Queen of bibi
- ナノ -

elect summer


ーー最近の自分は少々我侭になってきている。

司はそう自覚していた。先輩に甘えられるのは後輩の特権だろう。あんずに対しては後輩として彼女を尊敬していてお世話になっている。そのことに関しては頭を悩ませていないが、名前の話になると話しは大きく変わってくるのだ。
彼女にも、というよりもあんず以上に甘えてしまっているだろう。当初は純粋にたった一人しか居ない女子生徒でプロデューサーであり、演劇科で既に実績を出して来た名前を尊敬して甘えたかった筈だった。

その形が何時しか少しずつ変わってきたのは何時からだろう。
気付けばもう夏服に移り変わる季節になっている。日差しは段々と強くなり始めて夏に近付いて来ていた。名前と出会ったのは四月の桜が舞う季節だったのに、時間が過ぎるのは早いものだ。
名前も運営や企画書作りなどといったプロデューサーとしての活動以外にも衣装作りや演出も手伝っているからか多忙を極めている。謙虚に一生懸命で、応援したくなるような人だ。そんな彼女はやはり愛されているし、自分も愛している。
その件ではra*bitsの一年生が可愛がられていることやTrickstarと親しいのは悔しかったが、Knightsという自分のユニットを見てもらえることが嬉しかった。それだけ接する機会は増えるし、ユニットがより一層成長する為に協力してくれている一種の仲間意識のようなものを感じられたからだ。

ただ現在はどうだろうか。Knightsを見てもらいたいのではなく、もっと自分だけを見てもらいたいと望んでいる。これは果たして親しい先輩に対する憧れで収まるのだろうかーー司の中に疑問として引っ掛かっていた。


「……私の、何を見てもらいたいのかいまいち自分でも分かりかねますね」

号令も終わって放課後を迎えて帰宅準備をしながら、司は教室の窓の外に視線を移す。
Knightsの一員としてアイドル活動に励むアイドルとしての姿を見せたいのか。可愛がられる後輩という姿を見せたいのか。それとも男としての姿を?

そこではっと我に返って自分は何を考えているのかと瞬いた。鞄に教材を入れる手は完全に止まっていた。自分が後輩としてではなく、ただアイドルとしてではなく朱桜司として格好良いと思われたいだなんてーーどうして考えるんだろうか。
朱桜家の人間として恥じない人間であろうと常に心掛けているのは確かだが、そうではない。
そこで今自分達が置かれている状況を考えて、司は大きな課題がKnightsの前に積み重なっていることに頭を押さえる。もう既に泉のアイドル活動自粛は解かれているが、ここ最近ボランティアばかりでライブをやるという意欲が先輩達の中では薄い様だ。
やはりKnightsのパフォーマンスの真骨頂はライブだ。名前に見てもらったライブは卑怯な手を使って敗れたDDDのライブだけだ。だからこそ名誉挽回ではないが、その姿を見せたいと思って止まなかった。

何とかしてKnightsとしてライブは出来ないだろうか。一度頭を整理する必要があるだろうと唸り、司はよく足を運ぶ図書館へと向かった。


この図書館は何時も静かで人はあまり居ない。だからこそ落ち着くもので、司のお気に入りの場所だった。ここの奥の棚にはアイドルたちの過去の記録や資料が不完全ながら揃っている。この中からKnightsの資料を探すのは骨が折れるが、歴史のあるユニットだから必ず存在するだろう。

そして暫く様々な資料を漁っていると、漸くKnightsについて書かれている資料を見付けて司は目を輝かせた。

「これは……!Knightsの伝統的な『ドリフェス』ですか……!」

司はその資料に書いてあるKnightsの過去の伝統的なドリフェスを見付け、興奮を抑えられなかった。夢中になって読み進めていくと通常のドリフェスとは異なる形式らしく、まるでチェスのように『デュエル』と名付けられた決闘用のランクづけられる前から存在した伝統行事のような、格式の高いドリフェスだった。

Knightsの先輩達、泉たちはあまり過去については語ってくれないからデュエルが存在したことも知らなかった。
昔は毎月のように行われていたようだが、今ではすっかり廃れてしまった行事のようだ。Knightsが指名した他のユニットと、それぞれのユニットをチェスの白と黒の陣営に塗り分けて自信を駒になぞらえて決闘するという内容だった。あまり詳細は書いていないが、取り敢えずルールや衣装や舞台、全てチェスになぞらえて行い、キングの駒を奪うまで追い詰めて打ち取れば勝利と言うことだった。

「なるほど、正々堂々とunitを倒して我々Knightsは強豪unitとなったわけですね!」

司の流儀に合うドリフェスの形式に、既に心惹かれていた。元々チェスが好きな彼にとってそれになぞらえたライブパフォーマンスを行うのは非常に魅力的に映るのだ。
この伝統的なドリフェスを行い、一般客にも強豪ユニットKnights復活の狼煙をあげることを示すと共に自分達も前に進んでいくべきだろう。

そうするとなるとこのデュエルの相手は誰にするべきかーー考えるまでもなかった。DDDでは後れを取り、名前と親しくしているTrickstarにすべきだろう。その挑戦状を送り付ける前に泉たち先輩に知らせるべきかと考えたが、止められてしまっては決定権のない新参者にはどうすることもできなくなってしまう。
ならば行動した者勝ちだろう。それで思惑通りになるのならしめたものだ。

「その意味ではお姉さまの件は完全に出遅れてしまいましたね……鳴上先輩を通して知り合った頃には既に同じ部活らしいTrickstarの方と意気投合していたようですし」

しかし自分は彼女に何を求めているのだろうか。Knightsの専属プロデューサーになってもらいたいという思いとは異なる願望があることには分かるのだがーー肝心な『何の願望』かまでは自分でも分からない。これは未熟者故の無知なのだろうか。

ーーしかし、このデュエルをしようにもTrickstarと対戦形式のライブをする相談をして挑戦状を受け取ってもらえるように交渉して欲しいと名前に頼んでしまうと、彼女に余計な気を遣わせてしまうだろうと考えた司は、先ずはあんずに相談しようと後日の昼休みに彼女を食堂に呼び出したのだが。
挑戦状を渡す前にまさか彼ら本人達に直接聞かれることになるのは想定外だった。


先にあんずがその話を聞いていて騒ぎになっているとは露知らず、昼食を何時も通り嵐と談笑しながら食べていた名前が、その話を知ったのは放課後だった。
今日は書類作りを進めようと考えながら教科書を鞄にしまっていたのだが、後ろからとんとんと肩を叩かれて振り返ると、そこにはいつになく困ったような顔をしている真緒が居た。


「なぁ、名前。ちょっと話があるんだけどさ。もしかしたら聞いてるかも知んないけど」
「どうしたの?真緒くん」
「今度TrickstarとKnightsがB1だけどドリフェスすることになったんだけど、知ってるか?」
「……え。えぇ!?な、何で!?」
「あー、そっか、名前も知らなかったんだな。何でも昼休みに北斗たちが一年の朱桜から挑戦状を受け取ったらしくてさ。デュエルっていう特別な形式のドリフェスらしいけど」
「司くんが……?」


そんな話をKnightsが考えているなんて全く聞いたことがなかったから寝耳に水だった。彼らはDDD以来ライブ活動を自粛していたからライブを企画していたことは知らなかったし、まさか強豪ユニットである彼らがB1という非公式のドリフェスで復帰を考えているとは思っていなかったから驚いた。

しかもその相手がまさかTrickstarだなんて。真緒に話を聞いた後、スタジオに行こうとしていた嵐を引き留めた。


「あ、嵐ちゃん!今真緒くんから聞いたんだけど!今度Trickstarとドリフェスするって……そんな話進めてたの!?何だか司くんがデュエル?の挑戦状を送ったとかなんとか」
「……え。はぁ、まったく司ちゃんったらアタシたちの予定を勝手に決めちゃって困ったものねぇ……デュエルなんて久々に聞いたわ」


頭を押さえて溜息を吐いた嵐に、やはり今回のドリフェスを計画したのは嵐や泉ではなく司なのだと理解した。嵐としてもまさかもう暫く開催していない過去の伝統行事、デュエルがこのタイミングで教えていない筈の司によって開催されることになるとは思っていなかったのだ。


「デュエル……?」
「まぁ最近はボランティアばっかりだったし、いい息抜きには確かになるけど?あの子、天然何だか計算なんだか分からないわねぇ。でも、相手にTrickstarを指名したことだけは褒めてあげようかしら」


司なりにKnightsを思っての行動だろうが少々暴走してしまったのだろう。しかし嵐としては名前がこの話を事前に聞いていない事に驚いていた。
司は名前に懐いているし、プロデューサーとしても信頼しているから協力を仰ぐと思っていたのだ。何せ司はTrickstarとあまり面識はないのに対して、名前は彼らと親しく、話を通してくれる筈だ。その辺りは今回あんずに任せたようだが一体なぜなのかーーそこまで考えた時にはっと気付いて嵐は困惑している名前を見下ろす。

今回のTrickstarとのライブはまさに雪辱戦であり、司の『男の意地』なのだろうかと気付いてぞくりと背筋を震わせて微笑んだ。


「ねぇ、名前ちゃんも来てくれる?多分泉ちゃんたちもこの話聞いて機嫌悪いだろうけど」
「瀬名先輩に八つ当たりされるのは勘弁だけど……司くんに細かく話聞かないと」
「ふふ、そのまま今回はアタシたちをプロデュースしてくれてもいいのよ?」
「相手がTrickstarとなるとちょっと複雑というかね……」


苦笑いをする名前に嵐はそれもそうよねと笑った。名前はあんずに比べたらどちらかというとTrickstar専属という感じは薄く、頼まれたユニットを衣装やステージ、演出を含めて裏方に徹しているプロデューサーというイメージだ。

嵐に連れられてスタジオに着いたのだが、嵐の予感は当たっていて既に気が立っている様子らしい泉が待ち構えていた。どうやら司が来るのを待っているようだが、嵐と名前に気付いて「なんだお前らか……」と溜息を吐いた。


「なるくんも聞いて来たんでしょ?デュエルの話!うざいの通り越して首絞めたいんだけど?」
「泉ちゃん落ち着いて。まぁ、勝手に進めて取り消せない所まで持って行っちゃったのは問いたださないといけないわねぇ」
「で、名前も居るってことは、アンタがあのクソガキに吹き込んだとかぁ?」
「え!?全くそんな事はしてませんよ!?私もさっき聞いたばかりで事情を聞こうと思いまして」
「ふぅん?まぁ協力してたら後悔させようと思ったけどねぇ?」


何故か八つ当たりをしてこようとしている泉から逃げるように後退りをすると、スタジオの隅に凛月が居るのを見付けてその隣に避難をする。やはり勝手にライブを決められたことにかなりの不満を抱いているようだ。
凛月は教室に昼休みから居なかったし、このスタジオでずっと寝ていたのだろう。話を聞いていないのかもしれない。

暫く待っていると、スタジオの扉が開いてこの雰囲気とは正反対の無邪気な笑顔を見せて元気に挨拶をして今回のライブを企画した張本人が漸く登場した。

「good eveningです。先輩方!」

静まり返っている空気に彼は気付かないのか、挨拶を返してくれない先輩達に非常識だと注意していたが、スタジオの隅に居る名前に気付いて今日一番の笑顔を見せる。


「お姉さま!いらしていたんですね!私の方から探しに行こうとしていたのにわざわざ足を運ばせてしまい申し訳ありません」
「ううん、それはいいんだけどね……」
「はい?」


この妙に気まずい雰囲気にどう返していいのか分からず助けを求めるように名前は嵐を見上げる。静寂の中、嵐の何か言うことは無いかという静かな問いに、素で首を傾げていた司だったが、危険な笑顔を見せる泉に手招きされた司は直後手痛い制裁を受けていた。

相当ご立腹な様子でデュエルを持ち出して勝手に話を進めたことを怒っていた。嵐は反省するように窘めながらも久々のデュエルに興奮を抑えられない様子だった。しかし泉は報酬も無い名誉のライブにTrickstarの中に真がいることを除いてはやる気は無いようで気だるげに不満を零す。

「このガキ、虫も殺さないような顔してロクでもないこと企むからなぁ……?あぁめんどくさい!やる気でな〜い!」

泉を嗜める嵐に流石だと感心していると、横でもぞりと動いた凛月が目を覚まして、漸くTrickstarとのライブが行われることを把握したのか首を傾げているが、不満は特別ないようだった。
やはり不満を抱いている泉をどう乗り気にさせるかと考えると、ふと真の顔が頭に浮かんだのだが、友人を売るような行為をしてはいけないと名前は首を横に振る。それにしても今回のデュエルにおいて自分はどういう立場を取るべきなのかと考え込んでいると、司は「お姉さま」と声をかけて手を伸ばした。


「お姉さまに是非とも私達Knightsの手助けをしてもらいたいのです。お姉さまが素晴らしいproducerであることを知ってもらう為にも、私達を有効活用していただきたい。Trickstarの方たちに我々が勝利する為に」
「それは……」
「我々Knightsこそが最強の『ユニット』だと信じているからこそ、DDDでの下品な……おっと失敬。強豪とは呼べないTrickstarに負けたことは口惜しく、屈辱を濯ぎたいのです」


暗雲の立ち込めるKnightsに復調の一歩を示したいという気持ちは大いに理解できるが、Knightsの中に親しい人が何人か居るとはいえ専属にプロデューサーをしているわけではないからTrickstarをまるで裏切ってしまうような行為は躊躇われた。
名前にプロデュースをしてもらうという話に、泉は冷ややかな声で嫌味を言う。


「knightsに、俺に何を教えられるって言うの?確かに"専門"だったバレエの舞台では役立ったけど?」
「ライブ内容までは私には関わっても戦力になりませんが……衣装とか、ステージとか演出とか……あっ、Trickstarとの連絡とかB1だから演劇科の方に宣伝も!」
「あらあら泉ちゃん、そこまで名前ちゃんにやらせて気が乗らないとか言うのかしら?というか演劇科の方にまで宣伝してくれるの?……その、大丈夫?」
「あはは……そんなに心配しなくても大丈夫だよ。私も前に進んでるつもりだから。任せて!」
「ほんっと、お人好し過ぎてバカっていうかさぁ?」


泉も何も名前を本当に認めていない訳ではなかった。プロデューサーとしては未熟に違いないが、客を集めることと、ステージの演出に関しては確かに目を見張るものがある。
自分の出来る事と言ったらやはりそういうことだろうと名前も理解していたから、B1とはいえこのドリフェスを成功させる為のことを自分なりに考えていたのだ。そんな姿に、司は名前らしいと納得していた。


「お姉さまが承諾してくださって、瀬名先輩からも許可が出て安心しました。これで準備中も一緒に居られますね!」
「……これで無意識なのかなぁ……でも、司くんのそういう所可愛いよね」


嵐の言っていた通り、司は時折その言動が天然なのか計算なのかいまいち分からなくなる。彼が如何に紳士で女性に対しての物腰も柔らかいとは言えども、こんな風に言われてしまうと心臓に悪い。
動揺する心を静めながら困ったように笑う名前だったが、司は名前から言われた『可愛い』という評価に顔を曇らせる。後輩として可愛がられているのは前までなら嬉しかった筈なのに、どうしてか不満を覚えるのだ。


「……、可愛い、ですか。お姉さまに可愛がられるのは嬉しいですが、男としては非常に複雑な気分ですね……」
「ご、ごめん……嵐ちゃんと居ると自然と男の子にも可愛いって言っちゃう癖ついちゃって。あんまりそういうこと言わない方がいいよね。でもKnightsのライブのプロデュースに関わるなんてちょっと緊張しちゃうなぁ……」
「ふむ、そんなに謙遜せずともいいと思うのですが」
「でも片方だけをプロデュースっていうのあれだから、合同練習とか出来ないかなぁ……私、ちょっとあんずとか北斗くん達と情報交換してくるね」


Trickstarのことも気にかけて情報交換をしにスタジオを後にした名前の後姿が見えなくなり、司は大きな溜息を吐いた。皆のプロデューサーである彼女をプロデューサーとしては独占なんて出来ないのだ。


「やはりどうしてもお姉さまの中にはTrickstarという存在があるのですね。やはり、悔しいです」
「あらあら張り合っちゃって可愛いんだから。男の子だもの、負けたくないって思っちゃうわよね?」


ふと何気なく嵐が口にした"可愛い"という言葉には左程気にならない事に気付き、司は首を傾げる。どうして名前に言われた可愛いという褒め言葉にだけもっと違う褒め言葉が欲しいなんて思ってしまったんだろうか。


「えぇ……それに、お姉さまに、どうしても私達がliveしている姿を見せたくて。あのDDDでの不完全なperformanceしか見ていただいていないので」
「私達、ねぇ?うふふ、どこかで自分だけ見てもらいたい〜なんて思ってなぁい?」
「……」


嵐の冗談交じりの何気ない問いかけに司は言葉を失くした。
まさにその通りだったのだ。弓道を見に来てくれた時のように自分だけを見てくれたら。Knightsの一員としてアイドル活動をしている自分を格好良いなんて褒めてもらえたら。


「わっ、私はどうしたらいいのでしょうか!?」
「きゃ!急に叫んでなぁに!?」
「ちょっと騒がしいんだけど!」


こんなにも自分の思考が絡まって訳が分からなくなるのは初めてのことだった。