Queen of bibi
- ナノ -

騎士の覚醒


合同練習が行われる間も、司の中では嵐に言われた言葉が反響していた。自分だけ見て貰えればいいのにーーそう考えていないかと問われて、否定をすることが出来なかった。

確かにKnightsを見てもらいたい以上に、名前に対しては自分を見て貰えばいいのに、そう考えている自分が居た。あんずにはKnightsをプロデュースして貰いたいという感情しかないというのに、名前のことに関しては殊更にムキになる。
可愛い後輩という評価を、どうにか格好良い男子という評価に変えたいと願っていたのだ。それは後輩として先輩に望む範囲ではなくなっていた。


着々と準備は進められており、B1のドリフェスとは思えないほどの規模で準備は進められていて、TrickstarとKnightsのスタジオやレッスンルームを使って合同練習が行われていたのだが。


「ごめんね真くん……瀬名先輩が真くんが居ないとやる気出ないって言ってて……」
「うっ、酷いよ名前ちゃん……!」
「今度ご馳走するから!」
「本当!?じゃあこれも精神的な修行だと思って頑張ろうかな……ううっ、正直本当に嫌なんだけど」


合同練習は順調とは当初言えなかった。泉は最初からデュエルに対してのやる気もなければ泉を嫌がる真が練習場に現れないことで余計にやる気を失っていた。そして真緒はB1のドリフェスということもあってステージ設置を担当していてなかなか練習に参加できない。そして凛月は何時も通り昼に起きるのは辛いのか何処かで寝ていて姿を見せない。
名前もあんずと協力しているとはいえ、時間に余裕があるわけではない。演劇科に宣伝してもらうように頼み込み、役割分担であんずがTrickstarの衣装を作り、名前もKnightsの衣装を準備している。

状況を打開すべく、泉に「遊木くんを連れて来ますから!」と口約束をして、あんずに真を連れて来てくれるように頼んだのだが、真としては既に気疲れをしていた。それもそうだろう。
この合同練習を成功させる為に交換条件として練習中は泉がカメラを構えて真を録り放題だったし、泉の衣装を着させられて見ているこちらが苦笑いをしてしまうほどだった。

しかし、名前としてはそんな二人の関係が思っていた以上に不思議だった。一方的に好かれていて真は本気で嫌がっているものだと思っていたのだが、本気で拒絶をする訳ではなく、泉の行動に怒る訳でもなく受け入れて流してしまっているとでも言えばいいだろうか。


「名前ちゃん?」
「え?あ、ううん。本当に辛かったら言ってね。私、この後真緒くんの所に行って来るけど、緊急で連絡入れてくれて構わないからね!」
「嫌過ぎて名前ちゃんに連絡するのも男としては情けなくて泣きたくなるけど、お言葉に甘えさせて貰うよ……!でも二人きりになるなんて衣更くんは狡いなぁ……」
「?ステージイメージの確認しに行くだけだけど……」


これ以上、真と話して泉に変に睨まれるのも厄介だと名前は立ち上がって、設置作業をしている真緒と合流する為にスタジオを後にした。
名前と同じクラスで親しい真緒との関係を真が羨ましがっているのと同様に、司もまた自分達にはない関係性に鬱憤が溜まっていたとは露知らず。

そしてただステージの確認しに行く予定が、その設置作業場で眠っていた凛月を回収することになるとは名前も思っていなかった。連れて来たものの、彼は練習する気もそれ程無いのか名前の背中に寄りかかって目を瞑ろうとしている。


「名前ーちょっと座って太股貸してよー。俺まだ寝たいんだけど」
「ねぇ凛月くん、セクハラだって分かってる?」
「ん〜、煩いなぁ。大人しく寝かせてよ、いいでしょ?」
「文句言うならあんずの膝枕があるでしょ……それもだめだけど!」
「まぁ、あんずよりは煩く言って来るけど?何だかんだ俺を甘やかして構ってくれるでしょ。血くれたら俺もがんばるよ〜」


合同練習は出来ているのだが、如何せん協調性に欠けるこの空気はどうしたものかと名前は溜息を吐きながら背中に乗っている凛月をゆらゆらと左右に動いて軽くゆすると、「揺さぶられると気持ち悪いんだけど」と文句を言って凛月は名前の首をぺろりと舐める。


「ひっ!?り、凛月くん!?」
「ちょっと凛月ちゃんだめよぉ、女の子にそんなことしちゃ!」
「えー、だって血をくれないならこれ位の味見は良いでしょ」
「凛月くん私の反応見て遊んでるでしょ!?」
「はぁ、司ちゃんが居なくてよかったわ」


司が今の凛月の行動を見ていたらどんな反応をするかは目に見えていたから嵐はほっと一安心したように溜息を吐く。司はデュエルを開催するにあたっての手続きで忙しくしており、あまり合同練習に参加することは出来ていない。リーダー出ないとはいえ、彼が言い出しっぺで既に手を回していたのもあるからだ。

そしてあっという間にデュエル前日になり、この日はtrickstarの衣装合わせをあんずが先に行っていた。流石はあんずで、trickstarによく合う衣装に仕上がっていて、思わず名前も着替えたスバルの姿に拍手をしてしまったほどだ。この衣装を着た彼らがライブをしている姿を見たいと純粋に思ってしまう。
名前が作成している衣装はまだすべて仕上がっている訳ではない。仮縫いで何とか形に仕上げたものもあるから本当にサイズの確認をするためだったが、凛月と嵐が先に試着をしてくれて、想像以上に格好良く決まっている姿に名前は目を輝かせる。


「もう少し可愛い感じに仕上げてくれてもよかったけど、流石は名前ちゃん。Knightsらしく仕上げてくれたのね。ありがとう、すごく素敵よぉ!」
「んー、着崩せないけどいっか。割と気に入ったし」
「良かった……!問題は瀬名先輩に気にいられるかどうかだけど」
「セッちゃんこういうの好きそうだけど。というか意識したでしょ?」
「瀬名先輩が一番駄目だししてくるかなぁって思ったから嫌がられないの作ろうと思って……」


凛月の指摘にその通りだと苦笑いをする。泉による駄目だしをクリアしなければ衣装として採用されないだろうと思ったから、嵐の好みはもう少し可愛い感じのもので、凛月もルーズに着崩せるものが好きだと分かっていながらもこの服にまとめたのだ。肝心の泉の反応はまだ見られてないが、気に入りそうだという言葉を貰って安心をしていたその時。
スタジオの扉が勢い良く開いて、小走りで来たらしい司がやって来た。

「すみません、遅れました!」

衣装合わせが今日あると連絡を貰って非常に楽しみにしていた司は逸る気持ちを押さえながら手続きを終わらせて駆け付けたのだ。正直言うと、始めに名前が作った衣装に袖を通すのは自分が良かったとも思うのだが、あまり我儘を言っても困らせてしまうだけだろう。
手続きで少々疲れていたが、名前の顔を見て何故か疲れも忘れて心が穏やかになる気分だった。


「司くんお疲れさま」
「ありがとうございます、お姉さま。その言葉だけでも頑張れます。それで、衣装が出来上がったと聞いて来たのですが……!」
「そうそう、司くんにもサイズ確認してもらいたくて」


名前が司用のデュエル衣装を差し出すと、彼は折り畳まれたそれを広げて目を輝かせた。騎士のイメージらしいその衣装は司も一目で気に入った。

「Marvelous!素晴らしいです!」

こんなに素敵な衣装を用意して頂けるなんて、と褒められて上機嫌になった名前は照れ臭そうに笑ってほっと胸を撫で下ろす。そして司が袖を通す為に、名前は一度スタジオを出て彼が着替え終わるのを待ち、呼び出されてから再び室内に戻ると、自身の作った衣装を着た司の姿が目に飛び込んできて無性に照れてしまう。
幾ら最年少と言え、彼もまた騎士の一人なのだと実感する。普段のユニット衣装もそうだが、司は童顔の方でまだまだ子供らしい所もある筈なのに、嵐たちとも劣らない色気が溢れている様に見える。


「あぁ、負ける気がしません。お姉さまが私達の衣装を作って下さっただなんて、それだけでやる気が出ますね!」
「Knightsのイメージを崩さないようにするのも、瀬名先輩の要望を取り入れるのも叶えるとなると、なかなかデザインも難しくて……」
「いえ、ですが実際に着て興奮しました!まるで騎士のような佇まいで……お姉さまの負担になっていたとは分かっているのですが」
「そんなことないから心配しないで。皆には集中して練習して欲しいし」
「ふふ、有難い気遣いだわぁ。アタシ達も偶にはちゃんと結束して頑張らなくちゃね?」


嵐には可愛い要素も入れて欲しいと言われたけれど、デュエルがチェスを模ったドリフェスということならKnightsのメンバーもチェスの駒として割り当てるのが自然だろうか。そうなると確実に嵐はクイーンだから、彼の衣装かそれとも装飾かを女王を連想させるものにした方がいいだろうかと考え込み、後であんずに相談してみようと頷く。
クラスメイトとしての姿を知っているとはいえ、名前がKnightsについて詳しく知っている訳でもないし彼らの傾向を把握するまでのプロデュースも出来ていない。しかし、それでも気に入ってくれて、彼らのパフォーマンスを後押しするような事が出来ているのは非常に嬉しかったのだ。

前日ということもあって日が伸びているとはいえ、夜まで衣装の仕上げを学校でしていた為に下校時刻も遅くなり、一人で帰ろうとしたのを当たり前のように引き留められて真緒や北斗にも怒られた結果、名乗り出た司と共に名前は帰路についていた。


「あの、本当にごめんね……早く帰っておけば北斗くんたちに言われなかったんだろうけど、皆が居る間に衣装仕上げたかったし」
「お姉さまは寧ろ私達をもっと頼っていいのですよ。前にも言いましたが、幾ら治安がいいとはいえ女性が一人帰るのは感心しません」
「司くん達も疲れてるのに、……ありがとう」
「いえ、私は好きでしていることですから!」


寧ろTrickstarのメンバーではなく、自分が彼女と一緒に帰っているという事実が司にとっては嬉しいことだった。それでも前日で疲れを残さないようにしてあげたかったのに、自分のことで手間を取らせてしまうなんて、と申し訳なさそうにする。
しかし司としては寧ろ夜寝る時間を惜しんで衣装作りしてくれて、ステージも考えてくれた名前に休んでほしい位だった。


「お姉さまは私達の為に最大限の努力をなさるので、時々心配にもなりますが、尊敬しています」
「あはは、ありがとう……でも、私にとってはKnightsの先輩に追いつこうと努力してる司くんも凄いなぁって思ってるよ。ただ……」
「はい?」


このデュエルを成功させる為に努力している司の姿に名前としても感心していたし、名前自身も裏方としてこのドリフェスを成功させる為に奔走しているが、司の何時もと歯少々違う様子が気になっていた。


「……司くん、無茶してない?」
「無茶……?いえ、していませんよ」
「本当?」
「えぇ、寧ろ明日が楽しみだったりします」


明日のデュエルが楽しみだと笑顔を見せる司に名前は安心したような顔に変わる。このままでは没落していくだけだったKnightsが再び剣を手に取って羽ばたける日が来るのだ。名前とあんずがここまでの舞台を用意してサポートをしてくれたことにも感謝してもしきれなかった。
名前は辞めることになった演劇科にまで足を運んで、声をかけて宣伝をしてくれたのだ。

並んで歩いていた足を止め、司は「お姉さま」と声を掛ける。名前は振り返り、街灯に照らされる司の顔を覗き込む。以前までは紳士のような佇まいながらも何処か幼さの残る子だという印象があったのだが、その表情は幼いとはとても言えないものだった。知らない司の姿に動揺した自分が確かに居た。


「明日は見ていてください、お姉さま。暗雲を断ち切り、咲き誇る我々の姿を。……騎士として成長した私の姿を」
「……」
「お姉さまには近くで見守っていてほしいですから」


真っ直ぐな視線で何故か、頬が熱くなった。
どうして彼はこんなにもこちらが照れてしまうような真摯な言葉を無意識に伝えてくれるのだろうか。
慌てて頷き同意するが、鼓動が速くなっていたことに名前は困惑して胸を押さえながら、司に声をかけた。

「明日は頑張ってね。ちゃんと見てるから」

ーーあぁ、彼女は自分を後押ししてくれている。たったそれだけでも幸せだと実感するのだ。


そして迎えたデュエル当日。初夏の晴れ晴れとした空が青く澄み渡り、宣伝が功を奏してB1のドリフェスとは思えないほどに多くの一般客が足を運んでいた。Trickstarは知名度はまだまだとはいえDDDで優勝した期待の新星であるし、Knightsは一時期低迷したがこの学院を代表する知名度も高く歴史ある強豪ユニットだ。多くの人の関心を集めるには十分な対戦カードだった。

チェスをモチーフにしたデュエルのステージには装飾として巨大なチェスの駒が設置され、KnightsとTrickstar両者のフラッグが風になびいている。
音楽が掛かるまでは名前は観客の誘導と物販を手伝い、同じ二年生の協力者のお陰でライブが始まる前に舞台袖に行けることになった。

黒と白を基調とした衣装に身を包んだKnightsのメンバーは舞台袖で衣装の最終チェックを行っていた。新人プロデューサーである彼女達に自分達のプロデュースを任せるのは初めての試みであり、未知数だからこそ失敗の可能性もあることを考えると怖くもあった。
しかしtrickstarとの対戦と言えども殺伐とする決闘になるのではなく足並みをそろえさせてくれたし、多くの人に宣伝をしてもらったおかげでこんなにも多くの人が集まってくれている。


「ふぁぁ……眠いし暑いけど、ま〜くん居るとはいえ流石に二回も負けられないからねぇ」
「凛月ちゃんは後に温存するから、その時までには本調子になって頂戴よ?」
「先鋒はなるくんに任せるけど、言い出しっぺなんだからみっともないライブしないでよねぇ、かさくん」
「心配には及びません、瀬名先輩。……格好良い所を私も見せたいですから」


小声で独り言のように呟かれたその言葉は、今まさに観客の誘導を終えてこちらに向かって来ている名前に対しての正直な感情だった。
あんずは、女王のように敬愛している。しかし名前は、司にとってはそういった"象徴"ではなかった。もっと近くに、手の届く範囲に居て欲しい。そう望む。名前はKnightsを見守っている訳ではない。皆に手を差しのばす、どのユニットを特別にすることもないプロデューサー。背中を押して行ってらっしゃいと言われることは無いけれどーー確かに存在を感じるのはこの満員の観客が居るステージを、作り上げてくれたからこそだろう。

「……行って来ます、お姉さま」

頑張ってねーー昨日言われた言葉が耳元で聞こえたような気がした。


全員が出て来て短いライブを行い、顔合わせが終わると、本格的にデュエルが始まる。キングの駒を取れば勝利となるこのデュエルでの戦い方は、それぞれのユニットによって異なる。
最初の作戦として嵐が女王ーークイーンとしてステージに上がると、trickstarは全員が出て来た。Knightsが個々人の圧倒的な実力なら、Trickstarは団結力が武器だ。始めから全員で仕掛けて駒を一つずつ削っていくという作戦だった。
流石に嵐一人では無理ではないかと名前がはらはらした様子で舞台袖から覗いていたのだが。

「……あ、瀬名先輩……」

泉は別に嵐を助けに来たわけではなく、ゆうくんと同じステージでライブをしたいと言っているが、本音半分嘘半分といった所だろう。彼は仲間を思っての行動も素直に伝えないし。
嵐は後ろで待機している凛月と司にも参加するかどうか問いかけるが、凛月は真緒の作戦を理解しているようで、後で出ると首を横に振る。

創からKnightsが全員出て来て観客が慣れてしまう前に決着を付けてしまおうとする持ち歌の少ないtrickstarの策だったのだ。長期戦で引き出しを全部曝け出されたTrickstarに観客が飽きて来た所に、凛月と司が参加してトドメを刺すという戦法を取る強かさはやはり凛月らしい。


「これが、私の憧れた……一員となり共に手を取り合い高め合えるKnightsの姿なのですね」

利害の一致で繋がっていただけで空中分解しそうだったKnightsはスイーツコンテストなどのボランティアを経てこのデュエルを行ったことで全員が協力して手を取り合い肩を並べ、以前の寒々しい関係ではなく仲間意識のある統率の取れたユニットへと進化した。アイドルとして開花出来て、またKnightsは誇り高く輝ける。
王の不在によって個々の強力な個性が勝手に動き回って戦略を持たず、強大な敵に勝つことは出来なかったが、それぞれが特技を生かしてまとまることを知った。

それを実感しているのは司だけではない。あの泉もまたこのKnightsで、このメンバーで活動することに楽しさを覚えていた。利害関係で成り立ち、王が消えたことで更に不安定となった以前のKnightsでは考えられなかっただろう。
後ろに控えていた司と凛月はTrickstar四人に対して劣っていない泉と嵐のライブの様子を見ていたが、凛月はふと視線を舞台袖に移してくすりと笑った。


「あ、名前が心配そうに覗いてる。4対2だからか。ふふ、俺達が勝つなんて目に見えてるのにさ〜。ま〜くんと演劇部のリーダーが居るから俺達に勝ってほしいとは流石に思ってないだろうけど」
「誰を特別視することもなく平等な愛を与えて下さるお姉さまの存在は、我々にとっても、Trickstarの方々にとっても大きいのでしょう。……お姉さまが居たから、私達は再生することが出来た」
「……ま、否定はしないけど。ふふ、始めはセッちゃんが怖くて"Knights"には近寄らなかったのにねぇ」


それが泉の一喝で名前が築いていた壁は砕けて、より一層近い距離になって。しかし、だからこそもっと近くに、隣に居て欲しいと望むようになった。平等な愛を名前が全員に与えているとしても自分だけはーーそう思った時に、司は漸く気付いたのだ。

何て簡単な事が今まで分からなかったのだろうか。

後輩として平等に可愛がられる対象の一人ではなく、男性として特別に愛されたいと望んでいたのだ。


「あぁ、そういうこと、だったんですね……」


何時しか先輩としてではなく、一人の女性として名前を好きになっていたことを漸く自覚したのだ。

彼女が見ているのなら、騎士としてKnightsのメンバーとして華麗に優美に新星の星を退けよう。想いを直ぐに伝えられる程まだ成長は出来ていない。未熟者だ。
これから精進していく必要があるけれど、ただただ今は名前が用意してくれたこの舞台を楽しもうーー司は何処か振っ切れた清々しい表情で、凛月と共に風に靡いてはためくフラッグを背に、自身というチェスの駒を動かした。