうってイメージがあったんだけど違うんだね」
『そんなimageがあったんですね。まぁ、あまり夜更かしはしない方ではありますが……しかし、こうして名前さんとお話をしていると電話に夢中になって時間が経つという気持も理解できます』
「……」
『名前さん?』


司はこういう所が自覚が少ないというか、女性が喜ぶようなことを自然と言ってしまえるのが魅力的である反面心臓に悪いと名前は物憂げに溜息を吐いて頬を掻く。
しかしあくまで無意識の行動なのだからあまり意識し過ぎても無駄だろうと頭を横に振り「何でもないよ」と声を掛ける。

電話というのは声だけで顔が見えないからこそ、相手が今どうしているのか、どんな様子で電話をしているのかと想像が膨らむ。司の声は芯が落ち着いていて、聞き心地の良い低い声だった。


『そういえば、鳴上先輩から聞いたのですが、我々の衣装を名前さんが用意してくださっているとか……お手数をかけてしまってすみません』
「ううん、時間もあったことだし気にしないで。私が作りたくて作ったことだし。でもTrickstarの分は突然きた話っていうのもあって流石に手が回らなかったからあんずに任せちゃったんだよね」


その話を聞いて、通話越しに司は僅かに顔色を曇らせてその紫苑の瞳を細めた。元々KnightsだけだったライブをTrickstarと合同することは泉に聞いていたし、彼らの実力はデュエルでも目の当たりにしているから好敵手として認めているから不満は無い。
しかし名前が彼らの方に目をかけるのだけはやはり未だに面白くなかった。彼らの数人には自分に無い同じ部活の所属やクラスメイトなど、名前との友人関係を築く場が整っているのだから。自分にはなくて彼らにあるものが、羨ましくなってしまう。


『……明日衣装を見られるのを楽しみにしていますね。そうだ、その港町で"お祭り"というものがあるらしいので、名前さんも持っていたら、ですが、浴衣のご用意をお待ちしておりますね!』
「えっ、浴衣?……え?」
『まさかあんずさんと同じくjerseyを身に付けてこようとは思っていませんよね……?その姿も好きですが、折角ですから』
「準備もあって回れないだろうなぁって思ってたから浴衣なんて全く考えてなかったよ……」


果たして持っていく意味はあるのだろうかと言いかけたが、司は間髪入れずに「持って来て下さいね」と念を押すようにもう一度言う。浴衣を着るかどうかは別にして多少かさばるけれど持っていく分には構わないと判断して、承諾してしまったのだ。
『明日、会えるのを楽しみにしてますね』と司は最後に声をかけて、名残惜しそうに通話を終えた。
名前は電話が切れた後に携帯を見詰めて、息を吐いた。もう少し話していたかったーーふとそんな風に考えている自分に気が付いて、最近の自分は若干挙動不審だと自分の頬を叩く。

「長電話なんて困らせちゃうだけなのに……」

夏休みに入る直前に司の前で泣きかけてしまうし、自分の過去の過ちも受け入れてくれるその言葉に胸の奥が熱くなり、彼の存在が頼もしく思えたのだ。本当なら後輩には先輩として見栄を張りたい所もあるけれど、司の前でそんな虚勢は張れていないのが現状だった。


翌日のスターマイン当日、Trickstarとの合同ライブということもあって司は集合時間よりも早めにこの港町のステージへと足を運んでいた。花火も綺麗に映りそうな位に晴れていて、青い空が澄み渡り、海風が吹くから日差しの暑さも何とか乗り切れそうな天気だ。
夏を得意としていない先輩が多く、嵐と泉は紫外線や暑さが好きではないし、日差しが苦手な凛月に夏の日中は身体に毒だろう。彼らならライブでは最高のパフォーマンスをしてくれるだろうと司はデュエルを経て確信していた。

夏休みに行う貴重なライブであるし、Knightsの人気が戻って来た今このライブは例えTrickstarと一緒とはいえ成功させたいのだが、司は既に来ているけれど明らかに調子のおかしい、不機嫌そうな泉に不安を覚えていた。
言葉数が少ないし、それにTrickstarのメンバーで既に来ているのは真面目でこちらも言葉数が少ない北斗のみだ。空気の重さに早く他のメンバー、或いは名前が来ればいいのにと思いながらも、唯一の救いは北斗が意外と普通に話してくれたことだろうか。
しかし、北斗に対しての敵意のようなものがいまいち抜けないのはやはり名前が彼と親しく、同じ部活だからだろう。


「金平糖とか持ち歩いているんですね北斗先輩は」
「あぁ、偶に振舞っている。ライブや演劇部の演出を考えている時の名前は甘いものを欲するから欲しいと言われるしな。喜んで食べてくれるのなら用意している方も嬉しいしな」
「む……名前さんにその金平糖を……?名前さんは用意してくださることが多いと思っていたのに」
「そうか、Knightsには時々差し入れもしているんだな。こちらは明星辺りが同じクラスなのもあってあんずに集るからな。朱桜くんもレッスンを見てもらってるんだろう?名前に話は聞いている」
「そ、そうですが……」
「デュエルでも思ったが、あいつの指導に付いて来れるのも一年生とは言え凄いな」


別に彼にとって名前との友好関係は優越感に浸るものでも何でもない、純粋な信頼関係なのだ。いやーーそもそも自分以外は名前に対してプロデューサー、或いは友人として親しみを抱いているのだろう。勝手に妬いて、勝手に敵意を抱いていたのが申し訳なくなった。狭い了見で物事を捉えてしまう、こういう所が未熟者なのだろう。


「お待たせしまし……た?」

何とか司と北斗が話せるようになり、重苦しい雰囲気も和らいできた頃、その特設会場に椚に引率された名前達が到着し、その微妙な雰囲気に首を傾げる。嵐やムードーメーカーであるスバル、幼馴染である凛月と真緒が来ていない分和気藹々とした雰囲気で練習を始めているとは思っていなかったけれど、泉がぐったりとしていることも含めて大丈夫そうではなさそうだと名前は困惑する。


「名前さん!お待ちしておりましたよ!夏休みに入ってから会う時間が減ってしまった寂しかったですが、今日こうして会えて幸せです」
「そ、そっか、久々だもんね……」


司の女性に対して真摯的な口説き文句は今に始まった事ではないけれど、それを流して普通に笑うことが出来なくて、ぎこちなく笑い、気恥ずかしさにぱっと視線を逸らしてしまう。
名前に近寄って笑顔を見せる司の姿はこれまでと変わらない無邪気に先輩を慕う可愛い弟のような後輩に違いないが、やはり時折名前を見詰める瞳に親愛ではない慕情が混じっていた。
何時もは制服かトレーニング用のウェアを着ている姿、或いは演劇部で演じていた服しか見たことが無いから、名前の夏の私服を見られるのは嬉しかった。


「名前さんの私服姿はやっぱり素敵ですね。あっ、勿論制服も好きですが」
「つ、司くん達はお揃いのTシャツなんだね!」


これ以上褒められると心臓に悪いと感じて名前は声を張り上げて無理矢理話を逸らす。Trickstarもだが、Knightsも今日は全員お揃いの上下だ。各ユニットで練習着も同じもので統一するのはよくあることだけれど、初めて見たものだった。
しかし、お揃いの服という話題に、司は昼にある撮影の際に着る今回の衣装のことを思い出して頭を下げた。


「衣装の件、ありがとうございます。名前さんのことですから素敵な衣装なんでしょうね。今から楽しみです……!」
「嵐ちゃんに見て貰ったら凄く喜んでもらえたんだよね」
「えぇ!?もう鳴上先輩は見ていたんですか!?ずる……あぁっ、羨ましい限りです……!」


拗ねた顔をする司に名前はやはりこういう所が彼らしいと笑っていた。後で撮影用に着られるからと声をかけると彼は納得したようだけれど、こんなにも楽しみにしてくれると嬉しくもなるものだ。
個人的にはあんずが作って来たTrickstarの衣装の方が彼ららしさをちゃんと取り入れられていると感じるのだが、それでも自分の作る物を好きでいてくれる人が居ること程幸せなことはないと感じるのだ。


昼食前までは練習を行うとしても泉が本当に調子が悪そうで、どうしようかと嵐と相談していた。彼のことだからライブ自体は難なくこなすだろうが、口数も少なく罵倒語も鋭さは陰りを見せ、しゃがみ込む姿が多いとなると、真が居るとはいえ彼が本当に暑さに弱いのもあって心配になるのだ。


「熱中症か夏バテ……?瀬名先輩ってその辺りの自己管理は徹底してたような気もするけど、偶にはそんな事もあるのかな」
「そうねぇ、こうも暑いと参っちゃうのかしら。凛月ちゃんの方が元気そうなのも不思議よね」
「夏バテする気持ちは分かるけどね……私も立ってるだけだからまだいいけど、皆みたいにダンスレッスンを今したら熱中症で倒れる気はするから」
「名前ちゃんも熱中すると寝不足とかになったりするからお姉ちゃん心配だわぁ?アタシ達にだけじゃなくてちゃんとドリンク飲んで頂戴よ?」
「あはは……凄く胸に痛い忠告だよ……気を付けるね」


嵐の指摘通り、熱中し過ぎて十分な給水を怠ってしまうことは一年前から多々あったことだと苦笑いを浮かべる。彼らをプロデュースする立場なのに、自分が救護される状態になってしまったらいけないだろう。
汗を掻いて気怠さもあるし、スポーツドリンクを飲もうとクーラーボックスが置いてある場所に足を運ぼうとした時、ライブの段取りをスバルと真緒とで話し合っていた北斗にとんとんと肩を叩かれた。


「顔色がそんなに良くないぞ。熱中し過ぎて食べたり飲んだりするのを欠かしていないよな?」
「北斗くんにまで見破られてる……プロデューサーなのに逆に心配されるのって本当に申し訳ないよね……」
「まぁ、名前も客やファンの前で演じている側でもあったが、そうやって無理をし過ぎるとまたあの変態仮面に無理矢理食わせられるぞ?」
「げっ、それは思い出させないで……!」


脚本を作るのに夢中になり過ぎて昼食を食べずに睡眠不足でふらふらしていた名前に渉が無理矢理口に食べ物を突っ込んできたのは有難い気遣いではあるのだが、恐怖心をあおるように彼が満面の笑みで「さあ遠慮せず!」と迫って来たのは非常に恐ろしかった。
追いかけ回されて鬱陶しがる友也の気持ちが非常によく分かった日だったと身体を震わせる。北斗は先程司にもあげた金平糖を取り出して、名前にそれを差し出す。


「金平糖持って来たの?ありがとう……あ」
「?どうした?」
「ううん、北斗くんの手って冷たいからこういう暑い日には気持ちいいよね」
「明星みたいなことを言うな……今日の通し稽古はハードだしこの日差しで熱中症にもなりかねないから気を付けろよ」
「ありがとう北斗くん……そうだ、熱中症対策に買って来た塩飴あるけど食べる?」
「……」


ーー人の会話を聞かないようにしようと思っていてもやはり気になってしまうと自然と耳を傾けてしまうもので。司は目を逸らそうとしていた二人の姿から目を離せなくなっていた。名前が北斗の手を触って「冷たい」と言っている姿に、先程勝手に嫉妬して申し訳ないと思ったくせに簡単に妬いてしまう。
「何をしているんですか!?」と前のめりになって食って掛からないだけ我慢はしている方だが、羨ましいという感情と、今すぐに手を離して欲しいという醜い嫉妬に熱い息を吐く。
日差しに照らされてぽたりと滴る汗が焦燥を表しているようだった。


午前中の合同レッスンも一区切りが付いて、昼食前の衣装合わせで初めて衣装を目にした司は目を輝かせて思わず「marvelous!」と叫んだ。夏の清涼感もありながら、Knihgtsらしい衣装だった。嵐が一目見て気に入ったと言っていた気持ちも十分に理解できる。
控え室で着替えてみても、やはりサイズは丁度良い。Knightsの中でも一番背が低いが、自分専用に作られているというのは嬉しかった。着替え終わった司の居る控え室に、手直しする必要があるかどうかを確認する為に顔を出した。


「やっぱり似合うね!Knightsってやっぱり手袋はめるイメージがあるから袖も七分が合うよね。サイズとか大丈夫そう?」
「えぇ、ぴったりです。この衣装を見るとより一層ライブへのやる気が増すというものですね……!お祭りというものも捨てがたかったですが、ライブを楽しんでやれそうです」
「司くん、お祭りって行ったことないの?」
「えぇ、こういう街で行われる縁日というものには恥ずかしながら触れあったことが無くて」
「ライブが終わった後に少しだけなら行けるんじゃないかな。あ、でも瀬名先輩辛そうだし嵐ちゃんも夏は紫外線が嫌って言ってるし、凛月くんは夜なら元気だと思うけど……」


Knightsのメンバーで行くのは流石に実現しなさそうだと苦笑いをする名前に、司は思うのだ。どうして名前は真っ先にそこで自分という可能性を考えないのだろうかと。
プロデューサーでもあるし、彼女にとっては自分は後輩であるけれど、その距離感が、時に苦しくなる。
もっと自分を見て欲しいのに、意識して欲しいのにーーそう望んで止まない。


「私は名前さんと、行きたいのですが」
「え」
「浴衣も持って来て下さったんですよね?でしたら、お祭りが分からない私と一緒に回って欲しいんです。何せ初めてな分、escort出来ないのは少々心苦しいですけどね」
「わ、私……?確かに浴衣は持って来たけど」
「時には頑張ったご褒美、というものを求めてもいいでしょうか?」


あくまで控えめに尋ねるけれど、名前は後輩である自分のお願いには比較的弱いし甘やかしてくれるだろうと何処かで確信もあったのだ。名前は困惑しながらもお祭りに行ったことのない司がお祭りに行きたいと言っているのだからそれを駄目だと突っ撥ねることは出来なかった。
そして頷いた名前を見て、やはりーーと口角を上げそうになる。こういう所が強かで強引だと称される所以なのだろう。

しかしただご褒美を要求するだけでは格好悪い。ファンを、そして彼女を満足させるだけのパフォーマンスを見せたいと、未熟者なりに好きな女性に対しては格好良い所を見せたいと思うのだ。

「特等席を用意していますから、花火も素敵ですが、見ていて下さいね」


ーー泉の調子も何とか戻って来て、通し稽古を終えた本番開始時刻。

名前はあんずと椚先生と共に一番前の座席に座っていた。星が瞬く夜空を背に、海に突き出るように設置されたステージに立つ彼らを見に来るお客さんで、席は埋まっていた。中には花火を見る為に来た人も居るけれど、確かに彼らのことを覚えて帰ってくれる人は沢山居る筈だろう。
花火大会が始まる前からライブパフォーマンスが始まり、ステージの上で輝く彼らを前に目を輝かせる。多くの人を魅了するアイドルである彼らを支えられることが光栄なことにも思える。

「……」

しかし、どうしてだろうか、バレエ公演やデュエルの時に純粋にそのパフォーマンスに感動していた感情とは何か違うものが沸いてくるのだ。
視線の先にはKnightsとTrickstar合わせて一人しか一年生が居ない中、先輩達に必死に付いて行って楽しそうに踊る司の姿が映る。
普段は近い場所に居るから失念してしまうが、彼も多くのファンが既についているアイドルなのだ。

あぁ、遠いことを、寂しいと感じている自分が居るんだーーそう気付いた時にじりっと胸の奥が痛む。しかしこんな感情は勘違いだろうと打ち上げられ始めた花火の音に耳を澄まして息を吐いたのだが。

「ぁ……」

ふと司と視線が合ったのが分かり、彼は汗を煌めかせながらもふっと表情を和らげて笑い、ウィンクをした。アイドルらしいファンサービスだったのかもしれないが、衣装合わせの際に言われた「見ていて下さいね」という言葉を思い出す。
花火を背に踊る彼らの姿を見つめ、名前は熱くなっていた頬を誤魔化すように頬に手を添える。

視界に、空高く上がる花火は映っていなかった。